第98話 ステラさんの身内
俺はアーシャさんとあることをすませた後、2人してギルド会館へと足を運んでいた。
ミルフィさんは本当にアーシャさんの言う通り気を使ってか、現れることはなかった。アーシャさん曰く、ミルフィさんはもうこの問題から手を引いたのだろうということだ。それがミルフィさんなりの気の使い方なんだと、ミルフィさんと長く一緒にいるアーシャさんが言っていた。
俺とアーシャさんはギルド会館の横開きの戸を開ける。
不思議なもので、アーシャさんが入ってきてもギルド会館が騒がしくなることはない。ミルフィさんといい、日頃からなにかと注目を集めやすいアーシャさんが、最近はよくギルド会館を訪れ、支部長室に行く姿は目撃されている。
なにかあったことは明白である。
だからか、騒ぐこともなくなったようだ。
俺たち2人がギルド会館に入るとすぐに、職員の1人が俺たちの前に来る。
顔を確認して声をかけてきた。
「アーシャさんに、リュウカさん。お待ちしておりました」
仰々しく頭を下げる職員に俺とアーシャさんは目を見合わせると、状況を把握した。
わざわざ職員で迎えられるということはそういうことだ。
顔をあげた職員が言った内容はその考えを確信へと変えるものだった。
「ステラさんが目を覚まされました。お2人の宿屋に連絡したところ、不在とのことだったので来るまでお待ちしておりました」
「悪かったな。少々用事があったんだ」
「はい。構いません」
「あの、シャルロットは……」
「朝一番に支部長室に入っていきました。未だに出て来てはいません」
「そうですか……」
俺が若干心配げに視線を下げていると、背中に温かい感触が伝わってきた。
隣のアーシャさんが俺の背中に手を回している。
「お前がそんな顔をするな。私たちはやることをやったんだ。あとはシャルロットに任せるしかない」
「……ですね。すみません」
そう言って俺は気持ちを切り替えると、職員に連れられるようにギルド会館の2階へと足を進めた。
**********
職員が支部長室の扉に手をかける。
すると、開ける前にこちらに注意事項というか、一言付け加えてきた。
「お2人は初めて会うかもしれませんが、中にはヘイバーン支部長ともう1人の方がいますので。事前にお伝えしておこうかと」
「誰だ?」
「ステラさんの身内の方です。家を失ったステラさんを迎えに来ています」
職員の言ったことは大して驚くことでもなかった。
家を失い、宝玉も壊れてしまえばあの場所にはもう戻れない。
誰かが引き取りに来るのは当たり前のことだ。
だが、職員のその言葉に俺とアーシャさんの緊張度は増す。
なにを言われるか分からない。もしかしたら、入った途端に睨みつけられ、なにか暴言を言われる可能性はあった。
身内ということは事情は話されているはず。となれば、こっちのことは知っていると思っていい。
悪魔憑き。それが関わったことに対する怒りの感情が芽生えているかも知れなかった。
俺が体を固くし、唾を飲み込んでいると、アーシャさんが小さい声で言ってきた。
「シャルロットの責任は私の責任だ。全て私が受け止めるから、リュウカは何があっても気にするな」
「だけど……」
「お前だって被害者なんだ。気にするな」
「被害者って。私はそう思ったこと、一度もありませんよ」
「……そうだったな。悪かった」
「シャルロットへの怒りだったら2人で受けましょう。それが仲間である私と、身内であるアーシャさんの責任です」
俺のアーシャさんの言葉を真似たセリフに、アーシャさんは苦笑いを浮かべた。
目の前で扉が開かれる。
俺とアーシャさんは肩を並べて中に入っていった。
*********
中に入ると、職員の言った通り、ヘイバーン支部長と1人の、見たこともない女性が座っていた。
思ったよりも若いな。
それが俺の一番の感想だった。
ロングスカートに厚手のシャツ。髪の毛は俺と同じで黒く、おさげにしている。丸眼鏡も相まってどこか田舎を感じさせる女性がそこには座っていた。
優しそうな穏やかな表情で来た俺達を迎えてくれた。
それに少しだけホッとする。
「おお来ましたね。お2人とも」
ヘイバーン支部長にそう言われ、俺たちは椅子に腰かける。
「支部長。シャルロットは?」
「今はこの中じゃよ」
ヘイバーン支部長が自分の後ろにあるドアを指さした。
「ステラさんと会っている」
