第180話 眠るルクスと並ぶ4人と一刀

「きゅーるる」


 ルクスの間延びした声が聞こえる。


「わっ」


 と思ったら隣のシャルロットが驚いたよな声を上げた。

 見れば、シャルロットのフードのとれた頭の上に、ルクスがきれいに着地していた。耳と耳の間で一休みといった感じに体を丸める。


「きゅう……」

「あらら。眠っちゃったね」


 ルクスはそのまま目を瞑ると、静かな寝息を立て始めた。

 どうすることもできないシャルロットが困った顔を浮かべる。


「遊ぶだけ遊んで人の頭で寝る。なんともまぁ、いい感じな図々しさだ」

「やり返さなくていいの?」

「バカ言うな。こんな気持ちよさそうに寝てる奴にそんなことはできないよ」

「さすがにか」

「当たり前だ。それに、もうなんとも思ってない」


 正直、走りまわって気持ち的にはすっきりしている。

 今はルクスを見てもあんまりなんにも感じない。


「なんで私の上」

「――――たぶん、シャルロットさんの頭がちょうどいいんだと思います」


 唯一頭の上で寝られ困り果てているシャルロットに対し、後ろから声がかけられる。

 見れば復活したマキさんが乱れた髪を手櫛で梳かしながらこちらに来ていた。

 隣にはしっかりとエンシェンが浮かんでいる。


「リュウカさんもシャルロットさんもうちの子がご迷惑をおかけして、すみません」


 こちらに頭を下げてくるマキさんに対して俺は首を振った。

 シャルロットも何かしたいのだろうが、頭の上のルクスが気になってか動けないでいる。

 そんな俺たちに向けてマキさんが笑顔を見せた。


「ありがとうございます」


 今度はお礼というように頭を下げた。

 

