第96話 取られるフード

「はぁ……」


 ギルド会館まで向かう道のりの中、私は重たい体をさらに重くするようなため息をもらしていた。

 ステラさんが目を覚ました。

 その報告を聞いてから数分。

 私は誰にも目もくれず1人で一目散にギルド会館にむかっている。

 途中でリュウカさんの姿は見当たらなかった。

 リュウカさんが出ていってそんなに時間が経っていない。もし、私よりも先にステラさんの知らせを受けていたのならリュウカさんはすでにギルド会館の中という可能性はある。

 しかし、それはないだろうとは思っていた。

 もしそうならリュウカさんの性格上私をおいていくなんて思えない。

 まぁ、悪魔憑きだと知って見限られたという可能性もあるが、それは昨日の夜に来た手紙を見る限りあり得なかった。リュウカさんは見限らない。見限ってくれない。

 私はポケットの中の紙の感触を確かめる。

 嘘じゃない。ここに書かれているのはまさしくリュウカさんの言葉だ。誰かが私を喜ばせるために仕組んだことだと一瞬でも思ったが、そんなことをして得をする人間が思いつかなくてやめた。

 リュウカさんは見捨ててはいなかった。悪魔憑きだと知ってもなおこうして寄り添ってくれる。

 リュウカさんはいったいどこに行ったのか見当もつかないが、私は考えるだけ無駄だろうと思い、自分の事にだけ目を向けた。


「はぁ……」


 またしても重いため息がこぼれる。


『そんなにため息してたら、幸せが逃げちゃうよ』

 

 これはリュウカさんの言葉だ。

 ステラさんへの態度を後悔していた私に気を使ってかけてくれた言葉。その時の私は悪魔憑きに幸せなんて今更と思って否定した。  

 それが今になって思い起こされる。

 私は下がってしまった顔を無理やり上げると、気持ちを切り替えるように、ため息ではなく深呼吸をした。

 そうだ。ため息ばかりしてたらダメだ。

 ショックで眠っていたステラさんが無事に目を覚ましたんだ。喜ばなきゃいけない。

 笑顔でいよう。笑顔でよかったですねって言って、そして、謝ろう。

 正直に包み隠さず謝るんだ。

 たとえステラさんに嫌われようと、これが私がしないといけない責任なんだから。

 私は気持ちを切り替えると、重たい体を動かしてギルド会館へと続く、少ない階段をのぼる。

 両開きの扉がキーッと独特な音を鳴らす。

 私に周りの喧騒は聞こえてこない。

 行きかう人をよけ、なるべくフードの中を見せないように視線を落としながら、私は迷いない足取りで、受付の前を通り抜け2階へと続く階段に向かっていく。

 1段目に差し掛かったところで声がかけられた。


「シャルロットさんですね」


 ギルド職員のお姉さんの声だ。

 私は顔を見ることなく頷くだけで答えると、先導するように職員の人が前を歩き、先に階段をのぼっていった。

 集まる視線を無視して私もそれに続く。

 支部長室の前の扉に案内されたところで、職員のお姉さんは横にずれた。


「私はここまでです。あとはヘイバーン支部長から聞いてください」

「……分かりました。ありがとうございます」


 私はお礼を言うと支部長室の扉に手をかけ、ゆっくりと開けていく。

 その間ずっと職員のお姉さんが去らずに見守ってくれていたことに気づくことはできなかった。


        **********


「おはようシャルロットちゃん」


 ヘイバーン支部長は私が入ってくるなり、穏やかな表情でむかえてくれた。

 

