第83話 朝の静かな空気の中で交わされる会話

 朝日を浴びて、花畑が色とりどりのカラフルな色を見せている。

 窓の外は完全に日が昇り、新しい1日の幕開けといったように明るい。


「リュウカさん? 大丈夫ですか?」


 ステラさんが笑顔で、背もたれに身を預けていた俺に問いかけてくる。 

 俺は視線を外にやったままで口を開いた。

 

「はい。ちょっと……すみません」

「疲れているんでしょう。いいですよ。話はこれまでにしてリュウカさんも眠ったらどうですか? 迎えが来るお昼になったら起こしますし」


 ステラさんの提案はとてもありがたいものだったが、俺は首を振って断った。

 疲れたといっても眠気はほとんどない。

 それよりも、ステラさんと話していた方がよっぽど有意義だ。

 高校生男子の体力をなめてもらっては困る。

 俺は顔をステラさんに戻すと、ぐでんとした体を起き上がらせた。


「すみません。まさかこの依頼にステラさんがそんな気持ちで出したなんて知らなくて。もっとちゃんと聞いておくべきでしたね」

「気にしないでください。本当は話すつもりもありませんでしたから」

「じゃあどうして」

「老人の1人暮らしはなにかと寂しんですよ。ついつい口が滑ってしまいました」


 ニコッと笑うステラさんに、俺も笑顔を返した。


「そうですか。じゃあ仕方ありませんね」

「ええ。そういっていただけるとこちらも楽になります」

「ただその話、私じゃなくてシャルロットに言ってあげてください」

「シャルロットさんにですか?」

「はい。全部あの子のおかげなんです。私は花畑に突っ込もうとしてしまいましたから」


 それこそ、ステラさんが言ったようなウォーターの討伐しか考えてないギルドメンバーのように。

 突っ込もうとした俺を止めたのはシャルロットだ。

 ステラさんの大切な花畑を踏み荒らさないようにと。


「ウォーターを柵の外におびき寄せたのも、キングウォーターをステラさんの家から遠ざけたのも、そのキングウォーターを倒したのも全部シャルロットですよ。シャルロットがいなければ、花畑があんなきれいに残っていたのか分かりません」


 そういって俺は窓の外を見た。

 ちゃんとステラさん夫婦が愛した花畑は姿を変えずに残っている。


「そう。シャルロットさんが」

「はい。なのでその話を聞くべきなのは私ではなくシャルロットですよ。きっと、泣いて喜びます」

「……どうでしょうか」


 俺が軽い調子で言ったことに、ステラさんは重い返しをしてきた。

 見ると、シャルロットの眠っている部屋へとステラさんの視線は動いていた。


「私はシャルロットさんに嫌われていますから」

「シャルロットがステラさんを嫌う? それはないですよ。だって、依頼中シャルロットが1番ステラさんのこと考えていたんですから」


 じゃないと、あんな迅速な判断はできない。

 俺はそう思っているのだが、ステラさんの表情は変わらない。

 聞こえていないみたいだ。


「あの子を見ていると、不思議と昔の自分と重ねてしまうんです。なので、ついついおせっかいを焼いてしまうというか……そのせいでシャルロットさんの踏み込んでほしくないところに踏み込んでしまった」

「それって前に家族の話をしたときですか?」

「ええ。彼女、怒ってましたでしょ」

「…………」


 俺は押し黙る。

 あの時のシャルロットは確かに声を荒げていた。というか、余裕がなかった。

 だが怒っていたわけではないような気がする。

 実際シャルロットはあの後、自分で自分の態度を反省していた。

 しかし、それを知らないステラさんにはシャルロットがあの会話以降自分を嫌っていると思ったまま、ここまで来てしまっているのだ。


「そんなことは」


 ないと断言したかった。

 だけど、シャルロット方を向くステラさんの顔を見ると、そんな浅はかな言葉を言えるような感じではなかった。

 俺は言いかけた言葉を飲み込み、代わりに自分のシャルロットに対する気持ちを話し始めた。


「シャルロットのこと、実を言うと私もよく知らないんです」

「リュウカさんもですか?」

「はい。実は私とシャルロットが知り合ったのはつい最近なんです。それで、初めての依頼がこれだったんです」

「あら、そうだったの。仲がいいからてっきり昔からの友人同士なのだとばかり」

「すみません。言ってしまえばステラさんを不安がらせると思って黙ってました」


 俺は頭を下げる。

 意図して隠していたわけではないが、初めに言っておいた方がよかったかもしれないと思った。

 罪悪感が俺の頭を重くする。


「顔をあげてください」


 そんな重くなった頭を、ステラさんは優しい声音で包み込んでくれた。


「私もいろいろと隠していましたから、お互い様ですよ」

「そういっていただけるとこっちも楽になります」


 俺は苦笑いを浮かべながら、ステラさんと同じようなことを言って顔をあげた。


「出会ってあまり経ってませんけど、それでもちょっと分かることもありました。多分、ステラさんも分かっていると思いますけど、シャルロットは家族というものにコンプレックスを持っています」


