第26話 リュウカ、調子に乗る

 ヘイバーン支部長の部屋から出た俺は、なんだか疲れ切った顔のままギルド会館の階段を適当に踏みしめていく。

 支部長の魔法が効いているようで、上ったときの様に注目されることはなく、俺は普通に階段を下りていった。

 ちなみに、俺に声をかけようとしてくれた人はすでに会館にはいなかった。

 優しいあの人の姿がないことに残念なような安心したような、よく分からない気持ちで、俺は多くの人が行きかう1階のカウンターの前を歩く。

 すると、俺が一番最初に立ち寄ったカウンターの方から声をかけられた。


「リュウカ様。ちょっとお待ちください」


 俺を呼び止めたのはあの受付のお姉さん。

 そういえば部屋を出る時にヘイバーン支部長が「カウンターであるものを受け取ってくれ」とか言っていたっけ。

 俺はそのままの足取りでお姉さんの前に立つ。


「支部長からの説明は受けましたか?」

「はいまぁ、一応。なんていうかその……」

「好待遇過ぎて驚いていらっしゃると」

「……そうですね」


 お姉さんは俺がどんな話を受けたのか分かっているらしく、そんなことを言って口元を緩めた。


「それも仕方がありません。転生者の方は皆さん等しく驚かれた顔をされますから」


 お姉さんの口ぶりでは、転生者がほかにも多くいると暗に示している。

 だが、それも当たり前だろう。なんていったって、カタログ1位なのだから。

 1位の理由が今回の事でよく分かった気分だ。


「他の転生者の人っていうのは分かるもんなんですか?」

「いえ、ほとんどの方は自分が転生者であるとは口にしません。こんな待遇を知られたらどうなるか分かりませんからね」

「ああ……なるほど」

「リュウカ様もあまり言わない方がいいかもしれませんよ」

「そうですね」


 俺は苦笑いを浮かべる。


「それにしても、ずいぶんと最初の印象と違いますね」

「へ?」

「最初に比べて、話し方が違うと言うか」

「あ、あはははは……まぁその……」

「ふふっ。安心してください」


 そう言ってお姉さんは体をカウンターから乗り出して、俺の耳元で囁いた。


「あなたが男であることは内緒にしておきますから」


 悪戯っぽい笑みを浮かべながら、俺から離れていくお姉さん。

 ああやっぱりばれてるんですね……。


「ありがとうございます」


 俺が諦めたように嘆息してそう答えたのを受け、受付のお姉さんが小悪魔気味な笑いを見せる。

 しかし、すぐに仕事の顔になると何食わぬ様子で俺に要件を言ってきた。


「支部長からストレージは受け取りましたね」

「ああはい」


 俺はポケットからストレージを取り出すとお姉さんに見せる。


「あら、ポケットに入れてらっしゃるのですね」

「え? 変ですかね」

「変と言いますか、ほとんどの方はこのように」


 そう言って唐突にお姉さんは自分の右腕を前に出すと、腕の部分が光りだし、その中からストレージが浮き上がってきた。

 そんな光景を俺は驚いた顔で見守っていたが、別に普通のことのようで、俺以外の誰もこちらの気にした様子はない。


「魔法で自分の体に収納しているんですよ。落としたら大変ですから」


 お姉さんはそうして、ストレージを自分の体に収納した。

 ……この言い方であっているのだろうか。お姉さんの言葉を借りたが、いまいち見たこともない表現方法にしっくりこないな。

 とにかく、浮き出たストレージはお姉さんの体に吸い込まれて姿を消していた。


「ストレージって簡単に悪用されるんですか?」


 確か貰ったときに、ヘイバーン支部長は登録と言っていたので、てっきりパスワードみたいなもので守られているんだと納得したのだが。


「いえ、もちろん他の方には反応もしません。試しにリュウカ様のストレージを私にお貸しください」

「どうぞ」


 俺はお姉さんの言葉そのままストレージをお姉さんに渡す。

 ストレージがお姉さんの手に渡った途端、今まで文字が出ていた部分が消え、ただの黒い板になってしまったように感じる。


「このように、本人以外が持つとただの真っ黒な板に変わってしまいます。魔力を使ったところでなにも起きません」


 そう言ってお姉さんは俺にストレージを返してくる。

 俺が受け取ると、普通に文字が浮かび上がってきた。


「……というのを普通は受け取ったときに教わるのですが」


 お姉さんが控えめに俺を見る。


「支部長はなにもおっしゃらなかったのですか?」

「ええまぁ」


 それ以外でいろいろとありましたから。

 特にお金に関してで。


