第179話 素直じゃない2人
「はぁはぁはぁ…………」
「はぁ……」
「きゅるる」
あれからしばらく、俺とマキさんの2人は空を自由自在に飛び回るルクスの捕獲をなんとかしてしようと、何周も家の周りを走り回る羽目になった。
結果としては惨敗をいいとこだ。
上下左右に飛び回るルクスを人間の俺たちが捕まえるにはどうにもいろいろと足りないところがあり過ぎる。なによりも捕まえるためにいちいちジャンプしないといけないが辛い。
結局人間側の俺たちが体力の限界をむかえ、俺とマキさんは花畑と家の間の草原に寝転がりながら荒い息を吐いていた。
対照的に、ルクスは未だ遊び足りないかのように空中で余裕の表情で俺たちを見下ろしている。
ルクスと空を見つめていると自然と愚痴がもれる。
「くそ……飛ぶなんて反則だぞ……」
「ごめんなさいね、リュウカさん……ルクスったらやんちゃざかりで」
「べ、別にいいですけど……なんか悔しいですね…」
結局あれだけ追いかけ回して、一発どころか、手で触れることも叶わなかった。
子供とはいえ、火竜の片鱗が垣間見えた気がする。
速すぎんだろ。
「あーあ。かっこ悪くやられたわね」
雫の顔が俺の視界に入ってくる。
隣には同じようにシャルロットが、しゃがみながらも俺の顔を覗き込んできた。
「大丈夫ですか?」
「うんまぁ……」
「無茶しないでくださいね」
「無茶なんてしてないよ」
「そうよね。ただの意地だもん。大人げない」
「うるさいな。それなりに痛かったんだからしょうがないだろ」
「やっぱり痛かったんですね」
「っ…………」
俺はシャルロットの視線から外れるように目をそらした。
すると、雫のため息が聞こえてきた。
「はぁ……まったく、仕方ないわね」
呆れ交じりの声で、雫が刀のエンシェンを近づけてくる。
「今治してあげるからじっとしてなさい」
「いいよ別に。もう痛くないから」
「そうじゃないわよ」
エンシェンが光り輝く。
緑色の魔力が俺の体を覆い、徐々に呼吸が整い疲れが無くなっていく。
「そんな息あがってたら気持ち悪いでしょ。あんた元々走るの嫌いじゃない。なのにあんなにムキになって走り回ってさ。子供なんだから」
「……悪いかよ」
「別にそんなこと言ってないわよ。ただ、気持ち悪いんだろうなって思っただけ」
雫はそれきり歩いていき、同じく寝転がっているマキさんにエンシェンを近づけて疲労感を取っていた。
「すみません。私まで」
「気にしないでください」
「そうですよ。そもそも、幼いとはいえ火竜のルスクに生身の人間が叶うわけがないでしょ。なのにマキ、あなたと来たらムキになってしまって」
「あははは……エンシェンにそう言われたらなにも言えないや」
雫とエンシェン、マキさんの会話を横で聞きながら、俺は寝転がった体を起き上がらせるとその場で座り込んだ。
ちょうど目の前に花畑が広がる。
色とりどりの花を見ながら風に吹かれる髪を耳にかける。
自然と口から声が出る。
「素直じゃない奴」
「そうですか? 私から見たらリュウカさんも雫さんも同じぐらい素直じゃないですよ」
シャルロットも俺の隣に座り込むと、同じように目の前の花畑を見つめて呟く。風に揺れるフードなど気にもしないように、きれいな白髪が風に流れていた。
俺は前を向いたまま答える。
「そう? 私はどっちかっていうと素直な方だと思うけど」
「違いますよ。私はちゃんと分かっていますから」
「なにが……」
「わざとムキになったふりをしてルクス君の遊び相手をしていたことです」
「……そんなんじゃないよ。あれは本当に痛かったから。やり返してやろうって思って」
「ふふ。リュウカさんが言ったんですよ。男ならお母さんの沈んだ表情が嫌だって。確かに途中からはそうかもしれませんけど、発端は違うますよね」
「…………」
シャルロットの決めつけたような言い方に俺は何も言えなくなる。
そんな反応が面白かったのか、またしても隣から楽しそうな笑い声が聞こえてきた。
「ふふっ。ほら、素直じゃないじゃないですか」
「う、うるさいな」
「拗ねてるのも少しだけかわいいです」
「なっ……まさかシャルロットにまでそんなこと言われるとは……雫のせいか」
「さぁ、どうでしょうね」
