第70話 シャルロットの胸中

「まったく……やっと行きましたか」


 私はリュウカさんの出ていった部屋のドアを見て嘆息していた。

 足の方は大丈夫。魔法が効いて完治している。体の方もぐっすり寝て万全の状態だ。

 申し訳ないことをしてしまった気がしてならない。

 私が寝ていたのはリュウカさんのベットの上。きっと、リュウカさんは朝まであの椅子に座っていたのだろう。

 

「ああ……間違っちゃったかな」


 依頼の途中だったと言っていたからギルド会館に行って下さいと言ったけど、本当であればリュウカさんにも休んでもらった方がよかったかもしれない。

 実際に群れから助けてくれたのはリュウカさんなのだし、疲れているだろう。

 でもなんだか不思議。そうは思えないほど元気だった。

 無理してるわけじゃなくって、あれがリュウカさんの素だったように思える。

 きっと、自分に正直に生きてるんだ。私とは大違いだな。

 私はそっと自分の耳を触った。

 もちろん、普通についている耳じゃなくって、頭頂部から生えている耳だ。

 触ったのに感触は伝わってこない。

 ピコピコを動いていることだけは分かる。


「ふふっ、よっぽど嬉しかったのね私。かわいいって言われて」


 この耳は私の感情のままに動く。

 私が隠したいと思っても、本能のままに動くのだ。

 ピコピコと激しく動くのは嬉しい証拠。

 初めてだった。この耳をかわいいとあんな真っ正面で言ってくる人なんて。

 嫌わず、気味悪がず、むしろ好感を持ってくれていた。耳があるからいいなんて言われるの、今まで想像もしてなかった。

 なにからなにまで特殊な人。

 それがリュウカさん。

 あんなだから、アイリスタでも有名な姉御と姫と知り合えるのかな。

 それでもやっぱり、強いんだろうな。

 私を守ってくれたリュウカさんの力は圧倒的なものだった。

 私なんて武器すら出せなかった。それもこれも、なんでか体から出てしまったストレージのせい……いや、その全てはこの耳のせいか。

 私は何となく自分のポケットに手を入れる。

 あるわけないのに。ギルドメンバーになって何度、ストレージをなくしたことか。ギルドの受付の人にも呆れられていた。

 もっと注意してと言われたほどだ。

 また振り出しかな。ストレージがなくっちゃお金も何もかも失われてしまう。

 発行は簡単だが、それでも失ったものは戻ってこない。

 一人で嘆息していると、不意に手に固いものが当たった。

 私は驚いてそれをポケットから取り出した。


「これ……私のだ」


 私が触った途端文字が浮かび上がってきた。

 そこにはシャルロットという文字の他に所持金などが記載されていた。その全てがなくしたと思っていた私のストレージと全く同じだった。


「うそ、なんで」

「――……あ、そうそう! 言うの忘れてた!」


 すると、突然部屋のドアが開き、走っていったはずのリュウカさんが帰ってきた。

 驚き固まってる私に笑顔で言ってくる。


「なんか近くにストレージっぽいもの落ちてたから、ポケットに入れておいたよ! もしかしたらって思って!」

「え、あ、はい」

「違ったかな!?」

「……いえ! 大丈夫です! 私のでしたから!」

「そっかそっか! よかったね」

「ありがとうございます」

「気にしないでー。じゃ! 私、行ってくるね!」


 そう言ってリュウカさんは完全に私の前から走り去っていった。

 私は視界がかすむのを自覚する。

 なんで、こんな……こんなにもリュウカさんは優しいのだろう。

 ほんと、正直に生きてるっていうか、純粋にいい人なんだってのが体からにじみ出ている。

 あの屈託のない笑顔はいったいどこから来るのか。

 隠し事だらけの私とは大違いだ。


「でも、だからこそ、リュウカさんはなにも知らないんだ。この耳のこと」


 私は確固たる意志で耳に触れた。

 リュウカさんはいい人だ。そんな人を私の運命に巻き込むわけにはいかない。

 幸い、リュウカさんはこの耳のことを知らない。

 というか、治癒魔法も初めて見た感じだったし、もしかしたら全然知らないことばかりなのかもしれない。

 私のことも、素性を知らずに自分の部屋に入れてくれたし、きっとなんでも受け入れちゃう人なんだと思う。

 懐に入るのが上手いというか。人との距離感をいい意味でなくすというか。

 そんな性格だからみんなリュウカさんと関わると笑顔になる。

 前に宿屋の前でリュウカさんと姉御と姫が話しているところを見たことがある。

 その時も、不思議と楽し気な雰囲気だった。

 リーズさんもリュウカさんと話しているのを見るととても楽しげだ。

 そうつまりは……。


「私はいちゃいけない」


 私はリュウカさんの部屋から出る。

 向かいにある私の部屋へ行くには階段を下り、いったん1階に降りた方が早い。

 その間ずっと考えていた。

 私はリュウカさんと関わってはいけない。私がいたらあの笑顔が消えてしまう。それだけは阻止しないと。

 そう思いながら1階に行くと、受付のカウンターのところに入り口に向かって手を振っていたリーズさんと目が合う。

 ニコッと笑うとわざわざカウンターから出て、私の前に来てくれた。


「足、治ったみたいね」

「はい。治癒魔法使えるのでそれで」

「そっか。だからね。リュウカさんが飛び出していったのって」


 出入り口を見てリーズさんが呟く。


「安心したから」

「はい。たぶんそうだと思います」

「ふふ。いい子ね」

「そうですね」


 私は頷くと、取っていたフードを被りなおした。


「でも、何も知らない。耳を見てもなんにも反応しなかった」

「まぁそれは仕方ないと思うわよ」

「え……どうしてです?」

「ん? 気になるの?」

「いえ、その……」


 私は口ごもった。

 リーズさんの言い方だと何か知っている風に聞こえてしまったから、反射的に聞いてしまったが、考えてみると失礼なこと。助けてくれた人のことを聞くなんて。疑ってるみたいだ。


「ごめんね。話せないの」


 体の前で手を重ねてリーズさんが私に謝ってくる。


「でも安心して。リュウカさんは悪い人じゃないよ。それは言える」

「私もなんとなくそう感じました」


 だから関わっちゃいけいないと思ったんだ。

 私と関われば不幸になるから。


「面白いわねぇ」


 リーズさんが出入り口にやっていた視線を私に向けて唐突に呟いた。

 その表情は思っていた通りニコニコだ。


「前にシャルロットさんがリュウカさんを背負って、部屋まで運んだことあるでしょ」

「はい。帰ってきて早々床に寝ちゃったやつですね」

「そうそう。でも今度はまるで逆。リュウカさんが眠っているシャルロットさんを背負って自分の部屋に運んでた。まさか、襲われたなんて知らなかったから、なんだか面白くなちゃって。仲良くなったのかと思ってついつい笑顔になちゃったわ」


 そう言いながらその時の情景を思い出してるのか、リーズさんの顔はずっと笑顔だった。

 仲良くなったか……リーズさんはただ単に言った言葉なのかもしれないけど、私の心には深く刺さった。


「……仲良くなんてなれません。この耳がある限り」


 そのまま私は下ってきた階段と逆の階段を上り、正面にある自分が借りている部屋の扉に手をかける。

 部屋に入る前に1度後ろを見たら、リーズさんの寂しそうな顔がそこにはあった。罪悪感を感じながら、私は部屋に入っていく。

 

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