第87話 お姉ちゃんの正体

 歪んだ視界に、光が差す。

 まぶしい。これは一体誰だろうか……今の私には分からない。

 リュウカさん? そう思ったけど違うような気がした。

 リュウカさんだったらこんなフードを剥ぐようなことはしない。

 じゃあ誰……? 分からない。分からないけど、この感じ、覚えてる。

 あれはまだ私が幼い頃、まだ自分も家族も、私の運命を理解してなかった頃だ。

 フードを被る私に、お姉ちゃんが無理やりフードを取って日差しを浴びせてくれたんだ。

 眩しかった。でも、それ以上にお姉ちゃんの笑った顔が好きだった。

 笑っている。お姉ちゃんも私も笑っている。

 だけど、すぐに終わりを迎えるんだ。

 このあと確か……。

 そんなことを思っていたら、私の歪んだ視界が輪郭を取り戻していく。

 そして、目にしてしまった。

 私とばっちり目を合わせ、見開いているアーシャさん―――お姉ちゃんの顔を。


        **********


 アーシャさんがシャルロットの素顔を見て固まってしまった。

 シャルロットを掴んでいた腕から力を抜くと、下を向く。

 

「リュウカ……」

「はい」

「さっき言ったことは撤回させてもらう」


 そういうアーシャさんの声は固い。


「え? それってどういう……」


 俺が聞いてもすぐに返答は返って来なかった。

 すると、アーシャさんは抜けた力を体に込め、シャルロットの襟首を掴んで、地面に叩きつけた。

 ドンという音が響くと共に、アーシャさんはシャルロットに馬乗りになる。


「ちょ、ちょっとアーシャさん!?」

「…………どうしてお前がこんなところにいる!? シャルロット!!!」

 

 あまりのことに俺が止めようとしたが、突然響いた大声にその場を動けなくなる。

 ミルフィさんも同様にアーシャさんの気迫に驚き固まっている。


「お、お姉ちゃん……」


 押さえつけられたシャルロットの口から、くぐもった弱弱しい声が聞こえて来る。

 お姉ちゃんだって?

 それってまさか……。

 俺は怒りの剣幕を見せているアーシャさんを見た。

 似てない。最初に思ったのはそういった感想だ。しかし、事実はシャルロットの口から発せられている。


「……ごめんなさい私……」

「お前が関わっていたんだな! 私はあれほど家を出るなって言っただろ!! お前は、お前は外に出たらいけないんだよ!」


 アーシャさんは止まらない。

 怒りにまかせて、シャルロットに罵声を浴びせ続けている。


「ごめんなさい……でも、私……」

「何度も言ってるだろ! シャルロット! お前は人と関わったらいけないんだ! お前が関われば不幸になる!」

「分かってる!! 分かってる……つもりだった!」

「じゃあ説明しろ! なんでお前がアイリスタにいる!? ギルドメンバーになってる!? どうして依頼なんか受けたんだ!」

「それは……」


 ヒートアップするアーシャさんに俺は危機感を抱いていた。

 シャルロットとアーシャさんが姉妹だとしても、この状況は見てられない。シャルロットはアーシャさんの剣幕にやられ泣いてしまっているし、アーシャさんもアーシャさんで怒りでシャルロットの表情が見えていない。

 俺は固まった体に鞭打って、シャルロットの襟首をつかんでいるアーシャさんの両脇に腕を入れた。 

 そのままアーシャさんをシャルロットと引き離す。


「離せリュウカ!」

「離しません! なにがどうなのか分かりませんけど、まずは落ち着いてください!」


 俺がアーシャさんを押さえている間に、ミルフィさんがシャルロットの体を抱き上げる。

 けほけほっとせき込むシャルロットの背中をさすっていた。


「大丈夫……?」

「はい……」

「アーシャちゃん! どうしちゃったの!? いくらなんでもやり過ぎよ!」


 ミルフィさんがアーシャさんを睨んだ。

 まだ怒りが収まらないアーシャさんを離すわけにもいかずに、俺は逃れようとするアーシャさんを逃がさないように必死に抑え続けた。

 とにかく今は状況の整理をしなければ。

 なにがどうで、どうなっているのか。

 どうしてそこまでアーシャさんが怒っているのか分からなければ意味がない。 

 俺はアーシャさんに声をかけ続けた。

 

