第72話 お姉ちゃん

 俺がシャルロットにパーティーの結成を持ちかけた次の日、早くも依頼を達成させるために、早朝にリーズさんの宿屋の1階で待ち合わせることにした。2人して並んで宿屋を出ていく。

 見送ってくれたリーズさんの笑顔は今日も素敵だ。

 しかも、隣にはケモミミ白髪美少女。

 まぁ、例によってフードを目深にかぶっているので見えないが、中身を知っているのと知らないのとでは気持ちの高揚は桁違いだ。

 まだ起きてない静かなアイリスタの街並みを俺はうきうきしながら歩いていく。

 目的はアイリスタの入り口付近。

 そこにある馬車乗り場へと俺たちは向かっていた。


「熱くないの?」


 俺は隣を歩くシャルロットに話しかける。

 朝早いとはいえ、気温はそれなりに高い。俺でも熱くて上着を脱ぎストレージに入れたぐらいだ。

 ストレージはショートパンツのポケットの中。

 少々固い感触で歩きにくいが、それでも体にしまうことは極力していない。

 まだまだ現代っ子の血は残ったままだ。

 とはいえ、さすがに戦いになったらしまうけどね。


「熱くないですよ」


 シャルロットは何気なく答えた。

 無理しているわけでもなく、声はいつも通りだ。


「えぇーうそー? 私、結構熱いんだけど……」


 言っている今でも見えない背中とかに汗をかいている。


「あれ? 知らないんですか?」


 シャルロットが聞いてくる。


「なにが?」

「魔法で温度調節できるんですよ」


 シャルロットは俺を見上げてそう言った。

 顔はなにを当たり前のことをっといった感じだ。


「うそ……初耳なんだけど……」

「基礎魔法ですよ。家族とかに教わらなかったんですか」

「いや、うち魔法使えない家系だから……」


 嘘は言ってないぞ。

 なんていったって、魔法はおとぎ話の中のことなのだから。現代日本にはない。ファンタジーだファンタジー。

 まぁ、そんな夢の世界に今現在俺はいるんですけどね!


「それこそ初耳です。そんな家があるなんて……リュウカさんてどこ出身なんですか?」

「バルコンド」


 ってことになってる……。

 俺は心の中でだけでそう付け足した。


「あぁ、バルコンド。あの山岳地帯の街ですか……行ったことないですね。ふーん、そんな家系が……私の街では聞いたことありません」

「シャルロットはどこ出身なの?」

「私ですか……? 私は……」


 そこまで言ったところで、ハッとした様にシャルロットの口が止まる。


「……私のことはいいじゃないですか」


 結局はぐらかされてしまった。

 ケモミミがあるだけに、小動物のように警戒心が強いのだろうか。

 話したくないみたいに見えるし、無理に聞くのはよそう。どうせ聞いたって分かんないしな。


「でも納得です」

「……?」

「温度調節の魔法を知らなかったのなら、防寒着でもあるマフラーが欲しくなるのも頷けます。うんうん」


 1人で勝手に納得してしまったシャルロットに、俺は心の中でだけ突っ込んだ。

 いや、別にそんな理由じゃなくてだな。ていうか、シャルロットの前で理由は言ったと思うんだけど……もしかして、分からなくてなかったことにされたのか……?

 そうだったらこの子、ある意味で面白い子だな。


「バルコンドは寒いと聞きます。やっぱり防寒着は故郷を思い出すのですか?」

「いや、ええっと……」


 なんかよく分からない方向に話が進んでいるような気がするが、ここで流れを断ち切ってしまうのもなんだしな。

 それになんだかシャルロットが楽しそうだ。ここは話に乗っておこう。


「そう、そうなのよ! 山の上にあるから寒くってね!」

「ああやっぱりですか。分かりますよ。昔お姉ちゃんも言ってました。バルコンドは木々もない岩肌にたっている街だから、きっととても寒いだろうって。でも、だからこそ独自の文化があるんだとか。行くなら魔法か防寒着が必要だなって楽しそうに。だからこれからたくさん修行して、いつか私をそこに連れてってくれるって……」


