第89話 悪魔憑きの効力
シャルロットと出会ってから、不運だと思ったことは3回ほどだ。
1回目はまだ相手がシャルロットだと知らなかった時。俺が依頼でベアーの肉の採取に手こずっていたときだ。
あの時はアーシャさんやミルフィさんの言った通り、前の襲撃の影響で森の中で魔物とほとんど会わずに夜を迎えてしまった。
探せど探せどお目当てのベアーが見つからない。
時間だけが過ぎ、そろそろ諦めようかなと思った時に、視界の端に白いものが映ったのだ。
それがシャルロットだった。
木の根元で座り込む女の子に俺は胸を高鳴らせたが、それよりも驚いたのがシャルロットを追う魔物の数だった。
多かった。森の魔物全てがいるんじゃないかと思えるほどの魔物が、シャルロットの周りを取り囲んでいた。
こんなときに囲まれるなんて不運な子だなと思ったのは覚えている。
しかも、座り込んだまま動けないと分かると、可哀想だと思ったものだ。
もちろんその後白髪と頭のケモミミ、そして美少女だという、れっきとした理由で助けたのだが、それでもこんな魔物がいない平和な森だと言われている今このときに、囲まれるなんてよっぽどだなと俺でも少しため息をついた。
まぁそんなことは、気持ちいい寝息を立てるシャルロットの寝顔で全てどうでもよくなったけどね。
2回目はそれからすぐだった。
不運だと認識したのはずいぶん経ってからだが、シャルロットをおぶって帰った俺が目にしたのはギルド会館が閉まっているという現状だった。
閉まるはずのないギルド会館がこの日この時間だけは閉まっていた。
結局何があったのかは分からずじまいだったが、俺はほとほと困り果てた。
シャルロットの素性も知らないし、開いてろよと心の中で愚痴ったものだ。
今思えばこの話をしていたときに、シャルロットはなぜか謝ってきた。たぶん自分のせいだと分かっていたんだろう。
今だったら分かるが、その時は適当に流してしまった。それがいけなかったんだろうなと思っても、今更感があるしどうしようもない。後悔先に立たずってわけだ。
そして、3回目はウォーターの討伐後だ。
キングウォーターが現れた。
シャルロットも言っていたが、キングウォーターは魔界の奥深くに巣くう魔物で、草原になど出ないのだと言う。
運よくステラさんの家から離して、討伐にも成功したが、正直これがシャルロットと会って一番の不幸だったかもしれない。
まぁ俺は死なないから対して気にしてないけど、シャルロットはあのとき相当自分を責めたはずだ。
「なるほどね」
俺の口からついつい言葉がもれる。
シャルロットが危険を冒してまで、自らを的にした理由が分かってしまった。
しかし、その俺の言葉をアーシャさんは違う意味で解釈したようで、俺を見てなにやら同情の目を向けてきた。
「分かってくれたか?」
「え、ええまぁ。確かにシャルロットと会ってそれなりにありましたね。不運なことというか、そんなことが」
「…………」
シャルロットも俺と同じことを思い出しているのか、俺に対し複雑な表情を向けている。
俺はシャルロットに近づく。もう馬車の揺れなど関係ない。
それよりも確認したいことがあったのだ。
俺はそのままシャルロットの肩を掴むとその目を見つめる。
「ご、ごめんなさい」
「謝らなくていいから。それよりも聞きたいんだけどさ。もしかしなくてもキングウォーターのとき自分を的にした理由ってこれが関係してるよね?」
俺の問いかけにシャルロットは迷いなく頷いた。
「はい……キングウォーターの出現なんて聞いたことないですから。すぐに分かりました。原因は私だって。だから」
「だから自分が死ねばキングウォーターはいなくなる。そう思ったってこと?」
「そうです。ごめんなさい……」
シャルロットは上目づかいで俺を見つめてくる。
俺はなにも言わずそのままシャルロットを離すと、自分の元いた場所に戻った。
シャルロットは俺に見限られたのかと思ったのか、涙目をさらに潤ませて俺を方を見てきた。
俺は大丈夫だよという意思で首を振る。
するとアーシャさんがシャルロットの方を向く。
「確かにシャルロットが死ねば状況は打開できたのかもしれないな」
「お姉ちゃん……」
アーシャさんの厳しい言葉にシャルロットは口を塞ぐしかなかった。
冷静な言葉はときに相手を一番攻める。それが分からないアーシャさんじゃないだろう。あえて言ったのだ。それがシャルロットの運命だと分からせるために。
俺はアーシャさんでもシャルロットでもなくミルフィさんを見た。
止めるかと思ったのだ。
アーシャさんの言葉は辛辣すぎる。
しかし、ミルフィさんは静かにシャルロットではなくアーシャさんを見つめていた。
その目はどこか辛そうだ。
「? どうかした?」
ミルフィさんが俺の視線に気づくとこちらを向く。
シャルロットの隣から立ち上がると、俺の隣に腰を下ろす。
俺は若干気まずいながらも正直なことを言う。
「止めなくていいんですか?」
「ああ、アーシャちゃんね。まぁ、今はいいかな」
「でも結構酷いこと」
「たぶん、あれはアーシャちゃんの本音じゃないのよ。なんとなく分かるわ。雰囲気というかそれでね」
「そうなんですか」
俺はミルフィさんの言ったことに頷きながらもアーシャさんを見つめた。
だが、さっぱりミルフィさんの言ったことの意味は分からないかった。シャルロットを見つめる目は相変わらずちょっときついし、纏っている空気もいつもよりもとげとげしい。
俺には分からないなにかがミルフィさんには見えている。そう思うしかなかった。
アーシャさんがシャルロットから俺たちの方に向く。
「リュウカも分かったと思うが、シャルロットが関わるとろくなことにならない。私だって、家族だって何度もそんな目にあってきた。悪魔憑きという呼ばれ方はだてじゃない」
疲れたようにアーシャさんはため息をつくと、自然と思い出話がこぼれ出てきた。
「シャルロットが生まれてから、家の家具が頻繁に壊れるようになってな。ときには大きな石が風で飛ばされて家に落ちるなんてこともあったさ。当時は私も幼かったから対して気にしてなかった。だけど、シャルロットが物ごころついてから、この子が世間でいう悪魔憑きだと知った。実際そうだったんだ。両親に言われるままにいつもフードを被るシャルロットがかわいそうでな。何度も連れだしたことがあったんだ」
愚痴のように語るアーシャさんにミルフィさんが楽しそうにしている。
さらには茶化し始めた。
「へぇ。ちゃんとお姉ちゃんしてるじゃない。見直した。アーシャちゃんにもそんな一面があったんだ」
「なにが言いたいんだミルフィ」
「べつに~。ちょっと意外だなって思って」
「うるさいぞ」
からかうミルフィさんにアーシャさんはツッコんだ。
シャルロットは若干苦笑いで姉と姉の親友を見つめている。
「ただ、シャルロットを連れ出すと毎回何かしらのトラブルに巻き込まれる。お小遣いを落としたり、持ち物をどこかにやったりな。あまりに続くから私は落とさないようにギュッと握りしめていたときもある。だが、それでも落とした」
アーシャさんは懐かしそうに語っている。
後ろのシャルロットも当時のことを思い出しているのか、手を見つめて穏やかな表情をしていた。
「しかし、それはまだまだ序の口に過ぎなかった。シャルロットが成長していくにつれ酷いことがよく起こるようになったんだ。当時の私はギルドメンバーになるために修行をしていたんだが、そこにシャルロットを連れていくと必ずと言っていいほど魔物が多くあらわれ、何度死にそうになったことか。あまつさえ、武器が折れるようになったときは肝を冷やしたよ。そしてだんだんと私はシャルロットを連れ出さなくなった」
アーシャさんが後ろを向く。
シャルロットもまたアーシャさんを見つめる。穏やかな表情は変わり、悲痛な表情へとなっていた。
「シャルロットも自分の運命を分かったようでふさぎ込むようになった。だが私はそれでいいと思ったんだ。不思議なんだがシャルロットがふさぎ込むと、周りで起きていたトラブルはパタッと消えるからな」
「それで気づいたら、お姉ちゃんが家を出ていったんです。ギルドメンバーとしてもっと力をつけるために、アイリスタなんて遠くの街に行ったって聞きました」
シャルロットが自分の胸中を話す。
それはとても悲しいことだった。自分の運命を悟り、塞ぎこんだシャルロットがなにも知らないまま、好きだったお姉ちゃんは遠くに行ってしまった。
追いかけたくもなるだろう。
「寂しかった。お姉ちゃんから定期的に来るのは私への手紙じゃなかった。家族に向けた手紙ばかり。時々来ても内容はまったく同じ。家から出るな。大人しくしていろってばかり」
「実際そうだろ。お前が外に出れば家族以外に迷惑がかかる。それが一番みんなのためだ」
「だけど……! 私は辛かったんだよ。ずっと守られてばかりは嫌で……だから私ももっと強くなろうと思った。ギルドメンバーになって、もう自分の身は自分で守れるようになりたかった」
それは紛れもないシャルロットの本音だ。
シャルロットはどういても近づきたかったんだ。大好きなお姉ちゃんに。家で大人しくしているのにも限界があったから、自分の運命としっかり向き合えるように。目をそらさないように立ち上がった。
家を飛び出し、姉のいるアイリスタに1人で来た。
シャルロットの体質を思えばそれさえ楽な道じゃなかったはずだ。それでも今シャルロットはこうしてここにいる。誰にも頼らず、姉にもばれないようにしながら、ここまできたのだ。
それは素直に褒められるところだ。実際俺だったら今のシャルロットの言葉を聞いて褒めている。
よくやった。頑張ったなと。
しかし、アーシャさんはそれを聞いても褒め言葉を1つも口にしなかった。
逆に、そんなシャルロットを責めるように見つめる。
「だからって、自分の運命を過信したことに変わりはない。ステラさんやリュウカを巻き込んだことを許す理由にはならないだろ」
「それは、そうだけど……」
「だいたい、リュウカに言わなかったことが一番許せない。リュウカは巻き込んでもよかったって言うのか?」
アーシャさんの歯に着せない質問に俺は答えようと口を開いた。
「ああいやそれは……」
「違う! そんなこと思ってない!」
しかしすぐに響いた言葉が俺の言葉をもみ消した。
シャルロットだ。シャルロットの珍しく大きな声がアーシャさんの質問を否定した。
「そんなこと思ってない!」
「だったらなぜ黙っていた」
「リュウカさんは……リュウカさんは死にそうだった私を助けてくれた! それに落としたはずのストレージまで拾ってくれてて。こんなこと初めてだった。いつも見つかるはずなんてなかったのに、リュウカさんは見つけてくれていた。だから!」
シャルロットと目が合う。
俺はどうすることも出来なかった。俺には分からなかったんだ。シャルロットがなぜそこまでしてそのことを言ってるのか。
しかし、アーシャさんはすぐにシャルロットの言いたいことを理解したようだ。
「なるほどな」
そう言って頷くと言葉を続ける。
「だから大丈夫だと思ったと。リュウカには悪魔憑きの力が及ばないって」
「うん……それに、リュウカさんは私を受け入れてくれた。耳もかわいいって」
「それはリュウカが何も知らなかったからだ。お前はただ甘えただけなんだよ。なにも知らないリュウカの心にな。そうして今回の事を引き起こしてしまった」
「…………」
シャルロットは言い返せなかった。
ただ黙ったまま下を向くのみ。
「辛いわね」
隣のミルフィさんが呟く。
俺もそれには頷くしかない。
これは姉妹の問題だ。部外者の俺たちが関わっていい話ではなかった。
シャルロットのことを思うと違うと否定してあげたいのはやまやまだったが、今ここで俺がなにか言ってしまえば、シャルロットを守ることはできても、本当の意味でシャルロットの味方になってあげることはできない。
馬車の揺れが止まる。
運転手が俺たちの方を向くと、アイリスタ到着を知らせてくれた。
アーシャさんもシャルロットとの会話を中断させ、一様に馬車をおりる。
下を向くシャルロットに俺は近づくことはできなかった。
「ひとまず会館に行くぞ。もしステラさんの意識が戻っていたら、正直に全部話すんだ。いいな?」
アーシャさんの一言が暗い面持ちのシャルロットに重くのしかかる。
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