第170話 真っ赤な2人

「きれいな花畑……」


 突然現れた色とりどりの花たちを見て、一番最初に口を開いたのはこの世界に来たばかりの雫だった。

 まるで花畑に吸い寄せられるミツバチのごとく歩いていき、家と花畑を囲むようにつけられた柵の前で足を止めた。

 近くで見るとさらに圧巻の光景に俺もシャルロットも言葉を失って見惚れてしまう。そんな中、ずっと表情を落としていたシャルロットが懐かしむように呟いた。


「こうやって見てるとステラさんを思い出します」


 白いローブを触りながら感慨にふけるシャルロットに対して、俺も同じように頷いた。

 ストレージを取り出すと、もらった手編みマフラーを手に取る。


「元気にしてるといいね」

「きっと大丈夫です。ステラさんにはサキさんのように、大切に想ってくれる家族がいますから」


 そういうシャルロットの表情は純粋なものだった。

 疑うことをしていない顔に、ついついシャルロットも同じだねと言いかけたが、寸でのところで押さえる。

 これはアーシャさんから言わないと意味がないことだ。

 シャルロットを任せてほしいといったがここまで出しゃばってはいけない。なによりも、妹想いのアーシャさんが言うから意味がある。

 そこを履き違えることはしてはいけないだろう。


「どうしたの2人とも。ローブにマフラーなんてもって」


 すると、今までずっと花畑に見惚れていた雫が俺たちの方を向いて不思議そうに首をかしげて聞いてくる。

 

「ていうかマフラーなんてあるんだ、この世界。だいたい魔法でどうにかしそうなのに」

「まぁ、実際温度調節は魔法で出来るらしいから、いらないっちゃいらないんだけど……ついつい」

「あんた、マフラー好きだもんね」

「そうそう……って知ってたのか雫!?」

「当たり前でしょ。あんなに力説されちゃあいやでも覚えてるわよ」


 記憶のないことに、俺は自分の脳内を探りながら思い出そうとする。

 ある程度幼馴染の雫にはオープンにしているつもりだが、マフラー好きも公言していたとは。

 残念ながらどれだけ探しても該当する記憶を探し当てることはできなかった。

 まぁ、別に今更だなと思い諦める。

 雫が興味本位でマフラーに触る。


「へぇ、なんか懐かしい」

「だろ。聞いて驚け、これ手編みだぞ」

「うそ!?」

「嘘じゃない。なぁ、シャルロット」

「はい。ステラさんという方が依頼の報酬で作ってくれたんですよ」

「そうなんだ……」


 すると突然雫の目元が下がるのが見えた。

 ついつい反応してしまう。


「なんか寂し気?」

「え?」

「雫、今目元下げたでしょ」

「あ、あはははは……やっぱりばれたか」

「幼馴染をなめないでほしい」

「いやなんていうのかな。一応リュウカには慣れたつもりなんだけど、ついねぇ。拓馬って感覚がなくなるのよね」


 そうやってごまかす雫を俺は残念ながら逃がすつもりはない。

 すぐに話題を戻す。


「なんかあったの?」

「うん、まぁ、なんていうか。ちょっとだけ思っちゃったんだ。あぁ、私の知らない世界を見てたんだなって」

「シズクさん……」

「あぁ! ううん! 別にそれが何ってわけじゃないんだけどね。なんか、今まで近くにい過ぎた分少しだけ寂しいかなって」


 あはははっと渇いた笑いを浮かべる雫に、シャルロットは心配そうな表情を向ける。

 いろいろとあって感覚がマヒしていたが、雫も雫でいろいろな思いを抱えて俺を追ってきた。自分の意思で元の世界を捨てたその選択は、そう簡単にできることじゃない。家族や友人と二度と会えなくなるんだ。その先に待っていたであろう楽しい思い出も、親友との時間も、それら全てを捨ててまで着いてきてくれた雫に、不安がないわけがない。

 俺はなんだかんだで流れるように異世界に転生して、自分の意思なんてまったくなかった。だからか、どこかでもうどうしようもないという投げやりな部分もあったのは確かだ。それがいい意味で俺に心の余裕を与えてくれたが、今の雫にとってこの世界は得体のしれないものばかりで、頼れるといっても俺以外にいない。しかも雫の性格からしてそれを態度で示すなんてことはないだろう。

 ずっと1人抱えて過ごしていたんだ。

 落ち着いた今、自分の知らない思い出の品をみて如実にその気持ちが表れてしまったところだろう。

 俺はそんな雫の寂しそうな顔を見て嘆息する。

 そして、そっと優しく抱きしめた。


「あ……」


 雫のか細い声がもれた。


「まったく。バカだな」

「なにそれ。あんたにだけは言われたくない」

「……思い出なんてこれから作っていけばいいだろ。離れたといってももうこうして一緒にいられるんだからさ」

「うん……そうだよね」


 胸の中で雫が頷いたのが分かる。

 俺はそっと雫を離すとその顔を見て笑った。


「ぷっ……なんだその顔。真っ赤だぞ」

「なっ。あんたもでしょ!?」

「う、うそだぁ」

「ほんとよ! ねぇ、シャルロットさん!」

「はい。お2人とも耳まで真っ赤ですよ。かわいい」


 シャルロットの無邪気な笑顔に俺と雫はさらに顔を赤くした。

 あぁ……くそ恥ずかしい。シャルロットにかわいいと言われたのもそうだが、なにより自分のきざな行動が一番の要因だ。なんで抱きしめたんだよ。

 いやね、確かに雫には笑顔でいてほしいと願ったよ。だから寂しそうな雫を放っておけなかったっていうのがあるんだけど、なんでこうぎゅってしちゃったかなぁ。

 なんか俺の感覚おかしくなってる。こう、今まであった女性に対する遠慮というものが、同性になったことでなくなってしまった……みたいな。事実、雫とはキスまでしちゃったし、もうなんか雫に対してならなんでもしていいと思ってしまっているのかもしれない。

 とにかく俺は自分の行動を顧みて、あまりのことに雫の顔を見られなくなった。

 だからといってシャルロットを見たとしてもまたかわいいと言われてしまう。

 刀であるエンシェンは論外として…………。

 俺が視線をさまよわせていると、花畑のちょうど真ん中にある花が目についた。

 それは色とりどりの花の中で唯一その場にしかないもの。

 真っ白な花びらを咲かせ、香りは人や魔物とわず誰をも魅了する。俺がこの世界に来て初めてこなした依頼。思い出深い白薔薇が、その家の花畑の真ん中に、まるで象徴とでも言いたげに5輪、草原に吹く風になびいていた

 アイリスタ近郊にしか咲いていないはずの白薔薇がなぜこんなところにあるのか。

 そもそも、街の中にないこの家にあって大丈夫なのか。咄嗟に辺りを見渡したが、魔物の気配はなにもない。

 街の外に家を設けるのには概ね魔物避けが必要だ。ステラさんのように退魔の宝玉を持っているのかもしれない。だったらこの家の人は物凄く身分の高い人か、もしくは大金持ちに違いない。

 少なくともこの家の住人は普通じゃないのだろう。

 一瞬のうちにそこまで考えた俺はストレージを取り出そうとした手を戻すと、一度息を吐き気分の落ち着かせる。

 考え過ぎだな…………まぁでも、おかげで恥ずかしい気分も薄れた。

 今だったら変に意識せずにいつも通りに2人の顔を見ることが出来そうだ。

 俺はそのまま普段の表情で雫とシャルロットの2人に視線を戻そうとした、その時、この場にいる誰もが思いもしない声が草原に響き渡った。

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