第104話 静かな悟り
アーシャさんの想いを聞いた俺は、そのままの足取りでギルド会館へ戻った。
足取りは軽い。
支部長室の扉を開けると、長椅子に座るサキさんと目が合う。そしてその向かいにはシャルロットの姿があった。
シャルロットはもうフードを被っていない。きれいな白い髪に、同じ白い毛で覆われた耳を晒している。
その耳が俺を見てピコッと立つ。
まるで想い人にあったかのように耳が喜びを表現しているさまを見て、俺は得も言われぬ幸せな気分になった。
「シャルロット。よかった。ステラさん許してくれたんだね」
「はい! 私が悪魔憑きだと知っても、ステラさん笑ってくれて。誰も悪くないって言ってくれました」
「そっか」
俺はお姉さんのような気持ちでシャルロットの体に抱き着いた。
いい匂いが鼻腔をくすぐる。シャルロットも嫌がることをせずに、嬉しそうに笑顔で俺を迎えてくれる。美少女になってよかったと思う瞬間だ。
シャルロットにもう昨日までの悲痛な雰囲気はない。どこか逆に吹っ切れたような印象を受ける。
「リュウカさん。ありがとうございます」
「ん? なにが?」
「ずっと私の味方でいてくれたことです。この手紙、すごく嬉しかったんですよ」
シャルロットは隣に座った俺に、ポケットから強く握られた痕のついた1枚の紙を取りだした。
言わなくても分かる。その紙には俺の字でシャルロットに対する気持ちがつづられている。
「これがなかったらステラさんのところに行くのも、難しかったと思います。世界で1人のような気がして、あの部屋から動けませんでした」
「いいよ。むしろこんなことしか出来なくてごめんね」
「謝らないでください! リュウカさんにはなんども助けていただきました。私、ステラさんに教えてもらったんですよ。リュウカさん、ずっと待っててくれてたって。私が隠し事をしてるって分かってたんですね」
「まぁ、それはね。シャルロットの態度あからさまだったし」
「そう…かもしれないですね……あはははは……」
苦笑いを浮かべるシャルロットに、俺も同じような顔をしてしまう。
そりゃあ誰だって、耳を隠しフードを被り、家族の話を嫌がるような態度を取られれば分かる。
でもまさかさすがに悪魔憑きだなんて、ネーミングセンス最悪のものを持ってるなんて思わなかったけど。
俺はなんとなく軽い気持ちで手をシャルロットの耳に伸ばした。
「こんなにかわいいのに悪魔憑きって。笑えない冗談だよね」
「仕方ないですよ。耳をつけて生まれてしまった私は、これをずっと背負っていかないといけないんです。たとえ不幸をまき散らしても、現実を受け入れないと」
「そっか」
「でも、今は不思議と心が軽いんです。なぜでしょう? ステラさんの話を聞いたからでしょうか?」
「ステラさんの話?」
俺はまさかと思い聞いてみる。
「はい。ステラさんの過去です。体に障害を背負って生まれてきたステラさんの、悲痛な過去。今のステラさんからは想像もできないほどの辛い思い出でした」
「そうなんだ」
俺は知っているとは言わなかった。
言う必要はないだろうと思ったのだ。シャルロットもステラさんから過去を聞いている。お荷物と思い、仲良しだったお姉さんと仲たがいしてしまった過去。
それを思い出してシャルロットの顔は下がる。
しかし、シャルロットはその顔をあげると笑顔になりこう続けた。
「でも、最終的には幸せで終わったんです。よかった……」
「シャルロットだってそうかもよ? 最後はハッピーになるかもしれない」
「そうでしょうか? 私とステラさんはちょっと違います。なによりも、ステラさん言ってました。お姉さんはずっと私のことを想ってくれてたって。私とは決定的に違うんですよ」
シャルロットは確かな言葉でそういった。
それにより、ステラさんがお姉さんの本当の気持ちに気づいていたということは分かった。
事実、対面に座っているサキさんがシャルロットの言葉に穏やかに頷いている。
シャルロットも違わないよ