「おはようございます」


 私はそれに頭を下げて答えると、椅子に座ることなくヘイバーン支部長の前まで来て、聞いた。


「あの、ステラさんは」

「ああ。ステラさんなら奥の部屋にいるよ。魔法での検診も終わって今は静かに過ごされている」


 笑顔のヘイバーン支部長にステラさんの容体が問題ないことが分かって、私は安堵するように息をこぼした。

 でもすぐにそれを飲み込むと、真剣な目でヘイバーン支部長に向き合う。


「私をステラさんに会わせてください」


 真剣な目にヘイバーン支部長は何かを見極めるかのような間をおく。

 すると、その見た目では想像もつかないほどの低い声が飛んできた。


「覚悟は決まったんだね」

「はい。全部話そうと思います。なにも隠さず、全てを」

「いいのかね? もしかしたらステラさんに嫌われてしまうかもしれない。汚い言葉を投げかけられるかもしれない。それでも?」

「それでもです」


 私は確かな意思を持って自分の震える手を抑えるように握りしめた。


「ステラさんは優しく私とリュウカさんを受け入れ、最後には抱きしめてくれました。そんな人に嘘はつきたくありません。たとえ、どんなことを言われようとも全部話すつもりです」


 ヘイバーン支部長から目をそらすことなく私は力強い口調でそう言い切った。

 怖くないかといえば嘘になる。嫌われるの嫌だ。

 だけど、それ以上にステラさんに対して嘘をつくのはもっと嫌だった。

 私には仲間がいる。見捨ててくれない仲間が。

 だから、しっかりと向き合おうと思った。

 そんな私をヘイバーン支部長はじっと見つめると、不意に表情をほころばせた。

 低い声をいつもの声に変え、奥の扉を指さす。


「あの先にステラさんはいらっしゃる。健康そのもので話しても問題ないよ」

「はい」

「念のためシャルロットちゃんが来ることは伝えさせてもらった。ずいぶんと会いたがっていた」

「そうですか」

「中は音を吸収する魔法を張っておいたから、声がもれることはない。なにも気にせず全て話してくるといい。出入り口は私が見ておくから安心してくれたまえ」

「ありがとうございます」


 そう言って私はヘイバーン支部長の横を抜け、奥に併設された扉に手をかけた。

 ゆっくりと押して中に入る。

 部屋の中にはベットが1つだけ。そこにステラさんが変わりない微笑みを浮かべて座っていた。

 こっちを見て入ってきた私を見つめる。


「シャルロットさん?」

「はい。ステラさん」


 ステラさんの呼びかけに答えながら、私は後ろ手で扉を閉めた。

 一気に外の音が消えてなくなる。

 私とステラさん、2人だけの空間が出来上がった。


「ごめんなさいね。心配かけちゃったわね」

「いえそんな。こうして無事だっただけよかったですよ」

「あら。ありがとう」


 微笑むステラさんの顔を見ると、罪悪感で顔が歪みそうになる。

 私はそれをなんとか抑え、ステラさんの前まで行く。


「よかったです。元気そうで」

「ええ。ここの人がよくしてくれてね。見つけてくれた人にもお礼を言っておかなくちゃ。命の恩人だもの」

「そう、ですね」


 それに引き換え私は……。

 言葉がつっかえた私をステラさんが心配してくれる。

 覗き込むようなしぐさをした後に、私の後ろを見ながら言った。


「そういえばリュウカさんは?」

「来ません。今回は私1人です」

「あら? そうなの? てっきり依頼の報酬を受け取りに来るのだとばかりに」

「それはまた今度で。今日はその……」


 また言葉が詰まる。

 せっかく覚悟してきたというのに情けなくも私は土壇場で弱音を吐きたくなった。

 言いたくない。嫌われたくないよ。

 無意識に手がポケットに向かった。

 私はそれをなんとか止める。

 ダメだ。ここで手紙に頼ってはいけない。それじゃあ意味がない。

 リュウカさんの手紙は心の支えになるが、真実を言う時はしっかり自分の意思で言わないと。

 体が震え、唇の血色も悪くなる。


「シャルロットさん?」


 心配そうなステラさんの声が耳に届く。

 ステラさんにまで心配されては元も子もないな。

 私はもう後に引けないことを自分に言い聞かせると意を決して、リーズさんの宿屋からここまで深くかぶっていたフードを手に取ると、それを勢いよく外した。


「ごめんなさい! ステラさん! 全て私のせいなんです!!」


 そのままの勢いで私は頭を下げて謝った。

 ステラさんはそんな私を呆然と見つめていた。

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