第36話 男ってちょろいっすわ
掲示板の前に陣取った俺だったが、少しだけ誤算があった。
てっきり人垣はすぐにでもなくなり、慣れない俺がゆっくりと採取依頼の紙を吟味出来るとふんでいたのだが、待てども待てども人垣がなくなることはなく、どんどんと人がたまっていく一方だ。
しかもたちが悪いのは、1番前で掲示板とにらめっこしているのが大柄の男だということ。
その大きな体のおかげで掲示板が全く見えない。
後ろの人達もその大柄の男に対して早くしろというように睨んでいるが、
あまつさえ、睨みを聞かせていると感じ取ると、その屈強な体を動かし、しかめっ面をこちらに見せてくるというおまけ付きだ。
よって、誰も何も言えなくなってしまう。
まぁ、魔物討伐を主とするギルドメンバーになるぐらいだから、そういった自分勝手な奴がいても別に驚きはしない。
だがしかし、これは非常に迷惑極まりない。
屈強な体と持っている武器が大剣なだけに、周りに威圧感を発している。実力のほどもきっとあるのだろうことは、周りの反応でなんとなく分かってきた。
だからといって、邪魔であることに変わりはない。
こっちは早く掲示板を見たいというのに、いったいこの男はいくら時間をかけるつもりなのだろうか。そろそろいい加減にしてほしい。
ここにアーシャさんやミルフィさんがいれば一発だろうが、その2人は昨日から会館に姿を現していない。そんな助けを待っていたら日が暮れてしまう。
……いや待てよ、これはいい機会なのかもしれない。
不意に俺の頭になにかが閃く。
これまで考えても来なかったが、美少女である今の俺が同性ではなく異性、この場合は男だが、に対してはたしてどれだけの効果を発揮するのか。試すのにはうってつけの状況の様に思える。
これまで同じ女性にしかこの美少女パワーを使ってこなかったが、同性に効果があるということは、当たり前に異性にも効果があるはず。
さらに言えば、俺は元男なので男心はよく知っている。
どうせ試すなら、こういった自分が強いんですよーってアピールしている奴を狙った方が面白い。そこらにいる普通の男で試すのは、反応が分かり切って面白くない。だって、元々そちら側の人間だったし。どういった反応を示すかなんて、自分に置き換えて考えればすぐに想像がつく。
しかし、こういった自己顕示欲が強いタイプがどういった反応を示すかは、真逆の性格をしている俺には正直想像もつかなかった。見てみたいという好奇心が俺の体を動かす。
俺は悪戯心満点に口角を上げると、おもむろに前の人垣を分け入って、掲示板を見つめる男のすぐ後ろまで来た。
大柄な男以外が、なにをするのかというような目で俺を見てくる。
俺はそんなのおかまいなしに、男の背中を軽くツンツンした。
「ああ!? 誰だ、俺は今」
「あのー、ちょっといいですかー?」
男が振り向くと同時に俺は目を大きく開け上目遣いで大柄の男の顔を見つめる。
かわいく首をかしげるのも忘れない。
「な、なんだ嬢ちゃん」
大柄の男は自分を見上げる俺の目を見つめて少したじろぐ。
ほのかに頬が赤いのは見間違いじゃないだろう。
俺はさらに甘えるような猫なで声を出す。
「私ー、最近ギルドメンバーになったばかりなんですけどー」
ちょっと鬱陶しいぐらい過剰に演出するのがみそだ。
……つーか、こえー!! なんだこの声! まるで別人みたいな声が出るんですけど!? なんのなの!? これがいわゆる女性特有の声の使い方ってやつですか!? ぶりっ子声ってやつですかね!