「なんでも視えてしまうというのはこういったとき便利ですね」

「へ?」

「え?」


 戸惑う俺たちをそのままに、ふふふっと微笑むと、マキさんがシャルロットの隣に座り込んだ。

 その間にエンシェンは雫のもとへと戻っていた。

 エンシェンと雫、俺、シャルロット、マキさんがきれいに並んで目の前の花畑に目をやる。ルクスだけがシャルロットの頭の上で寝息を立てていた。

 状況的には家の中と同じだというのに外のおかげか比較的空気は軽い。

 そんな中でマキさんが一番に口を開いた。


「シャルロットさん、頭重たくないですか?」

「慣れちゃいました。それに起こすのも悪いですし」

「そう……優しいのね」


 呟きながらマキさんが自身の膝を抱える。

 心なしどこか自嘲めいた雰囲気を纏っているのは気のせいじゃないだろう。


「本当はこんなしんみりした話をするつもりじゃなかったんですけど、ごめんなさいね。ついつい」

「いいですよ。それだけマキさんにとってルクス君が、火竜が大事なんですから」

「それに悪いことばかりじゃなかったし」

「え?」


 俺の発言にマキさんが疑問の声を出す。

 それにはなぜだか雫が答えた。


「実を言うと私たちこれからルバゴの王族と会う予定だったんですよ」

「あら、そうだったの!?」


 マキさんが新鮮な驚きを見せる。

 そりゃあ、ただのギルドメンバーが王族に会いに行くなんて突然言ったらこうなるだろう。

 いくら転生者や女神と契約している人がパーティーにいたとしても、王族に会いに行くために旅をしているとは思わない。

 魔物退治かただの目的無い旅か……ギルドメンバーならなおさら適当な理由で世界各地を旅していて普通なのだから。

 雫はなにやらこちらを指さしてジト目を向けてくる。


「はい。なにやらこのリュウカの活躍を知った王子から直々に招待状が届いたみたいで。私たちはその王子様に会いに行く途中だったってわけです」

「えぇ! じゃあこんなところでのんびりしてていいんですか!?」

「ああ、大丈夫ですよそれは。いつでも来ていいってこの手紙に書いてあったんで」


 そう言って俺は雫の指を払うと、ストレージを取り出し中から王子アランから送られてきた手紙をマキさんに手渡す。

 恐る恐るというようにマキさんが王子からの手紙を手に取ると、一度俺たちに確認を取った後、封を開け中身に目を通していく。

 読み進めていくうちに表情が変わった。


「ほ、本当ですね……」


 漏れ聞こえてきた声にエンシェンが反応した。


「どうやらマキは信じていなかったみたいですね」

「あはははは……まぁ、仕方ないんじゃないですかね」


 この世界での王族というのがどういった立ち位置にいるのか、唯一分かっているシャルロットだけが、エンシェンのぼやきに対し苦笑いを浮かべた。

 それでもエンシェンはどこか複雑そうだ。

 表情がない分纏っている雰囲気だけでしか察せられないが、なんとなく不服そうにしていることだけは伝わってくる。


「しかし、神話上の女神の私よりも存在が確実の王子に対してのこの態度は少しばかり複雑ですね。女神としてのプライドがすこしばかり傷つきます」


 やはりというかなんというか、エンシェンが発した言葉は俺の思った通りのものだった。

 神話上の女神よりただの王子の方に驚いている。

 それがエンシェンにとっては少しばかり気になった様子だ。

 まぁ、神といえどもそれなりのプライドというものがあるんだろう。俺たちのような人間には分からないなにかが。

 女神にそう言われては普通の人間の俺たちがどうすることも出来ない。

 ただ苦笑いを浮かべるだけになってしまったシャルロットに代わって、雫が、不服そうなエンシェンを見つめて意外そうな声を上げた。

 

「へぇ、エンシェンでもそんなこと気にするんだ」


 そう言う雫の顔は完全に友達と接している時の顔だ。

 相手が神話上の治癒の女神だとは思えない。

 エンシェンもまた普通に返答する。


「雫、これでも私は神話でしか存在を証明されていない女神ですよ。気にして当然です」

「でもなんか、エンシェンってそういうこととは無縁っていうか」

「神は欲がないと?」

「そうじゃないけど……達観してるイメージはあるかな。どんなことでもふふふって笑って流しちゃうようなそんな感じ」

「まぁ、そう思われてしまうのは仕方ありません。現に、私はそういったタイプですから」

「じゃあ別にいいじゃない。そんな気にしなくても」

「よくありません。確かにほとんどのことは子供のやっていることと微笑ましく見ていられますが、マキは違います。長い期間ではありませんがともに苦楽を共にした仲。こうも態度に違いが出るのはちょっと……」

