第169話 捉え方

 ルバゴへの道すがら、俺たちは平坦な道をゆっくりと3人並んで歩く。

 俺が一番左で順にシャルロット、雫と並んでいる。

 真ん中のシャルロットの表情はフードに隠れて見えないが、肩を落としていることだけで今なにを思っているか容易に想像がつく。

 フード越しのケモミミも垂れ下がり申し訳ないといった雰囲気を醸し出していた。


「シャルロット。気にしないで……って言っても無理だよね」


 俺は回答が分かっている言葉をぶつける。

 昨日新調したばかりの馬車がなんの障害物の無い道で急に壊れた。魔物の襲撃にあってもいないタイミングでなんて理由は1つしかない。

 悪魔的不運を呼び寄せる悪魔憑き。紛れもなくシャルロットが引き起こしたものだった。


「はい……せめて一緒に直るまで待っていたかったんですけど」

「まぁ気持ちは分かるよ。でもあの人にもあの人なりのプライドがあったし。そもそも」

「私がいれば直すこと自体難しくなるかもしれない」


 悪魔憑きがどのタイミングで発動するか、まだ完全には分からない。あるのはシャルロットの気持ちに影響していることぐらい。

 しかしそれでもこれまで発動してもいいと思っていたときに発動しなかったり、今!?と思うタイミングで発動したりと様々だ。

 馬車の件だってそう。ルバゴへあと数分といったタイミングでの故障は、言ってしまえば無事たどり着くという、シャルロットに出た安心感を根元から壊すために発動したと考えられる。しかしだからと言っても他にもいろいろと馬車の壊れるタイミングは存在したはずだ。正直に言えば歩いていける距離での故障にはむしろラッキーな部類に入る。

 ナイルーンにもルバゴにも歩いていけないほどの距離で馬車が故障すればそれこそ最悪だ。戻れない以上直るのを待つしかない。だが、待つにしてもシャルロットがいる以上上手くいくとも思えない。

