第59話 姉御と姫と転生者
アーシャさんの言っていることを要約するとこうだ。
つい2日前、突然現れたお嬢様の俺。世間知らずで魔法も武器も使ったことのない俺。明らかに格下の俺が急に、人が変わったようにエターナルブレードなんて大剣を振るって、アーシャさんでも苦戦した魔物の群れを一掃。さらには上級悪魔と名高いサキュバスをも泣かせた。
その事実がアーシャさんの中で嫉妬という感情を生んだ。
サキュバスに捕まるような視線の動かし方をしたのもそこからくるもので、自分の方が強い、努力してきたから強いんだぞという証明をしたいがための行動だった。無意識だったが危険な目にあわせた。申し訳ない……というものだったのだ。
しかも、アーシャさんの中に生まれた嫉妬はそのまま俺への妬みへと変わったとか。天才とかふざけんな。こっちは辛く苦しいのを必死で我慢して、今の実力をつけたんだ。なのに、初めて触った武器であんなことされてはたまったもんじゃない。
そんな気持ちが出たのだという。
もちろん、これは俺が分かりやすく自分の中で要約したものであって、アーシャさんはもっと丁寧に話してくれていた。
自分を下げ、俺を擁護するかのように。
「私がこんなに器の小さい人間だとは思わなかった。だが、お前を見ていると嫉妬心を隠すのも辛くなったんだ。だから……」
「アーシャちゃんは宴を抜け出したの。このままだとリュウカちゃんを傷つけてしまうって」
ミルフィさんはその時にアーシャさんの気持ちを聞いていたらしい。
だからあの時、俺は2人を見つけられなかったわけだ。
2人して謝ってくれている。
アーシャさんはまだ頭をあげてくれないし、どうしたものか。
「正直、今すごく驚いています」
ひとまずそう言う。
「そうだろうな。私がこんな
アーシャさんが俺の言葉を受けて少し間違った解釈を告げてくる。
俺はそんなアーシャさんの反応に困ったように頭をかく。
どうも、アーシャさんは卑屈スイッチでも入っているかのような気がしてならない。
だから、俺はアーシャさんに一歩近づくと、その下がっている頭に語り掛けた。
「勘違いしてますよ。アーシャさん」
「え……?」
「私がアーシャさんを軽蔑するなんて……そんなのあるはずないじゃないですか」
正直に言って、アーシャさんがそんなこと思っているなんて俺は微塵も感じなかった。むしろ普通のアーシャさんで、違和感なんてなんにもなかったのだ。
普通に話してくれて、雰囲気に酔った俺が絡んでも、鬱陶しいと思うこともなく相手してくれた。
もし嫉妬心があったのなら、酔った俺の相手なんてしないだろう。
俺だったら、これでもかと不満をぶつけたと思う。
なのに、アーシャさんはそれを、俺を傷つけないように隠して、普通に接してくれた。それってすごくね?
少なくとも俺には無理だ。
軽蔑なんておかしい。するはずがない。むしろ尊敬度が増したわ。
「嫉妬なんてして当たり前です! アーシャさんがこれまで、どれだけ努力を積み重ねてきたのか私には分かりませんが、嫉妬は当然のことだと思います!」
「リュ、リュウカ……?」
「だいたいこんな昨日今日来たぽっと出の奴に、自分が必死につけてきた実力をさらっと超えられてみてください!! 私だったら許せません! なめてんじゃねぇぞ!! こちとら必死にやってきただぞ! これまでの努力はなんだったんだよ!! よくも!って思います」
俺は力説した。
それは嫉妬して当たり前だろう。よくよく考えてもみてほしい。
友達にイケメンがいたとする。毎日のように告白され、かわいい女子にキャーキャー言われたとしよう。そいつが、毎年彼女が欲しくて神頼みまでしている俺の前でこう言うんだ。
「あー告白ばかりされて面倒だなー。代わってくれよー」
と、本当に嘆いたように。
どうだろうか。考えただけでも腹が立ってくる。殴りてぇ。
こっちは必死で髪型も気にして、口調とか態度も女性にモテるように気にしているんだ。研究して頭を悩ませている。なのに、こいつはただ顔がかっこいいだけでなにもしなくともモテてしまう。恋人を作ろうと思えば作れるんだ。
ふざけんなである。そしてなによりも顔の形はある程度遺伝で決まってくる。整形でもしない限りは俺はそいつに勝てっこない。現状何してもモテてないんだから勝てるわけがないのだ。
