第44話 ちょっと真面目な話もします

 キャサリンの店で買い物をし、NEWリュウカとなった俺は、キャサリンの言葉に甘えてそのままの格好で店から出ていった。

 元々の俺の服装は試着室に置いたままだ。本当は後で回収しようと思ったのだが、キャサリンが処分してくれると言うのでそのままにしてきたわけである。

 店を出てから改めて店の外観を見る。まさかあんな怪物がこの中にいるなんて思わないだろう。

 真夜中にでも入ってしまったら店だと思ってしまいかねない。

 キャサリンの顔面の迫力は発狂もんだ。


「よくこんな店知ってましたね」


 俺は未だに俺の全身を見ていたミルフィさんに問いかける。

 っていうか、早く変なスイッチ切ってください。

 さっきからミルフィさん、俺の全身を見過ぎなんですけど。

 もう終わりましたよー。


「驚いただろ」


 俺の声が聞こえていないミルフィさんに代わって、ついさっき俺の予想通りのファインプレーをみせてくれたアーシャさんが答えてくれる。


「はい。こんなところにお店があったなんて。たぶん、街に来たばかりの私じゃなくても知らない人多いんじゃないですかね。こんな場所、普通寄り付きませんから」

「まぁ、そうだろうな。私も初めてミルフィに連れて来られた時は、驚いたものだ。こんな場所に店なんてあったんだなって。まぁそれより驚いたのは」

「キャサリンさんですね」

「ああ。だが、さすがに私はリュウカみたいに踏み込まなかったぞ」

「あははは……」


 いやまぁ、あれは俺自身もなんであんなこと言ったのか分からないんですけどね。なんだか無性に聞きたくなってしまったというか……。

 好奇心って怖いですね、ほんと。


「でも、元々ミルフィさんだけだったんですね。てっきり、アーシャさんも常連なのかと」

「今ではな。だけど、本当の意味で初めから知ってたのはミルフィだけだ」


 アーシャさんが親指で、ミルフィさんを指す。

 さすがにここまで会話していたらミルフィさんの耳にも届いただろう。

 ミルフィさんが会話に加わってくる。

 

「びっくりしちゃった?」

「びっくりっていうか、意外だなと思っただけで」


 アーシャさん含めミルフィさんもアイリスタで姫と呼ばれる有名人だ。

 魔界に近い拠点の見張りもしていることから、それなりの実力を有しているのは分かる。お金も多く持っていることだろう。

 そんなミルフィさんだからか、こんな裏路地にある店はなんだか似合わないというか、もっと大きな店で服とかも買っているのかと思っていた。

 まぁ、小さな街というアイリスタで大きい店があるかどうかも分からないけど。


「そうかもね。でも、私たちってどうしたって人目を集めちゃうから。こういったお店でないと買い物もゆっくりできないのよ」

「あぁ。なるほどです」

「お店のマスター、キャサリンは私たちのことを知りながらもなにも言わずにいてくれる。見た目は別として、とってもいい人なのよ」


 それはなんとなく分かります。

 全身のインパクトを除けば、キャサリンはただの面倒見のいい人だ。

 初対面の俺の服を真剣に選んでくれていた。全部断ったけど、あそこまでしてくれる人はなかなかいない。


「元からお知り合いだとかです?」

「ううん。違うよ。このお店を知ったのは本当に偶然」

「じゃあ、ミルフィさんも最初」

「ええ。マスターにびっくりしちゃった。初めてだったな。あんな人に出会うの」


 ミルフィさんは懐かしむように店の外観を見つめた。


「最初はね、ちょっと気になってなんとなくで入ったんだけど、間違っちゃったかなーって思って。いけない店に足を踏み入れちゃったって後悔しそうになったの。でもね、マスターは私の表情を見ると、気持ちが明るくなるような服をたくさん選んでくれて。いろんなことを教えてくれた。着る服で女の子はどんな風にもなれるのよって、私を元気づけるように」

「え? 元気づけるって……」

「ふふ。実はね、このお店と出会った当時の私はアイリスタの街に来たばかりで慣れてなかったのよ。思いの外魔物も強くて、ギルドメンバーとしてやっていけるのかって不安だった。自分でこの街に来るって決めてきたはずなのに情けない限りよね」


 そう言ってミルフィさんは自嘲気味に笑う。

 今のミルフィさんからは想像もできないような話だ。

 姫と呼ばれる前のミルフィさんの身の上話。

 これにはアーシャさんまでもが驚いた表情を浮かべていた。


「そんなことがあったのか」

「アーシャさんも知らなかったんですね」

「仕方ないわよ。だって、これはアーシャちゃんと出会う前の話だから」

 

