第43話 服装が変わります

 キャサリンとの素晴らしい出会いをした後は、ショッピングタイムという流れになった。アーシャさんとミルフィさんで俺の服を見繕ってくれるということになったのだが、どうも乗り気なのはミルフィさんのだけようで、アーシャさんはあまり自信が無さそうだ。

 適当に手にとっては棚に戻したりを繰り返している。

 俺もまた、アーシャさんと同じ感じだ。

 女性の服なんて訳が分からない。あまつさえ、男のファッションでさえままならなかった俺である。倍以上の種類があるのに、この中から選べを言われても見当がつかないのだ。

 ちなみに、キャサリンには店の裏で待機してもらっている。

 正直、あの顔面が常に視界に入ってくるのに耐えられそうになかったからだ。

 男の部分が生命維持のために、無駄にキャサリンに視線がいってしまう。 

 危機回避のためによく見て、どんなことにも対処できるようにしようという本能が発動してしまっているのだ。

 非常に困る。


「ねえねえ。こういったのはどうかな?」


 ミルフィさんがある服を棚から取り、俺に差し出してくる。

 それはフリルがついたとても女の子らしいスカートだった。

 スカート。それは未知なるものだ。元男である俺にはスカートなんてものを履いた経験がない。友達の中には昔、実の姉のスカートをふざけて履いたことがあると豪語していた奴もいたが、残念ながら姉のいない俺には縁のない話だ。妹はいるが……まぁね。借りたら殺されるな。

 とはいえ、桐沢雫という一応は女性の幼馴染もいたんだが、あいつはまぁ、中学までは男勝りでズボン派だったからな。

 たしか、スカートは股下がスース―するから苦手だと言っていたな。

 制服は仕方がなくと愚痴をこぼしていたっけか。


(雫……元気にしてるかな)


 不意にそんな思いが俺の中に湧き起こる。

 気づけは俺は無意識にポケットの中にあるストレージを触っていた。

 これはスマホを思い出させるのがいけない。ついつい、最後にやり取りした内容が頭の中に蘇ってくる。


「神様が怒る……か」


 奇しくも雫の言った通りになってしまったなと思う。

 俺はお稲荷さんを怒らせ、あげく殺された。

 まぁ、こうしてまさかの大逆転のような転生があったからよかったものの、あのまま死んでいたら目も当てられない。いや待て、まったくよくないぞ。怒っても殺すことないじゃないか。

 やっぱり、どう考えてもあの神様を許すことが出来ない。

 とはいえ、今思うと雫の言うことちゃんと聞いておけばよかったかなと少し後悔する。結局、雫のメッセージに返信しそびれてしまった。

 あいつ、あの後どうしただろうか。

 いくら思っても、もう地球にいない俺は一生雫には会えない。

 まさかの形で永遠の別れをしてしまった。


「リュウカちゃん……?」

「……はい?」


 ミルフィさんが意外と近い位置で俺の顔を覗き込んでいた。


「どうかしたの? ちょっと辛そうな顔してたけど」

「ああいえ、なんでもないです」

「そう? もしかしてスカートが気に入らなかった?」

「ま、まさかそんなこと。試着してみますね」


 俺はミルフィさんの手からスカートを取ると、店の壁に備えてある試着室に入り、カーテンを閉め切る。

 ズボンを脱いでいく。

 そうだ。俺はなにを思っている。

 今更雫のことを思いだしたところで、意味がないのは分かり切っているじゃないか。それに、もしなにかの間違いで雫に会えたとしても、神様が俺の願いを叶えているのならもうあいつは……。

 俺は視線を上げ鏡に映った自分の体を見つめる。

 そしてはっとした。

 こ、これは……!

 ズボンを脱いだことで露わになった俺の両足。そして俺の目線はその付け根に向かって一直線だ。

 なんとそこには素晴らしい程の―――見たことのあるトランクスがあった。

 

