第181話 一番最初の依頼
思いもよらない単語に俺は咄嗟に後ろにある花畑を見つめた。
色とりどりの花々の中で、この花畑の顔とも言えるであろう真ん中に五輪の白い薔薇の姿がある。どの色にも引けを取らず見るもの全てを魅了するその姿は、まるで流麗なお嬢様の様に美しく、同時に触れてはならないどこか神秘的なたたずまいをしている。
もっともこの意味はまさしくあっていて、白薔薇はその香りで人だけではなく魔物も呼び寄せてしまう。摘めば最後、ストレージに完全に収納しないと大量の魔物に襲われる。まさに大切なお嬢様を守るSPのようなものに追いかけ回されているといった感じだ。
シャルロットと初めて会った時も白薔薇を持っていたような気がする。
そう言えばなんであの時シャルロットが白薔薇を持っていたのか聞いてないような……まぁ、もう終わったことだ。どうでもいいか。
それになにより、白薔薇の被害者はシャルロットだけじゃない。かくいう俺もその被害者の1人だったりする。
俺が初めてこの世界に来たとき、とりあえず試しにとして手ぶらのまま隅っこに置かれている1つの依頼を手に取った。
内容はアイリスタ近郊の草原にのみ生息している白薔薇の採取。まぁ、これぐらい楽勝だろうと思って呑気に街の外に出たのが運の尽き。まさか白薔薇にあんな効果があるなんて知らず、ウルフの群れに襲われた。
散々痛めつけられた後、まるで主人公のように現れたアーシャさんとミルフィさんに助けらえ、無事依頼を達成できたという感じだ。
その時の報酬が今のメイン武器、人の背丈以上もある大剣『エターナルブレード』だったわけである。
それがマキさんの口から出てきたということは、あの依頼主はマキさんだったんだ。
正直、依頼文と本人のイメージが違い過ぎで全然気づかなかった。
ふふふっと笑うマキさんに対して俺は正直な感想を言う。
「驚きました……まさかあの依頼の依頼主がマキさんだったなんて……」
「ごめんなさいね。分かっていたんですけど言い出すタイミングが無くて」
「じゃああの白薔薇は」
「はい。リュウカさんが必死に集めてくださった白薔薇です。本当にありがとうございました」
またしても頭を下げるマキさんに俺は慌てて立ち上がった。
「いえ! いいんです! こっちもいろいろ助かっているっていうか……」
お世辞ではなくエターナルブレードを手に入れたおかげで本当にいろいろと助かっている。
アイリスタを襲った魔物の軍勢も葬れたし、キングウォーターも倒せた。死が通用しないアンデット族もその大きな刀身を活かして戦うことが出来た。
感謝するとしたらむしろ俺の方だ。
「こっちこそすみません。全然気づかなくて」
「それが普通ですよ。私が気づきすぎるだけで」
「でも、その、なんていうか、依頼文とイメージが違うというか……」
テンパってついつい出てしまった本音に俺はやばっと思いマキさんを見る。
するとマキさんはどこか恥ずかしそうに頬を人差し指でかくと、苦笑いを浮かべた。
「あー……あははは。あの時はその、ウィルと結婚してここに引っ越してきたばかりでいろいろとテンションが高くて……すみません」
「いえ、そんな。マキさんの過去を思うと分かる気がします」
「ふふ、ありがとうございます。でも、少し浅はかでしたね」
「浅はか?」
「はい。アイリスタのギルドメンバーに武器1つの報酬で受けてもらえると思っていましたから。案の定、ずいぶんと時間がかかりました」
言われ、あの時のことを思い出す。
あの時はいろいろとあり、結局残った依頼の中からさらに隅に残っている依頼を取った。それがちょうどマキさんの出した白薔薇採取の依頼。
確かにあの時の俺も報酬を見てマキさんと同じようなことを思った記憶がある。
ギルドメンバーに対して武器1つが報酬など無理だろうと。
マキさんはそれを思い出しているのか、昔のことを憂うようにため息をこぼした。
「はぁ……ほんと、恥ずかしい限りです。自分もギルドメンバーだったというのに」
「でもなんで」
「エターナルブレードってね、意外と有名な武器なんですよ。ここまで大きい刀身の武器はなかなかありませんから」
「まぁ、確かに」
俺が初めてエターナルブレードを出したとき、周りからどよめきが起こった。
そのことはよく覚えている。
「それでネームバリューで行けると思ったんですけど……なかなか難しいですね。数か月たってやっとでした。いったいどんな人が受けてくれたんだろうって気になっていたんですよ」
「それが私だったと」
「はい。驚きました。ルクスが飛び出していったと思ったらそこにはフードを被った悪魔憑きの女の子と、2人の転生者、それに刀の姿になっているエンシェン。しかも、その転生者の1人が私の依頼を受けてくださったギルドメンバーとなればもう」
「なんかお腹いっぱいですね」
