第35話 なんだか見たことある光景だな
「ぎゃああああああーーーー!!!」
俺の悲鳴が草原に響き渡る。
突然のこんな始まり方で非常に申し訳ないのだが、現在、俺は絶賛四足歩行のモンスターに追われている感じです。
四足歩行のモンスター、犬型と言うかオオカミのような形状のモンスターに群れで追われている黒髪美少女の図が、アイリスタ近郊の草原に繰り広げられていた。
場所が魔界ではなく緑豊かな草原であり、モンスターもオークではなくオオカミというだけで、昨日とまったく同じような目に遭っている俺。
服装もそのまま、武器も持ってない。
唯一違う部分は、俺の左ポケットにあるストレージの感触と、手に握る白い花ぐらいだろう。
というのも現在、俺ことリュウカはギルドメンバーらしくクエストの真っただ中にいるのだ。
なぜに1人で武器も持たずに、こうしてモンスター(魔物か? まぁどっちでもいいや)に追われるような、昨日と全く同じ状況に陥っているのかというと、それはリーズさんの宿屋を出た俺の行動が原因だった。
**********
この世界の通貨が全部電子マネーでの扱いだと知った俺は、リーズさんに食事代を払い終わったこともあり、リーズさんに一言言うと宿屋から出ていった。
いろいろとしたいことが山積みだ。
武器も何も持っていない俺はストレージさえあればいいので、これといった身支度の必要もない。
ここは意外と便利だった。
なにも持たずに宿屋のドアから出ていく俺にリーズさんは「いってらっしゃい」と笑顔で送り出してくれた。
ぜひとも「おかえりなさい」も聞きたくなる。
木造のリーズさんの宿屋から、レンガ造りの道に出た俺は、ひとまずはまっすぐに左に道を進んでいく。この先にはギルド会館がある。
まずはそこに向かおう。
そこから行動範囲を広げていけばいいかと、適当な気持ちで道を歩いて行く。
できればアーシャさんやミルフィさんに会いたいところだが、あの2人はなにかと注目を集めるからな。遭遇するのは難しいかもしれない。
ギルド会館の前に到着したところで、一応、辺りを見渡す。アーシャさんとミルフィさんがいるかもしれない。
結果から言うと、2人の姿はなかった。
「なんとなく分かってけどさ……だって、2人がいたらこんな静かなはずないもんね」
俺は1人で勝手に肩を落とした。
まぁ、遠くから会館付近の様子が見えてきた段階で、そうだろうとは思っていた。姉御と姫なんて呼び方されている2人がいたら、今頃騒ぎになっているもん。
会館の前は、それはもう通常営業のように人が時折歩いているだけ。
でも、ちょっとどこかに姿を隠しているんじゃないかと期待もしていたのだが、残念ながらその俺の考えは甘かったようだ。
見知った顔が誰もいない。
俺は一度会館の前で立ち止まる。
そして考え始めた。
さて、どうしたものか。
本当であれば武器屋なりを発見しておきたかった。魔物との戦闘において武器がないんじゃあ意味がない。せっかくの恩恵の効果も知っておきたかったし、なによりも早くファンタジーっぽいことをしたい。
しかし、そうなるとこの街の構造に詳しい人が欲しいところだ。
ギルド会館の受付のお姉さん曰く、このアイリスタの街はあまり大きくないという。適当に歩いていれば武器屋の1つぐらい見つけるのは簡単だろう。だが、見つけれたとしてそれからが問題だった。
リーズさんにこの世界の買い物の仕方は教わったが、はたして武器の知識など皆無の俺が見て、なにを買っていいか分かるだろうか。それに、教えてもらったとはいっても、支払い方もまだまだ完璧とは言い難かった。宿屋ではリーズさんのストレージにかざすだけでどうにかできたが、店となるとまさか個人のストレージを使うとは思えない。リーズさんも本当なら支払い用のストレージを普通は使うと言っていたし。
さらにだ。もし適当な武器を買えたとして、そこからギルド会館に簡単に戻れるかどうかも不安だ。
よく言う。行きはよいよい、帰りはこわい―――と。
なにか不測の事態があったとき、俺では対処できない。
だからこそ、アーシャさんやミルフィさんには会いたかった。あの2人はこの街に住んでいると言っていたし、ギルドメンバーなら武器にも詳しい。これほどに頼りになる人が俺の知り合いにいるだろうか。いるわけがない。
まぁ、リーズさんに聞くのも手だったが、言葉だけでは右も左も分からない俺ではまず店に辿りつけない。宿屋を1人で切り盛りしているリーズさんに一緒についてきてくださいなんて言えるわけもないだろう。
あの謎の人物は論外だし。
もうアーシャさんとミルフィさんに頼るしかないのだが、残念ながら2人はあれ以降、俺の前に姿を見せていない。見せられないのが正しいのかもしれないが、それでも、今の状況で俺1人で武器屋を探すことは、やめておくことにした。
恩恵を確かめるのはまたの機会にしよう。
そこまで考えたところで、俺はギルド会館の中へと歩みを再開させた。
武器が無理なら、まずは依頼というのを試そう。
いくらギルドメンバーが魔物の討伐を主とした集団でも、それ以外の依頼もあるはずだ。ゲームで言うなら『採取クエスト』みたいな。
ギルド会館ならば駆け出しのギルドメンバー向けの依頼もあって然るべき。
そんな思いで俺は会館に入ってすぐの掲示板らしき場所に向かう。
報酬の額も見れば、なんとなくこの世界の金銭感覚もつかめるだろうし。
リーズさんの食事が10ルペだったのが、安いのか高いのかも掴めるかもしれない。まぁ、ヘイバーン支部長曰く「1日で使い切る方が難しい」という5万ルペが毎日懐に勝手に入る身としては、金銭感覚なんて必要ないのかもしれないが、しかし、普通の感覚を知っておくに越したことはない。
おかしな金額に対してなにも思わず支払うようなことをすれば、変な目で見られる。特に一文無しだと知っているアーシャさんやミルフィさんの前でそれをするのは一番よくない。
なんとなくお嬢様だからで済むような気もするけど……というか、たぶんアーシャさんが勝手に解釈してくれるだろうな。
それでも一文無しから急に大金持ちになっていれば、アーシャさんでも不振がる気がする。あれで、姉御と呼ばれているほどの人物だ。オークに追われている俺に対するアドバイスは冷静で的確だったのを思い出す。
あの人も普通にしていれば鋭いのだ。ちょっとの変化で違和感を覚える可能性は十二分にある。
そういった場合のことも考え、簡単そうな依頼を受けるために、俺は掲示板の前にいる人の最後尾に陣取ることにした。
……この選択が後の、見たことある光景へと向かうとも知らずに。
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