第93話 仲間を大事に
アーシャさんの背中を押して支部長室を出た俺とミルフィさんは、そのまま3人で階段をおりていく。
上がって行った時よりも会館の中に人は少なく、俺たちはそれなりに目立つことはなかった。
比較的静かな会館を通っていく。
「ごめんなさいアーシャさん」
俺は謝った。
小さな声で憔悴しきっているアーシャさんを見て。
するとアーシャさんは力なく笑いつつも、俺の謝罪に首を振る。
「いい。むしろリュウカには感謝しているほうだ。シャルロットと仲良くなってくれてありがとう」
「いいですよ。ケモミミ美少女と仲良くならない理由はありませんから」
「ふん。お前と話していると気が楽になるから不思議だ」
アーシャさんの顔に少しだけ笑顔が戻ってきた。
それを確信しながら俺は話し続ける。
「それにしても似てないですね。アーシャさんとシャルロットって。正直、姉妹だなんて言われなければ気づけませんよ」
「そうね。確かに、アーシャちゃんとシャルロットちゃんは性格からなにまで別よね」
俺の言葉にミルフィさんも乗ってきてくれた。
比較的明るい声を出して、アーシャさんの沈んだ心を持ち上げる。
俺たちにできることはこれだけだ。しかし、これだけだからこそ、これに全身全霊をつくしてやろうと思っている。
「なんだ2人して」
「ううん。別にー」
「まぁ、しいて言うならシャルロットの方がかわいいですよね。アーシャさんは時々怖いんで」
俺が茶化すようにそう言うと、頭にチョップを受けた。
痛い……。
「リュウカ。私だって一応女なんだ。面と向かって妹と比べないでくれ。しかも、私が怖いだと? どういうことだ」
「いや、だからそれが怖いんですって。ていうか痛いんですけど……」
「それぐらい自分で治したらどうだ。治癒魔法で」
ニヤニヤして俺を見るアーシャさんに俺は恨みがましい目線を向けた。
「アーシャさん、私が魔法使えないのを分かって言ってますね」
「さぁ、どうだろうな」
「絶対そうだ! 顔がにやけすぎですよ!」
「悪い悪い。私が治してやるから」
言ってアーシャさんが俺の頭に手を伸ばしてきたので、俺は両手で頭頂部を押さえてアーシャさんと距離を取った。
「いいですよー。意地悪なアーシャさんに治してもらいたくありませんだ」
ベロをべーっと出して俺はアーシャさんに抗議した。
こんな行為美少女にしか許されないだろう。男でやったら発狂もんだ。
でもいいもんねー。今は美少女だし、なんて言われようとかわいいんだからさー。
俺のあっかんべーを見てアーシャさんもミルフィさんも笑い出す。
アーシャさんが笑いながら手招きした。
「いいからこっちに来い。治して」
「だからいいですってば」
「そう言わずにな。悪かったから」
「嫌です」
俺ははっきりと断ると、そのまま2人を待たずにギルド会館を出てそのまますぐの階段を下りる。
2人が慌てて出てきた。
「おい。本当に悪かったって言って」
「そう思ってるんならそれだけで十分です。治癒魔法はシャルロットにでもかけてもらいますんで」
そう言って俺は分かれるようにアーシャさんたちの方に振り返った体を左に向けた。リーズさんの宿屋の方に歩いていく。
「シャルロットってお前」
「姉御ともあろう人が忘れてもらっては困ります。私はまだステラさんから報酬をもらってません。まったく、なんで私たちが会ったのか忘れちゃったんですか?」
「それはそうだが……」
「誰になんと言われようと私とシャルロットはまだパーティーなんです。治してもらうならアーシャさんじゃなくシャルロットに頼みます。それが同じ依頼を受けている仲間として当然のことですから」
言いながら俺は自分がなにを言っているのは分からず、心の中でツッコんだ。
いや、当然ってお前、まだよく分かってねぇだろうが。まったく適当な会話をするのもいい加減にしろよ。
しかし、そんな俺の態度を見たアーシャさんはふっと笑うと、そのまま姉御でもアーシャさんでもなく、シャルロットのお姉さんの顔になって俺に言ってきた。
「リュウカ。どうしようもない妹だが、シャルロットを頼むな」
「はい。もちろん。どっかの酷い誰かさんの様に突き放したりしませんよ」
「お前な……」
「すみません。言葉が過ぎましたね、ごめんなさい」
「気持ちがこもってないぞ」
「あれーそうかなー?」
とぼける俺をアーシャさんがため息をこぼして呆れる。
お互いに笑みを浮かべ合うと、俺はそのまま2人に背を向けて歩き出す。
安心してください。かわいい子を放っておくなんて出来ませんから。
シャルロットが嫌というまで付きまとうつもりですよ。
アーシャさんが出来ない代わりにね。
**********
リュウカちゃんが去っていく背中を見ながら、私は隣のアーシャちゃんと一緒にその背中にたくましさを感じていた。
こんな簡単にアーシャちゃんに笑顔を取り戻させるなんてさすがね。
私の出る幕なんてなかったわ。
本当に中身が男の子。アーシャちゃんを気遣いながらもシャルロットちゃんのところに向かう姿なんてまさに、紳士のようで見惚れちゃったわよ。
そんな私の胸中を知らないアーシャちゃんは、去っていくリュウカちゃんの背中を見て呟いた。
「なんだか不思議だな。今はリュウカがかっこよく見える」
「そうね。まるで男の子みたい」
私はそれとなく言ってみるけど、冗談にとられているのは分かっていた。
アーシャちゃんが笑った。
「なに言っている。リュウカは女だぞ」
「ええ。そうだったわね」
「変な奴だ。ミルフィがそんな冗談言うなんてな」
「あら、ダメ? こんなこと言ったら」
「別にそうは言わない」
アーシャちゃんが首を振ると、真剣な表情でもう遠く離れてしまったリュウカちゃんの背中を見つめる。
「ありがとな。リュウカもそうだが、ミルフィも」
「私は何もしてないわよ」
「いや、助かったよ。ミルフィがいなかったら私はシャルロットを殴ってしまっていた。あいつの気持ちは分かっていたはずなのに」
「いいわよ。アーシャちゃんがシャルロットちゃんのことを嫌ってないのは、なんとなく分かってたから」
「やっぱり、ミルフィには隠せないか」
「どれだけ一緒にいると思ってるの? なめないでよね」
私はふふっと微笑むとアーシャちゃんもそれに返してくれた。
なんだか変な感じ。お互いにもう何度となくこうして隣に立っているけど、今日ほどアーシャちゃんが近くに感じたことはなかった。
これもアーシャちゃんの心の内を知ったからなのか、縮まらなかったはずの距離が縮まった気分。まぁ、アーシャちゃんにとっては知られたくなかっただろうけど、私はそれが不謹慎だけれど嬉しかった。
アーシャちゃんを知れた。
あとはシャルロットちゃんともっとうまく付き合っていければさらに嬉しいんだけど……それを今期待することは無理ね。
私はそう結論を出して、止まっている足を動かして宿屋の方へと歩きだした。
隣のアーシャちゃんはついて来ようとはしない。
別に驚かなかった。
「ミルフィ。私」
「いいわよ。支部長のところに行くのよね」
「……ああ」
見なくても分かる。アーシャちゃんが頷いた。
リュウカちゃんと話しているうちに、アーシャちゃんの纏っている雰囲気に変化が生じたことにはなんとなく気づいていた。
たぶん、シャルロットちゃんのことを悪魔憑きだとは関係なく、仲間として受け入れているリュウカちゃんの態度に感化されたのね。ずっと会館の方に意識が向いていたのを私は隣からひしひしと感じていた。
これからアーシャちゃんは支部長のところに行って、なにかをお願いするつもりなんだ。シャルロットちゃんのためにも、ばれないように裏で何かをするつもり。
だったら私はついていけない。
私はアーシャちゃんの言葉に笑みをこぼすと、そのまま足を動かした。
「私は行かないわよ。これはアーシャちゃんとシャルロットちゃんの問題だもの。1人の方がやりやすいでしょ」
「悪いなミルフィ」
「いいのよ。どうせ1人で待つのは慣れてるから。だけどね、これだけは言わせて。ちゃんと向き合うのよ」
「ああもちろんだ。シャルロットのためにも」
「違うわよ。私が言ってるのはシャルロットちゃんのためじゃないわ」
そうして私は振り返ると、アーシャちゃんの驚き顔を見つめた。
「私がずっと気にしてるはアーシャちゃんなんだから。アーシャちゃんが納得するやり方でシャルロットちゃんと向き合うの。嘘ついちゃだめよ」
「ミルフィ……お前……」
「もう、なんで気づかないのかな。リュウカちゃんの言葉を借りるわけじゃないけど、私とアーシャちゃんは2人で1つ。姉御と姫だもの。自分の仲間を第一に考えるのは当たり前でしょ」
これで終わり。
私はそうしてもう振り向くことなく道を歩いていった。
アーシャちゃんも私になにも言わずにそのまま会館の方へと歩いていったことだろう。
これでいいの。私が出来るのはここまで。
だけど信じてるわ。アーシャちゃんが何を選択しようと最終的には絶対うまくいく。
だってあんなに妹のことで真剣になれるんですもの。大丈夫。
シャルロットのちゃんの方は私が出る幕でもないし、だいたいリュウカちゃんがついてるから心配ないでしょ。
だから私はそっと見守っておくことにする。
この問題で一番蚊帳の外なのはどうやら私のようだから、ね。
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