第62話 混乱するリュウカ

 俺はミルフィさんと隣り合ってアイリスタの街へとお散歩に向かう。

 とはいっても、人気のない場所を見つけてはそこを歩くという、本当にお散歩としてはどうなのだろうかといったルートをひたすら歩いている。

 ミルフィさん曰く、どうしてもこういった道にしないと人が集まってきてしまうのだというのだ。姫というのも大変だな。

 だが、今ではそれもありがたかった。

 今から話す内容は公にはできないものだ。

 極端な話、世界のバランスを崩しかねない事実を話し合う。

 普通だったら綺麗なお姉さんと一緒に、人気のない道を歩くとか、ヒャッハーなぐらいのテンションで挑む俺なのだが、今回に限ってはそう言うわけにもいかない。

 ニコニコ顔のミルフィさんとは対照的に俺の表情は硬い。


「そんなに緊張しなくてもいいのに」


 ミルフィさんが俺の胸中を察しているにも関わらず、そんなことを言ってくる。

 まったく誰のせいでこうなっていると思っているのか。

 俺は目を細めてミルフィさんを見た。


「……ミルフィさん。あのときに言ったこと、聞き間違いじゃないですよね」

「あのときって?」

「意地悪しないでくださいよ。呼び名の件です」

「ああそれね。リュウカちゃんが転生者だって」


 俺とミルフィさんが薄暗い路地に差し掛かったところで、ミルフィさんが足を止めた。

 俺もそれに向き合うように振り返る。


「間違いないよ。私はリュウカちゃんを転生者だと思ってる」


 はっきりと『転生者』という単語を使ってくるミルフィさんに、俺はため息をついた。

 聞き間違いであってくれと思ったが、それもこうはっきりと、しかも二回も言われてしまえば認めなければならない。

 ミルフィさんは俺を転生者だと分かっている。

 理解したうえで言った言葉だったのだ……まぁ、そうだろうとは思ってたけどね。


「当たってる、よね?」

「……聞く必要あります?」

「ふふ。ごめんごめん」

「正解です。私は転生者。元々この世界の人間じゃありません」


 俺は案外簡単に身元を明かした。

 ここまで言われて否定し続けるのもなんだ。

 認めてしまった方が早い。


「なんで分かったんですか?」

「服を買うとき。なぜだかリュウカちゃんは迷いなく全額を払ってた。1日前に来たばかりで、お金さえ持ってなかったリュウカちゃんがあれだけの金額払うなんておかしいもん。あそこまでの金額、依頼の報酬にしては良すぎじゃない?」

「はぁ……ですよねー」


 やっぱり、気づかれて当然だろうな。

 俺だっておかしいと思ったもん。明らかにお金を持ちすぎ。ミルフィさんに払わせた方がばれずにすんだとは思う。でもそれは、どうしてもできなかった。

 人間としてやっちゃいけないと思ってしまったのだ。

 まぁ、結局ばれてるから意味ないようなもんだけどね。


「で、もしかしてって疑い出したの」

「じゃあ、その時点ではまだ確証は得られてなかったと」

「ええ。本当に依頼の報酬である可能性があったからね」

「じゃあどこで……」

「もちろん、エターナルブレードを振るリュウカちゃんを見て」


 うんうん。思った通りだ。

 墓穴掘りまくりである。


「おかしいじゃない。数時間前までウルフに追われていた子が、私たちでも苦戦するような魔物を大剣1つで一掃。さらには、上級悪魔のサキュバスまで追い払っちゃうんだもん」

「あはははは……まぁ、そうですよね」


 綺麗な答え合わせに泣きそうになってきた。

 俺ってどんだけバカなんだよ。先を見る力がなさすぎだ。


「それだけの証拠があるなら、きっとアーシャさんにも」

「ううん。たぶんアーシャちゃんは気づいてない」

「へ?」

「アーシャちゃんは本当にリュウカちゃんをバルコンド出身の世間知らずなお嬢様だと思ってる」

「でも、じゃあ私の力は。アーシャさんがおかしいと思わないわけないですよね」


 ミルフィさんとアーシャさんを比べたとき、戦いにおいてはアーシャさんの方が敏感に周りのことを感じ取れる。そんな気がする。

 ミルフィさんが分かったんだ、アーシャさんだって……。


「それが残念なことにね。アーシャちゃんは本当にあなたの力を天才だと位置づけてるのよ。それはもう、純粋に」


 だから今だって1人で修行してる、ミルフィさんがそう付け足した。


「リュウカちゃんもなんとなく分かってると思うけど、アーシャちゃんって天然なところがあってね。何でもかんでもまず信じちゃうのよ。相手に悪意さえなければね」

「あれって素なんですね」

「そうよ。素も素。戦いになるとあそこまで頼りになるのに、基本は天然。思い込んだらそれを信じちゃう。なんていうか本当にアンバランスなのよね。アーシャちゃんって。私は特に毎日一緒にいるから分かってるけど、戦ってるアーシャちゃんしか知らないと、そりゃあ姉御って呼びたくもなるわよね」

