第103話 変わらぬ想い

 俺が支部長室から出ると、アーシャさんはすでに階段を下りきっているのか2階に姿は見えなかった。

 走って階段のほうまで行くと、1人で歩いているアーシャさんの背中を発見した。出入り口のドア、その手前の掲示板のところまで行ってしまっている。

 俺は慌てて階段を駆け下りると、木の扉に手をかざしているアーシャさんに声をかけた。


「アーシャさーん! 待ってー!」


 完全に外に出てしまっているアーシャさんが振り返る。

 まさか追ってくるとは思ってなかったのか、ちょっと表情が驚いていた。


「リュウカ……お前、どうした」

「い、いえ、その、途中まで送って行こうかと」

「ふっ。なんだそれは。別に心配いらん。何年この街にいると思っている。むしろお前の方が心配される側だろ」

「あ、あははは……ですよね」

「まったく。まぁ、そんなに送っていきたいんだったら隣を歩くのも構わんがな」


 アーシャさんは呆れたように、頬をかいている俺を見つめる。

 俺も若干走ったために乱れた息を整えると、すぐに扉を開けてアーシャさんに合流した。

 2人してアイリスタの街を歩く。


「なーんか朝を思い出しますね。デートみたいです」

「お? 私とデートとは命知らずだな。嫉妬に狂った男どもの殺させるかもしれないぞ」

「なに言ってるんですか。私は女ですよ」

「確かにそうだが……知ってるかリュウカ。姉御の私には女性ファンもたくさんいる。男よりも女の嫉妬の方が怖いんだぞ」

「え……」


 俺はさっと周りを見渡す。

 大丈夫。誰もいない。ひやっとしたー……。


「ぷっ。あはははは。なんだその反応」

「ア、アーシャさんが悪いんじゃないですか。脅すようなこと言うから」

「悪い悪い。まさかこうも反応がいいと思わなくてな」


 お腹を押さえて笑うアーシャさんに俺はどっと疲れた顔を向ける。


「で? なんで追ってきたんだ? お前はステラさんに会わないといけないだろ」

「もちろん、この後会いますよ。報酬も貰わないといけませんし。でもまぁ、まだ時間がかかりそうなので、大丈夫です」


 シャルロットが出てくるにはまだ時間がかかることだろう。

 ステラさんとなにを話してるか分からないが、そう簡単に終わるような雰囲気ではなかったのだけは、覗いたときの様子で分かる。


「サキさん。複雑そうでしたよ」

「分かっているさ。ありがたい助言を突っぱねたんだからな。悪いことをしたと思ってる」

「変えるつもりはないんですよね」

「当たり前だ。私はずっとこのままでいる」

「つまり、妹のことが嫌いな姉を演じ続けると」

「ああ」


 アーシャさんは迷いなく頷いた。

 分かってはいたが、アーシャさんの気持ちは固い。シャルロットを突き放し、陰では支える。たとえ悲痛な現実を知ってもそこは変わらないようだった。

 俺は足を止めずにアーシャさんに話しかける。


「シャルロット本当にお姉さんのこと好きなんですよ。いつも楽しそうに私にも話してくれました」

「そうか」

「でも最終的には笑顔がなくなって、悲しそうな表情をするんです」


 嫌われている。口癖のように最後に絶対つく言葉だ。

 

「仕方ないな。私がそういう態度でいるんだから」

「でも昔は違うんですよね。シャルロットの昔話に出てくるお姉ちゃんは、優しく頼もしいって感じです」

「分からなかったんだ。シャルロットの悪魔憑きというのがどんな効果をもたらすものなのかを。はっきりとは分かってなかった」


 分からなければ普通の女の子だ。ちょっと獣のような耳の生えた変わった子だが、妹であることに変わりはない。


「いつ知ったんですか? 悪魔憑きのこと」

「シャルロットが物心ついた後……と言いたいところだが本当は違う。シャルロットのが物心つく前だ。親に教えてもらった」


 アーシャさんは言った。

 前に聞いたときはシャルロットが物心ついてからと言っていたが、どうやらそれはシャルロットの記憶に合わせたものだったらしい。

 シャルロットがいない今、アーシャさんは本当のことを口にする。

 考えれ見れば当たり前のことだ。

 親は生まれたときにシャルロットの運命を悟ったことだろう。悪魔憑きとしてこの子は苦しい人生を余儀なくされると。それを姉であるアーシャさんに伝えていないわけがない。それでも家族としてシャルロットを大事に育て、優しい女の子にした。良いご両親だと、俺でも思う。

