第95話 運命のとき

 支部長室での一件から翌日。

 俺はいつもの様に目を覚まし、自分の美少女っぷりを鏡で確認した後、体にリカバリーの魔法をかけて清潔にする。

 女の子はいつでもきれいでいないと。

 そんなよく分からない使命感の下で毎日朝にはリカバリーをしているが、いまいちきれいになった感覚はない。

 やはりお風呂は大事だ。

 また行きたいなぁ。もちろん、誰かと一緒に。

 あとはあの時みたいにお触りし放題の展開になればなおよし!

 朝からテンションをあげた俺はそのまま、ドアを開けて部屋を出る。

 テンションをあげる理由はちゃんとある。こんなシリアスもシリアスの状況では、不謹慎だと分かっていてもこうするしかない。

 一番つらいのはシャルロットであり、アーシャさんだ。

 ミルフィさんの様にとはいかないが、それでも俺は普通でいようと思っている。

 ステラさんが今はショックで眠っているだけで、命に別条はないことは分かっているからできるというところもある。

 これでステラさんの容体が予断を許さない感じだったら、さすがの俺だって塞ぎこむし、こんなバカな妄想はできない。

 これが出来るだけまだ安心ということだ。

 俺は目の前の階段を下りて、1階に行く。

 すぐにリーズさんが1階の受付の後ろから顔を出し、俺を笑顔で出迎えてくれた。

 そんなリーズさんに俺は昨日の夜から決めていた質問をぶつける。


「あの、シャルロットは部屋から出てきましたか?」

「いえ。昨日帰って来てから一度も部屋から出てないですよ」

「本当に?」

「はい」


 迷いなく頷いたことが、リーズさんの言っていることがを真実だと表していた。

 俺もリーズさんもシャルロットの部屋を見つめる。


「……辛いでしょうね」


 リーズさんがミルフィさんと同じ言葉をシャルロットの部屋に投げかける。

 リーズさんは事の詳細を聞いている。ステラさんが目を覚ました時に、一番最初に伝えられるのはリーズさんのため、混乱がないようにと昨日の段階でギルド会館の方から連絡があったのだとか。

 シャルロットが悪魔憑きだとはリーズさんは知っていた。当たり前だが、シャルロットはリーズさんの前でフードを気にしてはいなかった。宿屋の前では隠せない。信頼がおけない人を泊めるわけにはいかないとして、最初にフードの中を見せてもらったと言っていた。