 そのままシャルロットは思い出話に花を咲かすのかと思いきや、勢いはすぐに衰え、上がった顔も下がり、フードを力強く掴んでしまった。


「ご、ごめんなさい……」

「全然いいよ。気にしないで。でも、シャルロットってお姉ちゃんがいたんだ」

「はい。一応、姉が1人」

「だからね。ちょっと妹属性入ってるなって思ったのは」


 実際本当の妹なのだ。納得納得。こんな妹がいたら絶対大切にするわ。


「仲いいんだね。連れてってくれるなんて」

「それは昔の話です。今は違います」

「そうなの?」

「はい。きっと姉は私のことが嫌いなんです。でも、仕方がないんです。どうしようもないことですから……」


 そう言って笑った顔を見せてくるシャルロットの顔は、笑えてはいなかった。

 目は潤み、口元をあげているも端がひくついている。

 無理しているのが丸分かりだ。

 しかし、昨日知り合ったばかりの子の家族の問題に踏み入るほど、俺はまだシャルロットと深い仲にはなれていない。勇気もない。嫌われちゃったら死ねる。

 なのでこんな俺が出来ることと言えば、美少女なのを利用してシャルロットの頭を軽くなでることぐらいだ。

 フード越しの頭を優しくなでる。

 耳の感触はある。今は垂れ下がっていた。


「すみません。ありがとうございます」

「いいよー。気にしないで。それよりも見えてきたね。馬車乗り場」


 俺はあえてそう言って目の前を指さした。

 そこには初めてアイリスタの街に来たときに見た馬車の宿舎がある。

 まだ朝早く、誰も人がいない。


「やってるかな?」


 遠目には分からない。


「大丈夫ですよ。ギルドメンバーが使う可能性が高い施設は、だいたい何時でも利用可能になってますから」

「そうなんだ。知らなかった」


 まぁでも当然か。

 いつどこで何があるか分からない仕事なのだ。ある時間帯が使えないとなれば不便でしかない。


「まったく、ギルド会館も見習ってほしいね」


 ついつい愚痴がこぼれてしまう。


「会館ですか?」

「そうなのよ。この前ね、ていうかシャルロットを助けた夜なんだけど。まだシャルロットがどこに泊まってるかも分からなかったから、頼みの綱としてギルド会館に寄ったのよ。でも開いてなくって。困ったのなんのって。嫌だよねー。これだからお役所ってのは……」

「ん? おかしいですね。普通、ギルド会館が閉まることはありませんよ? ギルド会館はギルドメンバーが使うための施設なので、いつでも何時でも開いてます。閉まってたなんて聞いたことが」

「うそ!?」

「本当です。まぁ、さすがにいつも絶対とは言えません。なにかトラブルでもあれば閉めなくちゃいけないでしょうけど……滅多にありませんよ」


 シャルロットが言っているのが本当だとしたら、つまり俺はその滅多にないことを引き当ててしまったことになる。シャルロットを助けたその日に。

 なんということか。運が悪い。

 昨日会館に行ったときは、この依頼を見つけてすぐに、もう1人必要だとして走って帰ってきてしまったからな。あの受付のお姉さんに愚痴れなかった。

 受注のときも、テンションが上がってすっかり忘れていたし。

 ミスったな。なにがあったか聞いておけば良かった。


「ああ……運が悪いな」

「ごめんなさい」

「ううん。シャルロットのせいじゃないから謝らなくても」

「いえ、たぶん私のせいです。おわびに私が馬車の手配をしてきます」


 そう言って俺の方に手を差し出してくる。


「依頼書を貸してください」

「え? 別にいいのに」


 そう言いながらも俺はストレージから依頼書を出した。

 馬車の手配はこの依頼書を見せればいいらしい。名前もない場所なので、定期便がなくこうして手配するのだとか。

 なので、いつもは職員が預かる依頼書もこうして持ち歩けるのだと、受注した時にあの受付のお姉さんが言っていた。

 出した依頼書をシャルロットが取ると、1人で足早に向かっていってしまう。


「あ……行っちゃった。ほんとに気にしなくてもいいのに」


 行ってしまったシャルロットの背中を見つめて俺は立ちつくしていた。

 意外と強引なところあるよな。あの子。

 それに、依頼書を取ったとき、シャルロットがなにやら気になることを言っていた。


『これぐらいだったら大丈夫』


 誰にも、俺にも聞こえないのではと思うほどの小さな声で、シャルロットはそう言って去っていってしまったのだ。

 大丈夫とはいったいなんだろうか。

 たかが馬車1つ手配するだけだ。依頼書を見せればそれで済むのに、大丈夫とはいったい。

 なーんか、隠してるよねシャルロットって。怪しいところが多々ある。

 フードを目深にかぶるのもそうだし、依頼の協力を拒み続けたのも。そして、今日初めて出てきたワード『お姉ちゃん』。お姉ちゃんの話をしたときのシャルロットは、最初楽しそうだったのに急に寂しそうな顔になった。

 きっと隠しているのにそこら辺が関係してくるんだろうなとは思う。

 ……まぁ、話してくれないうちは聞くつもりもないけどさ。

 シリアスは苦手だ。

 シャルロットが笑っている内はあまり気にしないでおこう。

 もしものときはまぁ、なんとかするだろうけど。

 ケモミミ白髪美少女を助けない選択肢とか、マジあり得ないから。


 

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