圧倒的な差。これが生み出すのはただの1つ。妬み恨みを権化とした嫉妬心。
アーシャさんの嫉妬心もそこからきている。
嫉妬して当たり前である。
なのに、この人はそれを知らずに、純粋に嫉妬する自分をせめ、こうして謝ってきているのだ。
器が小さい? 矮小? ふざけんな。
ここまで器が大きい人、俺は見たこともないぞ。
「アーシャさん! 顔をあげてください!」
「はい!!」
「いいですか!? 嫉妬なんて当たり前! 誰だってすることなんですよ! むしろ、それを自覚してこうして頭を下げたあなたを、誰が軽蔑するもんですか! そんな人いたら教えてください! 私のエターナルブレードの錆にしてくれます!!」
俺はアーシャさんの肩を強い力で掴む。
「私こそすみません! アーシャさんの気持ち、冷静に考えれば分かるはずだったのに全然気づかなくて。能天気なことばかり言ってしまって」
勝てっこない程の圧倒的な力は、真剣に取り組んでいる人を絶望させる。
チート物の話でよくあるじゃないか。
チートは本人が楽しいだけで、周りには劣等感を自然と与えてしまう。それが原因で様々な問題を引き起こしている。
悪い例だと殺しまで発展してしまう。
ラノベとかだとそこら辺うまいことぼかしているし、実際主人公最強って爽快感があって読み手はそんなことまで気にしていない。
でも、これは現実。少なくとも俺には現実だ。
恋愛を例に挙げたように、現実になって考えるとチートはコロッと姿を変える。
ゲームでもチートを使っている奴と出会うと面白くないし、腹が立つだろ。そういうことだ。
チート、圧倒的な力は本人が思っている以上に周りに悪影響を及ぼす。
今回の事も、それを分かっていたはずの俺が招いた1つの結果だ。
だから、謝るのはアーシャさんではなく俺である。
「リュウカ……じゃあ、私のこと許して」
「許すもなにもアーシャさんはなにも悪くありません! 悪いのは私であって、アーシャさんではありません!!!」
俺はアーシャさんの目を見てそう言う。
アーシャさんは一瞬目を見開くと、だがしかし、なぜだか首を振る。
「待て。やっぱり私が悪い。もっと精神を鍛えていれば嫉妬など思わずに」
「なんでそうなるんですか!? 今、いい感じで締まるところだったのに!!」
「いや、このままリュウカが悪いでは私の気が済まないのだ。私が悪い! すべては私の未熟な心が原因だ!」
「いいえ違います!! 悪いのは私です!」
「いや私だ!!」
「私です!!!!!」
「私だ!」
「わたしっ」
「私だって言って」
私と私の応戦が始まり始めた。
「ちょ、ちょっと2人とも」
慌てて止めにいこうとするミルフィさん。
でも、その必要ななかった。
『ぷっ。あははははは!!!』
なぜなら、俺とアーシャさんが同時にふきだすように笑い始めたからだ。
「お前、意外と強情だな」
「アーシャさんこそ。許してるんだからいい加減終わってくださいよ」
微笑みあう俺とアーシャさんを見て、ミルフィさんがホッと胸をなで下ろす。
「まったく。リュウカと話していると嫉妬しているのがバカバカしくなってくる。まさか、本人に私よりも酷い嫉妬心があるなんてな」
「ああー。揚げ足取りですかー? アーシャさんこそ酷いですねー」
「ふふ。そうかもな」
「認めないでください!! やりずらいでしょ」
「すまんすまん」
ひとしきり笑った後、アーシャさんは少しだけ真剣は表情をつくって俺に向き合ってきた。
俺もそれに応じる。
「私がお前に嫉妬していることは事実だ。今でもその気持ちはある」
「はい。それでいいと思います」
「認めるな。言いにくい」
「すみません。ちょっと、やり返したくなって」
「仕方ない奴だ。まぁ、それもリュウカなのだろう。お前を前にすると、真剣な話もはぐらかされてしまいそうになる」
「私、昔からシリアスは苦手なんで」
「そうか。でも悪いな。ちょっと真剣なことだ。茶化さず聞いてくれ」
「分かりました」
「……私はお前に負けたくない。同じ女性として、ギルドメンバーとして、お前に負けたくはない。友としてそしてライバルとして今後はお前に接していくことになる。いいか?」