「あ……これって」


 明らかに俺が栗生拓馬であった時のものである。

 そっか。気にしてなかったが、体は変わったものの身に着けている服装自体は変わっていない。つまりは下着もそのままということ。

 黒髪美少女とトランクス。

 どうしようもないバランスで成り立つ俺の体を、俺はまじまじと見つめた後、ある決意を胸に決めた。


「下着、買わないとな」


 さすがにこのままとはいかないだろ。

 女性ものの下着。これは難易度が高いぞ。どうしよう。


「リュウカちゃーん。どうだった? 試着できた?」


 カーテン越しからミルフィさんの声が届く。

 や、やばい。こんな姿見られたら恥ずかしいとかそういったものをはるかに超える、惨めな感情が押し寄せてくる。

 俺は咄嗟にカーテンの向こうに立つミルフィさんに言う。


「もうちょっと待ってください。今すぐ着替えますから」

「そう。分かったわ」

「……ミルフィ。人の着替えを急かすな。まったくもう」

「ごめんねアーシャちゃん」


 遠のいていく声にホッと胸をなで下ろす。

 ぐずぐずしている暇はない。スカート1枚試着するだけでこんなにも時間を要したら、さすがに不審がられる。

 ええいもう、いいや。

 俺は勢いよく自分のトランクスを下げた。

 そうしてドキドキしながら俺は鏡に視線をやる。

 下着を取った。そうなったら見えるのはあのものであり……。

 かくして俺が見たのは、


 なぜだかその部分にだけ謎の光が差し込んでいる俺であった。


 ……なんでだよ! くっそ。この世界はテレビ放送だったのか。

 光が消えるBlu-ray版じゃないのかよ! ばっきゃろー!

 なぜだろうか。この時頭の片隅であの神様が笑い転げている姿が想像できた。

 仕方ない。もうこうなったら普通に履こう。うん。

 そうして俺は、試着室という密室で自分の体に対して一喜一憂した後、ミルフィさんが勧めてきたフリル付きのスカートを身に着け、カーテンを開けた。


「まぁ」

「げっ。な、なんで…」


 試着室の前に陣取っていたのはミルフィさんじゃなかった。裏に待機してもらっていたはずのキャサリンその人である。

 ついつい変な声がもれてしまった。

 だから、あんたは顔面の主張がすごいんだよ。

 突然現れたら心臓に悪い。


「まぁまぁまぁ! とってもいいじゃない! スカート1枚だけだけど、リュウカちゃんの華奢な足とマッチしてとても素敵よ!」


 ものすごい勢いで俺の体を舐め回すように見てくるキャサリンにすこし引き気味になる。

 だいたいあんた、俺が裏で待機してくださいって言いましたよね!?

 なんで出てきてんですか!


「そうでしょう」

「さすがわミルフィね。服のセンスだけは良いわ。もうギルドメンバーなんてやめてうちで働かない?」

「おいマスター。ミルフィは私の相棒だ。勝手に引き抜くな。……しかし確かにいいな。私の服もミルフィに頼んでいるし、さすがだ」

「ふふ。念のためマスターに来てもらって正解だったわね」


 ミルフィさんが俺に微笑みかけてくる。

 犯人はあんたか。

 しかしまぁ、楽しそうで何よりだが。

 なんだろう、確かに鏡に映る俺は前の俺に比べてスカートを履いているからか女の子らしい。可愛いといってもいいだろう。

 でもな……。

 俺は自分の足元を気にするように触った。


「やっぱり、リュウカちゃんみたいな若い子はこのぐらい短い方がいいわね」

「そうね。生足は出せる年齢のときに出さないと勿体ないものね。今のうちだから。こんな短いスカート履けるの」

「そうよ。気づいたら履けなくなっているものなんだから」

「はぁ、そうなんですか」


 悲壮感漂うミルフィさんの声に対して、俺はいまいちピンと来ない声をあげる。

 まぁそれも根っこの部分が男だからだろう。


「だがな。確かに似合ってはいるが、魔物との戦闘を想定すると」


 アーシャさんだけは冷静に観察していた。


「なに言ってるのアーシャちゃん! ファッションは我慢よ! どれだけ寒かろうと、どれだけ熱かろうと、耐え凌ぐのがファッション!」

「お、おう。そうか」


 珍しい。アーシャさんがミルフィさんにおされている。

 

