第71話 リュウカとシャルロット パーティー結成

 あんなことを思ったのにもかかわらず……。


「お願い!! 一緒に依頼を受けてほしいの!!」


 現在リュウカさんは私の部屋に来ていて、椅子に座ることなく1枚の紙を机の上において私の拝み倒していた。

 事の発端はあの後、1時間も経たないうちに帰ってきたリュウカさんだった。

 私は昨日のこともあり、今日はどこにもいかずに部屋で大人しくしていようと思って、ベットに寝転がっていた。罪悪感もあったし、なによりも迷惑をかけたばかりで、どこかに行く気にはなれなかったのだ。

 そんな感じで、部屋で1人、ベットでぼーっとしていたところ、突然部屋のドアが思いっきり叩かれた。

 飛び起きた私は恐る恐るドアを開けると、息を切らせたリュウカさんが1枚の紙を持ってドアの前に立っていたというわけである。

 そして、現在に至る。


「どうしてもこの依頼の報酬が欲しくってさ」


 そう言ってリュウカさんが見せてきた紙を私はもう一度見た。

 紙に書かれていたのは、街外れの名前もない、とある場所にある一軒の民家からのSOSだった。内容は簡単だ。敷地内を荒らす魔物の討伐。

 討伐対象は『ウォーター』

 読んで字のごとく、体が水で出来たよく分からない魔物だ。1体1体はさほど強くなくて、攻撃も弱く服が濡れる程度。

 下手をするとギルドメンバーに頼まなくても、一般人でもどうにかなるような魔物の討伐だった。

 よって、掲示板に掲載されても誰にも見向きもされずに残っていたところを、リュウカさんが見つけてきたというわけだ。

 それで、リュウカさんがなんで私のところに来ているのかというと、その依頼には条件が設定されていた。

 条件は2人以上のギルドメンバーでないといけないというもの。

 1人では受けることもできなかったようだ。

 リュウカさんが受付でそう言われたと嘆いていた。


「お願いシャルロット。あなたにしか頼めないのよ~」


 机に突っ伏してリュウカさんが私を上目づかいで見る。

 

「何度も言ってますけど、お断りします。私、誰かと一緒にとか無理なので」

「そこをなんとか!」

「無理です」


 私は拝むリュウカさんを突っぱねる。

 この耳のことを知らないリュウカさんには、私がただの意地悪に見えていることだろう。しかし、そう思われてたとしても、私はリュウカさんのお願いを聞いてあげることはできない。私の運命にリュウカさんを巻き込みたくはなかった。


「うー……意地悪……」

「し、仕方ないじゃないですか。無理なものは無理です。そんな涙目で見つめないでください」


 私は心を鬼にして拒む。


「だいたいなんでこの報酬がそんなに欲しいんですか。たかがマフラー1枚でそこまで本気にならなくても……」


 私は呆れる。

 リュウカさんの持ってきた依頼の報酬は、条件アリの依頼にしてはしょっぱすぎるものだった。

 お金でも武器でもない。

 ただのマフラー。

 しかも、1枚というよく分からない個数設定で。

 普通、複数の人数で挑む依頼だったら、報酬だってその人数分用意するのが常識だ。そうすれば争いも起きないし、気兼ねなく依頼を受けられるというもの。ましてや、見向きもされない状況には陥らない……と思う。

 まぁ、私もまだギルドメンバーになって間もないのではっきりと言いきれないが、それでもリュウカさんの持ってきた依頼は首をかしげたくなる代物だった。


「たかがですって……」


 すると、突然リュウカさんの眉毛がぴくつき、そう思った時には勢いよく立ち上がっていた。


「たかがマフラー1枚。されどマフラー1枚なのよ!!」


 高らかと宣言するリュウカさんに、私は開いた口が塞がらない。


「いい!? 私はずっとなにかが足りないと思ってたのよ! なにかこう、決定的なものが!」

「は、はい」

「確かに私はかわいいわ! 絶世の美少女と言っても過言ではない。でもこう、胸を打つようなかわいさ? そう、言うなれば萌え! 萌えが足りなかったのよ!」

「もえ……?」


 なにを言っているんだろう。

 なにか燃えるのだろうか。よく分からない……。


「今や黒髪巨乳美少女なんてどこにでもいるヒロインの1人! 言ってしまえば量産型なのよ! 大量生産、安売りよ!」

「は、はぁ…………」


 私は言葉を失っていた。というか、なにも言わない方がいいような気がしてならない。

 今なにか言おうものなら噛みつかれると本能が言っている。


「そこでこの依頼の内容よ! もう見つけたときにびびっと来ちゃったのよね~これだ!って。そう。忘れてたわ。私、マフラー女子が好きだって」

「マフラー女子ですか……」

「そうよ! マフラー女子。寒い冬、かじかんだ指先を温めるように吐く白い息。そして首元には暖かそうなマフラー。長い髪がマフラーの中に入ってて、ちょっと膨らんでるの。ああ……なんてかわいいのでしょうか。想像しただけでもうやばいな……」


