第45話 こ、この展開は

 はてさて、アーシャさんとミルフィさんの身の上話も終わったところで、これからどうしようといった話になっていた。

 俺の服選びに案外時間がかかったのか、すでに若干日が落ちてきている。

 このままお開きにしてもよかったのだが、3人してなんでか未だにキャサリンの店の前から動かないでいるのだ。

 3人が3人ともなんだか離れられないというか、変に盛り上がってしまってさらっと場を去ることが出来ないでいる感じがした。

 とはいっても、日は落ちてきて辺りは暗くなっている。

 真っ暗とまではいかないまでも、それでも早く移動した方がいいだろう。

 アーシャさんとミルフィさんもそれは分かっているのだろうが、何となく名残惜しそうにキャサリンの店を眺めている。

 そんな時だった。


「あらまぁ! なんて、なんて……」


 店の中からキャサリンらしき人の声が聞こえてきた。

 別に切羽詰まった感じじゃなかったからさほど驚きはしなかったが、それでもやはり中が気になってしまう。

 アーシャさんとミルフィさんにならって俺も外から店内をのぞく。

 いまいちよく見えないが、キャサリンがなにかを手に持って、それを見て頬を染めているのだけはなんとか見える。


「あれって」

「試着室の中……だよね」

「たしか、リュウカの着替えがある……」


 三者三様の反応を見せながら、店内にいるキャサリンを見ている俺たち。

 ……ん? ちょっと待てよ。何だか嫌な予感がするんだけど。

 俺は脳裏の浮かぶ嫌な予感をもとに考察を開始する。

 確か、この服を着に試着室に入ったとき、自分の着替えは後で回収しようと思って試着室の中に置きっぱなしだった。そう。上半身を脱いでパーカーを着込み、下半身の着替えに差し掛かった時、俺はある問題に直面していたのだ。ついつい、ニーソを際立たせるために履いたこともないショートパンツにしたのが原因で、ショートパンツの丈よりも下着の丈の方が長いという、よく分からない問題に。

 そして俺は確かその後……。


「はっ……!」


 俺は急いで自分のショートパンツの中身を確認する。

 暗くよく見えない中でもよく分かる。

 そこには何もない。つまり、今の俺はノーパン状態であった。


「ってことはキャサリンが頬を染めながら持っているものって」


 その時、中からキャサリンの声が聞こえて来る。


「リュウカちゃんって確か女の子……あらあら、ずいぶんと懐かしいものが……」


 やっぱりかー!!!

 少し動いたキャサリンの手元には俺の男時代の遺物、トランクスが握られていた。

 やばいやばいやばい! なにがやばいってトランクスを持って頬を染めているキャサリン。あんた懐かしいって、やっぱ男じゃねぇか!

 ってそんなことはどうでもいい。頬を染めているキャサリンはどうでもよくはないのだが、そんなことよりも1番まずいのは、まったく同じ光景を見つめているアーシャさんとミルフィさんだ。

 2人とも女性だからなのか、キャサリンの持っているものがよく分からないかのように首をかしげている。

 ごまかすなら今のうちだ!


「さぁさぁさぁ! これからどうしましょうか! とりあえず、暗くなってきたんで私の宿屋のところにまで戻りましょう!」


 俺は体に冷や汗をかきながら、2人をまとめて押し動かしていく。

 とにかく、店の前から退かなければ。あんなもの早く視界から消す必要がある。


「お、おいどうしたリュウカ」

「ちょ、ちょっとリュウカちゃん」


 突然のことに戸惑いの声をあげるアーシャさんとミルフィさんだったが今はそんなこと気にしている余裕はない。

 まだよく分かってない状態で押し通してしまえ!


「マ、マスターが見てたものって確かリュウカちゃんの着替えでしょ」

「そ、そうだ。忘れ物があったのかもしれない。一度戻った方が」

「なな、なに言ってるんです……? 忘れ物なんてありませんよ! ええほんと! なんで早く行きましょう! それがいいです!」


 俺はアーシャさんとミルフィさんの問いかけに、明後日の方向を向きながら早口でまくしたてた。

 きっと、キャサリンも覗かれたくないだろうから、ね!


       **********


「はぁはぁはぁはぁ……!」


 俺はとにかく力任せに2人の身体を押していき、ついにはリーズさんの宿屋前に着いていた。

 疲れた……。ギルドメンバーとしてそれなりの実力を有している2人の体は見た目に反してしっかりしていて、押し進めるのも楽じゃなかった。

 おかげで、結構息が切れてしまった。

 キャサリンの店の前でかいていた汗は冷や汗だったが、今は本当の汗だ。


「へぇ、ここがリュウカが泊まっている宿屋か」

「……はい、まぁ。そう、ですね」

「こんなところに宿屋があったなんてね。驚いたわ」

 

 アーシャさんとミルフィさんが宿屋リーズの外観に興味を示した。

 よし、とりあえず話題を変えることに成功したな。

 俺は乱れた息をなんとか整えると、2人との会話を始める。


「お2人は知らなかったんですか」

「ああ。こんな木造の宿屋があるなんて聞いたこともなかったな」

「そうねぇ。私も知らないかな」

「そうなんですか、意外ですね。ギルド会館とも近いんですよ。この道をまっすぐ行くだけですし」


 そう言ってギルド会館のある方面を指さす俺。

 すでに暗くなっている道の先には、はっきりとギルド会館が発しているであろう明かりの見えている。


「うーん。そう言われると確かに近いわね。今までなんで気づかなかったのかな」


 ミルフィさんが俺が指さした道の先を見つめて唸るように首をかしげる。


「まぁ、仕方ないんじゃないのか。基本的にギルドメンバーの私たちは会館と拠点、あとは住んでいる宿屋の3点の往復程度。こんなところまで目がいかない。それこそ、路地裏にあるマスターの店と同じ感じだ」

「そうね」

「それにもし見つけても木造建築の宿屋に泊まろうとは思わないだろうしな。なにも知らないリュウカだからこそっていうところもある」


 アーシャさんが俺を見る。

 どういった意味だろうか。


「それってどういう意味ですか?」


 俺は思ったことをそのままアーシャさんに伝える。


「リュウカもなんとなく分かると思うが、アイリスタはレンガ造りが特徴的な街だ。だから、来る旅行客なんかも、この街独特の宿屋に泊まりたいって思うのが当然だ。だから必然的にレンガ造りじゃない店は客足が伸びない」

「ああなるほどです」


 レンガ造りを楽しみに来た人が、わざわざ木造の宿屋に泊まるなど思いもしないだろう。

 逆に俺の場合は、そういった前知識がなかったために、日本に似ている木造建築だぞ、落ち着くなぁといった具合で決めてしまった。あとリーズさんの笑顔。

 というか、笑顔が決定打だった。

 リーズさんの宿屋が客が少ないのは分かった。

 だけど、まだ分からないこともある。


「でも、アイリスタはギルドメンバーが多くいる街ですよね。であるなら、レンガ造りになんか固執しないと思うんですけど」


 旅行客でないギルドメンバーは仕事としてこの街に滞在している。

 それなのに、リーズさんの宿屋には俺以外に1人しか客がいないのはどういったことだろうか。満員ってわけじゃなくても、もっとギルドメンバーがいてもおかしくない。会館も近いし、なにかと便利だと思うんだけどな。


「たぶんだけどね。ギルドメンバーになる人たちって結構騒ぐのが好きっていうか」

「血の気が多い奴らばかりだ」

「うん。だから、みんなでお酒飲んでバカ騒ぎするっていう方が人気が出るのよ。ほら、リュウカちゃんは知ってるか分かんないけど、こことは真反対の場所にお酒を提供してくれる宿屋があるの」

「あーはいはい。知ってます」


 というか中入って速攻出てきました。

 でもまぁ、血の気が多い人らにとってはああいった方がいいのだろう。命をかけて毎日生きているのだ。ああやってバカ騒ぎしてないとやってられないのかもしれない。

 まぁ、俺は嫌だけど。


「ああいった宿屋が他にもアイリスタには何件もあるから、そこにばかり集中してしまうって感じだな」

「なるほど」


 すると、木造建築で静かなリーズさんの宿屋はアイリスタでは特殊ということになるってわけだ。

 そういった理由なら仕方がないのかもしれない。


「あとは、自分で稼いだお金で家を建てたりとかね」

「へぇ。……え!?」


 今、さらっとすごいこと言いました!? ミルフィさん!


「なに驚いてるんだ」

「い、いえ、そのスケールが違うなと」

「そうでもないのよ。何年もギルドメンバー続けてたら自然と実力もついてきてお金も溜まりやすくなりから」

「ちなみにですけど、家の建てるのにいくらぐらい」

「だいたいアイリスタだと100万ルペ……だったか」

「ええ。そのぐらいね」


 ああ……100万ルペね100万……出せるわー。しかも結構余裕という事実。

 だいたい5万ルペが毎日入ってくるんだ。単純計算で20日なにも使わなければ貯まってしまう。どうなってるんだこれ。ぶっとびすぎじゃん。

 そりゃあ、転生者だってみんな隠すわ。


「アーシャさんとミルフィさんも将来はやっぱり家を持ちたいんですか?」

「いや、私はそんなに興味がないな。家なんて持ってなくても、寝泊りなら宿屋で十分だろ」


 なんともまぁ、アーシャさんらしい発言だった。


「そう? 私は興味があるわねぇ」

「やっぱりです?」

「ええ。いつか結婚して、旦那さんとの新居生活。なんてね」


 ペロッと舌をだしてとぼけるミルフィさん。

 でも、服に興味もあって女性らしいミルフィさんらしいといえばらしかった。


「でも、今は無理ね」

「なんでですか? お金がないとか?」

「ううん。そんなことないよ。自慢じゃないけど、お金はどうにかできるのよ。一応これでも姫だからね」

「ああ確かに。2人ともお金持ってそうですもんね」


 持ってなくても姉御と姫なんて呼ばれている2人だ。

 すぐに100万ルペぐらい貯められるだろう。

 するとお金じゃないなにかがあるようだ。興味ないといっているアーシャさんはともかくとして、ミルフィさんからはそんな雰囲気を感じる。


「お金じゃなくてね、もし今の姫って呼ばれる私が家を建てたとするでしょ。そうするとすぐに騒ぎになっちゃうと思うから。それにもしそれが結婚なんて理由だったら、それこそ、相手の人が殺されちゃうかもしれないし」


 あー……何となく想像できてしまった。

 きっと『姫が家を建てたぞー!』『マジか! 見に行こうぜ!』『どうやら結婚が理由らしいぞ』『なに!? 俺たちの姫をよくもー!』みたいな展開になるに違いない。

 有名人も大変だ。


「じゃあ当分は宿屋に?」

「うんそうするかな。アーシャちゃんと同じだし、なにかと都合がいいから」

「都合がいいってお前な……」

「ふふ。いいじゃない。アーシャちゃんも私が近くにいた方が楽でしょ」

「まぁ、否定はしないが」


 そう言い合って仲良さげにミルフィさんがアーシャさんに抱き着く。

 そんな時だった。

 アーシャさんの肩が、リーズさんの宿屋に入ろうとしていた人物とぶつかる。


「おっと、すまない」


 アーシャさんが軽く謝ってその人物に道を開ける。

 その人物とは、宿屋リーズに宿泊している俺以外のもう1人だった。

 フードを被り顔が見えない謎の人物。夜になり辺りが暗くなっているので、そのフードが闇に溶け込み今まで気づかなかった。


「…………」


 謎の人物は一瞬アーシャさんと見て体を止めた―――ような気がする。

 すぐに宿屋の中に入っていったために分からなかったが、それでも確かにアーシャさんを見ていたような。そんな感じだ。


「アーシャちゃん知り合い?」

「いや、あんな身なりの知り合いはいないが」


 アーシャんもミルフィさんも閉められた宿屋のドアをじっと見つめたままそんな会話をした。

 しかし、すぐに興味がなくなったように前の会話を再開させる。


「ミルフィ。抱き着くのは良いが周りを見てからにしろ」

「分かったわよ。でも、全然気づかなかったなぁ」

「まぁフードを被っていたんだ。気づきにくくても仕方ないだろ。それよりも、なんの話をしてたんだっけか」


 アーシャさんが俺を見てくる。


「あれですよ、家を建てずに宿屋住まいを続けるっていう」

「ああそんな話か。まぁ、私はもともと興味ないからな。私もミルフィと同じようにずっと今の宿屋だろうさ。今の宿屋はなにかと気が利くし、変えるつもりもない」

「じゃあ、お2人も夜にはお酒を飲んで騒ぐ……」

「まさか。そんなことはしない」

「ええ。第一、アーシャちゃんお酒飲めないものね」

「あれはどうも苦手だ。次の日にひびくのが特に」


 なんだろう、ほっとした。

 この2人が屈強な男たちに混ざって大口あけて笑っている姿など想像したくない。


「私はお酒飲めるけど、でも行かないかな。あの雰囲気ちょっと苦手なのよね」

「それがいいと思いますよ」


 酔っぱらいはどの世界でもめんどくさい。

 特に、あの雰囲気を一度見ているから分かるけど、ミルフィさんには合っていないような気がする。わざわざ行かなくてもいいだろう。


「でも、リュウカちゃんとだったらいいかもね」

「…………ありがとうございます?」


 微笑むミルフィさんの発言にどう返していいか分からず、なんか変な返答をしてしまった。

 これは喜んでもいいのだろうか。

 いやまぁ、お酒なんて飲んだことないし、だいたい未成年なので飲みませんけどね。もう地球じゃないから未成年とかいう括りに入っていないけどさ。


「それよりも、これからどうする。もう夜になったし、リュウカの宿屋の前ってことで解散でも構わないが」

「うーん。でも、せっかく会えたしもうちょっとお話ししたいかなぁ」

「私はどっちでもいいですよ」


 さて、どうしたものか。

 ミルフィさんは嬉しいことに、まだ話したいと言ってくれている。俺も実はもっと2人と話していたい。

 綺麗な2人と長いこと過ごしたいという理由もあるが、いろいろ聞いておきたいこともたくさんある。特に魔法とか武器の扱いとかそこら辺を。

 すると、ミルフィさんが名案とでも言いたげに手を叩いて俺を見てくる。


「そうだ。リュウカちゃん、今結構汗かいてるわよね」

「え、ええまぁ」


 なにかとありましたから。冷や汗と普通の汗、両方かいてますね。


「だったら、温泉に行かない?」

「お、温泉ですか」

「知らない? 温泉。温かいお湯の入った湯船に浸かって体の疲れを取るの」

「い、いやまぁそれは知ってますけど」


 日本人なんで。


「一緒に入りましょ。3人で。ね?」


 くりくりの丸い目でミルフィさんは俺の顔を覗き込んでくる。

 お、温泉。まさかそんなものがこの世界にあるなんて思いもしなかった。むしろ、無ければ作ろうとしていたぐらいだ。

 温泉。裸の付き合い。綺麗なお姉さん2人と温泉。

 そんなのもう、決まってるじゃないか!


「はい! ぜひ!」

 

 俺は興奮が抑えきれないようにミルフィさんの肩を勢いよく掴んだ。

 これはつまり、温泉イベント! 純粋に女性の裸が見れる大チャンスである! こんなもの行くに決まっている!

 しかもこっちも美少女ときたものだ。

 同性だったら温泉に一緒に行くものおかしくない!


「そっか。じゃあ決まりね。行くよー。アーシャちゃん」


 ミルフィさんは楽しそうにアーシャさんの手を取って歩き始めた。

 もちろん俺もミルフィさんの隣で歩いている。離れまいよ。


「お、おい。別に温泉なんていかなくても魔法で汚れは落ちるだろうが」

「いいのいいの。こういうのは雰囲気が大事だから」

「そうですよ! アーシャさん! 一緒に温泉、入りましょ!」

「リュウカまで……まったく」


 アーシャさんは諦めたように俺とミルフィさんについてくる。

 温泉~♪温泉~♪

 俺のテンションは最高潮だった。

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