「―――2人して何の話してるの?」
そんな折、マキさんのところにいたはずの雫が俺の隣に座るようにして声をかけてきた。
それにはシャルロットが答える。
「リュウカさんも雫さんも素直じゃないって話です」
「え? どういうこと?」
雫がポカンといった顔をする。
まさかここで本当のことを言うわけにもいかない。そうすれば違うという俺とシャルロットのやり取りの繰り返しだ。
よく分からないといった雫をそのままに、俺は気づいたことを口にする。
「エンシェンは?」
「ん? あぁ……今マキさんのところ。治してあげてるの」
「へぇ。雫は近くにいなくていいんだ」
「いいわよ。元々治癒の力はエンシェンのものなんだから。私がいようといまいと関係ないわ」
そう口にしながら雫もまた花畑を見つめる。
緑色になってしまったが相変わらず、雫の髪を綺麗だ。
そんなこと思っていると、不意に隣の雫が口を開いた。
「綺麗ね」
「はい」
一瞬、髪のことを言っているのかと思ったが、両隣の2人の視線が前を向いているのに気づき、なにに対しての綺麗か理解した。
俺も2人にならいマキさん渾身の花畑を見つめる。
「確かにね。ステラさんのところとはまた違った綺麗さがある」
ステラさんのが清楚なお嬢様然とした気品あふれる立ち姿だとしたら、こちらは煌びやかは皇女のよう。
どちらもきれいでどちらもいい。
「そう言えば、リュウカさん達の元の世界でもこういった花畑ってあるんですか?」
すると唐突にシャルロットがそんなことを聞いてきた。
意外な質問に対して俺も雫もシャルロットの顔を見たが、シャルロットはずっと花畑の方を見つめたままで、こちらを見ようともしない。
ついつい出てしまった言葉の様で本人といえども気づいていないといった感じだ。
俺たちも大して気構えすることなく答える。
「私たちのところはどっちかっていうとコンクリートジャングルみたいなものだから」
「自然自体少ないかな」
「そうなんですか」
「まぁ、あるところにはあるけどね。こんなに広大じゃないってだけで」
「なんだか不思議ですね。コンクリートジャングルなんて言葉も初めて聞きました」
「あぁ……そりゃあそっか」
「まぁでも、そんなものじゃない?」
雫が軽くそう言う。
「私たちにしてみたらこっちの世界の方が知らない言葉ばかりだし。私なんて来たばっかりで何が何やら。正直、魔力とか魔法とかもいまいちピンときてないのよね」
「え、でも普通に使ってますよね」
「ほんとに。あんな大立ち回りしておいて今更なに言ってんだよ」
「あれは、必死だったから。それに今も、エンシェンに言われるままにやってるっていうか……」
そうしてがばっというように勢いよく雫が俺の方を向いてきたと思えば、突如として指を差してきた。
「ていうか、あんた腕大丈夫なの!? エンシェンに力で治したといっても完全かどうかなんてわからないし」
「へ? 腕……」
言われて右腕を動かす。
なんの問題もない。良好だ。
「大丈夫だけど……」
「まったく、ちゃんと気にしてなさいよね! 少しでも違和感があったら言うのよ!」
「大丈夫だよ。そんな気にしなくて」
「なに言ってるの!? 一度は取れたんだから、そんな呑気に」
「いいのいいの」
「なんで!?」
「だって雫が治してくれたんだよ。心配なんかいらないってば」
「あんたはなんでそんな……治したのもエンシェンだし……」
「いいんだって。たとえエンシェンの力でも、契約したのも力を引き出したのも雫なんだから。俺は雫が治してくれたって思ってる」
俺はそうして右腕を太陽にかざす。
「だから何の問題もない。俺は雫を信じてるから。大丈夫」
「…………バカ………でも、まぁ、いっか」
「……なんか呆れられてる?」
「あんたのバカさ加減にね」
はぁっとため息をつく雫をはた目に俺は手を下ろす。
その時強い風が吹いた。
突風は花だけではなく周りの草木も揺らし、大きな音を立てる。
「……本当、2人とも素直じゃありませんね……」
シャルロットのそんな呟きは、音と共に掻き消え、俺と雫の耳には届かなかった。
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