第204話 それぞれに感じたこと
階下に一瞥することもなく、俺達は戻ってきたリべアルト支部長の後を追うように支部長室に入った。
1階の喧騒は変わらず、英雄と呼ばれたパーティーが現れてからは、リべアルト支部長がいなくなったことと相まって、うるささが増したようにも思う。
リべアルト支部長は存在するだけで相手を委縮させるオーラを放っている。そんな大きな存在がいなくなったのだからそれも分かる。
歩く俺達の耳に入ってきた1階の声は、しかし、支部長室の扉が閉まった途端、何も聞こえなくなる。
木造の柔らかい穏やかな雰囲気が辺りを覆う。
支部長室はギルド会館と同じようにどこの会館も変わらない。木を基調とした部屋に長テーブルと向かい合いように置かれた長椅子が2つ。扉の方を向くように置かれた支部長の席があるだけの簡素な造りだ。
支部長席の奥には小さな扉もしっかりと完備されている。
だが、アイリスタの時とは違い、リべアルト支部長の机は物が乱雑に置かれ、なにかの資料が山のように積みあがっている。
普通に椅子に座れば顔が見えないほどだ。
だからかは知らないが、リべアルト支部長は椅子に座ることはなく、机の物を器用にどかし、そこに腰を落ち着けた。
こちらを向いたまま俺達に座るよう促す。
「とりあえず座れ。話はそれからの方がいいだろう」
ぶっきらぼうな言い方に、どこか温かさを感じる。
慣れてしまったのだろうか。シャルロットと雫に目配せしながら俺達は椅子に腰かけた。
俺とシャルロットが隣り合い、雫が対面に座る。
雫が腰の刀を椅子に置いた。
すると、刀がふわふわと浮き上がる。
「私も参加して構いませんか?」
エンシェンの声が部屋全体に響く。
リべアルト支部長は顔色一つ変えずに頷いた。
「構わん。元々リュウカのパーティーメンバーは3人と一刀と聞いている」
「では遠慮なく」
エンシェンはそうして、雫の隣の椅子にその刀身を立たせてリべアルト支部長の方に向き合う。
クオリアさんがドアの横で佇んだところで、各々の配置が完了した。
リべアルト支部長の口が開く。
「さて、まずはそうだな。とりあえず私に向けている嫌な笑みを消してもらおうか」
リべアルト支部長が開口一番俺達3人を見てそう言う。
それに対して俺は嫌味ともとれる言葉を履いた。
「いやいや、さすがにそれは無理でしょう。だってねぇ」
「お前達の言いたいことは分かる。私があそこまでしたのに意外だったのだろう」
「はい。なんていうかリべアルト様は冷たい印象があったのでつい」
シャルロットが目を輝かせて答える。
さらに続けてこういった。
「優しいんですねリべアルト様って」
悪意など感じられない純粋無垢な言葉に、リべアルト支部長の表情は歪んだ。
そのままドアの隣に佇むクオリアさんを見る。
「クオリア。お前余計なことを言ったな」
「さぁ。私はただリべアルトが支部長に選ばれた理由を説明しただけです」
「だったらなぜここまでになる。様などそこまで尊敬される覚えはないんだが」
「シャルロットさんにとっては様をつけるほどの敬意がある人に見えたのでしょう。事実、態度はどうであれ、叱責されるナタリーに対して迷いなく飛び出した部分は褒められる行為です」
「それは暗に飛び出したこと以外は褒められたことではないと言っているな」
「ええ。やりすぎです」
「ふん。まぁ、だろうとは思う。だが、あれに関しては一番の最善策を取ったにすぎん」
鼻で短い息を吐いたリべアルト支部長に雫が聞く。
「最善って、なにかあったんですか?」
「あったも何もあの男はいたるところで問題を起こしている、所謂面倒なギルドメンバーなんだ」
「あぁ……」
「なるほどです」
ナタリーに対する態度を見ていればなんとなく想像できる。
どこでも誰でもお構いなく噛みついてきたんだろう。その大きな体躯と武器で威圧して、相手に反論の余地を与えないあの感じは慣れている証拠だ。
「だからここで1つ調子づいた鼻の頭をへし折ってやろうと思ってな。ナタリーが問題を起こしてくれてありがたかった」
リべアルト支部長の顔に悪い笑みが浮かぶ。
この人は本当こういう表情が似合う。街中で見かけたらただの性悪女だ。
「どうりであんなに挑発めいた言い方だったのか」
男の性格上煽れば煽るほど反撃してくる可能性はある。そうなれば力でねじ伏せることができる。まったくもってギルドメンバーのそれだ。
男はまんまとそれに引っ掛かり己の大槌を支部長に向けて振り上げてしまった。
あとはさっきの通りだ。調子に乗って出た鼻が、きれいに削がれ真っ平らになっていた。
「まぁ、まさかあそこで英雄が登場するとは思いもしなかったな」
「あ、あの、その英雄さんのことなんですが……」
「ん? どうかしたか?」
「それってリべアルト様が呼んでいるだけってことは」
「ないな」
「そうですか」