「そうですか」
「なに、心配することはない。大丈夫じゃよ」
ふぉっふぉっふぉと笑うヘイバーン支部長に対して、こちらはなにも安心できない。
今頃そのドアの先で何が行われているのか、確認したい衝動に駆られるが、ドアの場所的に支部長をスルーしていくのは不可能だ。
それになによりも、ヘイバーン支部長からはそれを許さないといった雰囲気が見てとれる。
「あの、あなたがアーシャさんですか?」
すると、対面に座る女性が、丸眼鏡をあげて俺の方を見る。
「私は違いますよ」
「アーシャは私だが」
代わりに隣のアーシャさんが自分を指さして答える。
女性がそちらに向き直ると、座ったまま深々と頭を下げた。
「そうでしたか。この度はありがとうございます。ステラおばさんを助けていただいたようで」
「いや、気にしないでくれ。人として当たり前のことをしたまでだ」
「いえいえそんなことは。アーシャさんとミルフィさんのおかげでステラおばさんの命を助けられたことは、ヘイバーンさんから聞いています」
そう言って女性が俺にまで微笑むと頭を下げてきた。
どうやら勘違いしているようで、俺をミルフィさんだと女性は思っているようだ。
俺は慌てて否定する。
「ああ違いますよ! 私はミルフィさんじゃないですよ!」
「へ? そうなのですか? あぁ! じゃああなたがリュウカさんですか!?」
「は、はい、そうですけど……知ってたんですね」
「はい! ヘイバーンさんから全て聞いてます。じゃああなたがあの花畑を守ってくれた方ですね」
「一応は……」
「シャルロットさんとはまだ顔を合わせてませんが、一緒に依頼を受けてくださったとか。ありがとうございます。ずっと困ってたんですよね。あの花畑はステラおばさんの宝物でしたから」
「あの……」
「ああ、ごめんなさい。自己紹介がまだでしたね。私、サキと言います。ステラおばさんの、ええっと……はとこにあたる感じですね。なんとか身内って感じですか」
あはははっと軽く笑うサキさんに、俺とアーシャさんは当初予想していたイメージとは違い戸惑う。
怒っている感じはさっぱり見受けられない。
むしろ、その逆でずっと感謝ばかりされている。
アーシャさんがサキさんに聞く。
「すまないが……怒ってないのか?」
「はい? 怒るですか?」
「ああ。全て聞いたってことは、シャルロットのことも……」
「はい。聞きましたよ。悪魔憑きだとか。しかも、アーシャさんの妹さんだと」
サキさんは何のしがらみも感じさせない、軽い口調でそう言った。
本当に知っていた。
となると、やはりこの態度はどこか変だ。
「怒ってもいいんだぞ。悪魔憑きが関わってこんなことになったんだから。ステラさんも命の危険を」
「まさか、私が怒りませんよ。だってステラおばさんは生きてるじゃないですか」
「しかしな……帰る場所も失い、あまつさえ宝玉も壊れた」
「それに、旦那さんの大切な花畑も……」
俺もアーシャさんに続く。
ステラさんにとってはすべてを失ったも同然だ。そんなことがあったというのに、サキさんは俺たちの言葉を聞いてもまったく表情を変えなかった。
「恨みません。誰も、悪くないんですから。それに、私はむしろ感謝してるんです。助けていただいたアーシャさんやミルフィさん、依頼を受けていただいたリュウカさん。そしてシャルロットさんに」
言ってサキさんは立ち上がった。
「ヘイバーンさん、いいですか?」
「ええ構いませんよ。サキさんが言うのなら」
ヘイバーン支部長と短い会話をしたサキさんは、そのまま後ろにあるドアへと向かっていく。
音が鳴らないように静かにドアを開けると、俺たちを手招きした。
それを受け、アーシャさんと俺は音を立てないよう意識しながらサキさんの近くに行く。
そして3人で中の様子を確認した。
「こんな光景見て、誰を責めろっていうんですか?」
そこにはベットに座るステラさんと、シャルロットの姿があった。
シャルロットはフードを取り、そのきれいな白い髪を出している。もちろん、耳だってそのままだ。
その耳が嬉しそうにピョンピョンと動いている。
髪を梳きながらステラさんがなにかを話していた。
シャルロットも静かにその言葉に耳を傾けているようだ。
表情はどちらもとても穏やかなものだった。
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