第27話 ひとりぼっちですね、はい。
「これを受け取りください」
お姉さんに渡された紙を見て、俺は首をかしげる。
提示されている紙は、お姉さんが俺に対して制裁を加えた時に、俺の顔に押し付けられた紙だった。
くしゃくしゃなのはそれが原因だろう。
「なんですかこれ」
俺は紙を手に持ち、見つめる。
長方形のような形をした紙は、何かのチケットのようにも思える。しかし、表にも裏にもなにも書かれていない。
ただ変なのは、この紙が普通の紙ではなくちょっと分厚かったことだ。
ペラペラじゃない。
「魔力を込めてください」
「は、はい」
言われるまま、俺は手に持った紙に意識を集中させる。
すると、すぐに紙が光り輝く。
ストレージと同じような感じだ。
表面に文字が浮かび上がってきた。ここもストレージと同じ。
これを考えた奴はストレージを考えた奴と同じ人間だな。たぶん。
『この者転生者につき、ギルド規約にのっとり部屋の提供を命ず』
文字はそう書かれていた。
ていうか、普通に転生者って書いてあるんですけど……。
隠さないといけないんじゃなかったんですかね……。
「それを宿屋の店主にお見せください。すぐにでも、部屋を用意してくれます」
「これだけでですか?」
「はい。なにかご心配事でも」
「いえ、別にいいんですけど……」
これで宿屋は経営が成り立つんだろうか。
もし、部屋全てを転生者に受け渡したのなら、確実につぶれると思うけど。
カタログ1位なんだからそれなりの人数いるだろうに、少し心配だ。
「ああ、宿屋の方を気にしていらっしゃるんですね」
「なぜ分かった……!」
「これでもギルド職員になって長いんですよ。ちょっとした表情の変化で分かります」
「……ちょっと前は騙されかけてたのに」
「黙りなさい」
俺はすぐさま姿勢を正す。
睨まないでくださいよ! めっちゃ怖いんですけど!?
「宿屋の方には転生者に部屋を渡したことにより、協力金が入るようになっています。もちろん、あなたのような転生者ほどではありませんが、普通の人を泊めるよりもお金は入ってきます」
お姉さんは当たり前の様に言う。
なんだこの世界は。金の生る木でも生えているのかと疑うほどの大盤振る舞いだ。常に金欠の日本とは大違いだな。
「でも、結局お金なんですね」
「ええそうですね。人生お金が全てではないのは分かりますが、ある程度は必要です」
「まぁ分かります」
どっちにしても金は必要だ。
少なくとも毎日食つなぐぐらいの金は最低限持っておかないと、餓死してしまう。
「それに、お金というのは交渉面に非常に便利ですから。人間、お金を差し出せばある程度は言うことを聞きます」
「そんな気持ちも何もないことをさらっと」
「ふふ。そうですね。私も、少々大人に毒され過ぎてしまっているかも知れません。話を戻しましょうか」
お姉さんはそう言って姿勢を正す。
「宿屋はアイリスタに数件存在します。元々この街は魔界が近いこともあり、あまり多くの人がいませんので、簡単に部屋は見つかるでしょう」
「ならよかったです」
「まだまだリュウカさんはこの街に来たばかりなので、ギルド会館に近い宿屋に部屋を持つのをお勧めします。小さい街なので迷うことはないと思われますが、ここに来られなくなるとなにかと不便ですからね」
「そうですね」
街を散策するにしても、拠点づくりは大切だ。
ギルドメンバーになった今、会館は常に足を運ぶであろうから、近くにあるほど損はない。
「ギルド会館を出て左右にまっすぐ行けば、1件ずつ宿屋があります。好きな方でその紙を店主に見せてください。それまでは、ストレージに入れておくことをおすすめします」
「分かりました」
どうやってしまうのか見当もつかないが、ここまできたらなんとなくで出来るような気がする。
俺は1度、ポケットからストレージを出すと、入れという思いを込めて、手に持った紙を近づけた。
思った通り、ストレージに吸い込まれるように紙が黒い板に入っていった。
「魔法にも慣れたようですね」
「こんだけ連続して使ったらさすがになれます」
「それもそうですね」
すると、カウンターの奥でお姉さんがおもむろに立ち上がる。
「これによりすべての説明は終わりです。改めて、リュウカ様。ようこそ大陸ロンダニウスへ。ギルド会館アイリスタ支部を代表いたしまして、あなたをギルドメンバーの一員として歓迎いたします」
「ど、どうも」
仰々しいお姉さんの態度に俺が戸惑っていると、すぐにお姉さんは下げていた頭を上げ、椅子に座り込んだ。
表情は元に戻っている。
なんという切り替え能力だろうか。プロだ。
これにて、俺は無事にギルドメンバーになった。
俺はお姉さんに一言言った後、カウンターから踵を返し、ポケットにストレージを入れギルド会館の扉を開ける。
ずいぶんとアーシャさんとミルフィさんを待たせてしまった。
俺は待たせて申し訳ないという気持ちのまま、会館の外に出たところで動きを止めた。
「……あれ?」
ヒュウゥゥゥゥ……―――
寂しく風が吹くだけで、いるはずの2人の姿がどこにもない。
えっ。なぜに?
待たせ過ぎたのか? いやいやいや、さすがにそれだけで気分を害するような人たちじゃないでしょうよ。
俺は会館に入ろうとしている女性を捕まえて聞く。
「あの、すいません」
「はい? なんでしょうか」
「ここに女の人が2人いたと思うんですけど……」
「……ああ。姉御と姫ですか?」
「え、ええまぁ」
そうだった。あの2人は同じギルドメンバーにそんな呼び名で呼ばれてるんだった。
「残念でしたね」
「へ?」
「あなたも一度見たかったのでしょう? 2人はちょっと前にここから離れていきましたよ」
「なんでです?」
「人が集まり過ぎて、
「あー……なるほど」
「でも、走っていく間に『リュウカ、ごめん!』って言ってたわ。誰でしょうかね?あの2人と仲がいいなんて羨ましいわ」
女性は頬に手を当てて、微笑みながら会館の中へと消えていく。
誰ってそれ俺ですね。はい。
まさか置いて行かれるとは思わなかったが、アイリスタに着いて初めてひとりぼっちになってしまった。どうしよう……。
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