「……え、もしかしてエンシェンあなた」

「なんですか?」

「嫉妬してるの?」

「なっ……!」


 雫のちょっとした発言にエンシェンが思ったよりも大きな声で反応した。

 ついつい俺もシャルロットも、マキさんまでも2人に視線が向く。

 そんな中でエンシェンは刀の体を浮かせ、雫に抗議する。


「違いますよ! 嫉妬なんてそんな心の狭いようなこと、この私がするわけがありません! これでも万物を癒す治癒の女神ですよ。等しく生物には優しいのです」

「でも今マキさんの態度に不満そうだったじゃない」

「それは女神を差し置いて王子に驚いているからで」

「それが嫉妬でしょ。マキさんが女神より王子を取ったっていう」

「違います!」

「違わないわよ」

「違います!」

「違わない違わない」


 食い下がるエンシェンに対して雫は微笑ましくその表情を綻ばせて楽し気に、エンシェンの主張を受け流している。

 これではどちらが母親なのか分からないな。


「ふふっ。意外にエンシェンも人間らしいんだ」

「なんですかもう……雫は意外に意地悪な子です」

「お互い様でしょ」

「それは……」


 といってエンシェンがなにやら気づいたように言葉を止めた。

 そして、雫に対して平坦な声を出す。


「もしかして今までの雑な扱いの分をやり返していたのですか?」

「あ、ばれた?」

「はぁ……あなたという人は」

「ごめんごめん」

「まぁ、私がまいた種ですし良いですが……」

「でも途中からは普通に楽しくなっちゃって。エンシェンも意外と子供だね。なんかお母さんみたいな落ち着いた雰囲気が台無し」

「台無しにしたのは雫でしょう」

「ごめんごめん。でもさ、なんかよかったよ。久しぶりに友達と話してるみたいで懐かしかった」

「雫……あなた」

「まぁ、懐かしいって思うほど時間は経ってないけどね。でもやっぱ、少しだけ寂しかったから……」

「仕方のない子ですね」


 そうしてエンシェンが少しだけ寂し気な雫に寄り添うように体を動かす。

 それだけで雫は柔らかい笑みを浮かべた。その姿はどこか母娘のようでもあり親友のようでもあり、見ているこっちも穏やかな気分になる。

 俺たちはそのまま互いに顔を見合わせると、なにも言わずに頷き合って、視線を戻した。

 マキさんが読み終わった王子の手紙をこちらに差し出してくる。

 それを受け取ると俺はすぐにストレージにしまい、そのストレージもしっかり体の中に入れた。

 面倒だが、こうしないとシャルロットがうるさい。ちなみに、雫もシャルロットに言われてストレージを体の中に入れている。転生者ではない雫にはお金は入って来ないが、それでも今後何があるか分からないというシャルロットの熱弁にやられ、大人しく体の中にしまったという流れだ。最初こそ違和感がありそうだったが今では比較的落ち着いたよう。意識して2人ともストレージを体の中にしまう。

 そうじゃなければスマホに似ているストレージを、俺も雫もついついポケットの中に入れかねない。しみ込んだ習慣はそう簡単には抜けないようだ。

 そのまま普通に会話を再開させる。


「驚きました。まさか、リュウカさん達がそこまですごい方達だったなんて」

「いや、そんな別に……」

「すごいのはリュウカさんで私は別に何もしていませんから……」

「でも、皆さんで招待なんて……驚きです」

「あ、やっぱりそこ気づきました?」

「はい」

「やっぱりなんでも視えちゃうんですね」

「いえ、これは普通に手紙を読んで気づきましたよ。さすがにそこまで細かいところが視えるというわけじゃないんです。視えても大まかなところだけ」

「そうなんですか」

「はい」

「持っている手紙の内容とかまでは視えないと」

「はい。詳しい会話なども集中して視ないと視えません。現に、私は手紙のことを知りませんでした」

「確かにそうですね」


 王子に会うといったときマキさんの驚きは本当のものだった。

 エンシェンとの会話でマキさんがついつい演技をしてしまう癖があるというのを知っていても、あれは演技じゃなかったように思う。

 ということは、手紙の内容を本当の意味で受け取れなかったのは俺だけか。

 はぁっと人知れずため息をこぼしていると、横から声がした。


「なにため息してんのよ」

「いやまぁ、なんというか」

「あんなに分かりやすい切り替え、普通に気づかない方がおかしいわよ」

「そうなんだけどさぁ」


 すっかり元に戻った雫の指摘に、肩を落としながらまたため息をこぼす。

 なんともまぁ、情けないことこの上ない。雫もシャルロットも、マキさんまでも一発で違いに気づいた。にもかかわらず俺は教えてもらうまで一切その違いに気づかなかったのに、自分のバカさ加減を見た気がする。

 地面を見ながら1人憂いていると不意に視界の端、マキさんの口角が上がるのが見えた。

 なにかと思いマキさんの方を向くと意外な言葉がかけられる。


「でもちょっと安心しました」

「へ?」

「お役に立てているようでなによりです」


 なにを言っているのか分からない言葉に、俺が反応に困っていると、マキさんは立ち上がり俺の前にまで来た。

 そうして頭を下げると今度は花畑を背にして微笑む。


「本当はルクスが迷惑をかけたお詫び以外にもう1つ、リュウカさんたちを家にあげた理由があるんです」

「へ?」

「どういうことですか?」

「私が個人的に、リュウカさんにお礼を言いたかったのです」

「お礼って……?」

「あんたなにかしたの?」

「いや、別になにも……」


 隣のシャルロットを見たがシャルロットもまたよく分からないといったふうに首を振った。


「ええっと……」


 戸惑う俺に対して面白そうに笑うマキさん。

 いったい彼女は俺の何を視ているのだろうか。

 そう思った時、マキさんは微笑みを顔にたたえたまま何の前置きもなしに呟いた。


「白薔薇の件、本当にありがとうございました」


 そうして何度目か分からないお辞儀をしたかと思うと続けてこう言う。


「エターナルブレードの使い心地はいかがでしょうか」



 

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