第42話 キャサリン登場
「お待たせしました~」
アイリスタの入り口付近に近づくと、アーシャさんとミルフィさんが俺のことを出迎えてくれた。
入り口ということもあってか、ギルド会館の時よりも2人をきゃっきゃとして取り囲む状況にはなっていなかった。
それでもつい、周りを気にしてしまう。
そんな俺を見て、アーシャさんとミルフィさんは苦笑いを浮かべる。
「そんなに気にしなくても大丈夫よ」
「そうだぞリュウカ。ここは街の入り口。私たちだって毎日のように通るんだ。道を塞ぐようなことにはならない」
「で、ですけど、お2人とも有名人じゃないですか。現に今も……」
「あっ! アーシャさんにミルフィさん! やっほー!」
元気よく街の外に駆けていった女の子が2人を見つけると、寄っては来ないものの嬉しそうに手を振ってきている。
他にも通りすがる人全員がアーシャさんとミルフィさんに手を掲げて来るのだ。
それに2人は丁寧に反応を返しながらも、俺と会話をしている。
「……なんでかは私にもよく分からん」
「分かんないんですか……」
「ああ。気づいたら姉御なんて呼ばれててな。ミルフィなんて姫だぞ姫」
「も、もうやめてよ。私だってそう呼ばれるの恥ずかしいんだから」
アーシャさんの指摘を受けて、ミルフィさんが頬を染めて恥ずかしがるように体をくねらせた。
まぁ、姫なんて呼ばれ方はさすがに恥ずかしいだろうな。
本当のお姫様じゃない限り。
「おかしいだろ。なんでミルフィが姫で私が姉御なんだ。私だって姉御なんてかっこいい名称じゃなくて、姫みたいなかわいい名称がほしいぞ!」
アーシャさんが1人憤慨している。
あっ。アーシャさんそっちなんですね。
呼び名が出来ていることじゃなくて、呼び名自体に不服があると。いやー、さすがクール美人の皮を被っている天然さんだ。着眼点が違う。
長い付き合いであろうミルフィさんも、口をポカンと開けて固まっているぞ。
「ま、まぁいいじゃないですか。呼び名ぐらい。それよりも服! そう服屋ですよ! いい店教えてくれるんですよね!」
「え、ええそうよ! リュウカちゃんにもきっと似合う服が見つかるはずよ!」
「わー! 嬉しいなー! この服、傷ついちゃったし、新しいのなににしようかなぁ」
「楽しみねー! 服1つでイメージががらりと変わっちゃうんだから。これだからファッションはやめられないのよねー。女の子に生まれてきて1番よかったところだわ」
「ですねー! それじゃあ早く行きましょう!」
「ええそうね!」
お前男だろというツッコミは後だ。
今は早いとここの場所を抜けたい。なぜなら……。
「私だってこれでも女なんだ。姉御って、そんな男勝りな…………」
呼び名のくだりから、アーシャさんに変なスイッチが入ってしまったようで、今にでもどうでもいい呼び名トークが炸裂しそうだったからだ。
そんなこと今はいいんですよ、アーシャさん! 姉御でも姫でも、勝手に言わせておけばいいでしょ!
それに申し訳ないですが、姉御という呼び名、アーシャさんにぴったりだと思いますよ。ぽいです。
**********
ミルフィさんに連れて来られた服屋は、アイリスタの街のちょっとした裏路地にあった。今が日が昇っている昼ぐらいだからまだしも、これで真っ暗な夜に訪れたら、不気味な所として絶対に立ち入らないだろう場所にある。
こんなところの服屋、怪しすぎる。
店頭になにも並んでいないし、本当に大丈夫なのだろうか……。
「大丈夫よ。ここは私とアーシャちゃん行きつけのお店だから」
そう言って躊躇なくお店の扉を開けるミルフィさん。
ここまでの道のりで落ち着いたアーシャさんもそれに続いて店の中に入っていく。
チリリンっと、扉に備え付けられた鈴が客の来店を告げる。
俺は意を決して、アーシャさんが入っていった扉をくぐる。
さてどんな内装が広がっているのか……。
緊張の一瞬である。
「え……」
店内に1歩踏み込んだ俺はあまりにもな光景に素っ頓狂な声をあげた。
それは異世界の、こんな裏路地にある店にしては内装が―――普通だったからだ。
特別なところなんてない普通の服屋。店の1番奥には支払いのためのレジのような場所もあり、試着室も2つ完備されている。
女性専用なのか、中は女性服の類しか置いてなく、ピンクといったパステル調のものから、黒などのスタイリッシュな服まで様々だ。なんの用途に使うの分からない意味不明な雑貨も、魔物のホルマリン漬けもない。ごくごく普通のおしゃれな服屋である。
意外なほど普通のことに、体の動きを止めてしまった俺を置いて、先に入ったミルフィさんが店の奥を眺めて声をかけた。
「マスター? いませんかー?」
どうやら店主を呼んでいるらしい。
しばらくして、ミルフィさんの声に反応するように1人の人が姿を現した。
「ああマスター。いたんですかよかったー」
「あら~ミルフィじゃないの」
「私もいるぞ」
