第61話 警戒するリュウカ
「ふーふふーん。ふふ~ん」
俺は鼻歌を歌いながら上機嫌でギルド会館に向かっていた。
時刻はお昼時。
エターナルブレードを手に入れたことで調子に乗り、昨日は討伐系の依頼を夜遅くまでこなしてしまった。
おかげでリーズさんの夕食にありつけず、空腹のまま眠る羽目になり、疲れていたのか起きたのはお昼近い時間だった。
夕食に差し障るほどの量の昼食を食べ、目も覚めた俺は絶好調なのだ。
鼻歌も歌うというわけである。
少し前のアイリスタ襲撃事件で俺は圧倒的な活躍をし、宴では主役となった。そのためもしかしたらアーシャさんやミルフィさんのように有名人になってしまうのではと思ったのだが、幸か不幸か、俺の活躍を知っているのはギルドメンバーでも限られた人のみだった。実力者として戦場にいたギルドメンバーとあのツンデレお姉さんだけ。
野次馬として俺のおかしい跳躍を目の当たりにした人たちも、魔物の群れをやっつけサキュバスを退けたのが俺とまでは分かっていないようだ。
実力者の人たちも人格者ばかりなのか、変に俺のことを話しまわることはしなかった。そのため、お昼時のギルド会館に行ってもアーシャさんやミルフィさんのように騒ぎになることなく、難なく掲示板を見ることが出来る。
掲示板を見ながら、俺はちょうどいい討伐クエストがないか吟味する。
「お、おう。嬢ちゃん、なにか探してるのか?」
俺を見て大柄の男が声をかけてきた。
振り返る。
……誰だこの男? どうしてそんな俺を見るめているのだろうか。
「困ってんなら俺に聞きな。約束だからよ。俺が目的にあった依頼見つけてやる」
どんとこいと言わんばかりに胸を張る男。
約束、約束……ああ、思い出したわ。
俺が美少女パワーの実験台にした男だ。掲示板の前で陣取ってたので邪魔だからどいてもらった。
そういえば、そんな約束してたっけな。
「なにさがしてるんだ? んん?」
馴れ馴れしく近づいてくる男に、うんざりといった表情を浮かべる俺。
面倒だな……。まさか絡まれるとは。
適当に流すか。
「ああいえ、別にこれといったものは」
「おおそうか? 遠慮しなくていいぜ。なんでも言ってきな」
別に遠慮してない。
ていうかいちいち胸張るな気持ち悪い。
こっちはあからさまに困った顔をしてるんだ。気づけよ。モテないぞ。
「……じゃあ、討伐依頼を」
しょうがなく男に頼み込む。
じゃないと離してくれなさそうだし、仕方ないだろ。
まぁ、討伐クエスト探してたのは事実だし、使えるもんは使っておこう。
「そうかそうか。討伐依頼か。ちょっと待ってな」
大柄な男はその体躯を活かし掲示板の上の方から依頼の紙を見ていく。
そしてある1枚を俺に差し出してきた。
「これなんかどうだ?」
「ちょっと見せてくださいね。どれどれ……」
『 至急のお願い!!
なぁ聞いてくれよ! 彼女が上質なベアーの肉が食べたいって言うんだ! でも、ベアーなんて魔物、ギルドメンバーじゃない俺には狩れない! これじゃあ彼女の要望を聞けないよ……!
しかも彼女、お嬢様として育てられたからかめちゃくちゃわがままで。私のわがままを聞いてくれないと別れるとまで言うんだ!
せっかくここまで仲良くなれたのにこんなので嫌われるのはあんまりだ!
だから頼むよ! ベアーを倒して肉をとってきてくれ!
肉はベアーが消えたところに時々落ちてることがあるから!
頼む!
目標 ベアーの肉3個
報酬 10000ルぺ 』
文面にはこう書かれていた。
いやもう別れろよ。その彼女、たぶんわざとだぞ。叶えられないわがままを言って相手が困っているのを見て楽しむような性格だぞ。
そんな奴と付き合ってもいいことないと思うけどなー。
「どうだ?」
大柄の男が俺の返答を待っている。
「気に入らないか……?」
「うーん」
俺は少し考える。
今更どんな魔物が相手だろうとどうでもいいし、報酬金は初めから気にしていない。
気になるのはこのベアーという魔物だ。ベアーなのだからどうせ熊の魔物なのだろう。確か、駄目サキュバスがつれていた魔物の群れにそんな感じの奴がいたような気がする。でもそいつ、アイリスタの草原では見たことがない。
何度か討伐クエで草原を走り回っているが、1回も見たことないぞ。
いったいどこにいるのやら。
それにこれは果たして討伐依頼なのか?
