第49話 恩恵の力
アイリスタに魔物が迫っている。
つまりは、草原からアイリスタの街に一直線に向かってくる魔物の群れが見えているということ。鐘の音がどこから来ているものかなんてアイリスタの街に詳しくない俺には分からない。ただ、未だに鐘が鳴り響いているということは、まだアイリスタの街には魔物が来ていないという証拠。
そして、こういった場合よくある展開で、なぜだか魔物たちが向かってくるのは街の正面からだ。
そう。馬車や街の外から帰ってくるときに必ず通るところ。
そこに向かえば問題ないと俺のゲーム脳が呟いている。
俺は自分の直感を頼りに、おばさんの店から入り口付近にまで来ていた。
「……ビンゴ!」
俺の前には無数の人だかり。ギルドメンバーなのかただの野次馬なのかはさっぱり見当もつかないが、人がいるというのことはここが現場に近いことは明白。
そして、向かう視線の先には魔物の群れと、戦っているギルドメンバーの姿が見える。
俺の思った通り、魔物たちは正面から攻めてきていた。
入り口付近にできた人だかりを突き抜けて、俺は1番前に踊りでる。
目をこらし先を見ると、草原のところで人とたくさんの魔物が戦い、土煙を上げている様子がよく見える。
そして、その中に率先して戦うアーシャさんとミルフィさんの姿があった。
姉御と姫の姿。
ついつい俺はその姿に見惚れてしまった。
なんて綺麗な動きだろうか。アーシャさんは槍の長さを利用して、固まった魔物たちを一掃している。時折見える光は雷だ。雷鳴槍とかいう技かもしれない。
鮮やかな槍さばきにより、誰よりも多く魔物を倒していってる。
ミルフィさんもまたいつもの微笑みを絶やすことなく、確実に魔物を倒していっている。ミルフィさんの手にはお札のようなもの。それを掲げると魔法が発動するのか、炎や氷といった様々な攻撃を繰り出している。
真剣な顔で戦場を舞うアーシャさんに、微笑みを絶やすことなく余裕の表情で戦うミルフィさん。まさに、姉御と姫だった。
「あれが姉御と姫の実力だよ」
俺が呆けて2人の姿を見ていると、隣のお姉さんが声をかけてくれた。
そのなんとなく聞いたことのある声に俺が振り向くと、そのお姉さんは掲示板の時に俺にギルドメンバーの特性を耳打ちしてきたあのお姉さんだった。
「お姉さん。朝ぶりですね」
「はいよ。覚えててくれたんだ」
「忘れるわけないじゃないですか……こっちがせっかく機転効かせて大柄の男をどかしたっていうのに、我先に依頼を取られましたからねぇ……!」
「根に持ってるし」
俺は恨みがましく今朝の様子を思い浮かべていると、お姉さんが俺にツッコミを入れてきた。
「当ったり前じゃないですか」
「……だけど、あんたちゃんと依頼受けてたじゃない」
「そうですけど!……ていうか見てたんですね」
「まぁ、少し気になってね。別にいいだろ」
若干頬を赤らめ顔を逸らすさまは、なぜだかちょっとキュンと来た。
この人、ツンデレだ……!
「あんたもこの騒ぎを聞いてきたんだろ」
「ああはい。ギルドメンバーってこういう時に戦うのが仕事だって聞いたんで」
「そうか。だったらやめときな」
「……なんでですか? お姉さんも私もギルドメンバーですよね。戦ってなんぼの商売でしょ」
「なにを言ってるのか分かんないが、やめておいた方がいい」
お姉さんは尚も強く否定してくる。
ギルドメンバーなのにどうしていかないのか俺には疑問でしかない。
「お姉さんこそなに言ってるんですか。アーシャさんもミルフィさんも戦ってるんです。私だって」
「姉御と姫が出てるから、だよ」
「へ?」
お姉さんは固い表情で戦場を見つめている。
「あの2人が前線に出ることは珍しいことじゃない。だがな、よく見てみろ2人の姿を」
顔を動かすことにより俺の視線を戦場に誘導する。
俺はお姉さんに促されるまま、戦場に視線を戻した。
戦うアーシャさんとミルフィさん。倒れてはいないし、別に命の危機といったほどのピンチにもなっていない。
なにがあるのだろうか。俺が訳が分からないように小首をかしげていると、お姉さんが口を開いた。
「あの程度の魔物の群れ、あの2人ならいともたやすく倒せるはずなんだ。なのに、前線はこっちに向かってきている。押されているといっても過言じゃない」
確かに、お姉さんの言葉通り、俺の来た時よりも少しだけ戦いの位置が街に迫ってきているような気がする。
押されている。それは確かだった……ってちょっと待って。あの群れならたやすく倒せるんですか、あの2人!? えぇええ!!
