第86話 退魔の宝玉

「それにしても酷いですね……なんでこんなことに」


 俺はステラさん宅を見ながら呟く。

 家自体はもう跡形もなく崩れ去ってしまっている。家を支えていた柱は真っ黒に焦げてしまい、ちょっと触っただけでボロボロになりそうだ。

 完全に灰だ。

 しかし、俺やシャルロットが気にしていたのは家ではなく、周りの地面だった。

 3日前までここには目を疑うほどの様々は花が咲き誇っていた。それこそ、周りに魔物が徘徊しているとは思えないほどの光景だった。

 せっかくウォーターから守ったのというのに、踏み荒らされたようにひどく荒れ果てている。

 俺はなんとなく地面にある花弁を1枚手に取った。

 黄色い花が、土を被り茶色くなっていた。


「さすがにこれはくるな……」


 俺は心にもやもやとした霧が差した。

 せっかく守った花畑。あんなにきれいだったのに、もう見られないなんて……。

 ステラさんが無事だったのは嬉しい。本当によかった。

 でも、これを見たらきっと悲しむことだろう。家もこんなありさまだし、ステラさんはこれからどうしていくのだろうか……。

 その胸中を思うと、俺の心まで痛くなる。


「リュウカさん」

 

 花びらを見つめていたらシャルロットが隣に来る。

 小さな声で俺の名前を呼び、そっと背中に手を置いてくれる


「シャルロット……ありがと」

「いいんです。こんなの酷い。酷すぎます」

「私たちが帰らなかったらこんなことにならなかったのかな……?」

「それは分かりません。ただ、後悔はしてしまいます。ステラさんは私を優しく抱きしめてくれました。本当に優しい人。どうして、こんな目にあわないといけないんでしょうか……」


 俺とシャルロットはお互いにどうしようもない心の内を吐露した。

 あのまま無理を言って俺たちが残っていれば。3日ぐらいここにいればよかった。そんな後悔が生まれては消えてくれない。


「2人ともいいか?」


 すると、アーシャさんが後ろから声をかけてくる。

 俺は振り向くと、アーシャさんの片手には見慣れない、真っ二つに割れたガラス玉のようなものが握られていた。

 それを俺に渡してくる。


「これは?」


 受け取りながら聞く。


「退魔の宝玉と呼ばれるものだ」

「退魔の宝玉」


 聞きなれない言葉に俺はアーシャさんの言葉をただ繰り返す。

 しかし、ゲームやファンタジーもののフィクションが溢れかえる日本で生きてきた俺には、すぐにこれがどういった代物か理解できた。

 俺は2つに割れた退魔の宝玉だったものを見ながら、自分の言葉でアーシャさんに聞く。


「これが割れたってことは、つまり壁もなにもないステラさんの家に魔物たちが押し寄せてきたってことですか?」

「そうだ」


 アーシャさんが頷く。

 俺はため息をこぼした。

 なんで気づかなかった。ここは街でも何でもない。ただの草原。柵で囲まれているからって、それは木で出来たやわなものだ。魔物の手にかかれば簡単に壊すことも可能だろう。

 なのに壊れていない。ステラさんは当たり前のように生活していた。

 それにはからくりがあったんだ。あって当たり前だ。

 それが今俺の手に握られている退魔の宝玉。

 これが、周りに魔物を近寄らせないようにしていたということだ。

 だから、ステラさんはここで生活でき、花畑を守ることが出来た。


「ウォーターが柵の内側に入ってたのを見て気づけばよかった……!」


 俺は悔しさで手の中の宝玉を握りしめる。

 あの時すでに宝玉は効力を失いつつあったんだ。退魔の宝玉なんてものがあったならウォーターだって入れない。

 気づけば、気づいていれば、こんな事にはならなかった。

 あんな簡単に、3日後にどうせ会えるしなんて軽い気持ちで帰らなかったし、ステラさんの家も花畑も守れたかもしれない。


「くそったれが……!」


 俺は感情のままに叫んだ。

 

「リュウカさん……」

「リュウカちゃん……」


 シャルロットとミルフィさんが俺を心配したように見つめてくる。

 シャルロットに関しては俺と同じように悔しそうにフード下で唇をかみしめていた。


「落ち着けリュウカ。別にリュウカのせいじゃない」

「私のせいですよ! 私が気づけていれば、こんなことには……」

「自分を責めるな。これは不運な事故だ。誰も悪くない。お前も、連れのその子も、ステラさんもな」

「だけど……」

「おさまらないのなら、その怒りは見えない悪魔にでもするんだな」


 不敵に笑いながらアーシャさんは俺の手から宝玉を取る。

 俺はアーシャさんの言葉に苦笑いしか出ない。

 だがおかげで冷静になれた。

 嘆息しながら俺は肩をすくめる。


「悪魔にするなんて。そんな実在しないものに怒りをぶつけてどうするんですか」

「確かにな」

「まったく。そんなこと言われても困るよね?」


 俺はシャルロットを見た。

 同意を求めて振ったのだが、シャルロットから返事はしない。

 ちょっと悲しくなる。

 

