第105話 新たな旅立ち

 シャルロットが泣き止むと、そのままステラさんの提案で依頼の報酬をもらうことにした。

 ストレージをかざし、マフラーが渡される。

 そのまま元気になったステラさんと、サキさんを加えて支部長室を借りて会話を少しだけした。

 身の上話から、ステラさんと旦那さんとの馴れ初め、たくさんの話をしてから、俺はシャルロットと一緒に支部長室を後にした。

 ステラさん達はステラさんの容態を見てアイリスタを出て、サキさんの家のある街に行くという。ここでお別れとなる。

 最後にシャルロットがステラさんと抱き合う場面は、もうただの依頼人とギルドメンバーではなかった。

 それから、数日後のこと。ギルド会館を訪れた俺はすっかり忘れてしまったステラさんの依頼書を職員に渡しにきていた。

 眼鏡の知的なあのお姉さんが受付をする。


「達成報告はしっかりと受理しました。お疲れ様です」

「ありがとうございます」

「しかしいろいろとありましたね。大丈夫でしたか?」

「まぁ、全部丸く収まった……とは言えませんけど、ほとんど問題なく終わりました」

「そうですか」


 軽い会話をすると俺はギルド会館を出て1人の人物と合流する。


「終わったよシャルロット」

「はい。では、行きましょうか。馬車を待たせてあります」


 歩くシャルロットの隣を当たり前のように歩く俺。

 依頼を終わらせてもパーティーは継続したままだ。提案したのは俺であり、シャルロットはそれを当たり前のように拒んだが、俺が引かないと分かると諦めたかのように同行を許可してくれた。

 そんなシャルロットの頭を俺は見る。

 ステラさんとの別れをしたあの日からシャルロットの見た目はずいぶんと変わっていた。フードを被っているも、そのフードは薄汚れた布ではなく、きれいな髪と同じ真っ白な布。そして頭頂部には猫耳がついている。ちょうどシャルロットの耳がおさまる様な形だ。


「似合ってるね」

「ありがとうございます」

「まさかステラさん、こんなものまで作ってるなんて」


 そう。このフードはステラさんの手作りによるものだったのだ。シャルロットが報酬をもらう前の、部屋で2人きりのときにステラさんにもらったものだという。


「3日ってそういうことだったんだね」


 マフラーだけじゃなく、シャルロットの用のフードまで作っていたから3日必要だったらしい。

 

「ステラさん、実は気づいたいたみたいなんです。私が悪魔憑きだって」

「まぁ、じゃないとこんなフード作れないもんね。ぴったりじゃん。かわいい」

「そうですかね? ちょっと恥ずかしいです」

「でもいいの? これじゃあ悪魔憑きだって言ってるようなものじゃ……」

「何回も言ってるじゃないですか。大丈夫ですって。意外とこういうファッションありますから。問題なしですよ」


 シャルロットはそう言うがいまいち心配になってしまう。

 だが、このフードを被っていても周りは別に悪魔憑きだなんて騒ぎ立てることもない。本当にファッションだと認識されているようなのだから不思議だ。

 なにこれ。人体についた耳はダメでも、服ならいいなんてよく分からんわ。


「リュウカさんは残念でしたね。思ってた感じと違って」

「ん? ああ……マフラーね」


 俺は嘆息して自分のストレージを見つめる。

 実を言うと貰ったマフラーはストレージに閉まったまま、つけていないのだ。

 マフラー女子になるぞと息巻いて宿屋の部屋で化粧台を前につけて見たのだが、残念ながらしっくりと来なかった。

 色は問題ないのだ。黒だから。

 いけないのは俺の高すぎた期待だ。

 俺はカシミヤばりばりのマフラーを想像していただけに、手編みのマフラーは思っていた感じとかけ離れてしまった。暖かかったし、防寒具としては完璧で、デザインも悪くない。全然マフラーとして使えるのだが、シャルロットのようにファッションとして常時つけるとまではいかず、いつか来るであろう寒い場所用に大切に保管させてもらうことにした。

