第50話 一掃

 魔物が半分消えた事実は、俺以外にもこの場で戦っていたすべての人に衝撃を与えた。特に、俺がなぎ倒した魔物たちと必死に戦っていたギルドメンバーの人たちは、いつの間にか戦う相手を失ったことに、口をポカンと開けて俺を見ている。

 エターナルブレードを振った本人も、その場にいる他の人も全員があまりにぶっ飛んだ攻撃に次の行動に移すまでに頭が回らない。

 その隙をつくかのように、後ろでなにかが動く気配がする。

 いち早くそれに気づいたミルフィさんが俺に向かって大声をあげた。


「リュウカちゃん! うしろ!!」

「……へ?」


 ミルフィさんの切羽詰まった声に俺は首だけで後ろを振り返った。


「ガウガウ!!」


 オオカミ、いやウルフの1体が俺に向かって激しく牙をむいて突進してきている。しかも、今回は白薔薇を持っていないので手なんて生易しいところを狙ってこない。俺を殺すつもりで、首元に牙は向かってきている。

 避けられない。誰もがそう思った。

 だがしかし、俺だけはウルフの行動がゆっくりに、そしてはっきりと見えていた。

 これも恩恵の力だろう。今日の朝には感じたことのない感覚だ。

 敵の動きがスローモーションのように見える。

 ウルフは俺の首元に向かってまっすぐに向かってきている。

 だからここは……。


「っ……!!」


 俺は歯を食いしばり、思いっきりしゃがみこんだ。


『ガチンッ――!!』


 俺の頭上でウルフの牙がかみ合わさる音が鳴り響く。

 標的を見失ったウルフの体が空中で止まる。

 俺はしゃがんだ体を無理矢理右足を軸にして体を回転させた。ウルフの下から半身出たところで立ち上がると、遠心力もろともエターナルブレードを無防備なウルフの背中に叩きこんだ。


 ドンッ!


 エターナルブレードの刀身部分をもろに直撃したウルフの体が地面にめり込む。その衝撃でウルフは靄となり消え、地面に当たった衝撃が遅れて辺りに砂塵を巻き起こす。


(あっぶねー……。危うく噛み千切られるところだったわ……)


 俺は頬に流れてきた冷や汗を服の袖でぬぐい取ると、ホッと一息つく。


「ったく、なめんなよ。今の私は前とは違」

「リュウカちゃん油断したらダメ!!!」


 間髪入れず、ミルフィさんの声が響き渡る。

 途端、俺の体を大きな影が覆い隠した。

 俺が振り返り見た光景は、人間の何倍もある巨人がこん棒を俺へと振り下ろそうとしているものだった。

 瞬時にエターナルブレードを横に構え、巨人のこん棒を迎え撃つ。

 俺のエターナルブレードに巨人のこん棒がぶち当たる。

 体験したことのない衝撃が俺の両手から足にかけて走る。足はあまりの強さに地面にめり込んだ。


(くっそ、痛ってぇな……! だけど)


 受けきれないほどじゃない。

 幸い、恩恵により上がったのは身体能力だけじゃないようだ。体の強さも同時に上がっていた。普通あんな攻撃まともに受け止めたら、足がめり込むだけにとどまらないだろう。痺れでしばらくの間動けなくなる。足だって折れるかもしれない。

 だけど!

