第167話 それぞれの役割

「で、これがどうしたんだよ」


 俺は手紙を読み終えて雫を見る。

 別に大したことも書いていない。

 この第一王子アランとかいうやつから王宮に来てくれと言われているだけ。来るも来ないも自由だとか、いつでも歓迎しようと書いてあるが、こんなものただの社交辞令に他ならない。うだうだと文字を並べてあるが要は単純に『歓迎してやるから来い』っていうことだろう。

 さすがの俺でもそれぐらいわかる。

 バカにしないでほしいと雫に対して視線だけで伝えたが、雫はなぜだか頭を抱えた。


「はぁ……バカだわ」

「おい」

「同感です」

「クオリアさんまでひどい! いったいこの手紙に何が」


 といったところで隣のシャルロットがおもむろにある文を指さした。


「これ……君達って書いてあります」


 それは手紙の最後の方。待ち続けるというくだりから始まる文だ。

 確かにそこだけ、いままでリュウカ殿と言っていたのに、君達と呼称が変わっている。


「ほんとだ。全然気づかなかった」

「はぁ……まったく」


 雫が本日2度目のため息をこぼした。

 俺は少しだけムッとして言い返す。


「だって、ずっとリュウカ殿、リュウカ殿だったんだよ。そんな最後の最後だけ変えられても気にしないってば」

「だからってさすがに流しすぎ。違和感とかないわけ?」

「ない」

「はぁ……だからあんなに鈍いのね」

「鈍いってなにがだよ」

「別に。こっちの話。あーあ、そういえばこういう奴だったなぁ。拓馬の鈍感」

「なっ。なんか分かんないけどムカつく」


 小ばかにしたようにニヤニヤ笑う雫に、俺が人知れず握りこぶしを作っていると隣のシャルロットが「まぁまぁ」と笑顔で俺を止めてくれた。

 見ろ雫。このシャルロットの笑顔。女神だ。俺の怒りもすぐなくなっていくぞ。

 しかし、俺の心の声は虚しく、雫はシャルロットの顔など見ていなかった。


「素直じゃありませんね」


 エンシェンの小さな声が木霊する。

 俺はそんな声など聞こえず、立ち上がりかけた椅子に腰を下ろした。

 すぐさまクオリアさんが場を整える。


「まぁ、王子も王子でリュウカさんをお迎えしたいという意思を前面に出したかったのでしょう。しかしリュウカさんには仲間がいる。それが分かっていたから最後の最後に君達と銘打って、リュウカさんだけではないと思わせたんでしょうね。ここまでの配慮、なかなかありませんよ」

「配慮ねぇ」

「リュウカさんは分からないかもしれませんが、ルバゴの王族はどこの貴族よりも厳格に物事を対処します。やり過ぎといわれるところもあるぐらいです。今回のような場合、普通活躍している本人だけしか歓迎されません」

「そんなとこの王子が君達、か」

「これは推測ですが、王子はある程度リュウカさんの性格を知っているかと思います」

「というと?」

「前に私が話したこと覚えていますか?」

「話っていつの」


 いっぱいありすぎて分からない。

 俺が上を向いて悩んでいると、クオリアさんは答えが出ないと悟ったのか自分から話し始めた。

 一瞬だけだが視線がシャルロットに動く。


「私がシャルロットさんについて助言した時、リュウカさんは怒りましたね」

「ええっと、いつの……」

「私がリュウカさんにギルド会館の仕組みをお話したときです。男として私を送っていこうと言ったとき、私はシャルロットさんを理由に断りました」

「あーあれは怒ったというか」

「怒っていなくとも気分は悪かったですよね」

「だってそれは」


 シャルロットは悪魔憑き。いつ何時、なにがあるか分からない。最悪の場合死ぬと、クオリアさんは言わなかったものの言葉尻にその意味を含めた。

 そしてそれに対して俺は反発した。

 シャルロットは悪魔憑きじゃないと。

 クオリアさんはその時のことを言っているようだ。


「リュウカさん?」


 俺が言葉を失っているとシャルロットが気遣うように俺の顔を覗きこんできた。

 死ぬという言葉をシャルロットの前では使いたくはない。たとえ、シャルロット自身がそれを受け入れていたとしても、俺が言いたくないのだ。

 