「はぁ。仕方ありませんね。まぁ、無造作に私に渡した段階で予想はついていましたから」

「でも、別に悪用されなかったらそこまで警戒するほどのことじゃ」

「今はそうかもしれませんが、これからたくさんの物をストレージに入れていくんですよ。中にはあまり人に見られたくないものとかも」

「見られたくないもの……」


 ごくり。

 俺はそんな魅惑な言葉に生唾を飲み込んだ。


「リュウカ様。なにを考えているんです?」


 お姉さんが怪訝そうに俺のことを見ている。

 しかし俺はそんなこと一切気に留めることなく、目をくりくりさせてお姉さんに詰め寄った。

 そりゃあもう、かわいらしい表情で。


「ちなみに、お姉さんはストレージになにを入れているんですか!?」

「わ、私ですか」

「ええはい。やっぱり知っておきたいじゃないですか。こっちは右も左もわからない転生者ですし。同じ女性としてー、ここは聞いておくべきなのかなーと思いまして」

「え、ええそれは分かりますが、鼻息が荒いですよ」

「教えてくれませんかねぇ?」


 俺はこれでもかというように愛想を振りまいて、お姉さんに近づいて行く。


「私は別に普通ですよ。仕事道具から毎日使うようなものまで様々です。変わったものなどなにも」

「でも、お姉さんの来ている服って仕事着ですよね。そのまま帰るんです?」

「まさか。ちゃんと着替えますよ。服だってストレージの中に入れるものなんですから」

「へぇ、じゃあ、あれですか? もちろん、全てが入ってるんですよね」

「当たり前です。タオルや洗面器具、さらに下―――」


 そこまで言ったところで、お姉さんの顔が真っ赤になる。

 どうやら自分が口走ったことが分かったようだ。

 お姉さんは無言で体を震わせると、カウンターの裏から何かを取り出して俺の顔に勢いよく押し当てた。

 その衝撃によって俺の体もカウンターから押し出されるかたちになる。

 押し当てられたものが俺の顔からカウンターに落ちた。


「痛いじゃないですか」


 俺は痛む鼻を押さえて、カウンターに戻る。


「忘れていました。あなた男なんでしたね」

「ちぃ……いやぁ、つい変な癖が。すみません」

「そんなへらへらしてもごまかされませんよ。確信犯でしたね」

「なんのことかさっぱり」

「……はぁ、大人しそうで無害な人だと思い油断してしまいました」


 お姉さんが頭が痛そうに額に手を当てる。


「大丈夫です? 具合が悪いんだったら私が看病しましょうか」

「結構です」

「気にしないでくださいよ。同じ女性なんですから、隅々まで体をお拭きいたしますよ」

「同じではありません」

「同じですよー」

「体だけです。心はまったく違います」


 残念ながら完全にお姉さんは警戒してしまった。

 だが、俺は確実にあることをつかんでいた。

 ……この美少女パワーすごいぞ。男だと知っているお姉さんでさえ騙せるほどの容姿をしている。

 百合ハーレムまで一歩前進だ。


「転生者でなければ通報していますよ」

「そんな怖いこと言わないでくださいよ」

「こちらはセクハラを受けた被害者です。どうにでもできます」

「例えば?」

「そうですね。ここで大声で叫ぶことも可能です。あなたの秘密を暴露しながら」

「いやいやいや、傍から見たら女性同士なんで周りは信じてくれませんよ」


 俺は得意げに同性ということを強調する。


「お忘れではありませんか」

「はい?」

「ストレージに魔法を使った段階で、ギルド側はあなたの秘密を把握しているんですよ。それを使えばたとえ転生者だろうと……ふふ」


 お姉さんが俺を睨む。これは本気の目だ。

 俺はすかさずカウンターに額を擦り付けると、


「ほんとすいませんでした」


 すぐに謝った。

 それはもう早く。


「分かっていただけましたか?」

「調子に乗りました」

「そうですか……なんでしょう。潔すぎて逆に気味が悪いですね」

「本当に反省しております」

「はぁ、分かりました。その言葉を信じましょう。ですが私には今後そのようなことをなさらないようにしてくださいね。こちらも転生者を通報するなどしたくありませんから」

「肝に銘じておきます」

「では、頭をお上げください」


 お姉さんが許してくれたところで俺は頭を上げる。

 うん。この人、怖いや。

 年上キツメお姉さんもいいかなと思ったけど、やめておこう。怒らせたらなにをするかわかったもんじゃない。

 

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