 俺はステラさんの目を見て話した。

 本人がいないところで、こんな憶測ばかりの会話、失礼だと思ってもやめられない。シャルロットは頑なに話そうとしないのだ。なにを抱え、どうしてギルドメンバーになったのか。

 分からないことだらけ。

 ただ、家族の話をしたときだけは本音を話していたように思える。

 前に聞いたギルドメンバーのお姉ちゃんも関係しているはずだ。


「そうね。きっとそう。あんなにも優しい子が自分の事を荷物だなんて言うのは信じられないもの。なにかあるのね」

「はい」

「リュウカさんは気にならないの? 隠しているっていうことは分かっているのに」

「私は聞きません。シャルロットが話してくれるまで待つつもりです」

「そうなのね」


 ステラさんは穏やかな微笑みを浮かべると、少しだけ動いた車いすを元に戻し、シャルロットの眠る部屋へと向けていた視線をこちらに戻した。


「待つのは辛いわよ」

「別にいいですよ。かわいい女の子を待つのに苦痛なんてありませんから」


 俺は本心をそのまま告げた。

 ステラさんの目が驚きで見開かれる。


「そう。まるで男の子みたいなこと言うのね」

「あ、いや、その……あははは。よしてくださいよ」

「ごめんなさい。旦那も同じようなこと言っていたものでつい」


 ニコニコ笑うステラさんを俺は内心冷や汗もので見ていた。

 やっべー。旦那さんイケメンかよ。そんなこと言ってたなんて。生きてれば仲良くなれたかもしれない。

 ていうか、流れで惚気を聞いてしまった。

 やっぱりステラさんは昔からかわいかったんだな。

 笑顔にその面影が見える。


「惚気話ですか~?」

「うふふ。そうかもね」

「そこは否定してください!」

「ごめんなさいね」


 シリアスに流れていた空気が、俺とステラさんの声でどこかに行く。

 こっちの方が楽でいいや。

 結局、ステラさんがシャルロットに対して思っている感情に関して、詳しいことまでは話さなかった。

 でもこれでいいと思う。

 シャルロットも自分の事はあまり詮索されたくないだろう。


「ん……お2人してなに話してるんですか?」

「シャルロット」

「シャルロットさん」


 すると、部屋の扉を開けて目をこすりながらリビングにシャルロットが現れた。寝起きだというのにフードはちゃんと被っているあたりさすがだ。


「もう大丈夫なの?」

「はい。寝て回復しました」


 言いながらシャルロットは俺の隣に座る。

 すぐにステラさんがコップをおき、湯気のたつ温かいお茶を差し出す。


「あ、ありがとうございます」


 そういってひと口飲むと、ほっと一息ついた様子だ。


「それよりもなに話してたんです。楽しそうな声が聞こえてきましたけど」


 首をかしげながら俺とステラさんに聞いてくるシャルロットに対して、2人して穏やかな目を向けた。


「ううん。なんでもないよ」

「嘘ですね。リュウカさんのツッコむ大きな声が聞こえてきたましたから」

「聞こえちゃってたか」

「はい。ばっちりと」

「そっかー。なら仕方ないね」


 そう言いながら俺はステラさんとアイコンタクトをした。

 この感じだと、シリアス方面の会話は聞いてなかったみたいだ。ちょうどよく、惚気話に話が移り変わろうとしていたタイミングで目を覚ましたらしい。

 2人してホッと安堵のため息を漏らす。


「な、なんなんですか? 2人して意味深な目配せして」

「じゃあ、シャルロットも一緒に聞こうか。ステラさんと旦那さんの惚気話」

「へ!?」

「あらあら恥ずかしいわね。でも、悪くないわ。シャルロットさんにも聞いてもらいましょうか。旦那がどれだけかっこよかったのか」


 うきうきといった感じで対面に車いすを止めたステラさんは、本当に話そうとしてコップのお茶で喉を潤わせた。

 お、案外ノリがいい人だな。


「いや、え、そんなこと話してたなんて知らなくて、その」


 そんなステラさんに慌てながらも、シャルロットのフードが微かにピョンピョン動いていた。

 耳が反応している。聞きたい聞きたいといった具合に。

 そこら辺は女の子なんだなぁっと思いながら、俺もステラさんの惚気話に耳を傾けたのだった。

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