「な、なんでもない」


 俺は慌てて濁すとシャルロットからクオリアさんへと無理やり視線を動かした。

 シャルロットはそのまま追及はしてこない。

 優しい微笑みが俺の心をくすぐる。

 お見通しの様だ。

 クオリアさんが続けた。


「それに先ほどのこと。私がシャルロットさんに疑いをかけたとき、あなたは必死に止めようとしました。あれは怒っていましたね」

「まぁ、そうだけど……」

「さらには」

「まだあるんですか!?」

「あります」


 クオリアさんの強い言葉に俺は何も言えなくなった。


「シズクさんが市場で襲われそうになっていたとき。あなたは今まで見たこともない程の怒りで、3人組に向かいましたね」

「…………」


 改めて言われると少しだけ心がよどむ。

 あの時の感情は思い出したくもない。自分があれほどの黒い感情を持っていたとは思ってもみなかった。人を殺したい。ああ思ったのは初めてだ。

 沈む表情の俺。それとは対照的に雫と、シャルロットの表情もどこか優しさを帯びていた。


「リュウカさんはどこまでも思いやりのある人なんです。無意識かもしれませんが、あなたは仲間を見下す人を許さない。いえ、許せないのです」

「それは……」

「ではお聞きします。もし、王子の手紙にリュウカさんだけ歓迎すると、他の者の同行は一切禁ずると書かれていたら、あなたは行きましたか?」


 俺はすぐに首を振る。

 行くわけがない。シャルロットも雫も歓迎していない奴らのところに行くなんて俺は考えられない。

 俺の返答にクオリアさんは満足そうに微笑む。


「そういうことです」

「つまり、王子は私が、リュウカがこういう人物だと分かってこれを書いたと」

「はい。厳格な王宮に所属していながら、わざわざ君達と、シャルロットさんとシズクさんも頭数に入れて歓迎している。王子はよほどリュウカさんに会いたいのでしょうね」

「そっか」

 

 俺は諦め半分で手紙をしまった。

 そして自分のストレージにしまう。


「分かりました。行きますよ。シャルロットと雫と一緒に」

「そう言っていただけるとギルド側としても助かります」

「やっぱり。そういったことだったんですね」

「さすがに王族直々の手紙。ギルド側としても無下にされては困りますからね」


 そうしてクオリアさんは口角を上げた。

 まったくちゃっかりしている人だ。俺のことも考えならが、同時にギルドのことも王族のことも考えていた。


「いいんじゃない。どうせ暇だったし」


 雫も賛同してくる。

 エンシェンも無言だったが雫の意見に賛成の様だ。

 あとはシャルロットだ。あれだけ盛り上がっていたからすぐに頷くと思っていたが、やはりというかなんというか、発せられた声音は不安げだった。


「本当にいいんでしょうか」

「シャルロット……」

「私のこれはどこにいても効果を発揮します。王族の方になにかあれば、私は……」


 相手が相手だけに大変だったでは済まされない可能性はある。下手をすればこの世界にいられなくなるかも。

 でも申し訳ない。俺はシャルロットをここに置いていくつもりは毛頭ない。


「シャルロットが行かないなら私たちは行かない」

「え……でも、それじゃあ」

「クオリアさんに前に言われたんだ。守る順番を間違えるなって。私にとってはシャルロットが一番。シャルロットを1人にすることはできない」

「リュウカさん……」


 シャルロットはクオリアさんも見つめる。


「言ってしまった言葉を訂正はできません。事実である以上私もリュウカさんの選択に異論を唱えるつもりはありませんよ」


 クオリアさんが冷静に答える。

 ギルドのためとは言っていたが、結局は俺の意見に従うつもりのようだ。


「私も同じかな」


 さらにそこに雫まで加わった。


「シズクさんまで……」

「私はまだ、その、悪魔憑き?ってやつのことあんまり詳しくないけど、それが文字通りなら1人にしておけない。それに、リュウカはシャルロットさんと私と一緒に行くって言ったのよ。それを撤回しろなんて無理な話。でしょ?」

