第171話 シャルロットと小さな竜

「きゅるる~~~~!!」


 突然響いた声に誰もが家の方へと顔を向ける。

 間延びした声に敵意なんてものは感じられない。しかし、今まで静かだったこともあり、余計にその声にびっくりしてしまった。

 シャルロットの耳なんて声を聞いた途端ピンっと立ち、辺りを警戒するようにくるくる動いている。

 そんな声の主はそのまま俺たちの方に来ると、その小さな体を空中でぐるぐるとまわし、まるでじゃれつくかのように甲高い声で鳴いた。

 特にシャルロットを気に入ったのか、シャルロットの周りだけ何度も何度も回っている。


「わ、わ、な、なんですか? この子はいったい」


 突然のことに戸惑いを隠せないシャルロットに対して、答えたのは刀のエンシェンだった。

 どことなく珍しそうな声音でシャルロットの周りを飛び回る生物を見つめる。


「あら。これは火竜かりゅうですね……ずいぶんと人懐っこい」

「火竜?」


 聞きなれない言葉に主の雫が聞く。


「なにそれ」

「この世界にいる人間や魔族とは少し異なった生命体のことです。見ての通り空を自由自在に飛び回ることのできる……雫たちの世界で例えると……少し待ってください。今雫の記憶に干渉して……」

「え、ちょ、エンシェン!? そんな簡単に私の記憶を」

「まぁまぁ。良いじゃないですかこれぐらい」

「よくないわよ!? ねぇ、エンシェン!? 聞いてる!?」

「はい。よく聞こえていますよ雫」

「だったらやめて? ね? プライバシーっていうのが私にも」

「いまさら何を言っているの? 私たちは契約をした仲。プライバシーも何もないのに。気にし過ぎよ」

「気にするわよ!!」

「まぁまぁ、落ち着いて……娘のようなあなたの記憶を探っても別に私は気にしませんから」

「私は気にするし、娘でもないんですけど!?」

「では今からそうしましょう。私は雫のお母さんです。お母さんとお呼びください。ママでもいいわよ」

「なんでそんな」

「実は一度呼ばれて見たかったんですよね。女神女神って敬われてばかりで、身内というものを感じたことはありませんし」

「それは、そうかもしれないけど」

「それに、少なからず雫のことも心配なのですよ。まだ若いのに家族もいないこんな世界に来てしまって。不安だったらいつでも私を頼ってほしいの。私はあなたの力になるためにいるんだから。親でもなんでも、私は雫のなってほしいものになるわ」

「エンシェン……」

「だから、ね」

「もうそんなこと言われたら拒否しづらくなるでしょ」


 はぁっとため息をはき、諦めたように体の力を抜いた雫。

 しばらくエンシェンの返りを待つ。

 その間俺は雫を見つめた。

 すると、なぜか雫が俺を睨む。


「なによ?」

「いや、雫も案外ちょろいんだなと思って」

「うっさいわね。あんなこと言われたらどうしようもないでしょ」

「まぁ」


 分からなくはない。

 そう思っていると、雫の腰の刀が光った。

 どうやら記憶の干渉が終わったようだ。

 

「ちょうどいい単語がありました。というか、この世界と全く同じのようですね」

「ってことはその単語って」

「はい、ドラゴンです」

「妥当だな」


 俺はエンシェンの言葉を聞きシャルロットの周りを飛び回る火竜を見た。

 大きさは掌に乗るほどの小ささ。しかし、そのかわいらしい大きさとは対照的に体を覆っている鱗のようなものは尖っており、触るものすべてを傷つけるかのよう。

 顔もトカゲのような出で立ちで、なによりも背中に生えた2つの翼が特徴的だ。

 まさしくドラゴン。竜とも言っているし納得の姿だ。


「ドラゴンね……」

「かっこいい」

「言うと思った」

「雫だってそう思うだろ!?」

「私はどっちかっていうとかわいいかな」


 俺と雫が呑気にそれぞれ適当なことを言っている間にも、火竜はシャルロットと遊ぶようにじゃれついている。

 そんな中、唯一この世界の住人シャルロットだけが、じゃれつく火竜の相手をしながら冷静にエンシェンの言葉に返した。


「で、でも、火竜って火山地帯にしかいないんじゃ……それにこんな小さくないって聞きましたけど」

「はい。大きさからして子供……幼生のようですね」

「じゃあもしかして近くに親が……?」


 すぐに警戒の色を浮かべたシャルロットの顔を火竜の幼生がぺろっと舐める。


「ひゃ」

「きゅるる」

「な、なに?」

「きゅるるるる!」

「へ? なに言ってるの……ちょ、ちょっと、やめ、くすぐったいってば」


 しかし、火竜の幼生はシャルロットを気に入ったようにぺろぺろぺろぺろと、まるで過度な愛情表現のように舐めた後、ついにはちょこんとフードの上、悪魔憑きと呼ばれる耳の間におさまるように座ってしまった。

 シャルロットも困ったように上を見上げる。


「そんな……」

「ずいぶんとシャルロットを気に入ったみたいだね」

「そうね」

「どうしましょうか」

「まぁ、危害がないようだし別にいいんじゃ」

「私もそう思うな。それに、なんだかよりかわいいじゃない」


 雫の呑気な発言に俺も激しく同意した。

 ケモミミ美少女の頭の上で休む小さな生き物。うん。絵になります。


「敵意はないようですし安心してください」

「そうかもしれませんけど……私、どうしていいか」

「いいじゃんいいじゃん。そのままにしてあげなよ。ほら、なんだか火竜も気持ちよさそう」

「気持ちよさそうって、私には何も見えないんですよ~。楽しんでないで助けてくださいリュウカさん」

「嫌だよ~」

「えぇ……そんなぁ」


 項垂れるシャルロットには悪いが、これはマジでいいぞ。俺の心がどんどん癒されていく。

 背丈が小さくその耳と相まってどこか小動物感のあるシャルロットと、頭の上でちょこんと座る小さな火竜の幼生の姿はまるで、じゃれついている犬猫の赤ちゃんを見ているのとどこか似ている。ずっと見ていられるその姿に、俺も雫もまたどうにかしようとは思ってもいなかった。

 のんきに猫動画を見ているよろしく癒されていく。

 しかし、そんな中でも火竜のことをよく知るエンシェンだけは少し違ったところをみていた。


「ですが不思議なこともありますね。火竜が人にここまでくっつくとは」

「どういうことエンシェン?」


 エンシェンの呟きに対し、一番近くの雫が聞く。

 もうほとんどエンシェンの言葉に一番に反応するのは雫のような感覚だ。

 まぁ、実物を腰につけているんだから当たり前なんだが。

 誰よりも先にエンシェンの言葉に気が付いた雫は、シャルロットの向けていた視線を己の刀に向ける。

 雫の質問にエンシェンは口調を変えた。

 本当に娘に説明するお母さんのような優し気な話し方になる。


「普通火竜というのは警戒心が強く、他の種族とはどれだけ認め合っていてもここまで近づくことはしないのよ。この世界のどの種族よりも縄張り意識が強く、自分達に誇りをもっているって感じかしら。少なくともあんな風に人の頭の上に乗るなんてことにはならないわ」

「でもあの子はべったりよ。今だってほら」


 雫の指の先で火竜の幼生は、シャルロットの頭で一度あくびをすると、気持ちよさそうに寝息を立てていた。

 どうすることも出来ないシャルロットは、困ったままその場で立ち尽くしてしまっている。動こうにも頭の上の火竜が起きてしまうかもしれないと気にしているようだ。

 そんな光景を見ながら雫とエンシェンの会話が続く。


「そうなのよねぇ。まだ幼いからというのもあるけど、それだけでは説明できないこの感じ……まるで人に育てられたよう―――」

「すみませーん!!!」


 エンシェンが思案気な声を上げたとき、それをかき消すように慌てたような声が響いた。

 女性のようなその声は家の方から聞こえて来る。

 またしても誰かの登場に全員の視線がそちらに向く。


「あれは……」


 エンシェンの意味深な呟きに対し、俺はというとその女性のある部分に釘付けになっていた。

 少しカールがかった長い茶髪を後ろで網のようにし1つにまとめ、服の上からは料理中だったのかエプロンらしきものがつけられている。ふわふわっとした印象の彼女は、体も柔らかそうだ。

 太っているというわけではなく体自体は細身。しかし、出ているところは出ている。

 そうつまり、走ってくる彼女の大きな2つの膨らみ。走る度にそれが上下に揺れ、男の本能を刺激する。


「なんてすばらしい巨にゅ―――ぐふっ!」


 言う前に雫の肘が思いっきり俺の横腹に突き刺さった。


「あぁごめん。つい」

「おまえ……わざとだろ」

「なんのことかしら」

「結構痛いんだぞ」

「いいじゃない。死なないんだから」


 嫌な笑いを浮かべた雫に何も言えなくなった俺は横腹を押さえながら女性の到着を待った。

 くそ……仕方ないだろ。男なんだからさ。

 心の中で悪態をつき、口をとがらせる。

 女性はそのまま柵の入り口を開け、こちらに近づいてくると、シャルロットの方を見て、そしてフードの上で眠っている火竜を発見すると、ホッと胸をなで下ろした。

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