第168話 プライド
手紙の内容を承諾したところで、いざ出発というように立ち上がった俺達はそのまま順々に家を出ていった。
「馬車は用意してあります」
クオリアさんがそう言うので俺たち3人は仕事に戻るというクオリアさんと別れ、ナイルーンの入り口まで歩いていく。
道中様々な問題が降り注いだが、俺とシャルロットの慣れた対処で、大きな問題へと発展することなく、馬車が借りられる宿舎へと到着した。
アイリスタのときとは違い宿舎の中へは俺1人で向かう。
入ってすぐ王子の手紙を見せると、職員らしき人はすぐに納得したのか、1つの馬車を用意してくれた。
馬車の存在に雫は少しだけ目を輝かせる。
俺もそうだったなぁと懐かしい気持ちになりながら、俺たちは馬車に乗り込みナイルーンを出発し、王子のいるルバゴへと移動を開始した。
外に出れば安全だとは言い難い。
アイリスタからナイルーンに来たときもそうだったが、ルバゴに行くにも簡単な道のりにはならないだろう。
ナイルーンで起こった小さな問題とは違い、魔物が襲って来たり馬車が謎の不具合を起こしたりと今回もやはり様々な障害が発生した。
魔物は俺のエターナルブレードを一閃すれば終わる。
馬車の不具合も運転手の人が優秀ですぐに直してくれた。
問題が問題ではない状況が続き、俺たちの馬車は意外にも快調にルバゴへの道を進んでいく。
シャルロットも安心したのか、穏やかな表情を浮かべている。
だが、そんな矢先、どうしようもないことが起きた。
平坦な道をはしっていた馬車が急に大きな音を立てて横に傾いたのだ。荷台を引く馬の足も止まる。
俺たちは慌てて外に出て、後方を確認したところ、木製の荷台の車輪が片方粉々に砕けていた。
元の形も見る影ない程の粉々具合に、さすがの運転手でもどうすることも出来なさそうだ。
魔法で直そうにも損傷がひどすぎるのか上手くいっていない様子。
次第に運転手は頭をおさえ始めた。
「まずいな……」
これまでたくさんの問題に対しても弱音1つ吐いて来なかった運転手が、ここで初めて苦悶の声をもらす。
俺はそんな運転手の頭に声をかける。
「直せそうにないですか?」
「ああ……素材の木材が完全にいかれてる。これじゃあ魔法でもどうしようもない」
「そうなんですか……」
「しっかしおかしいなぁ。どこにも壊れる要因はないってのに……」
運転手は来た道を目で確かめた。
俺も同じようにその方向を見てみたが、運転手の言うように道はきれいに整備されており、荷台にも使用されているほどの固い木材を壊すような要因はどこにも転がっていない。
「老朽化とか」
雫が冷静にそう呟く。
だが、運転手はそれをあっさり否定した。
「いやそれはない。この馬車は昨日新調したばかりなんだ。ギルド職員に頼まれてな」
「そうですか……」
雫が難しそうに眉根を寄せる。
試しにか雫は自身の刀を壊れた車輪に近づけるも、どうやらエンシェンから良い答えは返って来なかったようで、表情そのままに立ち上がる。
「あとちょっとだっていうのにな」
運転手の言うとおりルバゴまではあと数分で着くところだった。
ここに来てのこのトラブル。しかも辺りに要因の1つもないとなると、原因はおのずと絞られてくる。
すると、真っ白なフードを目深にかぶり、ずっと黙っていたシャルロットが前に出る。その背は少しだけ曲がっていた。
「すみません」
困り果てた運転手に謝る。
「……ん? なぜ君が謝るんだ?」
「いえ、その……」
シャルロットが悪魔憑きだとは運転手には言っていない。
言えばどうなるか分かったものじゃないから、俺が口止めをしておいた。
だがここに来て問題が発生してしまった。気が緩み切った今に来るとは、つくづく嫌になる。これをシャルロットが今までずっと1人で体験してきたとなると、卑屈になってしまっても仕方がない。
怪訝そうな運転手の視線に耐えるようにシャルロットはフードの淵を強く握る。表情を窺い知ることは叶わないが、この胸中は罪悪感でいっぱいだろう。
昨日新調したばかりの馬車がなにもない平坦な道で壊れた。
原因は明白だ。
俺はあえてシャルロットと運転手の間に入ると、その怪訝そうな視線を俺へと向かせた。
なるべくシャルロットの負担を減らすように。
「これからどうしましょう」
ルバゴへは歩いても行けなくはない。馬車で数分の距離ならば歩いても苦にはならない距離だろう。
そういった意味を含めた言葉だったが、運転手は首を横に振った。
「俺としては馬車が壊れたから後は歩いていってくれとは簡単には言えない。一応、プライドがあるんでね」
「分かっていますよ」
「直すにはいったんナイルーンに戻るか、仲間が通るのを待つしかない。だが、どれだけかかるか分かったものじゃない。歩いていけと言えないと言ったが、こんな事にも客の君達を」
「付き合わせるわけにはいかない」
「ああそうだ。これは俺の失態だからな……優柔不断なことは許してくれ」
「そんな。私たちだったら何も……!」
気にする必要はない。そう言いそうになったシャルロットを雫が優しく止める。
シャルロットとしては自分が原因で起こった問題だと思っているのだろう。だから、馬車が直るまで付き合いたいと思っている。シャルロットの気持ちも分かる。俺だって自分のせいだとしたらそう言った。先を急いでいるわけでもないし、馬車が直るまで待っていてもいい。しかし、ここは運転手の言葉に従った方がいいだろう。
なによりもプライドがあるとこの人は言った。
馬車の運転手として目の前の人はプライドを持って仕事に取り組んでいる。
それを無下にしてしまっては失礼だ。
女性には分かりづらいだろうが男にとってプライドはなによりも大事だ。軽んじていいものじゃない。中身が男の俺にはよく分かる。
そしてそんな俺とずっと一緒にいた雫も同様だ。
俺は横目で雫に感謝すると、なるべく穏やかに今後の提案をする。
「馬車が壊れてしまった以上、ここにとどまっておくことはできません。私たちはルバゴに用事がありますから、歩いてでも行きます」
「そうか」
「運転手さんはどうしますか?」
「俺か……俺はここで仲間が来るのを待つ。いつになるか分からないが、そうするほかあるまい」
「ルバゴに行ったりナイルーンに戻ったりはしないんですか?」
「まぁ、そうするのが最短だと分かってはいる。だがな」
そう言って運転手は2頭の馬を見つめた。
「こいつらを放ってはおけん。こいつらも俺の仕事仲間だ」
「分かりました」
俺はそれに納得して立ち上がると、先を見つめた。道がまっすぐに続いている。
「ルバゴへはこの道をまっすぐで?」
「ああ。問題なく着くだろう」
「そうですか」
そうして壊れた馬車に向かってしゃがんでいる運転手に背を向ける。
「ここまでありがとうございました。後は自分達の足で行きます」
「そうか。そっちからそう言ってくれるとこっちとしてもありがたい」
「それじゃあ」
「ああ。悪いな」
「いいですよ」
俺はそのまま道をまっすぐに歩き始めた。
後ろには雫とシャルロットがついてくる。
置いていった運転手をシャルロットはずっと気にしたように見つめていたが、姿が見えなくなると雫と一緒に俺の隣に並んだ。
表情はもちろん優れてはいない。
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