結構いますよ魔物! それをたやすくって、あの2人マジでやばいほど強いじゃん! いやまぁ、確かにギルドメンバーで実力はあるんだろうなとは思ってたけど、そんなになのか……!
正直に言おう。その情報に俺は戦慄した。
うん。あの2人なら死なないよ。大丈夫ですよーおばさーん。心配いりませーん。あなたが思っている以上に姉御と姫は化け物でした。
「個々の魔物はアイリスタ一帯に巣くう奴らと変わらないのに、押されているってことは魔物を仕切っている奴がいるってことだ」
「つまりボスってことですね」
「ボス……?」
「いえ気にしないでください。どうぞ続きを」
俺はお姉さんに話を譲る。
「……まぁ、なんだ、つまりは親玉を倒さない限り、魔物たちは去らないってことだ」
「なるほど、それは大変ですね! 早く私たちも行きましょう!」
俺が意気込むように一歩踏み出すと、お姉さんはなぜだかついてこようとはしなかった。
怪訝に思い振り返る。
「あれ? 行かないんです?」
「悔しいが、私が行っても足手まといにしかならない」
「そんな、やってみなくちゃ分からな」
「分かるよ!……姉御と姫だけじゃない。前線で戦ってる人らはみんなギルドメンバーでも実力を認められて人ばかりなんだ。新人のあんたには分かんないかも知んないけどね」
珍しい弱気なお姉さん。
まぁ、珍しいと思うほど接点はないのだが、なんとなくこのお姉さんの性格からして弱音を吐くとは思えないので、直感でそう感じた。
実力者揃いなのに押されている前線。相当過酷な戦いをしているということだ。
……面白くなってきた。
俺はばれないように口元にできる笑みをなんとか抑える。
恩恵を試すのに、強敵とはまたなんとびっくりなぐらいのお約束だろうか。まるで俺に活躍しろと言わんばかりのシチュエーションだ。
俺はさらに一歩前に足を踏み出した。
「ちょい待ち。あんた本当に行く気なの!?」
「はい。行きますよ」
「バカじゃないの! 死ぬかもしれないのよ!」
「死にません。ていうか、この会話何度もしてるんで適当に流してください」
「は!? あんた自分がなにを言ってるか分かってるの!? 敵は姉御と姫をもっても押される程の魔物。新人のあんたが行ってどうにかなる相手じゃないのよ!」
「これがどうにかなるかもしれないんですよ」
「武器も持たないでなに言って!」
「武器ならあります」
俺はポケットに入っているストレージを取り出し、前に掲げる。
お出ましと行こうか!
俺の初めての武器。依頼で手に入れた、主婦の方のお下がり!
「来なさい! エターナルブレード!!!」
武器の名前を叫び、俺はストレージから武器を出現させる。
うーん! いい! いいよ! 気分が上がってきた!
やっぱ異世界ときたらこうじゃないとな! 武器の名前を叫びながらの登場のさせ方。男の子なら憧れるよね。
そうして俺の声に反応するように俺の前の空間に、ストレージから出てきた光が形を作っていく。
徐々に剣の形になっていくのに、内心興奮しながら見守ると、後ろからどよめきの声が聞こえてきた。
「エ、エターナルブレードだって……!」
「あんたそれ、マジ!?」
あのお姉さんまで驚きを隠せないような声をあげている。
ん? もしかして有名な剣だったりする? もしそうならめっちゃくちゃテンション上がるんですけど!?
剣の形を作る光にさらに期待を膨らませた俺は、静かにエターナルブレードが完全な姿を現すまで見守ることにした。
膨らんでいく光に、膨らんでいく期待。
片手剣までの大きさぐらいになったころ、もういいだろうと手を伸ばそうをした俺だったが、しかし、まだまだ光は膨らみを増していく。
ん……!? ちょっと大きくないですかね……?