 ミルフィさんがどこか大人びた顔になる。


「アーシャさんとミルフィさんってずっと同じだと思ってました。仲良いし。お互いにお互いのこと分かっている感じがして、小さい頃からの知り合いだとばかり」


 俺は素直な感想をもらす。


「それは違うな。私たちは互いにアイリスタ出身じゃない。別の街からここに来たんだ」

「アーシャちゃんの方が早かったのよ。私がアイリスタに来たときにすでに姉御って裏で呼ばれていたんだから」

「そうなのか!?」


 初耳といった顔のアーシャさん。

 まぁ、アーシャさんって天然でイケメンだから、いつの間にかそうなっていてもおかしくないところがある。


「私とアーシャちゃんが出会ったのは、今から1年前ぐらいかしら」

「それぐらいだな。確か、私から声をかけたんだっけか」

「うん。今でもよく覚えてるよ。でも、まさか私まで姫なんて呼ばれるなんて思いもしなかった」

「ってことは、それよりも前にキャサリンの店に」

「うんそうなるわね。アーシャちゃんに会うまで、私はずっと1人で依頼とかをこなしてた。簡単に友人を作れるような性格してなかったし」

「へぇ。なんだか意外です」


 今でこそ、優しいお姉さんといった雰囲気で、誰とでも分け隔てなく話せるようなイメージがあるミルフィさんだが、初めの頃は違ったらしい。


「リュウカちゃんにとってはそうかもね。これもアーシャちゃんのおかげかな」

「……照れるからやめろ」

「ふふっ」


 顔を赤くするアーシャさんにミルフィさんが穏やかな微笑みを浮かべた。


「アイリスタに来たばかりの時は、魔物の強さに圧倒されて、依頼も全然こなせなかったの。お金もないから同じ服を何回も着て。魔物との戦闘で破れても、そんなのお構いなしだった。そんな時よ。このお店とマスターに出会ったのは」


 ミルフィさん俺の方を見て話してくれる。

 目を細め、憂いの表情を浮かべている。いつもの優しそうなミルフィさんとは思えないような表情に、俺もアーシャさんも口をはさめなくなる。


「沈んだ表情の私を見たマスターはすぐにたくさんの服を用意してくれた。それこそ、今日のリュウカちゃんの様にマスターの着せ替え人形のようにたくさんの服を着せられた。でも、ころころ変わる自分の姿を鏡で見ている内になんだかおかしくなってきて。気づけば笑っていたのよ。そうしたら、そんな私の表情を見てマスターがこう言ったの」


 ミルフィさんは一度言葉を切る。


「女の子は服次第でどうにでもなる。だから、笑ってなさいって」


 あのキャラ渋滞しているキャサリンとは思えない発言。しかし、不思議とその光景が想像できた。

 今より少し表情が固いミルフィさんにたくさんの服を着せているキャサリン。そんなキャサリンが表情の変わったミルフィさんの肩を抱いて、満足げに鏡に映ったミルフィさんを見ている。

 そして、あのインパクトの強い顔面を真面目にしミルフィさんにアドバイスする。


「そしたら、必然的に物事は上手くいく。だから大丈夫だって。そうして、その日着せてくれた服を全部無料でくれたのよ」

「無料ですか」


 なんとまぁ気前がいいこと。

 だが、あの人ならやりそうな気がする。


「ええ。断ったんだけどね。無理矢理持たされて、返そうとしても受け取ってくれなかったのよ」

「ははぁ、すごいですね」

「ほんと」

「それで、その効果はあったのか?」


 アーシャさんがそう聞く。

 すると、ミルフィさんはアーシャさんの腕を自分の方へと引き寄せた。


「あったわよ。こうしてアーシャちゃんと出会えたんだもん」

「ミルフィ……」

「じゃあ、2人を結びつけたのはキャサリンさんなんですね」

「ええ」


 なんか流れで良い話を聞いてしまった。

 2人の馴れ初めというか、そんな話に心がほっこりする。


「マスターは最高な人よ」

「わ、分かったから。離してくれ」

「ああもう。もうちょっといいじゃない。誰も見てないんだから」

「リュ、リュウカが見てるだろ」

「リュウカちゃんは別にいいじゃないの」


 当時のことを思い出して上機嫌になったミルフィさんにアーシャさんはたじたじだ。アーシャさんは恥ずかしそうにしかがらも、それでもミルフィさんの腕を無理にはほどこうとはしなかった。

 そこに2人の仲の良さを垣間見た気がする。


「……そう言えばちょっと気になったんですけど」


 俺はそんな2人に対してふと気になったことがあり質問した。


「2人って頑なにキャサリンさんのことマスターって言いますよね。どうしてですか?」


 ミルフィさんが懐かしむように話していた時もずっとキャサリンのことを『マスター』と呼んでいた。言ったのは話の冒頭だけ。

 アーシャさんも店ではキャサリンのことをマスターと呼んでいたし、なにかあるのだろうか。できれば身の危険を回避するために教えていただきたい。


「そりゃあリュウカお前」

「リュウカちゃん、だって」


 2人は俺の質問に答えるように俺の顔を見てくる。

 そうして揃った声でこう言った。


『あの顔でキャサリンはおかしい(じゃない)』


 ああまぁ、そうですよね。納得した。

 ……意外と失礼なことを思ってたな。

 結び付けてくれた恩人なんじゃないんだろうか。


 

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