第73話 シャルロットと有名人2人

 シャルロットが帰って来るまでやることがない。

 ただ単に馬車の手配をするだけのこと、そんなに時間がかかるとは思えないものの、何分なにぶん初めてでどれぐらい待ってればいいか分からない。

 そう言えばシャルロットもギルドメンバーなり立てだって言ってたし、大丈夫だろうか。

 今になって少しだけ心配になってきた。

 あんなかわいい可憐な子に任せてよかったのだろうか。

 まぁ、かっさらわれる感じで取っていったし止めようもなかったし、仕方がないんだけど……やっぱり心配だ。

 俺はシャルロットが消えていった建物に入ろうと足を踏み出した。


「お、リュウカじゃないか」

「ほんとね」


 すると、突然後ろから2人に声をかけられた。

 俺は足を止めその場で振り返ると、その2人組を見て普通に話しかける。


「あれ? アーシャさんにミルフィさんじゃないですか。どうしてこんなところに?」

「私たちはこれから拠点に行くんだよ。そんなことよりも、お前はどうしてここにいるんだ?」

「そうね。こんな時間に珍しい。なにかあったの?」


 心配してくれているのか、俺に対して優しい声音のアーシャさんとミルフィさん。

 こうやってみると、ほんとこの2人ってお姉さん系だなぁと思えて仕方がない。ナチュラルに俺のことを心配してくれる感じとか特にそう思わせる。

 シャルロットと話していると、なんだか自分がお姉さんになった気分になるけど、やはりこの2人を前にすると妹というか、どうしても年下感が隠せない。

 俺はかぶりを振りながら答えた。


「ああいえ。なにもありませんよ。ちょっと人待ちを」

「ん? 他に誰かいるのか」

「ええ。依頼の協力者と言いますか。そんな感じの子が今は馬車の手配に行ってくれてます。まぁ、さっき行ったばかりでいつ戻ってくるか分からないですけど」


 そう言いながら俺は軽く笑いかけた。


「馬車の手配ならすぐだろ」

「そうね。依頼なら依頼書見せてるはずだから、そう時間はかからないと思うわよ」

「そうなんですね。じゃあ、そろそろ―――」

「リュウカさーん! 馬車の手配できましたよー!」


 すると背中の方から、タイミングよく元気なシャルロットの声が聞こえてきた。

 振り返ると、こちらに手を振るシャルロットが見える。

 なにがそんなに嬉しいのか分からないが、飛び跳ねながら嬉しそうにこちらに来るシャルロットに俺は癒された。

 本当に小動物だ。あの整った顔とケモミミが見えないのが残念なところである。


「ありがと」

「いえいえ、むしろこれぐらいやらせてください。助けられた借りもありますから」

「そんな。気にしなくていいのに」

「そういうわけにはいきません」


 そう言って何気なく俺が話していた相手を見るシャルロット。


「っ―――」


 息をのむ音が聞こえてきた。

 あんなにも嬉しそうだったシャルロットが止まった。

 固まったといった方が正しいかもしれない。

 まぁ、それも仕方がないだろう。この街でギルドメンバーをやっていて、この2人を知らない人はいない。

 姉御と姫が突然目の前に現れたらこんな反応もする。


「この子……」

「どこかで見たことあるような……」


 アーシャさんとミルフィさんも、シャルロットの姿を見てなにやら思案顔だ。

 見たことあるというか、一度接触しているのだが、あの後温泉とか魔物の襲撃とかでいろいろあったからな。記憶の奥底にいってしまったのだろう。

 リーズさんの宿屋に泊まっているもう1人の客だとは2人とも分かっていないようだ。

 俺はそんな2人にシャルロットを紹介しようかと、手をシャルロットの方にやりながら口を開いた。


「この子は前にリーズさんの宿屋の前でぶつかった子ですよ。覚えてませんか? ほら、このフード姿」

「……あぁ、確かにいたな。私とぶつかった子だ。あの時はすまなかった」

「い、いえ……」

「もう、アーシャちゃんが動くから~。ごめんね。アーシャちゃんが落ち着きなくて」

「違うだろ。お前が抱き着いてきたのが悪いんだ」


 仲良く言い合う2人を見ながら、俺は一安心してホッと胸をなで下ろした。

 ひとまずは思い出してくれたようだ。

 あとは、名前を教えておけば困らないだろう。


「この子、シャル」


 そう俺がここまで口にしたとき、不意に伸ばしていた手をシャルロットに掴まれた。

 力強く引っ張られる。


「ちょ、ちょっと、どうし」

「―――行きましょうリュウカさん! 馬車が待ってますよ!」


 そう言ってまるで逃げるようにアーシャさんとミルフィさんの前から離れていく。

 俺は戸惑いながらもついて行くしかない。

 離してくれる感じではなかった。


「ごめんなさい! 私そろそろ行かないといけないみたいなんです!」

「あ、ああ……気をつけてな!」

「またね~リュウカちゃ~ん」


 振り返った俺に手を振り見送ってくれる2人。

 その2人に背を向けると、シャルロットに掴まれたまま用意されていた馬車に乗り込む。

 なぜだか、シャルロットの手は馬車に乗り込んでもずっとそのままだった。


「もう大丈夫です。行って下さい」

「了解いたしました」


 そんな短い会話をシャルロットと運転手がして馬車は目的地に向かい動き出した。


        **********


 リュウカが乗った馬車が走り出し、アイリスタから出ていく。

 結局、リュウカと一緒にいた人物の素性は分からずじまいだった。

 まぁ、あいつのことだから心配はいらないだろう。それに、声を聞く限りまだ幼い女の子だ。

 あか抜けない高い声をして、馬車の手配が出来たと喜ぶさまはまるで、リュウカの妹のようにも見えた。

 フードで顔を隠しているのは気になったが、悪い子ではなさそうだ。


「どうかしたのアーシャちゃん。リュウカちゃん達の乗った馬車なんて見つめて」


 ミルフィが首をかしげながら私の視界に入ってくる。

 私は走り去る馬車に向けていた視線をミルフィの顔に移すと、なんでもないかのように首を振り歩きだした。いつもの日課となった拠点行きの馬車に向かう。


「でもよかったね。リュウカちゃんに私たち以外の仲間が出来て」


 そう言うミルフィは本当に嬉しいのようで、満面の笑みを私にむけてくる。


「こんなに早くにどこ行くのかな?」

「さぁ、分からん。ただ依頼っていって馬車に乗ったところを見るに、街の外で暮らしている誰かからの依頼を受けたんだろ」

「それは分かってるわよ。でも、それにしては朝が早くない? 普通、そういった依頼ってなにかしらいろいろ準備してから行くものでしょ?」

「そんなこと考えても仕方がないだろ。あと、私に聞くな」

「だよね。ごめんごめん」

「まぁいいが……なんだ? 心配なのか?」

「別にそうじゃないわよ。だって、リュウカちゃんだもん。心配いる?」

「……いらないな」


 私は呟くと、歩く足を速めた。


「私たちも行くぞ。負けてられん」

「うふふ。そうね」


 私とミルフィは互いに顔を見合わせて笑うと、そのまま拠点行きの馬車に乗り込む。

 いつもと変わらない日課。

 早朝にミルフィと一緒に馬車に乗り込み、そして魔界近くの拠点に向かう。

 そんないつものパターンに私の思考がおろそかになったのは認める。

 このときにはもう、あのフードの少女らしい子のことなど気にもしなくなっていた。

 私も、ミルフィも、互いに目の前のことに集中する。

 

 

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