シャルロット。シャルロットのお姉さんは、ずっとあなたのことを一番に考えてるんだよ。ずっとずっと誰よりも大切に想ってる。
そうやって事実を教えてあげたい。でも、言わないと約束している手前、そんなことは口にできない。
俺が黙っていると、シャルロットが支部長室を見渡した。
「期待してたわけじゃないんです。でもちょっとお姉ちゃんがいるかもって思いました。でもやっぱりいませんね。嫌われているので当然ですけど」
シャルロットはアーシャさんの姿を探していたみたいだ。
すれ違う想いに俺は胸を痛める。
アーシャさんは少し前に出ていってしまった。本当はシャルロットの期待通りここに居たのだ。しかし、アーシャさんの想いも知っている支部長をはじめ、この場にいる全員は口をつぐむ。
シャルロットの耳が垂れ下がる。
それを見ていると、対面に座っていたサキさんが立ち上がった。
向かうのは支部長の後ろにあるドア。ステラさんがいる部屋へと続くドアを開けて中に入る。
そしてしばらくしてドアが開く。
出てきたのはサキさんではなかった。
ステラさんが車いすに乗って、自分からドアを開けて出てきたのだ。
もちろん、ステラさんの乗っている車いすは新品同然のもの。アーシャさんが数時間前に俺と買った車いすだ。
「ステラさん」
「あらまぁ。リュウカさん。来てくれていたのですね」
「ええ」
「ご心配してくださってありがとうございます。ですがこの通り問題ないですわ」
うふふっと笑うステラさんはいつものステラさんだ。
「車いす……ヘイバーン支部長が用意したんですか?」
シャルロットが疑問に思ったことを口にした。
ヘイバーン支部長はそれに対し首を振る。
「違いますよ。私どもが用意する予定だった車いすは、これほどいいものではありませんから」
「じゃあサキさんが?」
「違います。シャルロットさん」
そう言ったサキさんが俺に目配せを送ってくる。
これぐらいいいですよねと言う想いが目を通じて伝わってきた。
俺は迷うことなく頷く。
「これを用意してくれたのはあなたのお姉さんです」
「え」
「妹の責任は姉である私の責任でもあるといい、リュウカさんを伝って私に渡してくださいました。アイリスタで一番良い車いすだそうです」
サキさんが事実を言う。
ここに来ていたという部分は伏せサキさんは嘘の内容を口にしたが、これでアーシャさんの想いはシャルロットに少しは伝わったことだろう。
ステラさんがシャルロットに近づく。
その頭を撫でた。
「シャルロットさん。家族というのは切っても切り離せない存在なんですよ。お荷物と思ってしまうのは仕方がないことですし、その考えがダメだとは言いません。それだけの辛い運命をあなたは背負ってしまっている」
「はい……」
「でも、あなたのことが嫌いなお姉さんが、私にこんな素敵な贈り物をしてくれるでしょうか? 妹の責任は姉の責任でもあるなんてことを言うでしょうか? 優しいシャルロットさんならお姉さんの気持ちもう分かっていると思いますよ」
「はい……はい……!!」
シャルロットは目に涙を浮かべている。
なんどもなんども泣いてきたシャルロットが見せる、初めての悲しみ以外の涙に、この場の誰もがシャルロットを見守っていた。
特にステラさんはそれからずっと泣き止むまでの時間、シャルロットの頭を撫で続けた。それはまるで親子のようだとも思えるぐらいだ。
たぶん、ステラさんの中では同じような、自分ではどうしようもない運命を背負ってしまったシャルロットを、ただの依頼に来たギルドメンバーの女の子とは思ってないだろう。
本当の娘の様に扱っている。
さらにはステラさん自身もまた、子供が欲しかった夢をシャルロットに重ね、今この瞬間に叶えているのだ。
俺はサキさんと目を合わせる。
彼女は目を涙で潤ませながらも、俺に対して笑顔を向けてきた。
これだけの光景をありがとうと言っているように感じ、俺もまた笑顔でそれに返す。優しい空気はしばらくの間続いた。
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