ケモミミ白髪美少女編
第60話 追われる者
「はぁはぁはぁ……!」
アイリスタ近郊の草原を少し北に行った先。
魔界からほど近い、木々が生い茂る森のようになっている場所を1人の人物が息を切らせながら走っていた。
顔は見えない。フードのようなもので覆い隠されている。
どうやらその人物は魔物に追われているようだ。クマのように大きい魔物がフードの人物を追うように迫ってきている。
足を止めれば襲われる。そんな危機感がその人物から窺い知れた。
フードの人物は走る。
その間もなぜだかフードをおさえている。まるで、見られてはならないかのように片手で必死にフードが取れないようにしている。
そしてもう片方の手には白い薔薇のようなものが握られていた。
魔物が追っているのはこの薔薇だ。
薔薇の放つ香りに連れられて後ろに後ろにと連なり、今では群れのようになっている。
塞がる両手の代わりに肩を必死で動かして走り続けるフードの人物。
その人物の口から小さな声がもれていた。
「なんで、なんでこんな……この前の襲撃でここの魔物は減ったんじゃ……」
フードの下から聞こえる声は女性のものだった。まだ幼さの残る高い声。
その声が発した言葉は後悔にも似たものだった。
このまままっすぐ行っても魔界へ出るだけ。
そこには人間族の拠点がある。でも、そこだけには行けない。
フードの女性はそう思いながら、でもまっすぐ行くしかなく足を動かし続ける。
「やっぱり、来るんじゃなかったかな」
またもや後悔の念がもれる。
口元には自嘲気味の笑みをたたえている。
夜の森に訪れたのは失敗だった。真っ暗で何も見えないし、なによりもこんな真夜中に他のギルドメンバーに助けてもらうことも出来ない。
それこそ、残された手段はこの先にある人間族の拠点に助けを求めることだけ。そこではギルドメンバーでも実力を認められたものが、日夜問わず見張りをしている。だから、こんな真夜中でも誰かはいるはずだ。
だけど……私にはそこに簡単に行けない理由がある。あそこにだけは行ってはいけない。
それになによりも、
「この私がたどり着けるわけ―――きゃ!」
足がなにかに引っかかる。
私はそのまま地面を転がる。所々地面に体を激しく打ち付けて痛みがはしる。
衝撃でフードも取れてしまった。
必死で隠してきた私の髪が夜風に晒される。
森の中。真っ暗なところに光が灯ったかのように、私の特徴的な真っ白な髪が月夜に照らされる。
私はそのまま近くにあった木に体を預けた。
さっき転んだせいでどうも足を痛めたらしい。
うまく立ち上がれない。
後ろを確認する。
ちょうど私が通っていた場所。そこにピンポイントで木の根っこが地面から浮き出ていた。
どうやら私はあそこに足をとられ転んだようだ。
「もうなんて運が悪いの……もっと注意していれば分かったはずなのに……」
つい愚痴をこぼしてしまう。
私は自分の運命を確かめるようにそっと頭に手を触れた。
「これがあるせいで、私の人生めちゃくちゃ」
そこには人間ではあるまじきものが2つ着いていた。
獣のような耳だ。
自分の意思で動かせる耳。なのに耳の役割はしていない。音も拾わなければ、触ってもなんの感触もない。
動かせるのに神経は通ってないよく分からないもの。なんど取りたいと思ったのか分からない。
でも、取ることは叶わない。まるで体の一部かのように頭頂部から生えている。
獣の耳が生えた人間など注目を集めてしまう。
なので私は毎日フードを被る生活を強いられた。
しかも、この耳は曰く付きとして嫌厭される代物だ。
私の近くで物音がする。
気づけば私は大型の魔物ベアーを筆頭にした群れに取り囲まれていた。
足を動かせず万事休す。
私は諦めたように息をはいた。
「死ぬのかな……嫌だな、せっかく追いかけてここまできたのに……」
魔物たちがニヤニヤ私を見ている。
いつ襲おうか楽しんでいるようだ。
でも、ここまで来て簡単に終わるのも嫌だ。
「最後にとっておきのお見舞いして……!」
私は体に隠しておいたストレージから武器を取り出すために意識を集中させた。
ただじゃ死なない! 私だってこれでもギルドメンバーなんだから!
「…………」
でも、いくら待っても武器は出てきてくれない。
ストレージの感触もない。落とさないようにいつも体に入れてるのに、その感覚まで今はない。
まさか……!
私は嫌な予感がして後ろを振り返った。
月明かりに照らされた木の根っこのそばに、黒い板が見えた。私のストレージだ。
「うそ……体に入れてたのが落ちるなんて……」
あり得ない。
体に入れたストレージは普通、本人の意思でしか出したりしまったりすることが出来ない。体にしまったストレージが外に勝手に出ることはなどあるわけがないのだ。
でも、地面にストレージらしきものが落ちていて、私の体にストレージがない。
そういうことだろう。
別にそこまで驚いたりはしない。これが初めてじゃないんだから。
「……これも、この耳のせいってこと……だよね……」
武器がなければ戦えない。
足を痛めているから逃げることも叶わない。
もう打つ手は残されてない。
ベアーが私が諦めたのを感じ取り動き出す。
私を殺すつもりで、その手にある大きな爪を振りかざしてくる。
死ぬ。死んじゃう。これが運命なのかな。
やっぱり、私は外に出るべきじゃなかった。故郷で家族の言う通り大人しく過ごしていればよかった。
こんな死の危険が付き添うギルドメンバーに、ましてや魔界が近いアイリスタでなるべきじゃなかった。
調子に乗った。アイリスタに来て物事が滞りなく進んで勘違いしていた。
忘れてしまった。自分の運命を。
ベアーの爪がゆっくりと進んでいるように見える。
死を直前とした時の走馬灯のようなものだろう。
私はそれを理解しながらも何もできない。できることといえば目を瞑り、自分の軽率な行動を悔いるのみ。
やっと、ここまで来たのに。死にたくない。誰か、誰か助けて。
「助けて……お姉ちゃん……!!」
暗闇で絞り出すような私の声だけが響く。
絶望の淵から出た声。こんな小さな声誰にも届くわけない。
そう思った時だった。
「…………おんどりゃあぁあああ!!!」
突然、私の耳に誰かの声が届いてきた。すぐに猛烈な地響きがして突風が私の体を揺らす。
私は咄嗟に目を開ける。
そこには1人の人が立っていた。
真夜中の森に溶け込むような長い真っ黒な髪に、どこか動きやすそうな黒い服。
そしてなによりも特徴的なのは手に持っている武器だ。
自分の背丈以上もある大剣を、その人は振りかざしていた。
「大丈夫?」
声は女性のものだった。
「は、はい」
「まったくこんなかわいい子襲うなんてなんて卑劣な! 許しませんよ!」
黒髪の女性は1人でこの群れを相手にするつもりようだ。
大剣を1番近くにいるベアーに突きつける。
「悪い子にはお仕置きです!」
黒髪の女性がベアーに突っ込んだ。
瞬く間にベアーは大剣に打ち上げられ、空中で靄となって消えた。
そして圧巻だったのは、その後だった。
大剣が光りを宿したと思うと、黒髪の女性が一閃。軌跡を描いた光が辺りの魔物を一掃してしまったのだ。
黒髪の女性がふぅっと一息ついたのが分かる。
でも、私が見たのはここまで。
魔物がいなくなり安心したのか、私はそのまま意識を失ってしまった。
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