「もちろん!」


 俺は胸を張った。

 男たるもの行った言葉に二言はない。

 俺はこの2人と一緒に行くって決めたんだ。


「でも、そんな」


 悩むシャルロットに、雫が優しく語り掛けた。


「シャルロットさん。そんなに深く考えなくてもいいんじゃないかな」

「え……?」

「確かに何が起こるか分からないけど、私とリュウカがいれば大丈夫よ」

「そんな、そんな確証どこに……もしかしたら死ぬかもしれないことが」

「それでも大丈夫。だって、死なないリュウカが一緒なんだから」

「そうそう。私、死なないから。シャルロットも見たでしょ。あの戦い」

「はい……」

「それにもし誰かが死ぬようなことがあっても」


 そういって雫は傍らの刀をつかんだ。


「今はエンシェンがいる。私とエンシェンにかかれば、死者だって蘇らせることが出来る」

「雫の言う通りです。亡くなってすぐでしたら問題なく蘇生出来ます」


 雫に続いてエンシェンもシャルロットを安心させるように声をかけた。

 しかし、そこまでしてもシャルロットの表情は晴れない。

 悪魔憑きはどう効果を発揮するのか分からない以上、シャルロットが用心しすぎるのは仕方のないこと。ステラさんの一件もあってそこの線引きは前よりも厳しくなっている。


「それでも、もし、もし」

「もし? いいよ。気を使わないで」


 言いよどむシャルロットに雫が歩み寄った。

 シャルロットは震えながら答える。


「もし、雫さんが死んでしまうようなことがあれば」


 仲間が死ぬ。そんなこと例え話でも出したくないだろう。それはシャルロットだって同じだ。だが、それでも言わなくてはならない。悪魔憑きがそうさせているのだ。


「死なないよ」

「でも! シズクさんはリュウカさんと違って」

「それでも死なない」

「どうしてそんなこと」

「言い切れるよ。だって、守ってくれるもん」


 雫が俺を見る。

 信頼しきった強い目で。


「雫もシャルロットも死なない。私が守るから」


 だから俺も同じように強い目で、不安げなシャルロットを見つめる。


「それとも、シャルロットは私を信じられない?」


 その問いにシャルロットは首をブンブンと横に振った。


「私とシャルロットさんはリュウカが守る。そしてそれ以外の人は何があっても私とエンシェンが守る。何も心配ないよ」

「シズクさん……」

「私としてもシャルロットさんにはリュウカさんに同行していただきたいですね」


 するとここで意外にもクオリアさんが会話に加わってきた。


「リュウカさんとシズクさんはこの世界では赤子も同然。元々この世界に生まれ、この世界で育ったシャルロットさんの知識が必ず必要になります」

「でもそれならクオリアさんが」

「私が同行するなど不可能です。担当でありはしますがギルド職員であることに変わりはありません。サポートできるのはギルドのことに関してだけ。どれだけ危険にさらされていようとそれがギルドに関わっていない限り、職員が前に出ることは許されていません」

「王族の件も関係ない……?」

「はい。ギルドが承ったのは手紙を渡すことだけです。その後どうするかはリュウカさん達個人の自由。ギルドは関与いたしません」


 きっぱりと言いきるクオリアさんに誰として言い返せる人はいなかった。

 俺がうつむき気味なシャルロットの顔を覗き込む。


「まぁ、そういうことだからさシャルロット。着いてきてくれない? 私たちこの世界のことよく分かんないから。頼むよ」

「そうそう。王族に失礼があったらまずいわよね。特にリュウカはその手の作法ダメダメなんだから」

「ギルド側からもお願いしますシャルロットさん。お2人の面倒、シャルロットさんなら安心して頼めます」


 三者三様に言われ、シャルロットはやっと頷いた。


「分かりました。そこまで言われてはさすがに行きませんとは言えませんね」


 顔をあげたシャルロットの表情はいつもどおりだ。


「少し卑屈になり過ぎていました。ごめんなさい」

「仕方ないよ。そういうものだから」


 俺はそのまま自然とシャルロットの耳を触り、頭をなでた。

 シャルロットは嫌がる素振りを一切見せることなく、ただただ目を閉じ撫でられている感触を確かめる。 

 雫もクオリアさんも優しくそれを見守っていた。


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