 俺はこん棒を思いっきり力で押し返し、そのまま飛び上がる。

 ゲームでよくいるひとつ目の巨人。押し返されたとこにより体勢を崩し、驚き戸惑っている顔が今俺の目の前にある。

 ……怖いかと思ったが案外近くで見ると、ぱっちりひと目でかわいらしいな。

 ってそんなことはどうでもいい。

 俺はその顔めがけてエターナルブレードを横に一閃した。

 こめかみ部分に直撃。大きな巨体が横になぎ倒され、その後跡形もなく消し去った。

 俺は空中から着地。

 自分の体を見つめた。


『…………』


 あまりの光景に、ミルフィさんはじめほとんどの人が言葉を失っている。

 昨日アイリスタに来たばかりの黒髪美少女が、ギルドメンバーでも苦戦していた魔物たちを、自分の背丈以上ある武器を振り回して圧倒していた。

 これは果たして現実だろうか。信じられない。

 誰もがそう思っただろう。それは、この状況を作り出した張本人が一番信じられていないことだ。

 俺は自分の体を見つめたまま、内心では訳が分からず戸惑っていた。


「……体が勝手に動いた」


 そう。次にどんな攻撃を仕掛け、どう動くかがなんとなくで理解できていた。戦闘なんてしたこともない、平和な国日本から来たただの素人が出来る動きじゃない。

 恩恵の力はどんな武器でも玄人の様に扱えるというもの。

 神様の言葉は嘘じゃなかった。

 確かに分かる。まるで何百、何千もの戦闘を繰り広げていたかのように、どう動けばいいのかも瞬時に判断できる。さらにいえば、背丈以上あるエターナルブレードをどう使っていけばいいかも今の俺には容易に想像が出来ていた。

 つまり今この瞬間に次に俺がやらなければならないこと。

 それは、敵の殲滅以外にない。

 ギルドメンバーだけじゃない。今、この場にいるほとんどの生命体が俺の攻撃に時が止まったかのように固まっている。攻撃を始めるなら、今しかない。

 俺は敵の前で堂々とエターナルブレードを回転させた。

 エターナルブレードの重さでどんどんと俺の回転速度が上がっていく。まだ、あの強烈な一撃を出すことはできない。なんとなくだが、そう思える。

 ならば、それが出せるまで敵を少しでも減らすことが先決。

 俺は回りながら徐々に足を動かし前へ前へと進んでいく。

 敵が回るエターナルブレードの切っ先に当たり、際限なく霧散していく。1体、また1体と確実に消し飛ばしていく俺。

 気づけば自分を中心とした竜巻が起こっていた。

 魔物が切り裂かれながら上へとのぼっていく。どんどんと早くなる回転。しかし、俺の視界と脳はクリアだ。鮮明に状況が読み取れる。

 あとちょっと。あとちょっとであの衝撃波が打てる。

 今はちょうど真ん中より少し進んだところだ。このぐらいだったら、衝撃波で一掃することが出来る。そうすれば、アイリスタの街も救える。

 きっとボスも出てくることだろう。

 だから、だから。

 エターナルブレードの刀身が光り輝く。

 放てる合図。だが、俺は眉を寄せる。

 俺の目線の先に1人の人影が見える。

 よく見るとアーシャさんだった。槍を巧みに操りながら魔物を1体1体確実に葬るその姿は、まさにギルドメンバーの誇り。俺が現れたことによりほとんどのギルドメンバーが動きを止めるなか、アーシャさんだけはずっと動き続けていたようだ。必死に、ギルドメンバーとしてアイリスタの街を守るために。

 一瞬、アーシャさんと目が合った。

 俺の姿に驚いた表情を浮かべているが、俺の視線をすぐに察したアーシャさんは頷いて道をあけてくれた。

 さすがアーシャさんだ。こんな状況でも冷静で周りが見えている。

 アーシャさんが前線を離脱したことにより、俺の前に攻撃できる道が広がった。

 俺は躊躇することなく全身の力全てをエターナルブレードに乗せて振り抜いた。

 光が切っ先の軌跡を描いて飛んでいく。

 その刹那、今まで俺中心にできていた竜巻が飛散し暴風が辺りを襲う。

 草原を揺らし、花は散り、木々は激しく葉を落とす。アーシャさんが自分の顔を覆うように両手で暴風に耐えている。他のギルドメンバーもそうだ。みんな顔を守りながらも暴風に飛ばされないようにしている。

 そして人をも飲み込むように吹き荒れた暴風がなくなったとき、草原に広がる光景に誰もが目を見開く。

 アーシャさんまでも信じられないかのように草原と、そして、エターナルブレードを振り抜いた状態で止まっている俺を見た。

 ギルドメンバーの実力者でも苦戦を強いられた魔物の群れが、突然現れた1人の美少女の手により1匹残らず―――――姿を消していた。

 

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