光はすでにリュウカと同じぐらいの大きさまで来ている。
だが光はまだ止まる気配を見せない。
そして、俺の身長を少し超えたところでついに。
≪ドスンッ―――!!≫
ものすごい音を立てて地面に突き刺さったエターナルブレードが姿を現す。
「な、へ……?」
あまりの出来事に固まる俺。
姿を現したエターナルブレードは両刃の大剣で、その全長は何と俺よりも大きかった。
大剣というだけで驚きなんだが、大きすぎる。普通、大剣でもここまでないだろうし、だいたい女性の身長を超える武器などいろいろとおかしい。
そしてなによりも。
「あの主婦、何者だよ!?」
いらなくなったからあげるだ!? てことは使ってたってことだよね!?
ええ?! 旦那を喜ばせるために庭に白薔薇を植えるんだって、あんな乙女チックな理由で依頼を出しておいて、持ってる武器は全然乙女っぽくない!
なんだこれ! さすがに予想外なんですけど!
ほらもっと、主婦の方のお下がりと言われたら短剣とか、長くても片手剣ぐらいだって普通思うじゃん。なに、大剣って。これでその奥さんが大柄だったのなら納得だけど、なんとなくそうじゃない気がする。
ぶっ飛んでるわー。俺以上にあの依頼を出した人、ぶっ飛んでるよ。でもまぁ、これだけの武器を操ってたと思うと、白薔薇の香りにつられて魔物がやってきても安心かもしれない。
なんだか少しほっとしたわ。まぁ、大剣が目の前にある現実は変わらないけど。
「あんたの武器って本当にそれか……?」
「ええまぁ、そうなんですよこれが」
「自分より大きい武器使うなんて聞いたことないぞ。しかも、女で」
「いや私も聞いたことありませんよ。これ、どうやって振るんですかね。ていうかまず、持てるかどうかも分かんないし」
試しに地面から引き抜いてみよう。
……うんまぁ、動かせないほどじゃないかもしれないな。ただ、片手で扱うことは無理だけど。
俺はなんとか両手で大剣を構えると、視線を戦場の方に向けた。
この間にも前線はこちらに迫ってきていた。
「あ、あんた本当に大丈夫なんだよね……? フラフラだけど」
「え、ええ大丈夫ですよ!……きっと」
「きっとって! 自信無くなってるじゃない!」
「大丈夫です! はい。大丈夫……大丈夫だよね、ほんと」
なんだか本当に心配になってきた。
正直、死なないというだけでなにも発動しないんじゃないかとも思えてくる。恩恵なんてもの初めからなくて、実は神様の嘘でしたってオチはシャレにならない。
なにが怖いかって、そのオチがあり得るからだ。あの捻くれくそイケメン神様ならやりかねないと思えて仕方がない。
でも、今はやるしかないのも事実。
ええい! もうどうにでもなれ!
どっちにしろ、このまま引き下がるのはカッコ悪いし、アーシャさんとミルフィさんには死なれたら困る! もう一度あのムフフ体験をするまで、殺させるつもりはない!
俺は足を踏みしめて、今度こそ飛び出した。
大剣で重くなった俺の足で地面を踏み込む。
そう思った時、体の力がふっと無くなる。
なんと、俺は初めの一歩で―――天高く飛び上がっていたのだ。
「え……どういう……」
俺は混乱する頭で後ろを振り返ると、アイリスタの街がよく見えるぐらいの高さに来ていることを確認する。人だかりからは驚いたように口を大きく開けて俺を見る人達。そして、俺がいたであろう地面には大きな穴があいていた。
意味が分からないほどの身体能力。気づけば、大剣の重さもそこまで感じない。
これが恩恵の力。俺はそう確信した。
「あぁああああああ!!!!」
そう確信したけど、この高さはさすがにやばいって!
落ちたら死ぬ。魔物と戦うとかいう前に、この高さから落ちたら死ぬ。死なないけど死ぬ!
しかし、俺の気持ちを裏切るかのように地面はどんどん近づいてくる。
やばいやばいやばい!! 死ぬ死ぬ死ぬ!! 死ななくても絶対痛い!