 壊れるタイミングとしては幸運だ。

 俺たちはルバゴへ歩いていけるし、シャルロットが離れた今運転手の方も問題なくいくことだろう。正常な運気のもと、仲間を待っていられる。

 しかし、馬車を壊してしまった罪悪感で胸をいっぱいにしているシャルロットにこんなことは言えない。

 幸運の女神だと思っている俺でさえ、今のシャルロットの落ち込み用に言葉を選ぶくらいだ。

 すると、そんなシャルロットに意外な人物が声をかける。


「悪魔憑きですか……確かにその耳の部分にはなにやら不穏な空気が感じられますね」


 そう言ったのは雫の刀になっている治癒の女神エンシェンだった。

 声に反応して雫が刀を掲げシャルロットに近づける。


「不穏な空気……?」

「えぇ……ちょっと見させてください」


 エンシェンの言葉で雫が刀の刀身をシャルロットの耳の部分に持っていた。

 少しの沈黙の後、エンシェンはぽろっと呟く。


「やはり、なにやら魔法がかかっていますね」

「え…………」

「見えるの? エンシェン」

「はい。しかし、ここまで小さいと雫達のような人間には認識不可能かと思います」


 言われて俺もシャルロットの耳を見てみるがどこにも変わったところはない。

 シャルロットも同様自分の耳を触りながら浮かない顔をする。


「私も何も感じません。エンシェン様だから見えるんでしょうか」

「そのようですね」


 神話にも登場する女神クラスにしか見えない魔法に、俺たち3人はいまいちどう反応していいのか困っていた。

 まずいどうにかしなきゃ!っと思えばいいのか、逆になんだ魔法かっと納得すればいいのか。その判断がつかない。

 ただ言えるとすればただ1つ。

 俺はエンシェンに問いかけた。


「どうにかすることはできないの? エンシェンって治癒の女神だし」


 不運も治せるんじゃという軽い気持ちで聞いたが、エンシェンから返ってくる回答ははっきりとしていた。


「無理ですね」

「女神なのに?」

「ええ。これが誰かにとって傷となっているのであれば私の出番はありますが、運という不安定な存在に対してはどうにも私は弱いのです」

「そっか……」

「ごめんなさいね」

「いえ、大丈夫です。元々これは私が背負わないといけない運命なんですから」


 諦めるようなシャルロットの言葉に、俺は諦めきれない。

 突破口を見つけるように自分の意見を述べる。


「でもさ、運とはいえ不運だってシャルロットが感じている以上、どうにかできるんじゃない?」

「リュウカさん……」

「リュウカあんた……ふふっ。相変わらずなんだから」


 シャルロットの驚いた顔と、雫のなんでも見通す優しい笑みに少しだけ俺は視線をそらした。

 何の気なしにいったことの裏をこんなすぐに見破られるとさすがに照れるな。

 エンシェンもまた俺の意図を察したのか優しい声で短く笑うと、真剣に答えてくれた。


「確かにシャルロットさんがもたらす現象はシャルロットさんにとっては不運に他なりません。害を与えるものから守るのは治癒の女神としても適任です」

「じゃあ」

「ですが、運というのはやはりどうしても受ける側の主観が影響します」


 エンシェンの言葉に少しばかり重みが宿る。

 なんとなく俺を見ている気がするのは気のせいではないだろう。刀に目はないが確実にエンシェンは俺を捉えている。


「先ほどの馬車の件。シャルロットさんからすれば目的地まであとちょっとのところで壊れてしまい、心苦しいと思っていることでしょう。自分のせいだと自分を責めている」

「はい……」

「ですがリュウカさん。あなたは違いますね」


 エンシェンの質問に俺はぎくりと肩を震わせる。

 さまよわせた視線はシャルロットから雫へと向かい、目が合った雫が笑った。


「運がよかった。リュウカさんはそう思っているのではないですか?」

「本当なんですか……? それ……」


 エンシェンの鋭い目線とシャルロットの驚いた視線を受け、俺はすがるように雫に助けを求めた。

 だが雫はなにを思ったのか顔に微笑みを浮かべたまま何もしゃべらない。

 まるで自分の言葉で言わないと意味がないと言うように。雫は参加する気はない様だ。

 俺は諦めて2人に向き合う。


「まぁ、実際こうして歩いていけるところまで来ての故障なんだから。幸運とまではいかないにしても運がいいでしょ」


 俺の吐いた言葉に一番激しく反応したのはシャルロットだ。

 珍しく外だというのにフードが取れそうなほどに動く。


「運がいいわけないじゃないですか!? だって馬車が壊れたんですよ!! 本当だったら何の苦労もなくいけたはずなのに、私のせいでこうやって歩く羽目に……」

「確かにそうだけどさ。でも、もしナイルーンにもルバゴにも行けない場所で壊れてたらそれこそなにも出来なくなる。大人しく馬車が直るのを待つか、何日もかけて戻るか行くかしかない。数分のところまで来れたのは不幸中の幸いだったよ」

「……分かりません。私には分かりません」


 シャルロットが理解できないように肩を落とす。

 それを雫がそっと抱き寄せる。その様はまるでお姉ちゃんのよう。

 俺はそれを見ながら心の中で仕方ないなとため息をついた。

 シャルロットにとっては自分のせいでこんなことになったという罪悪感が強い。自分さえいなかったら俺たちは苦労することなく今頃ルバゴに着いていた、運転手も困らなかったという気持ちが全面にある以上、この出来事は悪いこととしてとらえている。

 間違ってはないなと思う。

 エンシェンも言っていたが運は主観が影響する。

 シャルロットにとっては馬車が壊れたことは不運だった。歩くのもまたそこから来る苦労なのだろう。

 しかし、俺としては急がずのんびりとこうやって草原を歩くのもまたいいなと思っていたところだ。

 シャルロットを一緒に連れていく。そう決めていた俺はこんなこと不運だとは思はない。むしろラッキー。

 悪魔憑きがいながらも誰も死なず、歩いていける距離まで来れた。まぁ、馬車が壊れたのは申し訳ないが、あの運転手は優秀だ。こんなトラブルいちいち気にしていないだろうし、儲けはなかったがそれも運転手のプライドで自分からそうしたんだ。後悔はないはず。

 誰も、誰一人として最悪な事態に陥っていない。

 これも運がいいといってなにが悪いというのか。

 俺は1人エンシェンに視線を送った。


「そういうことです。運は人によって捉え方が違います。同じ事柄でもシャルロットさんのように不幸だと思う反面、リュウカさんように幸運だと思う人もいる。受け手によって左右される不安定な存在に対して私の力は及びません」

「なるほどね」


 納得したところでふとした疑問を口にする。


「エンシェンはどう? 今は不幸に思う?」

「まさか。幸運でございます」

「さすがは女神さま」

「元来私は戦闘を好みません。こう言ったのんびりした方が好きなのです。それに」


 そうしてエンシェンの意識がシャルロットに寄り添っている雫に向かう。


「仕えている主人が不幸だとは微塵も思っていない以上、私がなにを思っても意味はありません」


 優しくシャルロットを抱く雫に不満の表情は見えない。

 小さい頃から一緒の場所で育ってきた俺と雫は感性も似ている。俺が不幸だと思っていない以上、彼女もまたこの出来事を不幸だとは捉えていない。

 エンシェンに言われる前から分かっていたことだ。

 不満があればあいつの表情は変わる。笑顔を望む俺がシャルロット意外に反応しなかった時点で答えは出ていたんだ。

 俺はふっと息を吐くとシャルロットを雫に任せて歩を進める。

 エンシェンも雫の腰に戻ると、2人で落ち込むシャルロットに寄り添った。

 無言の中でも心地のいい空気が漂う中、草や木しかなかった草原に急に建物が見えてきた。

 ルバゴについたのかと思ったが、建物は一軒しかない。

 どこかで見たようなきれいな花畑を咲かせ、道行く人の視線を集める。

 自然と俺たちの足も止まった。

 花畑を見つめるシャルロットの表情は少しだけ華やいでいるように見えた。

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