「アーシャさん! アーシャさん! 落ち着いて! なにがどうなってるんですか!? なんでそこまで怒って」

「リュウカ! 離してくれ! あのバカ妹を1発殴らないと私の気が済まないんだ!」

「ダメですよ! いくら姉妹でも殴るなんて!」

「だけどな、シャルロットがいなければこうならなかったんだよ! ステラさんも家を失うことはなかった。魔物に襲われることはなかったんだ! それを思うと姉として殴りでもしないと許せないんだ!」

「どうしてそう言いきれるんですか!! まるで、宝玉が割れたのも、こうなったのも全部シャルロットが原因みたいな言い方」

「だからそう言ってるんだ! 壊れない宝玉が壊れた。ステラさんの家が魔物に襲われた。全てはシャルロットが原因なんだ!」

「どうし……あ! アーシャさん!!」


 俺が驚きで力を緩めてしまったことで、アーシャさんがシャルロットに走っていってしまった。

 まずい。

 そう思ったとき、ミルフィさんがシャルロットを守るように立ちふさがる。


「どいてくれミルフィ」

「それはできない。シャルロットちゃん怯えちゃってるじゃない。アーシャちゃんが落ち着かない限り、ここを通すわけにはいかないの」

「どうしてもか」

「どうしても」

「もし力ずくで行こうと言ったら?」

「一生、私はアーシャちゃんとパーティを組まない。本気よ」


 ミルフィさんはそう言ってアーシャさんの目をじっと見つめた。

 俺はアーシャさんはミルフィさんと、そして後ろのシャルロットの顔を見る。

 シャルロットはもう涙目でアーシャさんの方を見ることさえできなくなってしまった。ただ、目をそらし、ぶたれるその時を黙って待っているかのよう。

 しばらく沈黙が続いた。

 意外にも先に折れたのはアーシャさんだった。

 怒りにまかせていた感情をいったん息をはくことで落ち着かせ、ミルフィさんを見る。


「……頑固なやつだ」


 ふっと笑っていつものアーシャさんの声色に戻る。

 

「なに今更? それよりも、ちょっとは落ち着いた?」

「ああ……なんとかな」

「そう。だったらもういいわよ」


 そう言ってミルフィさんはアーシャさんの前を開ける。

 俺もほっと一息つくと、ミルフィさんの隣に並ぶ。

 2人して黙ってアーシャさんとシャルロットを見守る。


「シャルロット」

「お姉ちゃん」


 姉妹は目を見合わせる。


「謝るつもりはないぞ」


 アーシャさんはまずそう言った。

 隣のミルフィさんは止めようとしたが、それをアーシャさん自身が手で制した。

 大丈夫だと伝わってくる。


「自分のしたことは分かってるな? どうして私が怒っているのかも」

「うん……」

「ならなにも言わない」


 そうしてアーシャさんはシャルロットに手を差し出した。

 シャルロットはそれを驚いたように見つめた後、素直に手を伸ばす。

 アーシャさんにひかれるようにシャルロットが立ち上がる。

 2人はそのまま俺とミルフィさんのところまで歩いてきた。表情は元通り……とはいかないでもなんとか落ち着きを取り戻したようだ。


「すまない。迷惑をかけた」

「ごめんなさい」


 2人は同時に頭を下げてくる。

 俺はミルフィさんと目を見合わせると、どうしようかお互い苦笑いを浮かべた。

 するとミルフィさんが初めに口を開く。


「ひとまずは馬車に乗りましょうか。ね? リュウカちゃん?」

「そうですね。理由はそのときにでも聞きます。ここからアイリスタまでは結構距離ありますし、話をするにはちょうどいいはずです」


 俺の言葉をきっかけに俺たちは歩き出した。

 仲良く4人並んでとは行かず、アーシャさんの隣には俺が。シャルロットの隣にはミルフィさんが並ぶ。

 たぶんこれが今一番いい組み合わせだ。

 それを全員自覚しながら、その組み合わせのまま馬車に乗り込んだ。

 沈んだ空気に、馬車の運転手は気まずそうにしながらも手綱を引く。

 2人から4人に増えた乗客を乗せながら、馬車は来たときと同じ道を変わらず走っていった。

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