第48話 ギルドメンバーであること

 着替えをすませた俺たち3人は貸し切り状態の温泉を後にしようと入り口のところまで来ていた。

 体は湯船に浸かったことによりポカポカ。心もいろんなことがありポカポカしている。ホントに温泉って最高だなー! 

 そう思いながらアーシャさんとミルフィさんの後ろから歩いて行くと、番頭でもあるおばさんに声をかけられた。


「ずいぶんとお楽しみだったじゃないかい」


 ニヤニヤ笑いながら俺たち3人のことを冷やかすように見てくるおばさん。

 それにアーシャさんは恥ずかしそうに顔を赤らめ、ミルフィさんはアーシャさんの態度を見ながら楽しそうに笑い、俺といえば『ええほんとに!』と心の中でおばさんの発言に小躍りするように賛同しつつも、愛想笑いを浮かべるという、それぞれ別の反応を示した。


「相変わらず仲がいいことで。いいねぇ、あんた。姉御と姫に知り合えて」

「そうですね。本当に愉快な方達ですわ」


 おばさんに話を振られて、俺は咄嗟に返事を返す。

 ついつい、綺麗なお嬢様口調になってしまったが、よくよく考えると一応俺ってお嬢様設定だったんだな。なので言葉遣いがおかしいと思われることはない。

 アーシャさんが恥ずかしくなったのか、

「外の空気浴びてくる!」

 と言って1人先に入り口の扉を開けて出ていってしまう。

 ミルフィさんも追いかけるように外へと駆けていってしまった。

 中にはおばさんと俺だけが残される形になるが、外の様子は中から見えるので別に焦る必要がない。

 2人はなにやら楽しそうに話している。時折アーシャさんが顔を赤くするのが見えるので、きっと懲りもせずにまたミルフィさんがからかっているのだろう。

 そんな2人を見ていたら、同じように2人のことを見つめている番頭のおぼさんに話しかけられた。


「リュウカちゃんだったわね」

「はい」

「あんた、どうしてあの2人とそんなにも仲がいいんだい?」


 そう聞いてくるおばさんの声はどこか優しげだった。

 俺は不意にそれが気になりおばさんの顔を横から盗み見ると、外で話している2人の姿をじっと見つめている、おばさんの優しい表情が目に飛び込んできた。

 どこか2人に特別な感情があるような気がしてならない。

 俺はおばさんからそっと視線を外して口を開いた。


「私、いろいろとありまして。魔物に2回も追われたことがあるんです」

「おやまぁ、2回も。そりゃあ、不運だったね」


 不運でしてたねぇ。なんていったって、こっちはロンダニウスに来てまだ2日。その2日とも魔物に追われている。確率でいうなら100%だ。

 もう運命かもしれないとまで思っている。


「はい。正直1回目は私のせいじゃなかったので、もうとにかく逃げましたね。どうしてー!?って言いながら。そんな時に私を助けてくれたのがあの2人だったって訳です」

「なるほどねぇ。それからかい? あの2人と仲良くなったのは」

「まぁそうですね。厳密には2回目の時に助けられてから、なんですけど」

「2回目もあの2人が?」

「はい。いやぁ、運がいいことにちょうど通りかかったみたいで。魔物の群れを難なく倒してくれて、私を助けてくれました」

「そうかい。やっぱり強いんだねあの2人は」

「そりゃあそうでしょうね。なんていったって『姉御』と『姫』ですから」

「そうさね。姉御と姫……」


 少しだけおばさんの声に陰りが見える。

 俺は外していた視線を再度おばさんの方へと向けた。

 なぜだか、おばさんが2人を見る目に悲しみが宿っているように感じる気がした。


「おばさんは、嫌なんですか? 姉御と姫だなんて呼ばれる2人を見るのは」

「へっ?……あぁ、そうだね。嫌かもしれないね」


 正直、おばさんの言葉に俺は驚いた。姉御と姫だなんて呼び名で呼ばれる2人を見たら、その有名さに嬉しがる人ばかりだと思ったからだ。

 おばさんは黙っている俺を察して、続きを話してくれる。


「この街で客商売をしてるとね、必然的にギルドメンバーばかりと知り合うことになるんだよ。この街はどうしても魔界が近いからギルドメンバーが増えていく。アーシャもミルフィもその例外じゃない」


 おばさんの言い方を見るに、別にアーシャさんとミルフィさんが特別というわけではないようだ。2人がというよりもギルドメンバーのことを気にしているといった感じか。


「温泉なんて毎日来るような場所じゃないさ。来ない奴の方が多いだろうね。だから特定の人と仲良くなるなんてないのよ。でもね、こうやって楽しそうな姿を見てるとね、不意に心配になるのよ」

「心配になる?」

「そうさ。ギルドメンバーは魔物の討伐を仕事としてるだろ。だからね、毎年毎年必ず死者が出るような職業なの。時々いるのよ。私の店に来てくれた人がね、全然顔を出さないなと思ったら、魔物に殺されてたなんてことが」

