第97話 ステラさんの微笑み
広がった視界の先。
頭をあげた私の目に一番最初に飛び込んできたのは、ステラさんの驚きの顔。
なんで私が頭を下げたのか分からないように、目をしばたき言葉を失っている。
無理もない。ステラさんには分からないことだらけだ。
フードを取った私の顔を見て驚いた後、頭のある一点で視線が止まった。
私は隠したいという思いを耐え抜き、正面からその視線を受け止める。
「あなた……そう、そういうことだったのね」
しばらくしてからステラさんはなにか得心が言ったようにそう言って、頷いていた。やっぱりステラさんは知っていた。リュウカさんの様に知らないかもしれないと思っていたが、そんなことはない。
ステラさんは確かに私の耳を見て納得したのだ。
「ごめんなさい。私、隠すつもりじゃ……」
「私のせいなんですっていうのはそれが理由ね。シャルロットさん、悪魔憑きだったのね」
何気なく放った一言が私の胸を貫く。
軽蔑されただろうか。がっかりしただろうか。そんな思いが私の中をぐるぐるぐるぐると回っては消えてくれない。
覚悟をもってもやっぱり、がっかりするような声を聞くのは辛い。
しかし、立ち去ることはできなかった。これが私の責任。悪魔憑きとして一生背負わなければいけない運命。
私は自分から口を開いた。
「ステラさん。どうしてステラさんの家が魔物の襲撃にあったかご存知ですか?」
「ええ。ヘイバーンさんから聞きました。退魔の宝玉が割れたと」
「そうです。割れることのない宝玉が割れた。つまりは悪魔的な不運だったんですよ」
私は震える声をなんとか絞り出して、事の真相を伝える。
「これが普通だったら、これまでにない事例だとして終わったのかもしれません。ステラさんの前でこんなこと言うのはどうかと思いますが、ステラさんの家の襲撃は不運な事故で終わっていた」
「だけど、そこに悪魔憑きのシャルロットさんが関わっていたのですね」
「はい。こんな不運なこと私が原因で間違いないんですよ。だから……だから……」
「私のせい、なんですね」
「は、い」
泣いてはいけない。泣いてはいけないと思えば思うほど、涙が私の視界を歪ませる。
ステラさんは辛そうに私を見る。
この目がいつ憎しみに変わるか分からない。
私は見ていられなくなり、頭を深く下げると、涙を流しながら謝り続けた。
「ごめんなさい。ごめんなさいステラさん。全部私のせいなんです。私が関わらなければこんなことにはならなかった。恨んでも仕方ないと思います。なんでも言って下さい。私はステラさんのためにならなんでもします」
「シャルロットさん……」
「死んでくれでも構いません! 2度と顔を見せないでくれと言われればそうします! 私のできる範囲でこの償いはするつもりです!! ステラさんにとって何物にも代えがたい旦那さんとの思い出の場所を、私は壊してしまったんです!! その責任はしっかりと取るつもりです!! 隠していてごめんなさい!! 謝るだけではいけないことは分かっています!! でも、今できるのはここまでしか……」
私はとにかく言葉を繋げ続けた。
頭をあげられない。ステラさんは今どんな顔をしているだろうか。私が悪魔憑きだと知って、それを隠していたと知って失望したかもしれない。
罵詈雑言を捲し立てられるかもしれない。
それを受ける覚悟はできている。できているが、それでも顔をあげるのが怖かった。
ステラさんはなにも言わない。
突然のことを整理しているのかもしれない。部屋の中に嫌な静寂が訪れる。
自分の死を待つような辛さが私を包み込んでいた。意識をしっかりと保っていないと倒れてしまいそうだ。それだけ重い空気が流れている。
永遠のようにも感じられた沈黙が、不意に破られる。
ステラさんが体を動かす音が聞こえて来る。
すると、私の耳にステラさんの声が届いた。
「頭をあげてくださいシャルロットさん」
私は言われるがまま頭をあげた。
視界がゆっくりと床からステラさんに行く。
そこで見たステラさんの表情は―――笑顔だった。
「え……」
「うふふ。なんでもしてくれるって言ったわね」
「はい……」
「じゃあお願い。私の横に座ってもらえないかしら。その顔を近くで見たいわ」
穏やかな声でステラさんはそう言うと、ベットの上で体をずらし空いたスペースを私に勧めてくる。
訳が分からない私は言われるがままにそのスペースに腰を下ろした。
ステラさんの手が私の顔に触れる。
「かわいらしい顔。フードの下にこんな顔が隠れてたなんて思わなかったわ」
そう言いステラさんは私の顔に触れると、次は髪の毛を触った。
手櫛で解くように私の長い髪を見る。
「綺麗な髪ね。真っ白で艶やか。どこにもムラがないわ。地毛かしら?」
「はい……生まれたときから、です」
「そう。とてもきれいよ。見惚れちゃった」
そしてついに、私の頭頂部。頭に生える耳にその手が及ぶ。
「触っても?」
「はい。感覚はないので」
私が言うと、ステラさんが私の耳を物珍しそうに触った。
ずっと笑顔なのが気になった。
「あの……」
