第29話 ここに決めた!

 俺は一度宿屋からギルド会館の前まで戻っていた。

 なんだかどっと疲れたな……。

 まだまだ高校生だった俺は体験もしたことがないが、きっとお酒の席というのはああいったのをいうのだろう。

 ほんと疲れた。もう勘弁してほしいぐらいだ。

 しかし、うなだれている時間はない。

 すでにアイリスタの街は薄暗くなっていて、そろそろ真っ暗になってしまいそうである。

 ギルド会館の中には未だに出入りしている人がいる。

 おかげで静かすぎるということはないが、1人であることに変わりはないのだ。

 もしかしたらアーシャさんとミルフィさんが戻ってきているかも知れないと思ったが、残念ながら2人の姿は見えない。

 まぁ、暗くなってもギルド会館が開いている状況で、また戻ってくるわけにもいかないのだろう。有名人ならではの悩みだ。仕方ない。

 俺は今度は反対方向、ギルド会館から見て右側の道をまっすぐに突き進むことにした。

 できれば、大人しい、静かな宿屋がいい。

 両方とも宿屋があんな感じだとしたら、やってられない。もう今日だけどっちかに妥協して、明日から新しい宿屋を探す旅を始めることになるぞ。

 まだまだ武器も持ってないというのに、宿屋探しから先になるなんてまっぴらごめんだ。

 俺は自分の中に湧き上がる不安を無理矢理抑え込み、ただひたすらに宿屋の看板が見えてくるまで歩いていた。


        **********


 はたして、期待の宿屋はどうだろか。

 歩いて着いたその宿屋は前の宿屋に比べて落ち着いた雰囲気を放っていた。

 うん。静かだ。

 なんて言ったって、中から声が一切聞こえてこないのだから。完璧だろう。


「本当に、やってるよね?」


 前の宿屋の店主曰く、宿屋は飲食店も兼任しているという。

 まぁ、建物の中から明かりがもれているから問題ないんだろうが、それにしては中から音が聞こえてこなさすぎじゃね? 静かなのはいいけど少しだけ不安になってくる。

 それに建物の雰囲気も前の宿屋とは違っているし。

 なんていったって、レンガ造りじゃない。

 俺の目の前の宿屋は、古き良き木造建築だった。

 なんで木造?っと思わなくもないが、元が日本人だからだろうか。何だか懐かしく感じる。

 俺は見慣れた木の扉を開ける。


 キィ……―――


 年季の入った音を鳴らし、俺は宿屋の中へと入る。

 思った通り、人がほとんどいない。

 飲食店をしているのはこちらも同じようで、宿屋の受付、ホテルで言うところのフロントの場所にまっすぐに行くまでの間、長机と椅子が統一に並べられていた。

 そこに1人だけ食事中の人がいた。

 机の、それも一番端に席をとって、静かに食事を堪能している。

 室内だというのにフードを被っており顔は分からない。

 邪魔しては悪いとして俺はあまり見ることもなく受付まで歩いて行く。

 誰もいないところを見て俺は、食事中の人を驚かせないぐらいの控えめな声で呼びかけた。


「すいませーん」

「…………」

「あのー……」

「……ああはいはい。すみませんね。お待たせしました」


 俺の声を聞き、奥から女性が出てきた。

 こちらもやはりエプロンを着ており、手にはお玉のようなものが握られている。

 料理中だったのだろうか?


「ようこそ、宿屋リーズへ。お宿泊ですか?」


 そう言って顔を俺に向けてきた女性を一目見ると、俺はあまりのことにどう言っていいか分からず動きを止める。

 ……かわいい。普通にかわいいんですけどこの人。

 髪は長すぎず肩のところで切りそろえられており、茶髪のくせっけが印象的な女性だ。ちょうどミルフィさんに似た雰囲気がある。しかし、ミルフィさんに比べるとこちらの女性の方が落ち着いた印象があるというか、さらに大人っぽい感じだ。