 ごめんなさいステラさん。悪いのは俺の高すぎる理想のせいであり、報酬はありがたいんです。勘違いしないでください。

 俺は心の中でステラさんに謝ると、街の宿舎に用意された馬車に乗り込む。


「そういえばよかったの? アーシャさんに会わなくて」

「いいんです。きっとお姉ちゃんは私に会うと怒るので」

「でもアーシャさんの気持ちも分かったでしょ」

「頑固なんですよ。お姉ちゃん。だから、たぶん態度は変えないと思うので会いません」

「そう。まぁ確かに頑固かもね。アーシャさんも―――シャルロットも」

「私は……」

「違うなんて言わせないよ。だってあんなことがあってもまだギルドメンバーを続けるんだから」

「あははは……遺伝って怖いですね」


 シャルロットが苦笑いをして馬車に座る。

 シャルロットはギルドメンバーをやめない。それはすでに確認した。

 アイリスタにいることは難しくても、自分の背負ってしまった運命に抗うのはやめないということで、自分で自分の身を守れるだけの強さを手に入れるという目標は変わっていなかった。シャルロットだって頑固だろう。

 だから俺もアーシャさんとの約束を守るためにもこうして一緒にいる。

 

「あの、本当に私と一緒でいいんですか? 私と一緒に旅するとなると」

「大丈夫。もう決めたことだから。私はシャルロットと行くよ」

「なんでそこまでしてくれるんです?」

「かわいいから」

「それだけ?」

「それだけ……って言いたいけど。まぁそれだけじゃないよ」


 俺はシャルロットの隣に座ると、軽い口調で言った。


「私さ、別にシャルロットが不幸だとは思ってないの」

「へ?」

「だって、アーシャさんとかシャルロットの話聞いてるとさ、死んじゃった人って出て来なくない? 昔の話でも物が壊れたり落としたり、降ってきたりといろいろあったけど、誰もひと言も人に当たったって言ってない」

「それは、そうですけど……」

「だいたい、シャルロットと私の出会った頃を思い出してもみてよ。あれがなかったら私はシャルロットと出会えなかったし、なによりも助けるのが間に合った。ステラさんの件にしたって、誰も死んでない。結局、シャルロットが辺りに振り舞いてるものって、不幸かもしれないけど見方を変えれば幸運でもある」

「見方を変える、ですか」

「そう。私にとってシャルロットは悪魔でも何でもない。むしろ幸運の女神だと思ってるけど……ダメかな?」


 俺はシャルロットのそう言った。

 これは俺がずっと思っていたことだ。悪魔憑きの話を聞いたとき、死人が出た過去もあるとはミルフィさんも言っていた。しかし、シャルロットの話す内容もアーシャさんの話す内容も、そして俺自身が体験したものも、全て死に直結していない。

 本当に悪魔憑きが悪魔的不運を与えるとしたら、だいたいシャルロットがここまで、アイリスタに1人でなんてこれないだろう。どこかで不運な事故にあっているはずだ。

 確かに起こること全ては不幸かもしれない。でも、逆に考えればシャルロットがいればその不運をなんとか乗り越えられるんじゃないかとも思える。

 そう思えばシャルロットの耳は180度認識が変わる。俺にはもう幸運の女神にしか見えない。


「ぷ……あははは! 初めて言われました。やっぱりリュウカさんは変な人です」

「あー! バカにしてるでしょー!」

「そんなことありませんって!」

「顔が笑ってる!」

「これは……嬉しいからですよ。本当にリュウカさんって変な人です。まるで別の世界の人みたい」

「さぁ。もしかしたら本当かもよ」

「なに言ってるんですか。そんなのあるわけないじゃないですか。冗談ですってば」

「分かってる分かってる」


 笑いあう俺たち。

 まぁ、本当は冗談じゃないんだけどね。

 言わないけど。


「でも……見方を変えるですか。いいかもしれませんね」

「でしょ。きっとシャルロットについてる悪魔は神様みたいな優しい悪魔なんだよ」

「なんですかそれ。神様みたいな悪魔って聞いたことないですね」

「いやいや、あながち間違ってないんじゃないかな」


 俺は確信をもって言う。

 だって逆を知ってるんだもん。自分の都合で人に雷を落として殺すような、悪魔のような神様。

 そういえばあいつも白髪ケモミミだったな。同じ耳でもあの神様の方が悪魔憑きなんじゃないか? 

 そんなことを思っていると馬車が走り出した。

 アイリスタの街を出ていく。

 名残惜しくも遠ざかっていく街並みに別れを告げて、俺はシャルロットというかわいいかわいい仲間を連れ、次の街に向かう。

 目指すは『ナイルーン』

 シャルロット曰く海が近く、水の都として有名なのだとか。

 今から楽しみだな。

 俺は心を躍らせながら、シャルロットとの道中を楽しんだ。

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