「ああごめんなさいね。珍しくてつい」
「それはいいんですけど……」
「かわいいわ。白の髪と同じ真っ白な毛におおわれた耳が、統一感あってまるで小動物みたいね」
「あ、ありがとうございます」
私はなんだがだんだんと恥ずかしくなって顔をステラさんに合わせづらくなった。
「あら、かわいいだなんて言ってはダメだったかしら」
「いえ、その、いいですよ。耳がかわいいだなんて言われたの初めてじゃないので」
「そうなの? 意外ね。誰かしら。そんなこと言ったのは」
「ステラさんのよく知ってる人ですよ。リュウカさんです」
「そう」
「……驚かないんですね?」
「ええ。彼女なら言いそうって思ってしまいました」
ふふふっと笑う上機嫌なステラさんに、私もつられて笑ってしまう。
「リュウカさんも知っていたのね。シャルロットさんが屋内でもフードを被っていた理由」
「あ、あの、それが……リュウカさんを責めないであげてください! リュウカさんは本当に悪魔憑きのことを知らなくて、その」
「誰も責めるなんて言ってませんよ。安心してください」
そうしてステラさんはまたしても私の髪を触ると、どこから取り出したのか手には櫛を持っていた。
それを持ち私に聞いてくる。
「
「は、はい。構いません」
私はステラさんに背を向けると、すぐに櫛の感触が髪から伝わってくる。
優しい心地に昔を思い出す。
「痛くありません?」
「はい。ちょうどいいです」
「そう。よかったわ」
しばらくはそんな時間が続いた。
静かで穏やかな。この部屋に入ってきたときには思ってもみなかったことだ。
落ち着く。
すると、ステラさんが背中越しに優しい声で話しかけてきた。
「辛かったわね。悪魔憑きだなんて」
「そう、ですね。辛かったです。ステラさんにも迷惑かけて。たくさんの人を傷つけてきました」
「私が家族の話をしたとき、家族にとってお荷物だって言ったのって、これが原因なのね」
「はい。家族には特に迷惑をかけました。おかげで大好きだったお姉ちゃんには嫌われちゃって、塞ぎこむ日々でした」
「だからお荷物ね。いる意味ないと思ってしまうものね。死んだ方がマシだって」
「はい……」
まるで分かっているかのような的確なステラさんの言葉に、私は二の句を告げなくなる。
まさにその通りだった。
自分が生きている資格はない。いるだけで辺りに不幸をまき散らす。いない方がいいんじゃないか。何度もそう思った。
家族は私がいる限り幸せにはなれない。
そう思うと生きているのがつらくなった。
なんどもなんども自殺も考えた。でも、できなかった。勇気がなかったんだ。
結局私はお荷物のまま、変わることはできなかった。
ステラさんの髪を梳く手に力がこもるのが伝わってきた。
一瞬のことですぐに優しい手つきに戻ったが、なんとなくそれが私には気にかかった。
横目で後ろを見ると、ステラさんの表情が飛び込んでくる。
その表情はまるで自愛のこもった女神のようでもあった。
「似てるわ。本当に似てる。だからね。こんなにも放っておけないと思ったのは」
ステラさんはそう呟くと、髪を梳きながら優しい声で続けた。
「シャルロットさん」
「はい」
「確かに悪魔憑きのあなたのせいで退魔の宝玉が壊れたのかもしれない。でも、だからってシャルロットさんのせいとは限らないわ。本当に不運な事故ってだけもある」
「分かってます。全ては被害にあわれたステラさんの思い次第ですから」
「そう? じゃあ言わせてもらうわね」
「はい」
そうしてステラさんが一拍間をおく。
そしてゆっくりと口を開いた。
「シャルロットさんのせいじゃないわ。あれは不運な事故。誰も悪くなんてないのよ」
「……ステラさん……はい……!」
私は涙をこらえながらステラさんの優しさになんとか言葉を返した。
髪を梳く感触が気持ちいい。変わらないリズムが私の心を包み込む。
震える私の背中をステラさんは優しく見守ると、言葉を続けた。
「それに、私、シャルロットさんには感謝してるのよ」
「え……? 感謝…ですか?」
「ええそう。実を言うとね、あの家、近いうちに取り壊す予定だったの」
「取り壊す……? あの家をですか」
「そうなのよ。こんな老いぼれ1人で暮らしていけないもの」
「じゃあ、どうして依頼を……」
「壊す前に解決しておきたかったのよ。あの人の、私を救ってくれたあの人の大事なものですもの。きれいに贈ってあげたいじゃない。あの人のいる天国に」
ステラさんは懐かしむように上を見上げる。
「だから責めるなんてとんでもない。ありがとうシャルロットさん。あの花畑を守ってくれて」
「でも、その花畑ももう」
「いいのよ。あなたたちが去ったあと、なぜか不思議と花が咲いてね。きれいな景色を見せてくれたから」
「そうだったんですか……」
「ねぇ、シャルロットさん。少し昔話をしていいかしら。私がまだあの人と出会う前。あなたと同じぐらいの歳の、家族の荷物でしかなく、生きる希望を失っていた時のことを」
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