 悪魔憑きだと知り、それでもリーズさんはシャルロットを部屋に入れた。そのことはシャルロットが一番驚いていたらしい。

 シャルロットが朝早く宿屋を出て、帰ってきてもほぼ部屋に引きこもるのは、悪魔憑きの効果をリーズさんの宿屋に及ばせないためでもあったのだろうことは今思えば分かる。

 もちろんリーズさんもそこら辺の気遣いに気づいていた。

 気づきながら放置していたのは、リーズさんのやさしさからだろう。

 リーズさんはこれ以上何もできない。

 俺もまた手紙を差し出したが、それ以上は出来ないでいた。あんなアーシャさんに大口叩いておいてなんだが、これが限界だった。

 今のシャルロットは誰とも会うつもりもないだろう。会いたくないと思っているかも知れない。1人で悩み、1人でステラさんのところに行くつもりだ。

 見守ることのできない俺とリーズさんの間に沈黙が流れた。

 すると、空気を変えるように手をパンッと叩いて、なにか思い出したかのようにリーズさんが口を開く。


「そうだ。忘れてたわ。リュウカさん、あなたに連絡があったのよ」

「私にですか? こんなときに?」

「ええ。しかも前と同じ姉御と姫の宿屋から」

「アーシャさんとミルフィさんですか」

「そうなのよ。なにか急用みたいで、すぐに向かうそうよ。たぶんもう入り口付近にいるんじゃないかしら」


 リーズさんのその言葉に俺は急いで宿屋の出入り口に向かう。

 こんなタイミングで連絡が、しかも俺に来るとはなにかあるのは間違いない。

 俺は扉を勢いよく開けると、ちょうどドアノブに手を伸ばしていたアーシャさんと対面した。

 手をあげて挨拶してくる。


「よ、よう、リュウカ」

「アーシャさん。どうして」

「いやな、ちょっとお前に聞きたいことがあって」

「……ミルフィさんは?」

「あいつは今回はいない。まぁ、気を使ってくれてるんだろ。それよりもな」


 声が小さくなるアーシャさんの言葉を聞くように、俺はリーズさんの宿屋を後にした。


「いってらっしゃい」


 リーズさんの優しい声に送られ、俺は外に出ると、思いもしないアーシャさんの質問に頬を緩めながら頷いた。

 そしてそのままアイリスタの街へと繰り出したのだった。


        **********


「いってらっしゃい」


 リーズさんの声が階下からかすかに聞こえて来る。

 昨日のリュウカさんの手紙で泣きはらした私は、そのまま疲れて眠ってしまったようで、今になってようやく目を開けた。

 まだ朝早い時間だというのに、リュウカさんはどこかへ行ったようだ。

 私は重い体を起こして備え付けの化粧台に腰を下ろした。

 鏡で自分の顔を見る。


「……ブサイク……」


 目は赤く腫れ、肩は落ち、髪はぼさぼさ。

 見るに堪えない自分の姿を前にため息しか出なかった。

 なんて自分は情けないんだろうか。机の上に置いてある櫛で髪を梳き、まだ普通に見られる程度にまでには容姿を整えた。

 相変わらず頭頂部に生えた耳は健在。今は私の気持ちと連動して垂れてしまっているが、それでもしっかりとモノはそこにあった。

 もう諦めてる。なんどもなんども鏡の前に立ってはため息をこぼす毎日だ。

 いつか消えてなくならないかななんて希望は昔に捨てた。それでもやはり、この耳がなくなればと思えて来てしまう。

 しかし、今の状況ではそうなっては困るかもしれない。

 私が悪魔憑きであったことに変わりはないし、もし耳が無くなったとしてこれでステラさんに許されたとしても、私が私を許せない。だから、あっていいのだ。この耳はここに、ステラさんにしっかりと話すまでは無くなってもらっては困る。

 私は立ち上がると、自分の体を手で触るようにしてリカバリーを全身にかけていく。 

 いつものシャルロットが完成だ。

 目の腫れも治癒魔法で治してある。

 これで心まで治せたらいいのになと思うが、無理なものは望んだって仕方がない。

 リュウカさんはどこへ行ったのか。私はギルド会館からの連絡が来るまでこの部屋から一歩も出ないつもりでいた。

 服のポッケに手を入れる。

 紙の感触はしっかりとあった。

 それを手に取りもう一度中身を確認する。

 せっかく治したというのにまた目が腫れてしまう。それぐらいにこの手紙の内容は私の心を揺れ動かす。

 涙が流れ頬を伝う。

 こんなにも誰かを心強いと思ったのは何年ぶりだろうか。

 きっと昔お姉ちゃんに感じていた頃からだ。なんでも出来てしまい、塞ぎこみがちだった私を外に連れ出してくれたお姉ちゃんは私にとって、かけがえのない存在だった。そんなお姉ちゃんとリュウカさんの顔が重なる。

 それ程までに私の中でリュウカさんの存在は大きくなっていた。

 だからこそ頼ってはいけない。あんな顔をさせてしまった責任はしっかりと取ろう。

 決意を新たにし涙を拭いた私は、手紙を丁寧に折って服のポケットにしまう。

 ストレージに入れたらまたなくす可能性がある。 

 だったら、こっちの方が無くさない可能性が高いだろう。

 すると、このとき部屋の扉がノックされた。

 昨日と同じリズムでコンコンコンッ。3回のノックの後、リーズさんの声がした。


「シャルロットさん。起きてる?」


 そう言ったリーズさんの声が昨日と比べて固い。

 それでなんとなく察した。

 私は立ち上がると返事をする。


「はい。起きてます」

「そう。よかった。さっきね、ギルド会館から連絡があって、ステラさん、目を覚ましたって」

「……分かりました」


 私は部屋のクローゼットからフード付きのローブを手に取ると、いつものように服の上から羽織る。

 フードを被り部屋の扉を開けた。


「ありがとうございますリーズさん」

「シャルロットさん……大丈夫?」

「はい。大丈夫です。行ってきます」


 私はリーズさんとちゃんと顔を合わせることなく、その横を通り過ぎて階段を下りていく。

 今見てしまえば甘えてしまう。そんな気がした。


「いってらっしゃい。シャルロットさん」


 リーズさんの優しくも儚い声を背に、私はリーズさんの宿屋を後にし、1人でギルド会館へと向かった。

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