何かを納得した様子のシャルロットに雫が分からないといったように首をかしげる。
俺は俺でなんとなくシャルロットの言いたいことが分かったが、一応聞いてみる。
「つまりあの英雄という呼び方はリべアルト支部長が嫌味で言っているわけじゃなく……」
「そうだ。正式に認められている」
やっぱり。
あの男、英雄と呼ばれていたトルバという男は実力を認められて英雄という呼び名を与えられた。
姉御と姫と同じように。
雫はそこら辺の説明はされていないようだ。
俺がかみ砕いて教える。
「あのな雫。この世界では実力を認められたギルドメンバーには違う呼び名が与えられるんだ。それが1つの地位として確立している」
「えっと……つまりあの英雄さんは、英雄というのを認められて呼ばれていると。決してだたの通り名じゃなくて英雄という存在として」
「そういうことだ」
「すご……」
雫もこれがどういった意味を成しているのか理解したようで珍しく素の声が出る。
エンシェンも声を上げる。
「確かにあのトルバという人からは、なんというか神性にも似たなにかが出ていましたね。普通の人とは頭1つ分抜けているというか。ただの人ではないのは見ていてわかりました」
「私もです。なんだか視線を引きつけられる、カリスマ性みたいのなのを感じました」
エンシェンの冷静な分析にシャルロットが少しだけ声を弾ませて同調する。
それに対して俺と雫は微妙は顔を見せた。
リべアルト支部長がそれを目ざとく見つけて意地悪く聞いてくる。
「ちなみにリュウカとシズクはあの英雄にどう感じた」
「俺は言った通りあんまり好きになれないかな。なんていうか、モヤッとする」
「モヤッとする……? なるほど嫉妬か。まぁ、確かにあいつの顔は嫌に整っているからな。元同性だった分自身のコンプレックスを刺激されるんだろう」
「やめてくれます。それだと俺が元々ブサイクだったみたいじゃないですか」
「違うのか?」
「いや、違わなくは……って、そうじゃなくて。あの英雄に関しては単純に自分とは合わないって思うだけです」
「合わない?」
「はい。まぁ、よくありがちと言いますか。かっこよくて善人ってなんか信じられないんですよね。善人すぎて逆にっていうか」
あとは、まぁ、ほら、メタいけど英雄と呼ばれるとなんというか敵対したいみたいなところがあるわけですよ。厨二が抜けてないので許してください。
俺の発言にシャルロットはよく分からないというように首をかしげた。
だろうなと思っていたのでこれに関しては別に何も言わない。この感情は何というか卑しい部分もある。純粋なシャルロットは知らなくてもいいことだ。
逆にリべアルト支部長はなぜだか納得がいったようにニヤついている。
そのまま視線は雫に移った。
「シズクは?」
「私は別になにも。まぁ、どっちかといえばリュウカ側だと思うかな」
「つまり英雄が好きになれないと」
「好き嫌いじゃないかな。単純に興味がないってだけです。英雄だろうとなんだろうと、リュウカであるかそうじゃないかだけなんで。リュウカじゃなかったら私には関係ないことですよ」
「達観しているというか、君はぶれないな」
「まぁ、こいつ追っかけて世界1つ捨てちゃったんで。今さら変わりませんよ」
雫の変わりないまっすぐな声に驚いた人は誰もいなかった。
雫はずっと一貫して変わらない。こっちに来てからも来る前も、リュウカを、ひいてはその中にある栗生拓馬を全てとしている。栗生拓馬じゃなければなにも無い。雫にとってはそれだけなんだ。
リべアルト支部長の顔がいっそうニヤつく。
クオリアさんと目配せするとお互い頷いて見せる。
すると突然部屋にバサッという音が響き渡った。
みれば今までリべアルト支部長の机にあった山のような資料の数々が空中に舞っている。
その中でリべアルト支部長は動くことなく、手を掲げている。
その手に3枚の紙が収まる。
まだ待っている紙をそのままにリべアルト支部長が呟いた。
「王族に、王子に会うにあたって君達にはその資格があるかどうか勝手ながら見させてもらった」
「は……?」
「合格だ。これまでの数々の言動から、君らにはその素質があると十分あると判断出来た。よってこれにサインをしてもらう」
リべアルト支部長が手を振る。それだけで手にあった紙が独りでに飛び、俺、雫、シャルロット、それぞれの前に静かに置かれた。
紙と同じように各々の前にペンも置かれる。
文言は誓約書と書かれており、内容はざっくりいうとこんな感じだった。
『上記の者の王族への謁見を許可する。
なお、今後この者が王族に発する言動は全て自己責任とし、ギルド会館及びそれら関係者による介入の一切を禁ずる』
TS異世界転生〜評価ランキング1位の世界に転生したら〜 まとい @matoi-sezol
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