「……そう、ですか」


 俺は転生者ということで寿命以外で死なない体になっているが、元々の住人はそうじゃない。魔物の攻撃を受ければ怪我もするし、命も落とす。

 特に魔物と1番戦う機会があるギルドメンバーは死に1番近い職業といってもいいだろう。


「私はそれが辛くてね。なるべく誰にも分け隔てなく接しているつもりでいるのよ。もしも、死んでしまったときに悲しまないようにね」

「おばさん……」

「まぁ、結局悲しいんだけどね」


 おばさんは俺に気を使ってかわざと明るく笑うと、また外に視線を移した。


「あの2人は特にね。姉御と姫なんて呼ばれてるからこの街でも相当の実力者さ。分かってた。実力者ってことはつまり、前線に出て戦う機会も多いってこと」

「だから、おばさんは嫌なんですね。ギルドメンバー内で有名ということは、それだけ実力があって死ぬかも知れない場面も増えるから」

「ああそうだよ。ああやって楽しく笑いあっているあの子たちが見れなくなるかもしれないと思うと、どうしたって悲しくなるさ」


 アーシャさんとミルフィさんがいなくなる。

 確かにそう考えると心が重たくなるというか、考えるのを頭が拒否してしまう。

 軽くギルドメンバーになった俺だが、そう思うとミルフィさんが最初の頃、俺のギルド行きを渋ったのもよく分かる。

 世間知らずのお嬢様には辛く厳しい世界なのだ。転生者だと知らなければおすすめなんてしない。できない。

 そんな世界で戦っている2人。天然だとか、ちょっと抜けてるかもとか思ったが、しっかりとその覚悟をもって依頼をしているのかと思うと頭が上がらなくなる。

 さらには、こんな得体のしれない俺のことをこんなにもよくしてくれるのだ。

 優しすぎるというか、出来た人間だと思う。

 いっつも適当に美少女サイコー!とか、欲望のままに生きている俺とはずいぶんと違うな。自分が情けなく感じてしまう。

 だが、そう思うと、もしかしたらこの温泉も2人のいいリフレッシュになったのかもしれない。あんなことやこんなことも出来たし、心も温まったような気がしないでもない……俺だけかもしれないが。


「あの2人なら大丈夫じゃないですかね」


 気づけば俺はそんなことを呟いていた。

 気休めじゃなく、なんとなくそう思ったからだ。


「お? リュウカちゃんはそう思うのかい」

「はい。なんとなくですけど」


 思ったことそのままをおばさんにぶつける。

 アーシャさんとミルフィさんはそう簡単に死なないというか、死ぬような気がしない。だいたいこの手の登場人物はなんだかんだ言って死なないと相場が決まっている。確信はないが大丈夫だろう。

 この世界って物語のジャンルがたぶんギャグな気がするし、ギャグってあんま人は死なないよね。だから大丈夫。

 いつか来るかもしれないお別れのことを考えるなんて俺には出来ないししたくない。だったら、楽しいことを考えた方が楽だ。

 昔からシリアスは苦手なんだよ。

 だから、ここは大丈夫だとして話を締めくくりましょう。

 それがおばさんのためであるし、あの2人のためでもあるような気がする。


「あんたはずいぶんとお気楽だね」

「はい。私って世間知らずのお嬢様なんで」


 俺はそう言っておばさんに微笑む。

 これでおばさんの表情も晴れてくれれば幸いだ。


「なんだいその理由は。でも、構えてても仕方がないのかもしれないね。リュウカちゃんの様にお気楽にいかなくちゃ」

「そうですよ! それがいいです」

「ふふ。あんたって不思議な子だよ。懐に入るのがうまいというか、人の扱いが上手っていうか」

「……ん? それってどういう」

「分からないんならそれでいいさね。それがあんたの魅力なんだから」

「はぁ、分かりませんが分かりました」


 俺は訳が分からないながらも、適当に納得しておいた。

 懐に入るのがうまいか。男の頃には言われたことがないが、これもまた美少女パワーなのかもしれないな。

 綺麗なものに人は心を開きやすい……のかもしれない。


「じゃあおばさん、入浴料」


 そう言って俺がストレージを上着のポケットから取り出そうとする。

 だがしかし、それは突然に鳴り響いた音によって止められた。


『カンッカンッカン!!』


 鋭く甲高い鐘の音がアイリスタの街全体に響き渡った。

 一瞬時間を告げるチャイムかとも思ったが、それにしては音は激しく矢継ぎ早だ。

 なにかの警告音。それが1番しっくりくる。

 それになによりも、鐘の音が鳴り響いた途端、おばさんの顔は強張り、外にいたミルフィさんが勢いよく扉を開けたのだ。

 激しく開かれた音に俺が振り向くと、真剣な表情のミルフィさんと目が合う。

 尋常ではないことはすぐに分かった。

 よく見ると、隣にいたはずのアーシャさんの姿がどこにも見えない。


「おばさん! リュウカちゃんをお願い!」

「……あ、ああ分かったね!」

「私はすぐに行かないといけないから。お願いね!」

「えっ、え?」

「死ぬんじゃないよ!」


 俺が戸惑っている間に2人の会話は終わったようで、ミルフィさんはすぐに扉を閉めるとどこかへ向かって飛んで行ってしまった。

 飛んだ!? って今はそんなこと思っている場合じゃないな。


「な、なにがあったんです。あの鐘の音はいったい……?」

「あれは魔物の襲撃を告げる鐘さ」

「魔物の襲撃!?」

 