 シャルロットの家族に感心していると不意にアーシャさんの発言で、俺はあることに引っかかった。

 シャルロットのが物心つく前。アーシャさんは確かにそう言った。

 ……それってちょっとおかしくないか? 確かに親が姉であるアーシャさんに妹の運命を話したとして、普通のことだし当たり前だと俺も思った。

 でもそれだといろいろと食い違ってくる部分が存在するような……。

 俺は試しにアーシャさんに聞いてみることにした。


「アーシャさん。間違ってたら教えてほしいんですけど」

「なんだ?」

「人間の記憶って本人が思い出せるのは物心ついた後ですよね」

「まぁそうだろうな。物心つく前の記憶は私にはない」

「ですよね……」


 となるとやっぱりおかしいことが起こる。

 シャルロットがお姉ちゃんのことを話してくれたのは、事細かく詳細なものばかりだ。それが物心つく前のシャルロットの記憶だとしたらそんなにはっきりと思い出せるだろうか。もちろん、シャルロットが記憶力がいいという可能性がある。

 しかし、どう見ても悪魔憑きという点以外でシャルロットに特筆したものはない。

 

「ちなみに、シャルロットが自分の事を知ったのはいつですか?」

「分からない。正確には誰もシャルロットに悪魔憑きだと言ってないんだ。言いづらかったんだよ。私も両親もな」

「あぁ……なんとなく分かります」


 さすがに面と向かってお前は不幸な奴だとは簡単には言えない。

 特に身内となればなおさら。

 だとすると、シャルロットは自分で悪魔憑きという答えに到達したことになる。物心つけばおのずと自分が他の子とは違うと分かってくるだろう。必然的にシャルロットの場合は頭頂部の耳にいく。家族が悪魔憑きと分かっていたのなら、その頃からフードの被らせていたはず。と思えば、違和感にも気づけたはずだ。

 シャルロットの思い出話。お姉ちゃんとの楽しい記憶。

 それに今の事実を組み合わせると……。


「もしかして、最初っから悪魔憑きだと知りながらアーシャさんはシャルロットを外に連れ出していたんですか? 仲のいい姉妹をしてたんですか?」

「ああ。そういうことになるな」


 アーシャさんは否定しなかった。

 つまりは初めから嫌うなんてことはしてない。むしろ、シャルロットが生まれてからずっと、悪魔憑きと知ってもアーシャさんは変わらず妹想いの姉だということだ。

 その時、不意にシャルロットの思い出話の一部が頭の中に蘇ってきた。


『昔お姉ちゃんも言ってました。バルコンドは木々もない岩肌にたっている街だから、きっととても寒いだろうって。でも、だからこそ独自の文化があるんだとか。行くなら魔法か防寒着が必要だなって楽しそうに。だからこれからたくさん修行して、いつか私をそこに連れてってくれるって……』


 確か出身の街の話をしていたときだ。

 防寒具の話になって俺がバルコンド出身(設定だけど)のことを知って、シャルロットが楽しそうに話してくれた。

 あの時はすぐに昔の話で今は姉に嫌われているとシャルロットは言ったが、もしその話がシャルロットの勘違いで、今でもまだ繋がっているのだとしたら。

 俺は足を止めた。

 あまりのことに驚き、アーシャさんの背中を見る。


「どうした?」


 アーシャさんは足を止めて振り返る。

 その表情はどこか穏やかなものだった。


「あの、まさかですよ。もしかしてって思って」

「なんだ。言ってみろ」

「……アーシャさんがギルドメンバーになったのって、もしかしなくてもシャルロットのため、なんですか?」


 俺の問いかけに、しばらく間を置いた後、アーシャさんはしっかりと頷いた。

 

「よく分かったな。ミルフィにも言ってないことだぞ」

「シャルロットが私に話してくれたんです。お姉ちゃんがいつかバルコンドに連れてってくれるって」

「なるほど。それでか」


 アーシャさんは息をはくと、俺の背を向けながら誰にも明かしたことがないであろう心の内を語り始める。


「私は強くならなくちゃいけないんだ。悪魔憑きだと言われ、周囲に不幸を振りまいてしまうシャルロットのために。守れるような強さを」

「だからアイリスタに?」

「そうだ。他の街でギルドメンバーになったが、これといって成長できなかった。だから無理やりにでも強くならなくちゃいけないこの街に来た。魔界が近く、どこよりも魔物が凶悪なこの街にな。すべてはシャルロットに世界を見せたいがために」


 悪魔憑きは悪魔的不運を巻き起こすから悪魔憑きと呼ばれている。

 そんなシャルロットと共に旅をするとなると、同行者も死なない強さと、どんなことがあっても折れない覚悟がいる。

 アーシャさんはそれを手に入れるためにギルドメンバーになり、強敵渦巻く最前線の街アイリスタに来た。

 言った通り全ては大好きな妹に世界を見せるために。


「私はまだまだだ。リュウカの足元にも及ばない。だからもっと修行してもっと経験を積んで、強くなる。そしていつの日か、あいつを狭い、暗い部屋から外へと出してやりたいんだ。悪魔憑きなんて関係ない。お姉ちゃんが絶対に守ってやるって。そう言って連れ出してやりたい」


