第82話 依頼条件に隠された思い
朝焼けの外は徐々に徐々に朝へと移り変わりつつあった。
そんな早朝の静けさの中、俺はステラさんの入れてくれたお茶を飲みながら、疲れた体をリフレッシュさせていた。
まだ、眠ってしまったシャルロットが起きてくる気配もない。
のんびりとした空気がリビングに漂う。
すると、車いすを机にくっつけて俺の対面で静かにお茶を飲んでいたステラさんが、コンという音を立ててコップを置く。
静かなリビングに軽い音が響き渡った。
「リュウカさん」
穏やかな声で名前を呼ばれた。
俺はコップを静かに置くと、ステラさんの顔を見る。
どこか、しんみりとした空気を全体に纏っていた。
「いつ、お帰りになるのですか?」
「明日、ああいえ、もう今日ですね。今日のお昼ごろには。迎えの馬車が来る予定になっています」
「そうですか」
ステラさんは両手を机の上で交差させながら、俺の顔を見ることなく口元を動かす。
「1つだけ、リュウカさんに謝らなければなりません」
「謝らなければならないこと……?」
「はい」
「……なんですか?」
「せっかく依頼を達成させていただいたのにもかかわらず、まだマフラーが出来ていないんですよ」
そう言って下がった目尻で俺を見つめてくる。
「手編みですもんね」
俺もそれに普通に応じた。
昨日今日で手編みのマフラーが出来るとはさすがに思っていない。
ステラさんの言うことは別に意外でもなんでもなかった。
「ええ。まだ時間がかかりそうで」
「構いませんよ。また取りに来ればいいだけですから」
「そうですか?……よかった」
ステラさんは本当に安心したように微笑んだ。
顔のしわがより一層ステラさんの感じる安堵を俺に伝えてくる。
「いつだったら大丈夫そうです?」
「そうね。3日ぐらいあれば作れると思いますよ」
「分かりました。ではまた3日後にここにきますね」
「お願いします」
「はい。ギルドの職員には私が伝えておきます」
「なにからなにまですみません。私がこんな体でなければ、自分でアイリスタに届けられるのに……」
「いいんですいいんです! 体のことは仕方ありません」
俺は謝ろうとするステラさんを慌てて止めた。
体が悪いからとかいったどうしようもない理由で謝られても、正直どうすればいいか分からない。
人生経験が圧倒的に少ない俺に、この手の会話はどうしていいやらさっぱりだ。
なので回避させてもらう。
「お優しい方たちね。ほんと、来てくれたのがあなたたちでよかった」
ステラさんは顔をあげて今度は俺の顔を真っ正面に見つめてくる。
しんみりとした空気はどこにもなく、普通の優しいおばあちゃんのような感じだ。
俺も少しリラックスして答える。
「優しいだなんて。当たり前のことをしただけですよ」
「いえ、当たり前ではありませんよ。ギルドメンバーの仕事は依頼書の目標を達成することです。今回で言うならウォーターの討伐です」
「まぁ、確かにそうですけど。でもさすがに、目の前であんな奴が出てきたら倒すでしょ」
それは戦える者の常識だと思うけど。
いくら依頼書の目的になくっても、目の前で大柄な魔物が出たら戦う。依頼主を守るためにも当然のことだと思う。
だけど、ステラさんは俺の言葉に首を振った。
「そうでもありませんよ。中には依頼にないと言って逃げ出す方もいるとか」
「いやいや、まさか」
「嘘ではありません。実際にキングウォーターですか、あの魔物が出たときリュウカさんやシャルロットさんは逃げても構いませんでした。私の依頼にキングウォーターの討伐なんて書いてないんですから」
「できませんよ。そんなこと。だってあのまま放っておいたら意味ないじゃないですか。旦那さんの花畑は壊されていましたよ」
「ええ。ですので、優しいと言ったのです」
俺はよく分からず首をかしげる。
ステラさんはなにを言ってるんだ? まるで花畑を守るのがおかしいみたいな言い方だけど……。
「気づいておられないのですね」
「はい?」
「依頼書を見せてください」
ステラさんがそう言って手を差し出してきたので、俺は混乱したままストレージを取り出すと、依頼書をステラさんに渡した。
「ここを見てください」
指さしたのは依頼の目標のところ。
そこにはウォーターの討伐としか書かれていない。
「私が依頼したのはウォーターの討伐だけ。花畑を守ってもらいたいとは書いてませんよ」
「……そう、ですけど」
言って俺は依頼書の文言に視線を移した。
「ここには夫の花畑を枯らしたくないって」
「ええ書いてますね。ですけど、誰も守って下さいとは言ってませんでしょ」
「それは、そうかもしれませんけど……でもそれだと」
俺の視線の意味を察してか、ふっとステラさんは笑った。
「リュウカさんの考えている通りです。ウォーターを倒してくれれば、花畑はどうなっても構いません。そう思って依頼を出しました」
「え……あ、いや、ちょっと待ってください。でもそれだといろいろとおかしいというか……」
旦那さんの花畑を守りたいから、花を枯らしている原因のウォーターを倒して欲しいんじゃ……。ステラさんは足が悪くて歩くこともままならない。
だからわざわざ依頼を出すなんてことをした。
ずっとそうだと思っていた。
というか、そんな感じの文が依頼書に書かれている。
なのに、ステラさん自身はウォーターを倒してくれればそれでいいと、今しがたはっきりと口にした。
「混乱させて申し訳ありません」
「ああいえ……その、どう言っていいか」
「ギルドメンバーというのは依頼書に忠実に動くと聞いてます。なので、目標ははっきりとしたものを設定しないといけないそうなんです。花畑を守ってほしいなんて、ゴールがどこにあるかも分からないものじゃ、出せないそうなんですよ」
「だから、目標を討伐にしたと?」
「はい。どうしてもウォーターたちがいれば花畑が枯れてしまう。私にはそれが辛くて」
ステラさんの顔が伏せられる。
表情は見えない。
「これは賭けでもありました。人生で初めての賭け事です。もし、来られたギルドメンバーの方が依頼書の通りのことしかしない方だったら、そのときはどうなっても仕方がないと。諦めようという思いで」
「じゃあ、依頼書の報酬や人数設定がこんなに……言葉は悪いですけど、酷かったのって」
「ええ。その賭けに勝てるように私が考えついた案です。まぁ、おかげで手に取られない可能性が上がってしまいましたが、それでも構わなかったんです」
そういってステラさんは伏せていた顔をあげる。
穏やかな顔からは、本心が垣間見えなかった。
「人に踏みつぶさせるかもと考えたら、このままウォーターが枯らしてしまった方がいいとも思いました。でもやっぱり枯れるのは辛い……ごめんなさいね。私ったら自分でもなにをしているのか分からないんですよ。ただ、夫の残したものをどうすれば守れるかと必死に考えて、それで」
「……あのしょっぱい条件の依頼が完成した」
「はい」
ステラさんは素直に頷くと、今度は一転して笑顔を向けてくれる。
「でも、賭けには勝ったようですね。こんなに優しい女の子2人が来てくれた。久しぶりに大勢での会話をしましたわ。とても楽しかったです」
ステラさんは満面の笑みでそう言って、本当に嬉しそうに声を出して笑った。
こんな顔をされたらなにも言えないじゃないか。
きっと昔は美人だったんだろうなと、場違いなことを思いながら、ふぅーっと体を椅子の背もたれに預けた。
無意識のうちに体に力が入っていたようだ、俺は外の様子を眺めながら、まだまだお昼までは時間があるなと思った。
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