「おーい。聞いてる?」


 俺はシャルロットの顔を覗き込む。

 すると、ばっちり目が合った。


「え……あ、ごめんなさい。聞いてませんでした」

「……大丈夫? なんだか顔色悪いよ?」

「だ、大丈夫です。問題ないですから」

「そう?」

「は、はい」


 そう言ってシャルロットは笑ったので、俺はシャルロットに向けてた視線をアーシャさんに向けた。


「アーシャさん。聞いていいですか? なんで不運な事故なんて言えるんです?」

「ああ、それはな」


 アーシャさんは手に持った宝玉を掲げながら説明してくれる。


「宝玉というのは世界に数個しか存在しない。特に退魔の宝玉なんて貴重品、街の貴族でさえ持っていない高価な代物だ。それがなぜステラさん宅にあったのかまでは分からないが、これは本当に悪魔的な不運なんだ」

「どういうことです」

「宝玉は普通、壊れない」


 アーシャさんのはっきりとした言葉に俺は驚きを隠せない。

 壊れない。それが本当だとして、じゃあ今目の前にあるものはなんだというのだ。

 俺は見開いた眼でアーシャさんに問う。


「じゃあなんで……」

「だから悪魔的な不運だと言っただろ。たとえもし、リュウカ達が依頼を受けたときに効力を失いつつあったとしても、宝玉というのはなぜだか自己回復するんだ。こんな、完全に使えなくなるまでいかない」

「正直これを見つけたときは驚いたわ。こんな場所に一軒家があるんだもの。あるとは思ってたけど、これが退魔の宝玉かは未だに信じられないの」


 ミルフィさんが眉根を下げながら説明してくれた。

 アーシャさんは後ろにある崩れ落ちた家と、地面を見て答える。


「だが実際、この家は宝玉があるのに魔物の襲撃にあっていた。なんとか住人のステラさんを助けられたのは幸運だったが、これは大陸の常識を変えかねない事例になるだろう。宝玉も壊れるとな」


 アーシャさんは肩をすくめながらそう話を締めくくった。

 仕方ないといったことを俺に目だけで伝えてくる。


「なにか、壊れる原因があったんじゃ……」


 俺はアーシャさんの話を聞きながら呟いていた。

 こんなこと聞いても意味ないのは分かっているのに、運が悪かっただけじゃ納得できない自分がいるのだ。

 俺の発言に困った顔を浮かべるアーシャさん。

 もう一度手の中の宝玉と後ろのステラさんを家を見てから、俺の呟きに答える。


「さぁ。分からない。宝玉に関していえばまだまだ分からないことだらけなんだ。なぜ自己修復できるのかも分かっていないし、どこから出てくるのかも知らされていない」

「じゃあ本当に運が悪かっただけ? それだけでこんなこと」

「だろうな。説明を求められても悪いが私は答えられない。ミルフィはどうだ?」

「私? 私も分からないわね。どうして宝玉が壊れたのかも、原因はさっぱり。これを見つけたのも地面の中だし、強い衝撃で壊れたなんて想像できないわ」


 ミルフィさんも首を振った。

 原因は不明。

 本当に運が悪かっただけだというわけである。

 もう何もない。

 アーシャさんが歩いていく。


「調査は終わっている。リュウカ達は馬車で来たんだろ。それに乗ってひとまずはアイリスタに戻ろう」


 言いながらアーシャさんは俺とのすれ違いぎわに肩をとんとんっと叩いてきた。

 気にするなということらしい。

 ミルフィさんもアーシャさんに続いていく。

 俺とシャルロットの近くを通り過ぎながら、言葉をささやく。


「気にしたらダメだよ」

「……はい」


 俺はそれになんとか頷くと、2人に続くように歩き出そうとした。

 そんな時だ。

 俺の服の袖を掴んでいたシャルロットの様子が明らかにおかしい。

 俺の服を離そうとしない。


「シャルロット……?」

「―――――」


 返事がない。

 よく見ると指先は震え、歩きだせないでいるようだった。

 俺は慌ててシャルロットのフード下の顔を見た。

 真っ青だ。血の気は引き、唇が震えている。

 

「シャルロット! シャルロット! どうしたの!?」


 俺は必死にシャルロットの名前を呼ぶ。

 しかし、いくら言っても反応を示さない。

 目の焦点はあってないし、俺を見ようともしてない。


「? どうかしたか?」


 俺の叫びを聞いたアーシャさんが振り向きながら問いかけてくる。


「それが……」

「ごめんなさい……ごめんなさい……」


 すると微かな声がシャルロットの口から聞こえてきた。

 俺はアーシャさんに向けていた言葉を途中で飲み込むと、シャルロットの呟きに集中する。


「ごめんなさい……私が……私のせいで……」


 シャルロットはなぜだか謝っていた。

 そして遂には、シャルロットは俺から手を離し頭を抑えながら草原にうずくまってしまった。

 あまりのことに振り向いていたアーシャさんとミルフィさんも駆け寄ってくる。


「なんだ!? どうした!」

「大丈夫!?」


 アーシャさんは俺の隣で足を止め、うずくまるシャルロットの体を見る。

 ミルフィさんはシャルロットの背中に触れる。


「ひどく震えてるわ」

「なにがあった」

「それが……静かだなと思ってたら、顔色が悪くて。それになんだがずっと謝ってるんです。うわごとのようにごめんなさいって」


 俺の説明を受け、アーシャさんはシャルロットを無理やり起こした。


「ちょっと、アーシャちゃん!?」

「大丈夫だ。少し顔色を見るだ……けで……」


 言いながらフードを外したアーシャさんはそこまで言って固まってしまった。

 シャルロットの顔が、頭頂部の耳が露わになる。

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