「ミルフィ! よく言ったわ!」


 逆にキャサリンはミルフィさんと固い握手を交わしていた。

 なんだこれ。置いてけぼりなんですけど、俺。


「しかしな、リュウカをよく見てみろ。なんだか不満そうにスカートを押さえているぞ。合わなかったんじゃないのか」


 アーシャさんのこの言葉のおかげでやっとこちらに3人の意識が向く。


「我慢が大事なのは分かったが、着る本人が満足いってないんじゃ、意味ないんじゃないのか?」


 いいぞー、アーシャさん。

 やっと気づいてくれたようだ。


「リュウカちゃん、スカートだめ?」


 ミルフィさんがとても悲しそうな目で俺を見てくる。

 ああ……ミルフィさんの潤んだ瞳を見ていると頷けなくなる。

 しかし、俺は心を鬼にしてミルフィさんに対して本音を言う。


「は、はい。何だかスースーして落ち着きません」

「そっか……」

「ごめんなさい。せっかく選んでもらったのに」

「ううん、いいのよ。無理に勧めたこっちこそごめんね。じゃあ、スカートじゃないものを探しましょ」

「ええその方がいいわ。ファッションは幅広い。リュウカちゃんにあったコーディネートが必ず見つかる。挫けちゃだめよミルフィ!」

「はい! マスター!」


 ダメだこの人たち。変なスイッチが入っている。

 俺とアーシャさんの2人が頭を抱えるなか、ミルフィさんとキャサリンはすぐに切り替えるように他の服を見に行ってしまった。

 俺はとりあえずスカートを脱ぎ、元の服装に戻ると、試着室を出た。

 店の中では棚から数々の服を取っている、ミルフィさんとキャサリンの姿が見えた。それからしばらく、俺はミルフィさんとキャサリンの着せ替え人形の様にいろんな服を試着する羽目になった。

 ただただアーシャさんがそんな俺に同情の眼差しを送ってくる。

 結局キャサリンが店の裏に行くことはもうなかった。


        **********


 謎のミルフィさんとキャサリンのコーデバトルの末、俺の服が決まった。

 試着室から全身そろえて出てきた俺を見てミルフィさんが呟く。


「意外と悪くないわね」


 今、俺は全身を黒を基調をした服装に身を包んでる。

 上半身は中心に勾玉のようなデザインが施されたグレーのパーカー。そしてその上から黒色のスタジャンを羽織るというスタイル。下半身は俺の希望通りスカートではなく女性らしく黒色のショートパンツ。そして足には俺が自分で取り入れた黒のニーソックスという出で立ち。生足を出すと言うミルフィさんとキャサリンの意見はガン無視である。

 だって黒髪美少女とニーソって外せないよね?

 正直、店の中でニーソを見つけた時はもう、これしかないと思ったね。異世界であるからこそ、絶対領域は大事だろう。

 だから、その流れでショートパンツにした。これならスカートの様にスースーすることもないし、パンツだから戦いでの支障もない。絶対領域も一応できる。

 そこまで決まったところで、男子高校生時代のスニーカーは合わないだろうとして靴も変えようと言うことになり、結果、ミルフィさんが選んだ茶色のヒールのないくるぶし丈のブーツと相成りました。

 めっちゃ地球用語の説明だが、こう言うしかない。

 しめて総額26000ルペ。

 高い。いや、ファッションでこの値段は安いのだろうか。まだルペの金銭感覚がないのでよく分からん。

 ただ言えるのは、地球だったら服に26000円使うなんてあり得ない。

 これだけ買えるお金があるなら、俺だったら新作ゲームを買うね。


「でも、まさかアーシャちゃんに負けるなんて……」


 ミルフィさんからそんな声が聞こえて来る。


「別に対決してたわけじゃないだろ」

「そうだけど……。ちょっとショックなの」


 ミルフィさんには申し訳ないことをしてしまったのかもしれない。

 というのも、このコーデ、上半身の全部はアーシャさんがなんとなくで勧めてきたものだったりするのだ。

 適当に取り出してきたパーカーとスタジャン……のような服。これだ!って思ってしまった。たとえ美少女に生まれ変わっても自分ということもあってか、どうしてもフリルとかパステル調の服はしっくりこなかったのだ。そこに来て、このグレーと黒である。まだまだ中二病も抜けきってない男子高校生にとって、勾玉のような柄がとくに心にヒットした。すぐに試着して即決してしまった。

 そうして下半身は文字通り俺の趣味全開。

 アイテム数で言うなら、上半身のアーシャさんが2点。下半身の俺も2点。そして、ブーツのみのミルフィさんが1点という計算である。そこから、本人である俺を除くと、アーシャさんの勝ちということになるわけだ。