俺は内心自分の声のあまりの変化に驚いていたが、それをおくびにも出さずに大柄の男に甘えるような声を出し続ける。
「依頼ってぇ、どうやって受けるのか分からなくって。よかったら教えてくれませんか?」
俺の迫真の演技に大柄の男は一瞬固まったが、すぐにその表情を満面の笑みに変える。
よし、落ちたな。
俺は1人小さくガッツポーズをとった。
「おおいいぜ!! 俺になんでも聞きな!!」
さっきの不機嫌そうな険しい顔つきとはうって変わって、上機嫌な表情で自分の胸を叩きながら大柄な男は俺にそう言ってニカッと笑う。
ちょろいわー。男ってホントちょろい。
「じゃあ、その、掲示板っていうのはどこなんですかね? そこで依頼を見られるって聞いたんですけどー」
「掲示板っつーのはここのことだ。ここに張ってある紙を見て依頼を受注するんだぜ!」
はい、知ってますよ。そんなこと。
俺は笑顔を崩さないまま男の言葉を聞く。
「依頼は早い者勝ちだからな。いい依頼はすぐに取られちまう」
黒髪美少女に助けを求められてノリノリなのか、男は俺が聞いてもいなのにさらに説明を続けてきた。
その間も視線がちょくちょく俺の胸の部分にいくのは、気にしないでやろう。
気持ちはよく分かる。
「そうなんですかー。知りませんでした」
俺は演技とは思えないほど自然に相槌をうつ。
実際演技じゃない。早い者勝ちというのは初耳だった。
「じゃあ私は難しいかもしれませんねー。私って、結構どんくさいっていうか」
俺はへらへらしながら、まるで非力な女の子の様に装う。
ちなみに、これはもちろん嘘だ。
だが、そんなか弱いアピールが男という生き物には効果的であって。
「安心しな! 嬢ちゃんが頼めば俺が代わりに取ってきてやるぞ」
さらに機嫌を良くした大柄の男が、白い歯を見せながらそんなことを提案してきた。
どうやら、男というのはどこの世界でも力のない女性には弱いらしい。保護欲だっけか、そんなものが刺激され、力になりたい気持ちが増すのだろう。
しかし、これはチャンスだ。男の言葉を利用して、今度は俺が攻めに転じられる。
もう十分美少女パワーは証明された。だったら、この男にはご退場願おう。
俺はこれまでよりもさらに表情を豊かにするのを意識して、満面の笑みを作った。もちろん、それは偽りの表情だが、美少女パワーでどうにでもなる。
声だけじゃなく、表情まで作れるとか、完璧すぎてむしろ怖い。
そりゃあ、男が騙されるわけだわ。
「へぇ! お優しい方なんですね!」
「おう、そうだぜ」
「正直、驚きました。てっきり私、自分がいい依頼を手に入れるために、自分勝手に掲示板の前を占領していたんだって思っていて……ごめんなさい! 私の勘違いだったみたいですね」
そう言って俺は1度笑顔を男に振りまいた後、粛々と頭を下げた。
俺の純粋な態度に男の顔が強張る。居心地悪そうに頬をポリポリとかいているのがはっきり見える。
俺はさらにたたみ掛けた。
「あのー……大丈夫ですか? なんだか具合悪そうっていうか」
「そ、そうか?」
「はい。汗もすごいですよ」
俺がのぞき込むように男の顔を見ると、俺の視線から逃れるように男の顔が明後日の方向を向く。目も泳ぎっぱなしだ。
いやー、こうして客観的に見ると、男って分かりやすいんだなー。
なんか元男とか関係なく、表情を見ていれば手に取るように気持ちが分かるぞ。
女子が鋭い理由がなんとなく分かったような気がする。
「もしかして、本当は意地悪な方……なんですか?」
うつむきがちの涙目という、俺のダメ押しの一撃が男の心にクリティカルヒットを与える。
こんな美少女の純粋な目を見たらもう何も言えまい。
「そ、そんなことないぞ! もうとっくに決まってたからな!」
大柄の男は焦ったようにそう言うと、手近にあった1枚の紙を掲示板から勢いよく取り、カウンターの方へと逃げるように走っていった。
「わぁー、決断が早いなんてなんて男らしいのでしょうかー」
そんな男を俺がこれでもかというほどの棒読みで見送る。体の前で小さく手を振ることも忘れていない。
やべー。美少女ってすげーわ。あと、男って弱いわー。
しばらくして手を振り終えた俺に、掲示板の前で会話の内容を見届けていた人たちの視線が一気に集まった。
「すげー」「かわいいのになんて勇敢なんだろうか」「惚れたぜ」
たくさんの賛辞が投げかけられる。
俺はそれに少し機嫌をよくして照れていると、俺の横を大勢の人が通り過ぎていった。そして、我先に掲示板の紙をちぎり取り、ギルド会館のカウンターへと向かっていく。
……あれー? 皆さんそれだけですー? 順番を俺に譲るとかしないんでしょうかねー。あの男どかしたの俺なんですけどー? ねーってばー。おーい……。
しかし、誰も止まろうとしない。男が居座っていた時とは大違いだ。
そうして最後に俺の横を通りすぎた女性が、すれ違いざまに呆気に取られている俺に声をかけてくる。
「良い性格してるわね。でも、ここは早い者勝ち。誰も遠慮なんてしないのよ、新人さん」
女性はそのまま自分好みの依頼の紙を手に取ると、カウンターの方へ歩き出していく。振り向きもしない。
俺はそれを見届けた後、1人寂しく掲示板の前に立つ。
掲示板を埋め尽くすほどあった紙の用紙は、多くのギルドメンバーによってちぎり取られており、その残骸ばかりが残されるありさまになっていた。
残っているのはせいぜい10枚もないぐらい。
依頼の紙よりも、見えている掲示板の壁の方が割合多くなっている。
「……まぁ、良いけどね別に。どうせ採取クエなんて誰も手を出さないだろうしさ。ていうかまず、そんな依頼、あるかどうかも分かんないし。ふんだ。おおらかな俺はそんなの気にしない。気にしないったらしないよ。うん。…………全員地獄に落ちろ!」
惨めにも掲示板の前で1人悪態をつく俺だった。
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