「平常心を保つのが大変でした」
アハハと笑っているが、よく耐えれたなと思ってしまう。
俺が同じような立場だったらえ、え、えの連発をしてしまう気がする。
まぁ、とは言っても相手にとっては初対面の他人だ。それなのにいろいろと知っているなんて分かれば警戒されかねない。まさかなんでも視えてしまう目を持っているなんて見ただけでは分からないんだから。
そう思えばマキさんの感情をコントロールする力は相当だということになる。そんなマキさんでも強い口調になってしまう火竜の問題というのは、よっぽど酷いものだということ。
ルバゴに行く手前、さすがに無視はできないかもしれない。
俺が勝手に意識を新たにしていると、雫が口を開いた。
立ち上がり俺のエターナルブレードを思い出しながら、マキさんを見て純粋な意見を言う。
「よくあんなに大きな武器持てましたね。マキさん細いのに」
「それ、私も気になりました」
シャルロットも雫に続いて立ち上がる。
それでも頭の上のルクスはピクリとも動かない。熟睡の様だ。
「前に一度リュウカさんのエターナルブレードを魔法で持ったことありましたけど、相当な重さだったといいますか、ずっと持ってるなんて無理でした」
「それをマキさんは素手で持っていたんですよね」
「はいまぁ、そうですね」
「すごい……」
「かっこいいです……」
「そ、そうかな」
女性陣2人の羨望の眼差しに困った表情のマキさん。
俺は少しだけ茶々を入れる。
「そんなこと言ったら私だって振ってるよ? 普通に素手で」
「あんたのは恩恵があるからでしょ。そもそも普通だったらあんたみたいなひ弱なやつにあんな剣振れないわよ」
「なにを! これでも中身は男だぞ!」
「元でしょ。今は女なんだから私たちと同じ。それに男でも持てたかどうか」
「やってみないと分からないじゃないか」
「どうだか……あんた筋トレとか、普段から運動してた?」
「う…………」
してません。
ゲーム、漫画、アニメ、etc......
運動という運動は体育だけだな。まぁしいて言えば登下校がそれ以外の運動ともいえる。
そんな俺が自分の背丈以上もある剣を前にしたら……うん、無理だな。
振れる自信が無い。
「すごいですねマキさんって」
俺も雫やシャルロット側に加わった。
結果女性3人の羨望の眼差しに晒されることになったマキさんは、どうしていいのか分からず苦し紛れに呟く。
「人は見かけによらないということ……で、納得してくれる?」
これ以上どうしようもないといったように縋るような眼差しのマキさんに、俺たち3人も頷きを返した。
すると、強い女性を見たからかテンションの上がったシャルロットが、少しだけ声を弾ませて笑顔で俺と雫を見る。
「見てみたかったですね。エターナルブレードを振って戦うマキさんの姿」
「分かる! こうマキさんみたいな大人しそうな人が大きな武器で斬撃だしたり、竜巻を起こしたり、もうギャップが堪らないよね!」
「そういえばリュウカ、あんたってギャップ好きだったわね」
「え!? だってかっこいいじゃんか! 華奢な女の子とか、大人しそうな女の子が大立ち回りするの」
「まぁ、分からなくないからアレだけど。もしかしてこれってこいつの影響……?」
雫がなにやら呟いているがそんなのは無視だ。
俺はそのまま輝く目でマキさんを見つめる。
「もしよければ見せてもらえませんか!?」
「え、え、え?」
「正直ギャップが好きで大剣使ってますけど自分じゃ見えないのが残念で」
当たり前だが俺の目線はFPSのそれだ。自分の姿は見えない。TPSとかだったらよかったのと思ったことも少なくはない。
まぁそんなこと無理だからいいんだが。これはもしかしたらリアルでギャップを観れるかもしれない。
そんな高まったテンションでマキさんに詰め寄っていると、首元をグイッとひかれた。
「ぐえ―――」
「こら。マキさんが困るでしょ」
「で、でも」
「あと、顔が近い。もう少しで胸と胸が当たってたわよ」
「まぁそれはそれで」
「あん!?」
「な、なんでもありません……」
「あはははは……」
俺と雫のやり取りにシャルロットが苦笑いを浮かべている。
そんな中エンシェンがマキさんに近づいた。
「実際どうなんです? 今でも振れますか?」
「うーん。どうだろう……分からないかな」
「そうですか。私も昔のことを思い出してつい見たかったのですが」
「いや、たぶん振れるとは思うのよ。思うんだけど……」
マキさんが眉を寄せた。
そして少しだけ申し訳ないように俺を見る。
「斬撃を出したりとか竜巻っていうのが初耳で、リュウカさんの期待に答えられるかどうか……」
『え……』
マキさんが放った言葉を聞き、俺と雫、シャルロットの声が重なった。
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