 1人の世界に行ってしまったリュウカさんを、私はポカンと見つめたまま固まっていた。


「せっかく女性になったんだからやってみなくちゃいけないわよね」

「……ん? 女性になったから?」

「おおっと! 細かいのこといいのよ。とにかく! 私はマフラーが欲しい。マフラー女子になりたいの! 協力してくれない!?」


 リュウカさんが私の手を握ってキラキラした目で見つめてくる。

 その純粋で悪意のない目に、私の心は罪悪感でいっぱいになる。受けてあげたい。協力してあげたい。でも……。


「……私じゃなくてもいいじゃないですか。それこそ、姉御と姫にでも頼んで」

「ダメなのよ……あの2人毎日拠点の見張りとかで、街にいなくて。帰ってきても修行だっていなくなっちゃうし……」


 まぁ、修行は私のせいだけど……そうリュウカさんは最後に付け足した。


「だから、シャルロットにしか頼めないのよ! お願い! 私と一緒にパーティーを組んで」

「そう言われても……」


 私はそっとフードに隠れている耳に意識を移した。

 この耳がある限り、私の運命は変わらない。1人でいる分には別にいい。私が我慢すればいいし、注意すれば問題ないのだ。

 しかし、一緒に依頼を受けるということは常に行動を共にするということ。今までの経験から言って、リュウカさんも私の影響を受けてしまう。

 助けてくれたときに見た実力で言えば大丈夫だろうけど、それでもなにがあるか分からない。なんていったって、体に入れていたストレージが落ちるぐらいなのだから。耳の力は強力だ。

 リュウカさんの申し出は嬉しいけど、やっぱり……。


「ダメ、かな……?」


 リュウカさんがダメ押しとばかりに伏し目がちな目で、私の顔を覗き見てくる。

 かわいい……そんな顔で見られたら断りづらい。


「……なんで私なんですか」


 気づけばそんなことを聞いていた。

 言った途端自分で自分の口を塞ぐ。

 これはいけない。こんなこと聞いていいはずがない。

 頼ってくれている相手に対してこんなことを言うのは失礼になる。まるで、自分の評価を他人に求めているようだ。

 卑しい自分が露呈してしまった。

 これは、リュウカさんでも怒ったかもしれない。

 私は謝ろうと顔をあげたところ、リュウカさんの微笑んだ顔が目に飛び込んできた。

 笑ってる……?


「かわいいから」

「へ?」

「シャルロットがかわいいから。他に理由いる?」


 私の顔がぼっと熱くなったのを自覚した。

 え? かわいい? それだけ? それだけで依頼を一緒にやろうって言ってくれてるの?


「え、えっと、その……」

「だってさ、こんないい子他にいないじゃん。それに、ケモミミ白髪美少女ときたもんだよ。一緒に行動する理由には十分じゃない?」


 当たり前だと言わんばかりにリュウカさんはあっけらかんと答えた。


「だからお願い! 一緒にやろ? ね?」


 またもやリュウカさんが上目づかいで見てくる。

 驚いた。もっと別の理由があるのかと思ったけど、むしろほとんどちゃんした理由がなかった。

 ここまで正直な誘いが、今まであっただろうか。

 少なくとも私は体験したことがない。まぁ、耳のせいでほとんど誰かに誘われたことなどないが、それでもこんな誘い方聞いたことがない。

 なんか、バカバカしくなってきちゃったな。

 私なに気にしているんだろ。まるで悲劇のヒロインみたいに自分を下げて。そんな自分に酔って。

 こんなにも正直に生きてる人もいるんだ。

 私だって、ちょっとは自分の気持ちに正直になってもいいのかな。

 不思議と、リュウカさんを見ているとそんな気持ちになってきた。


「……分かりました。やります」


 気づけば、私の口からはそんな言葉がもれていた。


「ほんと!? ありがと!!」

「ただし!」


 私は咄嗟に出てしまった、リュウカさんに対する了承の返事をした後、慌ててある言葉を付け足すために大声をあげた。


「もし予想だにしないことが起きても、私にはどうする力もありませんよ。それでもいいですか?」

「なにそれ? まるで、そうなることが分かってるみたいな」

「いいですから! 答えてください」

「ん? まぁ、別にいいよ」


 リュウカさんは思いの外軽い返事を返してくる。


「私、死なないし。もしものときは守ってあげる」


 こうして、私はリュウカさんの押しに負け、一緒に依頼に行くことになったのだ。

 耳のことはもちろん隠したままで。

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