「構いませんよ。むしろ、友達と認めてもらえただけ嬉しいです。頑張ってくださいね。私を超えるように」
「ずいぶんと上から目線だな」
「すみません。でも、そう言うしか思いつかなかったんで」
「いや、いい。気にするな」
そうして俺とアーシャさんが握手を交わす。
「アーシャさんはたぶん、私を越えられますよ。だから大丈夫です」
「そうか? 自信はないぞ」
「越えられます。私が保証しますから」
「なぜそこまで言える」
「だって、私の力は……」
そこまで言って続きを言うのをやめた。
ずる。チート。そんなこと言っても仕方がない。
「どうした?」
「いえ、なんでもありません」
俺はアーシャさんから手を離す。
再度、俺とアーシャさんは視線を交わし合う。
初めてかもしれない。こうしてはっきりと互いのことを認め合ったのは。
なんだか恥ずかしくなってくるな。
「いいなぁ。私は除け者~?」
そんな折、ミルフィさんの間延びした声が聞こえて来る。
「なんだミルフィ。羨ましいのか」
「あー。アーシャちゃん調子に乗っている。まったく、誰のおかげでここにいると思っているのかなぁ」
ミルフィさんがアーシャさんの頬をつつく。
アーシャさんは照れたように顔をそむけた後、ミルフィさんに視線を戻した。
「分かってるよ。助かったミルフィ」
「ふふ。いいのよアーシャちゃん。私とアーシャちゃんは相棒。どちらかがピンチの時は助け合う。当たり前じゃない」
笑いあう2人はまさしく相棒。姉御と姫だった。
「いいですねぇ。そういうの。仲間って感じで」
「そうか?」
「はい。なんだか妬けちゃいます」
「あらあらかわいい」
「なに言ってる。お前ももうれっきとした私たちの仲間だ」
「アーシャさん……!」
俺は感動的な言葉に涙が出そうになる。
姉御ー! あんたマジかっこいいよ!! 惚れる!!
「ふふ。嬉しそうね。もしかしたらいつか私たち3人が呼び名で呼ばれる日も来るかもね」
「おお。それはいいかもな」
「そ、そうですかね」
「ええ。とっても素敵だと思うな。例えばー、姉御と姫と」
ミルフィさんがそう言いながらおもむろに俺に向かって歩いてくる。
そしてそのまま笑顔で自分の口元を、俺の耳元に近づけてきた。
「転生者―――ってね」
「え」
囁かれた言葉に俺の体は硬直する。
な、なんでそのワードを……。
「ん? どうかしたかリュウカ。そんな大きく目を見開いて」
ミルフィさんの声がとても小さく囁くものだったので、アーシャさんには聞こえてなかったようだ。
ミルフィさんが俺から離れる。
その顔には悪戯っぽい笑みが浮かんでいた。
「ふふ」
「ミルフィさん……」
どうしてそれを。
そう言いたかったが、ミルフィさんが俺の唇に人差し指をおき、続く言葉をふせぐ。
「アーシャちゃんには黙っておいてあげる」
短くそう言うと、もとのミルフィさんの微笑みに戻しアーシャさんのところに戻っていった。
「アーシャちゃん。そろそろ行かないとね」
「……確かにそうだな」
普段通りのミルフィさんと、なんの疑問も持つことなく会話を再開させるアーシャさん。
2人して固まっている俺に向き合う。
「私たちはこれから拠点の見張りに行く。少々遅れているからな、急がなくちゃいけないんだ」
「ごめんねリュウカちゃん」
「……ああ、いえ。私の方こそ、わざわざありがとうございました。なんだかすみません。もっと早く起きればよかったですね」
なんとか復帰した俺が、いつも通りのテンションで答える。
「気にするな。私の勝手だからな」
「そうそう。リュウカちゃんはなーんにも気にしなくていいの。なーんにも、ね」
手を振るミルフィさんに俺も手を振り返したところで、2人はアイリスタの街の入り口に向かうために歩いていく。
そして曲がり角を曲がったとき、最後にミルフィさんの顔がこちらに向く。
口元が動いた。
『ま、た、ね』
声はなかったがそう読み取れた。
そして2人の姿が完全に見えなくなる。
俺はつまっていた息を長く吐いた。
緊張した体から力が抜けていく。
しかし、混乱したまま中に戻るわけにもいかず、俺はそのまましばらくの間、リーズさんの宿屋の前でぼーっとしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます