第46話 皆さん! 待ちに待ったお風呂タイムですよ!
ミルフィさんの3人で温泉に入るという、それはもう嬉しい提案を遂行するべく、俺はミルフィさんの隣をひらすらついていった。
離れないように、コバンザメかの如くぴったりとミルフィさんについている。
そうしてミルフィさんが止まった建物を見て、俺は驚きのあまり言葉が出なくなった。
外観はアイリスタの街に恥ずかしくないほどのレンガ造りの立派な建物だ。
しかし、その内装は現代っ子もびっくりするほどの大衆浴場のそれだった。
番頭らしきおばさんが1人、中央のカウンターのようなところに陣取り、その左を男湯と書かれた暖簾が、右を女湯と書かれた暖簾がかかっていた。
現代っ子の俺には古すぎて逆に馴染みのない、古き良き日本の文化がそこにはあった。
異世界だということを忘れてしまいそうになる。
「おばさん」
「あんら、ミルフィ。アーシャも。なんだい珍しいね」
扉を開けたミルフィさんを元気よく迎えてくれるおばさん。
手を上げ、おばさんに挨拶しているアーシャさんに続いて俺がおばさんの前に姿を現す。
「おや、見たこともない子がいるね」
「え、えーっと」
「この子はリュウカだ。昨日アイリスタに来たばかりの子だよ」
「あらそうなの」
「だから、おばさんのお店の温泉入れないかなって」
「そういうことなら、いいよいいよ。ちょうど、誰もいないしね。じゃあ、ちょっと待ってな」
「わざわざありがとうございます」
「いいんだい。気にしないでゆっくりしていきな」
そうしておばさんはお店の扉に鍵をかけた。
さらには臨時休業とかかれた紙を、扉のガラスに貼り出す。
「へ? お休みにするんですか」
「ああそうさ。アーシャとミルフィは有名人だからね。ゆっくりしてもらうためにこうして誰も入って来ないようにしてるってわけさ」
「いつもすまないな」
「いいんだよ。ほらほら、早く入ってきな。通りかかった人に見られたらめんどうだろ」
おばさんは優しくそう言うと、自分の事は忘れてくれと言わんばかりにどこか別の場所へと行ってしまった。
「さぁ、行きましょうか」
「はい。そうですね」
そうしてミルフィさんアーシャさん俺の順番で歩き出す。
「……おい。リュウカ。どこへ行く」
「へ?」
「そっちは男湯だぞ」
アーシャさんが俺の前の暖簾を指さすように指摘してくる。
俺はゆっくりと顔を動かすと、自分が向かっていた先にある暖簾を見た。
そこには青をバックに白文字で『男湯』の文字。
「お前、女だろ」
「…………ああ! そうでしたね! そうでした! はいはい」
俺は足早にアーシャさんの下へと歩いて行く。
あっぶねー……! ついつい癖で足が勝手に男湯に向かってたわ! そうか。そうだよな。俺、今女なんだからこっちだよね。
なにしてんだよ。浮かれ過ぎで忘れてしまっていた。
同性だって喜んでいたばかりなのに。
そして、俺はアーシャさんの後ろについて行きながら人生で初めて女湯に足を踏み入れた。
「2人ともなにしてたの?」
先に入っていたミルフィさんに出迎えられる形で、俺は自然に女湯の中を見渡した。
別になにも変わったところはない。
日本みたいに硬貨がないので、ロッカーは扉式ではなく、大きな籠が入っているだけのシンプルなもの。そこに着替えなどを入れて、浴室に行くみたいだ。
温泉特有の3人ぐらいが一気に使える化粧台もある。しかし、ドライヤーの類が見当たらなかった。ここは日本とは少し違う。
にしても、ずいぶんと煙たいな。
脱衣所だというのに、湯気で前が見えないほどだ。
そんな中慣れたように進んだアーシャさんが、ミルフィさんに近づいたようで、俺の耳に2人のやり取りが聞こえて来る。
「リュウカが男湯に入ろうとしててな。止めたんだよ」
「そうなの!? もうダメじゃないリュウカちゃん。いくら誰もいないからって女の子は入っちゃダメなのよ」
からかうようなミルフィさんの発言に、しかし俺はツッコみをつけないでいた。
辺りを見渡すのに必死で、ツッコむのを忘れていたと言った方が正しいだろう。聞いてはいたんだが理解していなかった。
「ん? リュウカちゃん?」
俺を呼ぶ声とともに、ミルフィさんが近づいてくる気配が伝わってくる。
「リュウカちゃん。そんなところで周りなんか見渡してなにしてるの?」
「ああいえ、その―――!」
俺が何の気なしでミルフィさんの方に振り向く。そして、固まった。
その場に立っていたミルフィさんは―――裸だったのだ。
服を脱いで、生まれたままの姿で俺の前に立っている。無防備な女性の裸体。
だがしかし!
俺はそれを、肌色のシルエットでしか見れていない。
くそ! 湯気が邪魔で見えないじゃないか! 肝心な部分が!
……はっ! そうか。分かったぞ。この煙はそういうことか!
俺が試着室で体験した謎の光の線。
忘れていた。この世界、Blu-ray版じゃないんだった! ああ最悪……きっとBlu-ray版だと湯気も消えてよく見えるんだろうな……。ミルフィさんのあんな姿やこんな姿。見たかったなー。俺は女性なんだから別に見てもよくない? あーあ。どうにかして見たいなぁ。
……いや待てよ。よく考えてみろ。湯気といったら光と違ってかき分ければ消える。つまり、ミルフィさんにもっと近づけば見えるんじゃないか?
そうだ! そうだよ! 試着室ではどうしよもなかったけど、今ならまだ。
だって、ミルフィさんと俺って女性同士じゃん。
俺は大きな一歩を踏み出した。
「リュウカちゃん? どうかしたの? そんな切羽詰まった顔して」
「いえ、気にしないでください。それよりも、ミルフィさんはそこにジッとしててください。いいですね」
「うん。別にいいけど」
湯気の中徐々に進んでいく俺。
あと少し。あと少し。そう、あと少しでミルフィさんの大きなお胸にたどり着く。そして、俺は、俺は……どうする?
いやいや待て。大丈夫だ。女性同士なんだから。気にすることはない。ちょっと触れちゃったみたいな感じで、ポワンとね。軽く、軽く触れればいいだけ。なにを緊張してるんだ。
ミルフィさんがきょとんとした顔でこちらを見ていた。
そう、そうだぞリュウカ。今は同性同士。なにをしたっていいんだ。胸を揉むなんてスキンシップの一環だ。なにも緊張することなんかない。そう大丈夫。
パニックになり過ぎて目的が見る
「リュウカちゃん?」
俺が手を伸ばしながら近づいてきていることに、不思議そうなミルフィさん。
あと一歩踏み出せば、ミルフィさんのお胸に到達する。ここまで来ても湯気は消えてなくならない。しかしだ、感触まではテレビ放送だろうが、関係ないはず。感じられるはずなんだ。
……やばい。そのあと一歩が非常に遠いぞ。心臓がうるさく、足が上手く前に出せなくなっていた。
早く、早くしないとミルフィさんが不振がってしまう。一歩、一歩……。
「2人ともなにしてるんだ? 先行ってるぞ」
そんな時、アーシャさんが脱衣所と浴室を繋ぐ扉を開けながらそう言ってくる。
ああ、アーシャさんの引き締まった体。湯気でシルエットだけだけど、それでも綺麗だってすぐわかる。
「あぁ待ってよアーシャちゃん。先に行くなんてずるい」
「ずるいもなにも、遅いお前達が悪いんだ」
「もう。……リュウカちゃん。そこの籠に着替えを入れればいいからね。場所はどこでもいいから、早く来てね」
「あ、はい」
そう言ってアーシャさんを追うようにミルフィさんが浴室に向かって歩き出してしまった。
俺はその場に力なくへたれ込む。
「はぁ……俺ってホント、童貞だわ……」
**********
その後すぐに着替えを済ませた俺は、満を持して浴室の扉を開ける。
ちなみに、一度脱衣所の鏡の前に立ってみたのだが、やはりというか、上下2か所に光の線が入り、さらには湯気によって自分の裸体を見ることも叶わなかった。
非常に配慮された作品だ。うん。Blu-ray版が楽しみである。発売する予定はないけどね。
浴室は脱衣所よりもさらに湯気でいっぱいだった。
それでもかろうじて見える浴室は、こちらもまたシンプルなもので、大きな湯船が1つとその他には洗い場があるだけの造りになっていた。
アーシャさんはすでに洗い終わったのか湯船に1人浸かっており、ミルフィさんは洗い場で体を洗っていた。
シャワーを使い、体の泡を洗い流している。
その動作ひとつひとつが男の俺から見たら、エロいことこの上なかった。
下半身がぴくぴくする。もう無いというのに不思議だ。
「リュウカちゃーん。こっちこっち」
ミルフィさんに手招きされた場所は、ミルフィさんの隣。椅子の様になっている桶に腰を下ろして、俺はミルフィさんを見る。
豊満なお胸が近くにくる。しかし、見えない。なんだろうこのジレンマ。思っている以上にしんどいんですけど。生殺しだよ……。
「体の洗い方は知ってるわよね」
「はい。さすがにそれぐらいは」
「正面に3つの容器があるでしょ。その左から、ボディーソープにシャンプー、リンスっていった具合よ。好きに使っていいから」
「ああはい。分かりました」
そして俺は自分の体を濡らすために、シャワーを手に取り、そこで首をかしげた。
お湯を出すためのあれがない。ひねるあれが、どこにもなかった。
俺が若干のパニックを起こしていると、ミルフィさんが状況を察してくれて、自分の場所のシャワーを手に取り説明してくれる。
「お湯は魔法で出すの。こうやって、シャワーの柄の部分を持って、後はシャワーから水が出る様子を想像する。すると」
ミルフィさんの持つシャワーからお湯が出てきた。
なるほど。魔法がある世界らしいやり方だ。
よし、試してみよう。
「こうやってシャワーを持って。ええっと、水が出るのを想像する……」
すると、なんとも簡単にシャワーから水が出た。
「……冷たっ!」
あまりにも冷たい水に、俺は桶から立ち上がってしまう。
冷たい。冷たすぎるんですけど。鳥肌がめちゃくちゃ立っている。
「ああごめんね。水って言ったから悪かったね。お湯を想像するのよ」
「お、お湯ですか」
「うん。そしたら温かくなるから」
「は、はい」
お湯お湯お湯……。
ああ、なんだか確かに温かくなってきたぞ。
「そうそう。ちょうどいい温度になったら止めてね」
「分かりました」
そしてちょうどいいと思ったところで、温度を上げるイメージをやめた。すると、お湯はその温度で止まった。
便利かもしれない。
「手に持っているうちは止まらないから、それで体を洗えばいいわよ」
「はい。ありがとうございます」
「いいのよ。でも、本当に使ったことないのね。まさかシャワーの使い方を教えるとは思わなかったわ」
「す、すいません」
「ふふ。気にしないで。新鮮で面白かったから」
ミルフィさんはそう言って俺を微笑ましく見つめてくる。
天使のような人だ。ホント、癒されるわぁ。
俺はそのまま体を洗っていく。
ボディーソープを手に取り、泡立てて、タオルなんてないから手で洗っていく。首に始まって、腕、そして胸へと順々に洗っていく。特に胸には苦戦させられた。無駄に巨乳なために大きく疲れるし、胸の下まで洗わなくてはならなくて、結構面倒だった。さらに、時々先端に自分の指が当たって変な声が出そうになる。ミルフィさんが見ているから、必死で歯を噛みしめて耐えたけど。
男の時には気にしなかった部分がいっぱいある。
体を洗い終わったら一度泡を洗い流し、髪を洗いにかかる。正直、これが一番難しいと思ったところだ。
長い髪を洗ったことがないのでどうしていいか分からず、男の時の感覚でやってしまった。しかし、長い髪が災いして手に絡みついたりして上手くいかない。シャンプーの泡も顔に垂れてきて、目を瞑る必要があり、もう何がなんだが分からなくなっていた。本当にこれで洗えているのだろうか。不安だ。
すると、そんな俺を見ていたのか横のミルフィさんが声をかけてくる。
「リュウカちゃん。よかったら私が洗うよ? なんだか大変そうだし」
「え? いいんですか?」
「うん」
「じゃあ、お願いします」
情けないことこの上ない。
ミルフィさんは優しい手つきで俺の黒髪を洗っていってくれる。
上下に泡を浸透させよるように髪をなでながら、ゆっくり丁寧に。
「ほんとに綺麗な髪ね」
「そう、ですかね」
「ええそうよ。こんなきれいな黒髪見たことないわ」
「あははは。ありがとうございます」
「別の世界の人みたい」
ミルフィさんはちょっとした呟きだっただろうが、俺はつい驚きのあまり固まってしまう。
えっと、それはお嬢様ということでいいんですよね……?
身分の違いを世界で例えただけですよね。そうだと信じたい。
そのまま、ミルフィさんに髪を洗われる俺。
結局リンスを洗い落とすことまでやってもらった。
ミルフィさんみたいな優しい女性に髪を洗われるとすっげー幸せな気分になる。癖になりそうだ。
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