「かっこいいですからね。立ち振る舞いとか、まるで騎士だ」


 ミルフィさんと一緒に戦うさまはまるで、ニコニコ笑うマイペースなお姫様を守る騎士のようだ。

 騎士と姫君。


「……てことは、ミルフィさんが姫って呼ばれるのって」

「分かった? そうよ。私はアーシャちゃんに守られてるお姫様。だから姫なのよ」

「なるほど」


 だから、呼び名が『姉御と姫』なのか。

 2人はセットなんだな。

 個人を姉御、姫と呼ぶが、本当の呼び名は姉御姫。2つで1つ。

 ははぁ~よく出来てるわ~。


「そういうことだったんですね。なるほどなるほど。騎士と姫ではないのには少々気にかかりますが、それはきっとアーシャさんが女性だからですね。ははぁー。呼び名といっても奥が深い。勉強になりました」


 俺はぶつぶつまるで説明するように言いながら、手をあごにあてて、ミルフィさんと向き合っていた体を反転させて路地から出ていこうとする。


「まって」


 しかし、その肩をミルフィさんに掴まれた。


「話をそらそうとしてもダメよ~。まだ肝心なこと話してないじゃない」

「いえいえ。話しましたよ。姉御と姫の真相ですよね」

「違うわよ。リュウカちゃんって話のそらし方下手よね」

「心外ですね。うまくいったと思ったのになぁ」


 アーシャさんの話をし始めたのはミルフィさんだ。

 俺はただその流れに乗っただけにすぎない。下手を言われる程じゃないと思うんだけど……いや、下手か。

 だが、下手というならミルフィさんだってそうだ。

 逸らそうとした俺と普通に会話するなんて。


「そんなに嫌? 転生者って話すのは」

「いや別に嫌とかではないんですけど……」


 いずれはばれると思っていたが、なんというか、受付のお姉さんに脅されたからな。大陸ロンダニウスからの破格の待遇を知られればどうなるか分からない。だから身元は隠しておいた方がいいって。

 それがやはり、俺の口を重くしている要因だ。

 まぁ、もうすでに自分で言っちゃってるんだけどね。

 この世界の人間ではないですよーって。

 流れだけで会話をしていると、こう言ったときに困る。

 前後関係が成り立たない。

 認めているのに認めたくないとはいったいどういったことなのか。

 俺にも分からん。教えてくれ。


「安心して。別にリュウカちゃんが転生者だと知ってどうこうするっていう意図はないから」

「分かんないですよ。ミルフィさんって侮れませんからね。実はすでにここには仲間がいて、捕らえた私にあんなことやこんなことするつもりでしょ!」


 俺は周りを警戒するようにきょろきょろする。

 ニコニコ顔で騙されそうになるが、ミルフィさんがは優れた洞察力がある。抜けていると相手に油断させておいて、いいタイミングで本人にだけ事実を言い当ててくる。

 よっぽどの悪者よりもやっかいだ。


「男たちにさせて自分は悶える私を見て、高みの見物と決め込むつもりでしょう!」

「ちょ、ちょっとリュウカちゃん?」

「精神的に参ったところに『すべてを話して楽になりなさい』と甘く囁きかけるつもりですね! ああお姉さま……ミルフィお姉さまと私に思わせて、私を言いなりに」

「落ち着いて。話がどんどん飛躍してる。仲間? 男たち? あんなことやこんなこと? よく分からないんだけど……」

「騙されませんよ! だいたいそう言うのはやられる方じゃなくてやる方が興奮するんですからね! まぁ、そんな非人道的なこと私はできませんけど。やるといっても薄い本を見て発散する程度で……」


 止まらない俺を見てミルフィさんが本当に困った顔をし始めた。

 だが、俺の口は止まらない。思春期男子の妄想は、一度火をつけたらなかなか止められないのだ。


「ああ……どうしましょうかしらね。リュウカちゃんの変なスイッチが入っちゃった」

「はいっちゃった!? なんてエロい! いったいなにがどこにはいったというのか……詳しく聞かせてもらえませんか!?」

「ええ!? なんか目が血走って怖いんだけど……まず落ち着こ。ね? 琴線に触れたなのなら謝るから」

「きん、せん……触れた……?」

「なんだか嫌な予感がするんだけど。なにかしらねこれ」

「エロい! エロいですよミルフィさん! きんがせんに触れたなんて……! きんとせんですよ! つまりは球と棒! それに触れたなんて、規制もいいところ危ない発言ですよミルフィさん!!」

「もうなにがなんだか分からないわ。リュウカちゃんの言っていること全然わからない。これじゃあ、落ち着いて話も出来ないわね。仕方ない」

「仕方ない……? いったいなにが仕方ないと」


 突然、俺の体がミルフィさんに引き寄せられる。

 いったいなにを。

 そう思った時には俺はミルフィさんの大きなお胸に顔を包み込まれていた。

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