 お母さんと言ったほうがしっくりくるような雰囲気を纏っている。

 その女性は俺の顔を覗き込むように見つめると、首をかしげた。


「お宿泊でいいのですよね?」

「……ええはい。そうです。そうなんですよ」


 ほうけていた俺は咄嗟に女性の質問に答えた。

 危ない。普通に見惚れてしまっていた。

 いかんいかん。


「あらまぁ、珍しいこともあるものね。こんなにもかわいらしい子がうちに来るなんて」

「そうなんですか?」

「ええ。この宿屋は場所も場所だし、人も寄り付かなくて。それに私一人でやってるから、なにかと大変で。すぐに他の宿屋に移っちゃうから」

「それはそれは。お疲れ様です」

「ああごめんね。そういったわけじゃないんだけど……ありがと」


 女性は素直に微笑んだ。

 かわいらしい笑顔にまたもや見惚れてしまいそうになってしまった。

 俺、ここに決めた!

 迷いなんてなかった。


「私の名前はリーズ。よろしくね」

「よろしくお願いします。リュウカって言います。リーズって、お店の名前と同じなんですね」

「安直でしょ。名前つけるの苦手でね」

「いえいえ、分かりやすくておれ……私は好きですよ」

「ありがと。いい子ねぇ」


 リーズさんは俺の頭を撫でてきた。

 ほんとにお母さんみたいだ。

 癒される。


「それでご宿泊でいいですか?」

「はい」

「分かりました。……でも本当にうちでいいの?」

「といいますと?」

「ほら、うちは見ての通り木造でしょ。レンガ造りの店よりも古いし私しかいないから、自分で言うのもおかしいけど、何かと遅くなっちゃうの。それでもいい?」

「はい。構いませんよ。どっちかっていうと木造の方が落ち着きますし、うるさいよりはマシです」

「そうなの? そう言ってもらえると嬉しいわ」


 リーズさんが手を身体の前でポンッと叩く。


「じゃあお部屋のお値段だけど……」


 リーズさんがそう言ったときに俺は思い出したようにポケットからストレージを取り出した。


「あら? どうかされました?」

「いえその、忘れていたものがありまして。宿屋についたら見せろと言われたものでして」

「?」


 首をかしげるリーズさんの前に、俺はストレージからあの紙を引き出した。

 それをそっとリーズさんに手渡す。


「あらあら、なにこれ。こんな紙初めて……え?」


 リーズさんの動きが止まる。

 紙に表示された文字を何度も読み、そして幾度となく俺の顔を確かめるように見つめてくる。

 まぁ、驚きますよね。分かります。


「えっと、え? ごめんね。なにがなんだか」

「混乱するのは分かります。ですが、まぁ、そういったことで」

「……転生者?」

「はい……でしてそのー」


 俺は居心地悪い思いでリーズさんを見つめる。

 すると、状況を判断出来始めたのか、見る見るうちにリーズさんの顔が華やいでいく。

 

「あらあら! まぁ! そういうことならうちも大歓迎よ! 遠慮なく使って下さいな!」

「いいんですか?」

「良いも何も。こっちからお願いしたいわ。まさか、こんなかわいい子が」

「あはははは……」

「ごめんなさいね、でも、どうしましょうか。えっと、えっと、まずは部屋を綺麗に。それからそれから」

「ああいいんですって! 気にしないでください」

「だけど、リュウカさんみたいな方を泊めるのにこんな寂れていては」

「私は好きなんで。こういった落ち着いた雰囲気。それに」


 俺はぐいっとリーズさんの顔に自分の顔を近づける。

 恥ずかしいが、今はそんなこと言っているときじゃない。


「……これは秘密にしてください。なにかとめんどうになるかもしれないので」


 俺は机の端で食事をしている人に意識を向けながら、リーズさんに囁く。

 ここまで騒がれては何者かと疑われかねない。

 まずは落ち着いてもらわないと。


「え、ええ。分かった。いえ、分かりましたわ」

 

 リーズさんは俺の言葉に頷き、とりあえず今は落ち着いてくれた。

 俺はそれにほっと胸をなで下ろす。

 食事中の人はこちらのことを気にした様子がなく、ただ無心に黙々と食事をしていたことが、なによりも救いだった。

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