 ちなみに、キャサリンの勧めてくる服は全部却下させてもらった。

 だってあの人、ピンクのばっかり勧めてくるんだもん。無理だ。


「まぁまぁ、ミルフィ。そんなこと言わないの。ほらよく見なさいリュウカを」


 キャサリンがミルフィさんの肩を抱いて俺を指さしてくる。


「こんなかっこかわいいリュウカが見れたのよ。それって、私たち3人が力を合わせた結果じゃないの。ショック受ける必要ないのよ」

「マスター……」

「胸を張りなさい」

「……分かりました。素敵よ。リュウカちゃん」

「あ、ありがとうございます」


 俺はなぜだか涙をぬぐうミルフィさんに対してお礼を言った。

 そこまで感情移入することだろうか。

 まぁでも、その表情もまた魅力的でいいですけどね。


「ところでリュウカちゃん。その服、お買い上げするのかしら」


 キャサリンがそう聞いてくる。


「まぁ、そうですね。せっかくなんで買います」

「じゃあそのまま着てくといいわ。元の服は私が捨ててあげるから」

「へ?」

「あんなボロボロの服、持ってても仕方がないでしょ。私が捨てといてあげるって言ってるの。さぁ、会計よ会計。ストレージを持ってこちらに来てちょうだい」


 俺は流されるまま、自分のストレージを持つとキャサリンがいるレジのような場所に来る。

 大きな黒い箱のようなものが鎮座していた。

 するとそこに文字が出てくる。


『洋服3着 ソックス1つ 靴1足

 計5点 26000ルペ     』


 そしてその文字の隣にストレージを置くほどの光の枠が浮き出てきた。

 はっはーん。見ただけでなにするか分かるわ。

 俺はすぐさま自分のストレージをその枠に置こうとしたところで、ミルフィさんに止められた。


「リュウカちゃん。ここは私が払うわよ」

「えっ。そんな悪いですよ」

「遠慮しないで。それにリュウカちゃんお金ないんじゃなかったの?」

 

 ミルフィさんが小首をかしげて俺を覗き込んでくる。

 ……やべー。忘れてたその設定。

 そういやあ、俺って一文無しだったんだ。たかが依頼1つこなしただけでここまでのお金があるなんて思えないよね。


「どうかしたのリュウカちゃん? ちょっと横に行ってね。私払えないからさ」


 そういって俺をレジの前からどかそうとするミルフィさん。

 俺は葛藤していた。

 オークに追われている俺を助けてくれた恩がある。アイリスタに連れてきてもらったし、ギルドメンバーのなり方まで教わった。今日なんてウルフの群れから助けてくれただけにとどまらず、こんな服まで見繕ってくれたのだ。

 1人になった俺のことずっと気にしてくれていたし、アーシャさんとミルフィさんには恩しかない。

 そんな中、服代まで払わせるなんて……。

 俺は葛藤の末、ある決断を下した。

 アーシャさんとミルフィさんが見ている前で、俺は自分のストレージを近づけると、きっちり26000ルペを支払った。

 お金が光となって俺のストレージからキャサリンの店のストレージへと渡ったのが確かに分かる。


「はい。きっちり26000ルペのお支払い。ありがとうございました」


 キャサリンがそう言う中、アーシャさんとミルフィさんが驚いた顔を俺に向けている。まぁ、気持ちは分かる。昨日まで無一文だった奴が急に26000ルペを支払ったのだ。どうしてと思うだろう。

 しかし、俺はどうしてもミルフィさんに払わせることを許せなかった。

 これは男の意地とかでもない。人間として、最低限の線引きだ。ここでミルフィさんに払わせたら、後で物凄い罪悪感にさいなまれる。

 ただでさえ恩人の2人に、毎日使いきれないほどの大金が入ってくる俺が、お金の面まで頼るのは意義に反している。屑野郎だ。

 そこまで落ちぶれるつもりはない。


「リュウカちゃん。お金持ってたんだ……」

「ああその、白薔薇の依頼が思いのほか高額で。それでその、自分のためにパーッと使おうって思って」


 苦し紛れのいい訳だが、後悔はしていない。

 ミルフィさんはどこか納得していない様子だ。しかし、もう1人は違うはず。

 今ですよアーシャさん! 決めちゃってください!


「おお! 初報酬をこんな気持ちよく使うなんてな! さすがはお嬢様だ! 金銭感覚が違う!」


 予想通りアーシャさんが天然を発揮する。

 さすがですアーシャさん! もうほんと大好き!

 アーシャさんの声にうやむやになる形で、ミルフィさんは俺への疑いの視線を外した。


『所持金 10,023,990』


 良い買い物でした。

 

 

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