第51話 ボス登場
(あの魔物全部1人で……)
私はあまりの光景に目を離せなくなった。
今までたくさんの戦場を生きてきた。必死に生き抜いて生き抜いて、数え切れないほどの魔物と対峙してきた。
今じゃ姉御なんて呼ばれて、アイリスタの街で実力のあるギルドメンバーの筆頭として、ミルフィと一緒に魔物たちと戦っている。時には負けるんじゃないかと、ここで死ぬんじゃないかと思ったこともたくさんある。正直、今回のアイリスタへの襲撃。おかしなぐらい魔物たちが連携をとっていて、押されっぱなしだった。このままじゃいけない。攻撃の手を止めてはいけない。そう思って必死に体を動かし続けた。
戦場の様子は見えているはずだった。半分が驚き戸惑っているのも理解できていた。なのに、戦場でリュウカの姿を見たとき一瞬何が起こっているのか訳が分からなくなった。
竜巻のようなものが戦場を移動している中心に、あの黒髪がなびいているのを見て、最初私は『なんで……』としか思えなかった。なんでリュウカがこんなところに。リュウカはおばさんのところに置いてきたはず。ギルドメンバーになったばかりで、武器も持ってない世間知らずのお嬢様にはまだ早すぎるとして、わざと置いてきたはずだった。なのに、今目の前にリュウカがいる。しかも自分の背丈よりも大きい大剣、エターナルブレードを持っている。ミルフィが連れてきたとは思っていない。いくらあいつが優しく世話好きだとしても、命にかかわることを易々と許すなんてありえない。いつからいて、どこで、どうやってそんなでかい武器を手に入れたのか。理解できないことだらけだった。だけど、今はそんなこと気にしていられない。
私はエターナルブレードを振り抜いた状態で止まっているリュウカと、そしてその目の前の光景を交互に見比べた。
私が今1番驚いているのは、朝までウルフに追いかけ回されていたはずのリュウカが、ギルドメンバー数人でもおされていた魔物の群れを1人で、しかもたった数分の間に消し飛ばしてしまったことだ。
リュウカと目が合ったとき、なんとなくだが下がれと言われた気がした。だから、私は戸惑いつつも頷きを返して後ろに下がったのだ。正直リュウカが何をするのか分からなかった。魔物の全滅。まさかこんなことになろうとは誰が予想できただろうか。
昨日初めて出会った、不思議なぐらいなにも知らない女の子。そんな子がギルドメンバーになったのも驚きだというのに、昨日の今日でこの実力。
確かに、このままでは危なかった。このままではアイリスタの街に魔物の群れが突っ込む恐れがあった。もちろんただでそんなことさせるつもりはなかったし、なにか突破口がないかと必死に考えていた。だが、まさかこんな形で魔物の勢いが止まるとは思ってもみなかった。
勝てない。
直感でそう思った。明らかにおかしな火力を誇るリュウカの攻撃。エターナルブレードを扱うやつを私は何人か見てきたが、これまで、女性でエターナルブレードを操る奴も、あんな衝撃波を出して攻撃する奴も見たことない。
そしてなによりも、同じギルドメンバーとして、同じ女性として悔しいという気持ちが大きかった。
なにも知らないと、ただのお嬢様だと思っていたリュウカがこれほどまでの実力を有していた。しかもそれを一切周りに振りまくことをしない態度。今までのリュウカのイメージとは想像も出来ない攻撃に、私はリュウカを見る目に力がこもってしまうのを感じざるを得ない。
(いけない。こんなこと思っては。それに今はなによりも)
魔物が消えたことを喜ぼう。
そう思ってもリュウカを見ようとすると、心の中がもやっとする。
リュウカが私を見て笑っている。満面の笑みで屈託なく笑っている。
私もそれに応えないと。自然と槍を持つ手に力が入る。
笑え。喜べ。嫉妬の炎は見せるな。
そうひたすら意識しながら、リュウカに向き合った。
いつもと変わらない態度を意識しつつ。
**********
「……リュウカ。お前凄いな」
アーシャさんが俺に対して冷静に状況を見て、賛辞を送ってくれる。
さすがアーシャさんだ。恩恵によって繰り広げられた超人的な俺の戦い方に、眉一つ動かすことなくいつものように話してくれる。
天然だと思っているが、それでもやはり戦場の中では姉御である。
「いやぁ、あはははは」
「すごいよほんと。どこでそんな武器手に入れてたんだ?」
「ああこれです? ミルフィさんにも言ったんですけど、これ実は白薔薇の依頼の報酬でして」
