第84話 ステラさんといったんのお別れ
ステラさんと旦那さんの惚気話を聞いている内に、時間も経ち、昼まで1時間ほどになった。
その間に俺とシャルロットは、ステラさんお手製の朝食に舌鼓をうち、3人で幸せなひと時を楽しんでいた。
シャルロットもステラさんも互いに笑顔で話し合い、間にあった微妙な空気も今ではすっかり見る影をなくしている。
「ちょっと花畑を見ていいですか?」
そんなとき、シャルロットが唐突に外の景色を見ながら呟いた。
ステラさんも話を中断させてシャルロットに視線をおくる。
「ええ。いいわよ。みんなで見ましょうか」
「はい。ありがとうございます」
シャルロットはお礼を口にすると、椅子から立ち上がり扉の方に行くかと思いきや、ステラさんの方に歩き出した。
なにをするのかと思い見ていると、シャルロットはステラさんの車いすのロックを外して車いすをゆっくりと押し始めたのだ。
自由に動き回れないステラさんのために、シャルロットはなにも言わずに、当たり前のようにそれをしている。
優しい子だなとほっこりだ。
「あらあら。ありがと」
「いえ、気にしないでください」
俺は2人の会話を微笑ましく見守ると、先に扉に向かい2人のために開けておいた。
扉を押さえて2人が通るのを待つ。
「あ、すみません、リュウカさん」
「ありがとね」
「これぐらい、やらせて」
そんな会話をしたのち、俺たちは3人で太陽に照らされている花畑を眺めた。
来たときも思ったがこうしてゆっくり見ると、本当にきれいな花畑だ。
色とりどりの花が地面を覆い、ここだけまるで別の場所かのように錯覚する。
これを旦那さんが作ったと思うと、ずいぶんと粋なことをする人だ。街から離れているこういった場所だからこそ、花畑のきれいさがより際立つ。
この景色を守ったのか。そう思うと、俺たちも自然と笑顔になってくる。
すごいな。旦那さん。同じ男として、純粋な尊敬を贈りたい気分だ。
「きれい……」
シャルロットも見惚れている。
フードで顔はよく見えないが、笑顔であることは声で分かった。
「改めてありがとうございます」
ステラさんが俺たち2人を見てそう言う。
こっちも柔らかい笑顔だ。
シャルロットが答える。
「いいんですよ。当たり前のことをしただけですから」
「いいえ。このご恩は忘れません。きっと主人も、天国で喜んでいると思いますわ」
言って、ステラさんは穏やかな顔で花畑を見つめた。
その目はどこか懐かしいものを見ているかのように、静かで優しかった。
俺も花畑全体を見渡す。
昨日までウォーターのいたところはさすがに枯れたままだが、それでもこれ以上花畑が枯れる心配はないだろう。
キングウォーターまで倒したのだ。
さすがにもう近づかないと思いたい。
「大丈夫ですよ。リュウカさん」
すると、シャルロットが俺の視線の方向を見ながら言った。
まるで同じことを思っていたようにタイミングがばっちりだ。
「キングウォーターが出てきたということは、この付近のウォーターのほとんどが出てきたということですから。それを倒した今、ウォーターたちはしばらく出てこないでしょう」
「そう。ならよかった」
「はい」
シャルロットは頷くとステラさんを見た。
「もし、またなにかあったらまたギルドに依頼を出してください。そうすれば、いいですから」
「いえ、たぶんその必要はありませんわ」
「え?」
「うふふ。なんでもないですよ。そうですね。もしそうなったらまたあなた達に来てもらいましょうか。お話もしたいですし」
そう言ってステラさんはシャルロットを見上げた。
きっとその目にシャルロットの顔はばっちりと見えているだろうが、シャルロットは気にしていない。耳が見えなければいいといった感じだな。
「いけませんか?」
「……い、いえ! いけなくないです! ぜひ!」
「ふふっ。ありがとうございます。リュウカさんも」
「はい。ステラさんの依頼を見つけたらすっ飛んできますよ!」
「頼もしいですわね。お願いします」
ステラさんはそう言って笑った。
すると、遠くの方からなにかがこちらに近づいてくる音がする。
ガラガラとなにかが転がる音に、リズミカルな音が重なる。
パカラッパカラッという聞きなれた音は馬のひづめの音だ。
徐々に近づくそれに、全員が察する。
「どうやらお迎えが来たみたいですね」
ステラさんが呟くと、思った通り行きに乗ってきた馬車と全く同じ型、運転手が視界に現れた。
馬の手綱を引き、停止させる。
「お迎えに上がりましたー!」
大きな声で家の外にいる俺たちに手を振ってくる。
それに俺が振り返すと、シャルロットと2人でステラさんに向き合った。
「ステラさん」
「ええ。分かってますよ。寂しくなりますね」
「なに言ってるんですか。また会いに来るじゃないですか」
報酬をもらうのは3日後になっている。
完全なお別れじゃない。
それに、この家の場所はもう分かる。会いに来ようと思えば来れる。
「そうでしたね。ですが、どうしてもお別れというのは悲しくなるものです」
「ステラさん……」
そう言われてしまうと、俺だってちょっとくるものがある。
シャルロットとか今にも泣きだしそうだ。
3日後に会うというのに大げさだなと思ったけど、ステラさんの目も潤んでいるし、なにも言えない。
シャルロットはステラさんに近づく。
そして、そのままゆっくりと抱き着いた。
「シャルロットさん……」
「ごめんなさいステラさん」
「謝らなくてもいいですよ」
「だけど……結局あのときのこと私謝ってない。ステラさんに酷い態度とっちゃって」
「気にしてませんよ。私の方こそ、人の心に土足で踏み込むような真似してごめんなさいね。何だか昔の自分を見てるようでついつい」
「いいんです。私も気にしてませんから」
「そう」
シャルロットとステラさんが抱擁を解く。
「また3日後ですね」
「ええ。そのときはそのフードの下のかわいい顔を見れると期待してます」
「それは……」
「大丈夫ですよ。あなたにはリュウカさんがついてますから」
「それってどういう……」
「リュウカさんは昔の旦那にそっくりなのよ。女性なのに不思議とね。だから大丈夫。必ずあなたをいい方向に向かわせてくれます。信じてもいいと思いますよ。だって、私がそうでしたから」
2人の会話は俺には届いて来ない。
しかし、自分の胸を手のひらで触るステラさんの表情だけを見れば、なにも心配ないことは明白だった。
シャルロットはなにを言われたのだろうか。
一瞬動きを止めたかと思ったら、
「はい!」
という大きな声が聞こえてきて、首をこくりと縦に振った。
「お待たせしました。行きましょう! リュウカさん!」
「う、うん」
元気のいいシャルロットに戸惑いながらも、俺はステラさんに手を振ってからシャルロットに続いて柵を出る。
ステラさんはずっと笑顔で手を振ってくれていた。
「あっし、タイミング悪かったですかね……」
馬車の運転手は俺たちとステラさんを交互に見ながら項垂れている。
まぁ、ついた途端別れを惜しむような優しい抱擁を交わし合った2人を見てしまえば、そう思っても仕方ないかもしれない。
俺は運転手に同情の苦笑いを向けながら、馬車に乗り込んだ。
シャルロットはなぜだが上機嫌だ。
さっきとはまるで違う。よっぽど嬉しいことでも言われたのだろう。
俺をチラチラ見ては笑顔を浮かべているが、まぁ、かわいいからいいや。気にしないでおこう。
ため息混じりの運転手がそのまま馬の手綱を動かす。
気持ちいい風を感じながら俺たちはアイリスタへ帰っていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます