第88話 耳の正体

 馬車が風を切る。

 晴天に恵まれた今日はとてもすがすがしい風が草原に流れていた。その風をこれでもかと乗客に感じさせながら、馬車はアイリスタへの道をひたすらに走っていく。

 馬車の運転手の技術はとても高いようで、馬車は平坦な道を選びながら、あまり大きな揺れを起こさず進み続けている。

 こんな天気の日は黙ったまま風を感じていたい気分なのだ。しかし、今現在俺の乗っている馬車はそんなさわやかな空気はどこへやら、暗雲が立ち込めていた。

 原因は先ほど起こった事件、アーシャさんとシャルロットの取っ組み合いだ。

 まぁそう言ってもアーシャさんが一方的にシャルロットを抑え込んだのだが、姉妹ということが発覚した今では、アーシャさんを責めるのも難しい。

 シャルロットはたびたびお姉ちゃんのことを口にしていた。詳しいことは知らないが、シャルロットはお姉ちゃんに嫌われていると言っていたし、実際そのお姉ちゃんであるアーシャさんはシャルロットだと分かった途端、気にするなとしていた態度を180度変えたのだ。

 さらにはステラさんが襲われたのも、壊れないはずの宝玉が壊れたのもシャルロットのせいだと言ってのけた。

 シャルロットも否定しず謝ってばかりだったところを見るに、俺の知らない何かが2人の間にある。

 暗雲が立ち込める中、いつなんどきアーシャさんの雷が落ちるかも分からない状況に風を感じるなんて余裕は俺にはなかった。

 あるとすれば現実逃避ぐらいだろう。

 しかし、それも互いを盗み見見合っているアーシャさんとシャルロットの前では続かない。

 アーシャさんはどこかシャルロットを責めるかのよう鋭く、シャルロットはお姉ちゃんのことを気にしながらも怖いのかフードを深くかぶりながら、お互いに見合っている。

 アーシャさんの隣には俺が、シャルロットの隣にはミルフィさんが座っている。

 こんな重苦しい雰囲気の乗客を乗せながら馬車は走る。

 運転手は一切こちらを振り向きもしない。

 ましてや鼻歌まで始めてしまった。

 くそ、関わらないと決め込みやがって。

 羨ましい。俺は運転手に対してどうしようもない感情を抱く。

 そんなことを思ったって仕方ない。俺はため息をつくと、嫌だと思いつつも口を開こうとした。

 なんていったって、事情を聞くと言ってしまったから、俺から発言するしかない。

 俺は隣のアーシャさんと対面にシャルロット両方を見つめながら、重く苦しい空気の中口を開いた。


「あの……お2人は本当に姉妹なんですか?」


 ついつい敬語になってしまった。

 許して欲しい。それだけ今の馬車の中は重苦しい空気を纏っているのだ。

 対面のシャルロットは小さく頷いた。

 続いてアーシャさんが腕組みをしながら答える。


「間違いない。私とシャルロットは姉妹だ」

「そ、そうなんですか、あはははは……」


 俺は苦笑いを浮かべて頬をかいた。

 やばい、これ以上何を言っていいか分からないぞ。こんな状況でも一番初めに口を開いただけでもう十分働いたと思うんですけど……これでは事情の説明になってない。

 分かってる。分かってるけど……隣のアーシャさんが怖いんですよ!

 やばいってほんと! 禍々しい空気放ってるもん!

 俺がアーシャさんに大してビビッていたら、アーシャさんが息を長く吐く。

 それにシャルロットが身を縮めた。

 すぐにミルフィさんが大丈夫だと微笑みかけるが、その効果は残念ながら薄いかな。シャルロットは怯えてフードを力強く握りしめてしまった。

 アーシャさんが組んでいた腕を解く。それと同時に纏っていた空気を霧散させ、俺を見つめた。


「リュウカ。悪いとは思ってる。こんな空気では聞けるものも聞けないだろ」

「えっと…まぁ」

「いけないな。私はどうもシャルロットを前にするとこうなってしまう。許して欲しい」

「別にいいですけど……あの、聞いていいです? アーシャさんはシャルロットが嫌いなんですか?」


 俺は核心をついた。

 対面に座るシャルロットが俺の言葉に反応して肩をビクつかせる。そうしながらもアーシャさんの方を気にしている様子なのは横目ですぐに確認できた。

 アーシャさんもシャルロットが見ていることなど分かっているだろうが、俺の質問を受けて即答する。


「嫌いじゃない」


 その言葉にシャルロットの顔が明るくなりかける。

 しかしすぐにアーシャさんは別の言葉を口にした。


「だが、好きでもないぞ」


 シャルロットの体がまたシュンとなる。

 ミルフィさんがそんなシャルロットを気にしながら呟く。


「アーシャちゃん。その言い方は酷いわよ」

「仕方ないだろ。ここで嘘を言っても誰も得をしない」

「そうだけど……シャルロットちゃんのことを思うと」


 優しいミルフィさんはシャルロットを気遣ってアーシャさんに言っているだろうが、どちらの意見も大事なミルフィさんにとって、それ以上言葉を続けなくなってしまう。

 代わりというわけではないが、俺がアーシャさんに聞いた。


「どうしてそこまでシャルロットのことを嫌いなんです?」

「だから嫌いじゃないと」

「ああもういいですよそう言うの。めんどうなんで」

「リュウカ、お前な」


 無理やりかもしれないが、そんなこと言っていたら話が進まない。

 せっかく重苦しい空気もなくなったんだ。

 今話さなければ事情は知れない。

 それに、早くしてあげないとシャルロットがかわいそうだ。

 これでは檻に入れられた動物だ。死ぬのを待っているようなもの。ここははっきりとしていただきたい。

 俺の強い意思に負けたようにアーシャさんは

「わかったわかった」

 と言って話し始めた。


「シャルロットのことは嫌いじゃない。だけど好きなれない理由はちゃんとあるんだ」

「好きになれない理由ですか?」

「そうだ。お前はもう知っているだろうが」


 そう言って馬車の中で器用に立ち上がったアーシャさんはシャルロットに近づく。

 シャルロットが目を伏せるなか、アーシャさんは気にした風もなくそのまま、頭を覆っているフードを取った。

 今度はゆっくりと優しい手つきで。

 シャルロットの独特の白い髪と、そして、あるはずのない場所に生えているケモミミを露わにさせる。

 アーシャさんは指さす。髪ではなく耳の方だ。

 俺とミルフィさんの視線もそこに集中した。

 すると、ミルフィさんが何やら納得したように頷いている。

 しかし俺には何のことかさっぱり分からず、首をひねっているとアーシャさんはやっぱりなというように俺を呆れたように見る。


「こいつは悪魔憑きなんだよ」

「は? 悪魔憑き?」

「そうだ。こいつと関われば誰だろうとどうしようと関係ない。不幸な目にあうんだ」


 アーシャさんの言葉に俺は信じられずシャルロットを見る。

 俺の純粋な目にシャルロットはバツが悪そうに横を向いてしまった。 

 それはつまり、実質肯定しているようなもので、実際にシャルロットはその後諦めたかのように頷いて見せた。


「リュウカが知らないってことはやっぱり隠してたんだな」


 アーシャさんがシャルロットの方を振り向き、まさに妹を叱るお姉ちゃんのような声音を出す。

 シャルロットはそんな実の姉の言葉に、俺のことを見る目を申し訳なさそうに垂れさせた。

 ……どうしようか。不覚にもこんな場面だと言うのにかわいいと思ってしまった。というか実際めちゃくちゃかわいい。反則だよそれは……守ってあげたくなっちゃう。


「ごめんなさいリュウカさん。騙すつもりじゃなくて、その……」

「ううん大丈夫。なんとなく分かったら。言いづらかったんだよね?」


 俺がシャルロットに優しい声で問いかける。

 アニメ的表現でいえば、今の俺の顔には素敵な効果音と共にきらきらしたものがちりばめられていることだろう。

 そんな美少女MAXの笑顔を浮かべていると、アーシャさんがまたしても呆れたような顔をする。しかも俺に向けて。


「お前が甘やかすからシャルロットがつけあがるんだ。自分の運命から目をそらして」

「いやでも、仕方ないんじゃないんですか? 不幸な目にあうなんて言っても、本人にはどうしようも」

「だが、実際お前と一緒に依頼に関わって、その依頼主を危険な目にあわせた。それを仕方ないで済ませていいと?」

「それは……」


 俺は言葉を詰まらせた。

 確かにアーシャさんの言うとおりだったら仕方ないでは済まされない。結果としてステラさんは助かっているが、もしアーシャさん達が見つけなかったら人一人の命が無くなっていたのかもしれない事案だ。

 俺は代わりに違うことを言う。


「だけどですよ。もしシャルロットが悪魔憑き?だったとして、今回起きたことがシャルロットのせいだとは言えないんじゃ……」


 俺はそんな疑問を口にする。

 アーシャさんが言った悪魔憑きが、読んで文字のごとくだったとしても、元々弱っていた宝玉に関してはシャルロットには関係のないことだ。

 宝玉が割れるちょうどそのタイミングで、俺とシャルロットがステラさんのとこにいただけで。

 しかし、アーシャさんは俺の言葉を難なく否定する。


「それはない。確かに宝玉が弱っていたことに関してはシャルロットには無関係だ。だけどな、言っただろ? 宝玉は壊れることがない。自己修復が完璧なんだ」

「でも……」

「簡単に信じられないことは分かる。だけどな、あり得ない不幸なことが起こるから悪魔憑きと呼ばれるんだ。リュウカもよく思い出してみろ。シャルロットと関わってからあり得ないような不運に遭遇したことあっただろ?」


 アーシャさんの問いかけに、俺は咄嗟に否定しようとして口がつまった。

 アーシャさんの言う通り思い当たるふしは何個かある。

 それが頭の中にフラッシュバックしていく。

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