むしろ採取依頼側だと思うんだけど。上質な肉なんてあれだろ。今まで気にもしてなかったけど時々魔物を倒すと落ちるドロップ品。どうせそれのことを言っているだろ。じゃあもう採取クエじゃん。
「これって本当に討伐依頼なんですか?」
「ああなに言ってやがる。れっきとした討伐依頼だろうが」
「いやでも、これじゃあ採取みたいな―――」
「それもれっきとした討伐依頼だよ。リュウカちゃん」
俺の言葉を遮るように後ろから声がした。
唐突にした声に振り返ると、そこにはふわふわの髪をし、優しい微笑みを浮かべているお姉さんがいた。
「ミルフィさん」
俺は名前を呼ぶ。
この人はミルフィさん。アーシャさんと共に姉御と姫と呼ばれる、アイリスタでは知らない人がいないほどの有名人だ。
大柄の男も、ミルフィさんの登場には体をカチコチに固まらせている。
ギルド会館の中が一瞬静まり返る。
「どういうことですか? これもれっきとした討伐依頼って」
「魔物が落とす素材を魔物を倒して集めるんだから、討伐依頼でしょ」
「まぁそうみればそうですけど」
俺は頷く。
ようは考え方の問題か。とりあえず納得する。
「……で、なんでミルフィさんがここに?」
「んー? ギルドメンバーの私が会館に足を運ぶのはおかしい?」
「いえそう言うわけじゃなくてですね」
「じゃあ、なにかなー?」
悪戯っぽい笑みを浮かべて俺に詰め寄ってくるミルフィさん。
それはもう楽しそうだ。
「アーシャさんはどうしたんです? いつも一緒ですよね。あとから来るんですか……?」
俺はミルフィさんの攻めから逃れるように顔を横にそらしながら聞く。
ミルフィさんとアーシャさんはいつも一緒だ。
そんな2人なのだが、今ここにいるのはミルフィさん1人。どこにもアーシャさんの姿がない。
「ううん。アーシャちゃんは来ないよ。今はたぶん草原で魔物を狩ってるんじゃないかな」
「そうなんですか。珍しいですね」
「そんなことないわよ。ここ最近は特にアーシャちゃんの修行の時間が長くなったから、1人でいることが増えたわね」
「あははは。そうなんですね」
「ほんと寂しいわ。アーシャちゃん、私を巻き込まないようにっていっつも修行は1人でやるのよ。まったく、誰のせいかなー?」
ミルフィさんが俺の頬をつつく。
とても楽しそうなのだが、1人となると俺はついつい警戒してしまう。
前のこともある。ミルフィさんの笑顔には騙されないぞ。
「なに警戒してるの? 眉間にしわなんて寄せちゃって。かわいい顔が台無しよ」
「あの言葉を聞いて警戒しない方がおかしいですよ」
「ふふ。それもそうね。ちょうどいいわ。この後、少しお散歩しましょうか。そこでいろいろと教えてあげる。どうして私が気づいたのか」
「……変なこと、しないですよね」
「しないわよ。安心して」
「脅したりも」
「しないしない」
そう言ってミルフィさんがギルド会館の椅子に座り込む。
どうやら俺が依頼を受けるまで待ってくれるようだ。
俺は仕方なく、今持っているベアーの討伐依頼の紙を持って受付に行く。
いつもの受付のお姉さんに受理してもらい、ミルフィさんに近づいた。
ちなみに大柄の男は未だに掲示板のところで固まったままだ。
俺はそいつをおいてミルフィさんと合流すると、2人してギルド会館を出た。
美少女と隣り合って歩いているのに、ここまで気分が上がらないなんて思わなかった。
行きのルンルン気分はもう無くなっている。
リーズさんの昼食パワー、持続性はあまりないもよう。
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