「アーシャもご無沙汰ね~」
仲良く話すマスターとお2人。
俺は気になってマスターの風貌を見つめる。
ずいぶんと大きな人だな。
背が高いアーシャさんと比べても全然頭が見えてこないぞ。
それにしても、さすがわ服屋の店員。フリフリのピンクのワンピースなんて着ておしゃれだなぁ。
俺はそのまま視線を上げていく。
……うんうん。やっぱりでかいな。なんていうか、胸の部分がおっぱいというよりも胸筋といった方が差支えのないような体付きだ。
それに、ワンピースから伸びる腕は、それはもう鍛え上げられた筋肉で、声も女性にしては低くて、背もアーシャさんの何倍もあるかのように高くて……。
そこでいったん俺の目が止まる。
なんだろう、これ以上見てはいけないと言われているような、そんな感じがする。
怖いというか、お約束のようなそんな感じ。
だがしかし、人間好奇心には勝てないもので、俺は頭が発する警告音を無視して、その視線を覚悟なんてなんにも決めずに上げてしまった。
映る顔。そこにはとても素晴らしい―――ひげ面の男が立っていた。
ご丁寧に頭にリボンまで着けているというおまけ付き。
キャラ渋滞が激しいその店主はまごうことなき『おネェさん』だった。
「あら? 見たことない子がいるわね」
ドンドンと筋肉で出来た巨体を揺らし俺に近づいてくる店主。
こわいこわいこわいこわい!! 俺の男の魂がおネェさんを拒んでいる。
このままじゃ食われる! いろんな意味で!
俺の体が逃げるように店の扉を掴んだ時、同時におネェさんに肩を掴まれた。
終わった。俺の人生、こんな形で終わるなんて……。
「もうどうしちゃったの? 逃げるように扉なんか掴んじゃって。ゆっくりしていきなさいよ」
「え、ええ……そ、そうですね……」
俺は油の切れたロボットの様に首を自分の後ろに向ける。
ど迫力のひげ面が間近に迫っていた。
「っ……!!」
息をのむ。
気絶しなかっただけ褒めてほしい。
店主の後ろで、アーシャさんが頭を抱えているのが見えた。
ミルフィさんも苦笑いを浮かべている。
「マスター。リュウカから離れてください」
アーシャさんが俺を救済するように店主の腕を後ろに引いた。
店主と俺の間に空間が出来る。
俺はホッと息を整えた。
「なによもう。アーシャったら」
「マスターの容貌は初めての人には刺激が強すぎるんだよ」
「うそー、そんなことないわよ。私のどこが刺激がつよすぎるって」
ワンピースの裾をつまんでお姫様の様に自分を煌びやかに見せる。
いやもう、全部ですって!
服装から顔から、なにからなにまで全てが刺激の塊ですよ。
めちゃくちゃツッコみたかった。
しかし、今ツッコんでしまえば殺されるような、そんな気がしてやめた。なによりも、この頭が発する危機感を無視した結果、店主の顔を覚悟して見なかった末路がある。
直感は信じよう。
「まぁいいわ。改めまして、この店のマスターのキャサリンよ」
自己紹介をしながら俺に手を差し伸べるキャサリン。
反省したのか、俺との距離を少しだけ開けている。
「ん? どうかしたのリュウカちゃん」
アーシャさんの言葉で俺がリュウカであることを察したキャサリンが、俺に対して怪訝そうに手をずいっと伸ばしてくる。
俺は恐る恐る、その手と握手を交わす。
「あらもう。ちゃんとできるじゃないの。握手は、差し出されたらスマートに対応するのが大人の女よ」
「は、はぁ。まぁその、ちょっと気になることがありまして……」
「気になること? なんでも言ってちょうだいな。このキャサリン。これでも結構物知りなのよ」
「じゃ、じゃあ遠慮なく」
そういって俺は自分の中に沸いた疑問をキャサリンにぶつけた。
「キャサリンさんの本名ってなんですかね?」
俺の質問に場が凍る。
キャサリン含め、アーシャさんまでもが驚愕の質問に対して動けなくなっている。
すると唐突にキャサリンと握手している手が上下に激しく揺れた。
「やっだもう! なに言ってるのかしら。私は生まれた時からキャサリンよ! 他の名前なんてあるわけないじゃないの!」
感情のまま上下に揺られる腕。それに伴って俺の体までもが上下に激しく揺れる。
やめて、やめて! 痛いです! 人1人振り回す女性なんて聞いたことないよ!!
「ご、ごめんなさい! ごめんなさい! ちょっと気になっただけなんで。なんで、許してください!」
「んもう! 面白い子ねリュウカちゃんって」
不気味にひげ面を微笑みに変えて、俺を開放してくれる。
はぁー……助かった。死ぬかと思ったわ。
「リュウカお前な」
「ふふ。リュウカちゃんって意外と命知らずよね」
最後にミルフィさんが俺を起こしてくれて、とりあえず事なきを得た。
なんかもう、キャサリンについてはなにも言わないでおこう。
触らぬ神に祟りなしだ。
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