 振り返ったアーシャさんの顔は姉御としてのアーシャさんではなく、妹を真剣に思う姉の姿だった。

 どこか辛く、悲しそうで。そしてなによりも頼もしいお姉ちゃんの姿だ。

 俺の目がしらも熱くなる。


「たとえなんと言われようと、私は自分が納得するまでシャルロットを突き放す。だって、死んでほしくないんだもん。私の知らないところで誰かに恨まれたり、不幸な目にあって会えなくなったら嫌だ。大切な大切な妹なんだぞ。悪魔憑きと忌み嫌われようが妹のことを嫌いな姉なんていない……!」

「アーシャさん……」


 大事だからこそ突き放す。悪魔憑きが本人の感情にリンクするとすれば、方法としては一番いい。

 大好きな姉に突き放されれば、それだけでシャルロットは塞ぎこむ。悪魔憑きも同時に効力を弱める。それは何よりもシャルロットの命のためになる。


「だが、塞ぎこむデメリットまでは考えていなかった。事実、シャルロットには辛く苦しい日々を与えてしまった。私のせいだ」


 そう言い悔いるアーシャさんに、追い打ちとなるだろうことが分かっていながら、シャルロットの言葉を俺は伝えた。


「言ってましたよ。シャルロット。自分は家族の荷物だって」

「そんなことはない! 絶対にありえない! 荷物だなんて……思ったこと一度もない……」


 アーシャさんは崩れ落ちるようにその場に座り込んだ。

 人気の少ない通りを歩いていたおかげで、周囲に人の姿はない。安心した。

 姉御のこんな姿見せられないだろう。


「私はどうすればいい。シャルロットのことは大事だ。だが、まだあいつを守るだけの力は私にはない」


 正直に気持ちを言えばいい。普通だったらそれで解決する問題だ。

 しかし、アーシャさんの気持ちを知ればシャルロットは喜んでしまう。それが悪魔憑きの効力を強めてしまう結果になる。

 アーシャさんは苦しんでいた。伝えたい気持ちと、伝えられない現実の狭間に板挟み状態だ。

 俺はそっとふるえるアーシャさんの体に触れる。

 涙で濡れてしまった顔を見た。


「だったら、私がシャルロットのこと守ります」

「リュウカお前……」

「私、シャルロットのこと好きですよ。いい子ですし、一緒にいて楽しい」

「ダメだ。お前まで巻き込んでは……だいたいお前は」

「いいんですよ。いつかはアイリスタから出ていかないといけませんし。ずっとアーシャさんやミルフィさんに頼るわけにもいきませんから」


 転生者なのでお金の心配もない。命の危険にさらされても死にもしない。

 アーシャさんに必要な強さは、俺には恩恵によって与えられている。

 このまま仲間が出来るのも悪くないかなとは思っていたところだ。

 それになによりも、このままシャルロットが大人しくギルドメンバーをやめるとは思えない。ここでやめるような子だったら、家からここまで1人でこないだろう。シャルロットは強い。アーシャさんに似て強い女の子だ。

 世界を見せるというアーシャさんの思いを先取りしかねないが、このまま1人でシャルロットがどこかに行くよりも、知り合いと行動を共にした方がはるかにマシだ。

 アーシャさんだってこのまま、シャルロットが大人しくしていないことぐらいわかるだろう。姉なのだから。

 しばらく間を置いた後、アーシャさんは俺の目を見て言う。


「……いいのか?」

「はい。構いませんよ。もちろんアーシャさんの気持ちは隠しておきます。アーシャさんが迎えに来るまで、あなたの妹さんは私が責任を持って守ります」

「なんでそこまでしてくれる」

「だって、シャルロットかわいいですもん。あんなかわいい子と出会えてこのままさようならは悲しいです」

「お前ってやつは……分かっているのか? あいつと一緒ということは」

「分かってますよ。不運が付き纏う。ですよね」

「ああ……」

「どんとこいです。旅には障害がつきもの。いいじゃないですか」

「死ぬかもしれないんだ」

「安心してください。私、死なないので」

「ふざけるな。私は本気で言って」

「―――だから本気ですって。なんなら、私、シャルロットのこと悪魔憑きだなんて思ってませんし。可愛いケモミミ白髪美少女としか思ってません」

「なっ……信じられんな。冗談に聞こえない」

「冗談じゃないので」


 ニコッと笑って俺はアーシャさんを立ち上がらせる。

 そして、アーシャさんが崩れ落ちてからずっと、遠巻きにこちらを見ているある人に向かって俺は笑顔を向けた。


「後は頼みますねミルフィさん。今のアーシャさん結構ナーバスなんで」

「……よく気づいたわね」

「気づきますよ。それに、ミルフィさんが関わらないって決めて、そこまでの人だとは思ってませんし」

「さすがね」

「これぐらい誰でも分かります」

「ふふ……分かったわ。アーシャちゃんは任せて」

「はい」

「それじゃ、帰りましょうかアーシャちゃん。私たちの宿屋へ」


 アーシャさんは突然現れたミルフィさんに手を取られそのまま帰っていった。

 何か言いたげにこちらを見ていたが、俺はあえて無言で2人に背中を向ける。

 さーて、俺も行きますか。ステラさんのところに。

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