俺は恐怖のあまり目を瞑った。
とにかく足から着地! 足から着地だ!
暗闇の中でそう呟きながら意識して足を下に向けていた俺。すると。
『ドンッ!!!』
俺の耳に爆音が届いてきた。
それと同時に俺の体を突き抜けるキーンとするような痛み。
「――痛ってぇ!!!」
俺の叫び声が静まり返った草原に響き渡る。
この時、草原にいる誰もが突然降ってきた人物に目を奪われていた。
自分よりも大きな大剣を両手で持ち、戦場のど真ん中に現れた黒髪美少女。転生者リュウカが本当の意味で大陸ロンダニウスに爆誕した瞬間。
だがしかし、当の本人はそんなこと一切気づいていない様子で、自分の足を押さえながらのたうち回っている。
「痛い! めちゃくちゃ痛い! くそあの神様め! 身体能力も上がるって説明しときやがれよまったく!!」
見えない神様に悪態をつく俺。
くっそ、あんなに高く飛ぶなんて思わないじゃねぇか。思いっきり踏み出してまったわ! 俺の華奢な足が折れたらどうしてくれるんだ。
「……リュ、リュウカちゃん」
そんな俺を心配するような声が聞こえて来る。
聞き覚えのある声。
俺はばっと勢いよく起き上がると、声の主を探す。
俺の登場に驚き戸惑って攻撃の手を止めている魔物と人間。硬直した戦場で、俺はその声の主を発見する。
俺から魔物数体分離れた場所から、ミルフィさんが目を丸くしてこっちを見ていた。ミルフィさんの顔を見たら痛みも気にならなくなる。痛いけど。
「あっ! ミルフィさーん! 私も参戦しに来ました」
「へ、う、うん。そ、そっか。分かったよ。でもその武器どうしたの……?」
「ああこれですか!? 実は白薔薇の依頼の報酬でして。エターナルブレードって言うんですよ。知ってました!?」
「え、ええ。知ってるけど。え? どういうこと?」
混乱が激しい様子のミルフィさんはなんども言葉を反芻しながら、理解しようと試みてくれている。
やっぱりエターナルブレードって有名なんだなぁ。
混乱するミルフィさんとは対照的に、俺は戦場のど真ん中でのんきに自分の武器を眺めていた。
「助けに来ました! もう安心ですよ!」
「へ、え? 安心って? ええ???」
「大丈夫です。私が来たからにはこんな魔物、どうにだってできます!」
恩恵が発動したことで、俺はこの武器の最大限の実力の引き出し方を何となく察していた。そのおかげか、足の痛みを抜きにすれば今の俺は何でもできそうな、そんな謎の自信にあふれている。
「どうにでもって、リュウカちゃんまだギルドメンバーに成り立てよね!? 朝にはウルフに追われてたし、リュウカちゃんがこの魔物の量をどうやって」
「過去のことはどうでもいいじゃないですか。そんなことより、見ていてくださいよ」
俺はそう言って、両手でエターナルブレードをぐるぐると回し始めた。
遠心力によってどんどん回転速度を上げていく俺とエターナルブレード。あたりに俺を中心とした風が巻き起こる。さながら回る駒とかした俺は、回転する視界の中である1体の魔物に狙いをさだめて、遠心力を利用してそのまま思いっきりエターナルブレードを振り抜く。
地響きと共に、重たい一撃を受けた魔物が苦悶の声をあげることなく、靄となって霧散した。
だが、エターナルブレードの力はその程度ではなかった。振り抜いた瞬間、エターナルブレードの軌跡を描いていた光が衝撃波となって後ろ数メートルの魔物もなぎ倒していく。衝撃を受けた魔物は、まるで剣で切られたかのように体を真っ二つにして、全員が例外なく靄となって消えていった。
その事態に、ミルフィさん含めたギルドメンバーがポカンと口を開き、驚き固まってる。まさに開いた口が塞がらない状態。
それは攻撃をした本人の俺も同様だった。
ただ本能のまま体が動くのに任せた結果、あれだけいた魔物の群れを一瞬にして半分消し飛ばした。その事実に頭が追い付けない。
ただ言えることといえば。
「恩恵ってパネェ……」
この一言につきる。
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