「あれか。ルペ以外にこんなものがねぇ。結構いい依頼選んだじゃないか」
「そうですかね」
「そうだと思うよ。ルペの他に武器まで報酬としてある依頼なんてよく見つけたな。普通、そんな報酬のいい依頼、すぐに誰かに取られるからな」
「あははは……そうですね。ほんと、運がよかったです」
まぁ、実際はエターナルブレードだけなので、武器に困ってないギルドメンバーからは見向きもされていなかっただけだけどね。
今のアーシャさんの中では白薔薇の依頼が、服を買えるだけの高額なルペと女性の背丈を超えるエターナルブレードの2つという、それはもう素晴らしい依頼だと思っていることだろう。
仕方ない。俺の今後のために訂正はしないでおこう。
「でも、よくあんな攻撃できたな。もしかしてもともと戦闘訓練でもしてたのか?」
「いえ、その、武器を握ったのは初めてで……」
「初めて……だと……」
言った瞬間、やばいと思った。
恩恵を使える。そう思って勢いよく戦場に飛び出していったが、よくよく考えるとおかしい。昨日ギルドメンバーになったばかりの俺が、いきなり現れて魔物の群れを一掃する。そんな光景、奇妙極まりない。面識がない人だっておかしいと足を止めるだろう。
そして、俺と接点のあるアーシャさんやミルフィさんは特にそう思って仕方がない。今まで俺は魔法も使ったことのない完全な素人だった。朝の段階ではウルフに追われていたところを2人に助けられている。
そんな俺が急に大剣を振って敵を一掃し、あまつさえそれが初めてなんて信じられるわけがないじゃないか。完全なミス。
心なしかアーシャさんの声も固い。
どうする俺。追及されたら今度こそ言い逃れが出来ないぞ。
戦っていたから、姉御モードのアーシャさんがあの天然を発揮するとも思えない。
ついに言ってしまわなければならないのか。俺が転生者だと。
「……え?」
すると、俺の頭に誰かの手が触れるのを感じた。
紛れもない。アーシャさんの手だ。
そしてそのままくしゃくしゃされる。
「あ、ちょ、アーシャさん?」
「……いやー! さすがはリュウカだな! あまりにもすごい攻撃だったから驚いたぞ! しかも初めてとか、どんなお嬢様だ! やっぱ生きてる世界が違うな!」
アーシャさんが大口で笑っている。
固い印象はどこにもない。
というか、完全に天然を発揮してくれている。
なんていい人なんだ!……いろんな意味で。
「あはははは。いやどうも」
俺は乱れた髪を手ぐしで直しながら、アーシャさんに安心した微笑みを向けた。
マジで安心したわ。正直、魔物と対峙してた時よりも心臓がバクバクいった。
「……でも、まだこれで終わった訳じゃないぞ」
しかし、すぐにアーシャさんの表情が真剣なものに変わる。
そうだ。アーシャさんの言う通り、まだ終わってない。あのツンデレお姉さんの言ってたことが本当ならまだいる。ばらばらの魔物たちを束ねていたボス級の魔物が。
「どこにいるんでしょ―――」
「あんらぁ。唐突にあの子たちの気配がなくなったって思ったらなにこれ」
草原に突然響いた声。
高い女性の声が、魔物たちのいなくなった静かな草原にクリアに届いてくる。
声の主は上。俺とアーシャさんが頭上を見上げたその先に、太陽を背にして宙に浮いている影が姿を現した。
人間、か……?
影の形を見て初めに思ったのはそんな感想だった。
魔物とは思えない。声も話し方も影の形もすべてが人間と同じもの。しかし、それでもその声の主の登場にこの場にいるギルドメンバーすべてが警戒を強めた。
ピンッと張る空気の中に悠々と空中から現れたボス。
俺はその姿が日の光で見えるようになったとき、あまりのことに言葉を失う。
人間じゃない。こいつは確かに魔物だ。
人間と同じ姿形なのに、体の色が紫色。頭から角のようなものが生えているし、先端がハート形になった尻尾がある。服もぴちぴちのタイツみたいな服だし、大事な部分しか隠れていない。
そしてなによりも、その服からこぼれ出んとする2つの大きなお胸。
扇情的な立ち姿に悪魔を思わせる角と尻尾。
見たことあるやつ。ゲームとかアニメでよく見る敵の姿。
この戦場に降り立った最後の魔物。
そいつの姿はあきらかに、性欲をつかさどる悪魔―――サキュバスだった。
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