 それってつまりはアイリスタの魔物が迫ってきてるってことですかね!?


「ああそうだよ」

「じゃ、じゃあアーシャさんもミルフィさんも」

「その魔物から街を守るために向かったんだ。ギルドメンバーとしてね」


 街が魔物の襲撃にあう。

 そんなことはカタログには書いていなかった。だがしかし、あんなにも街の近くを魔物たちが徘徊しているとなると、これもまた当たり前のことなのかもしれない。

 アーシャさんやミルフィさん、さらにはギルドメンバーでないおばさんの対応がなれた感じなのもそれを物語っている。


「この街にギルドメンバーが多いのもこのためさ。魔界が近いということは街への襲撃も多い。そんな魔物たちから街を守るために、各地から実力者が集まってくる。あの2人もそれは変わらないよ」

「ギルドメンバー……」

「これがあの2人の仕事。ギルドメンバーの仕事さ」


 俺の頭に初めてアイリスタに来た時のことが思い出される。

 アーシャさんとミルフィさんに話しかけてきた女性。その女性が言っていた。

『2人のおかげで私たちは安全に暮らせる』と。

 その意味がようやく分かったような気がする。

 つまり2人は幾度となくこの街を魔物から守ってきたのだ。自分の命も顧みずに、ただアイリスタを守るために戦ってきた。だから、2人は姉御と姫と呼ばれ、街の住人から慕われている。

 ギルドメンバーの仕事は魔物の討伐。

 それはつまり街を襲うような魔物から街や人を守ることも意味する。

 命をかけた戦いに、2人は迷いなく進んでいった。

 扉を開けたミルフィさんの見たこともないような真剣な表情が頭に引っかかる。

 転生者は寿命以外で死なない。俺には武器を何でも扱えるというよく分からない恩恵もある。

 だったら、こんなところで守られてていいのだろうか。

 答えは決まっている。NOだ!


「ちょ、ちょっとリュウカちゃん。どこへ行くの!?」


 突然歩き出した俺におばさんは驚きながら必死に止めてくれる。

 俺はそれを後ろで聞きながら歩みを止めることなく呟いた。


「おばさん。ごめんね。私、行かないといけないのよ」

「行かないといけないってあんた」

「言ってなかったっけ。おばさん。私ね、ギルドメンバーなの」


 おばさんの反応はない。どこか諦めたかのようなため息だけが聞こえて来る。


「はぁ……分かってたよ。あの2人と来たんだもん。そりゃああんたもそうよね」

「ごめんおばさん。ミルフィさんに私をお願いされたのに。でも、私だってギルドメンバーだからさ。こういったとき行かないといけないんだよ。そうでしょ」

「でも、あんた武器はどうするんだい? ストレージにちゃんとあるんだよね」

「あるよ。大丈夫」


 今日手に入れたばかりで、未だにどういった武器なのか知らないけど。

 エターナルブレードって書かれてたし、剣の種類だろうとは思ってる。得体は知らないが、まぁ恩恵があるしどうにかなるだろう。

 主婦が持っていたお古とも言っていたから、さすがに持てないほどの大きい武器じゃない気もするし。


「あんたも死ぬんじゃないよ」

「大丈夫だよおばさん。私は死なない」

「それは分かんないだろ」

「ううん。死なないんだよこれが」

「バカなこと言うんじゃないよ。戦うってことは命のやり取りをするってことさ。お気楽は大概にしておきな」

「おばさんの気持ちも分かるけどさ。残念だけど私は死なないよ。たとえどうであっても」


 俺はおばさんの方を振り向く。


「だって今の私、いろいろあって気分がいいんだもん。なんでもできそう」


 満面な笑みを浮かべて俺はおばさんにそう言い残しの店を後にする。

 さぁ、今度こそ負けないぞ! 前と違ってこっちにはエターナルブレードがある。しかも、温泉というムフフなイベントをこなした後の俺はテンションが高い! 恩恵を試すときだ!

 いっちょ転生者の力見せてやりますかね!

 おばさんの店で見せていたシリアス方面の雰囲気はもうすっかり忘れていた。

 高鳴る胸を抑えきれないように、一心不乱にアイリスタの出入り口に向かって突き進む。

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