第58話 二日酔い

「うー…………」


 気怠い体を起こして俺は目を覚ます。

 場所は宿屋リーズの俺の部屋。ベットの上から体を起こした俺がまず感じたのは頭の重さだった。


「頭いた……」


 ガンガンする。

 昨日の宴の影響であるのはなんとなく分かる。

 お酒は飲んでないのだが、雰囲気に酔っていたためか所々記憶に抜けている部分があるのだ。

 なによりも、俺がいつこの宿屋に帰ってきたのかも覚えていない。

 おぼろげに覚えている最後の記憶だと……。


「アーシャさんとミルフィさんを探していたような……」


 そんな気がする。

 1人で座るアーシャさんに絡んで、そのテンションのまま受付のお姉さんに絡んだところで、冷水を浴びせられたような鋭い眼光で睨まれ酔いがさめた。

 冷静になった俺は空腹を満たすために料理が近い椅子に腰を下ろしたんだ。

 そしてミルフィさんと話してないなぁって思って辺りを見渡した。その時にミルフィさんをどこにも発見できず、さらには少し前まで1人でいたアーシャさんの姿もきえていたのだ。

 だけど、俺は2人を探しに行こうとはせずにそのまま料理を食べ、持っているグレープジュースを飲み、宴の雰囲気にまたもや酔ってしまったというわけだ。

 記憶がないのも、この頭痛もそれが原因だろう。

 窓から差し込む光がまぶしい。

 光を避けるように俺は起き上がると、頭をおさえながら自分の部屋から出る。


(これが二日酔いというやつか)


 まさか、この歳でこんな経験するとは思わなかった。

 だいたい、俺は酒自体飲んでない。雰囲気に酔っていただけで、断じてお酒に手を出してはいないと誓おう。

 なのにこのありさまである。

 記憶は飛ぶし、頭は痛いしで最悪。

 吐き気がないだけまだましなのだろうか。初めてのことでよく分からない。

 ゆっくりとした足取りで1階に向かう階段を下りていく。

 俺の足音が聞こえたのだろう。

 1階から階段に顔をのぞかせたのはリーズさんだった。

 今日も変わらず宿屋の店員らしいエプロンをつけて、笑顔で迎えてくれる。


「おはようございますリュウカさん」

「おはようございます。あの、リーズさん」

「少し椅子に座っていてください。お水、用意してきますね」


 俺が昨日のことを聞こうとするも、リーズさんはそう言って店の奥へと消えていってしまった。

 仕方ないので俺は1階の階段に1番近い椅子へと腰をおろした。


「はぁ……しんど……」


 ついつい重いため息が出てしまう。

 魔物の群れを一掃して、さらには上級悪魔であるサキュバスまで退散させたというのに、お酒の匂いだけで負けてしまうとは。

 今後はお酒自体もそうだが、ああいった場面はさけるようにしよう。

 正直、酔ったら自分がなにをしでかすか分からない。受付のお姉さんにしたことをアーシャさんやミルフィさんにしてみろ。変な疑いをかけられるかもしれない。

 

「ふふ。昨日はお楽しみのようでしたね」


 リーズさんが俺の前にコップを置く。

 そのセリフ、RPGでよく言われる言葉ですね。勇者の人が宿屋に泊まるとなるやつ。

 宿屋の人らしい言葉にいつもなら食いつくのだが、調子が悪い俺はいまいち食いつくのも面倒に感じ、無言で水を飲み干す。

 冷たい水が気怠い体に染み渡り、少しだけ楽になった。


「……あの」

「はい」

「昨日、私ってどうやって帰って来たんですかね……?」

「やっぱり覚えてらっしゃらないんですね」

「はい。目を覚まして、気づいたら自分の借りてる部屋に」

「ずいぶんと酔ってましたからねぇ」

「あははは……やっぱりですか……」


 想像して恥ずかしくなる。


「はい。入り口の扉を勢いよく開けてリュウカさんが帰ってきたときは驚きましたが、すっごく陽気だったのであまり気にしてなかったんですよ。ギルドメンバーの方が魔物の群れを追い払ったというので宴が開かれたのは知ってましたから」

「はぁ……」

「でも、帰ってきたかと思ったらリュウカさん、扉の前で急に、電源が切れたように倒れて。慌てて近づいたら、気持ちよさそうな寝息をたてて眠ってしまって」

「なんだかすいません」

「いいのよ。それに、部屋に運んだのは私じゃありませんから」

「へ? というと」

「偶然、1階で夕食を食べていたフードの方が眠ってるリュウカさん担ぎ上げて、私の代わりに部屋まで運んでくれたんですよ」


 そう言ってリーズさんは俺の部屋の対面にある扉を見た。


「お礼を言うならあの人に言って下さい」

「そうですね。今度会ったらそうします」


 フードで顔が見えない怪しい人。やはりその性格は優しかった。

 今はいないだろうから今日の夜にでも声をかけておこう。迷惑をかけたのは事実だし、おかげで二日酔いにはなったけど風邪をひかずに済んだ。


「とりあえず今はリーズさんに。ご迷惑おかけしました。ついついはめを外しすぎたといいますか……」

「ふふ。迷惑だなんて思ってませんよ。むしろリュウカさんには感謝していますから」

「感謝?」

「はい。魔物から街を守ってくれたんですよね。宴に参加されていたということはそういうことでしょ」

「まぁ、はい。そうですね」


 主役でしたね。はい。


「私たち一般人は魔物に対してどうしようもできませんから。むしろ、ギルドメンバーのリュウカさんにはお礼を言う側であって、謝られる側ではないんですよ」

「そうですか……」

「はい。そうなんです」


 俺としてはいまいち釈然としないが、リーズさんはこれ以上俺に謝らせてはくれなさそうだ。

 強い目で俺を見てくる。


「それにしてもリュウカさんには驚かされてばかりですね」


 リーズさんが急に明るい声を出して話題を変えた。


「はい?」

「転生者であるのもそうですし、まさか服まで変わって」

 

 リーズさんは俺の体全体を見るように目線を動かした。


「ああこれですか」

「はい。帰ってきたリュウカさん、一瞬誰だか分かりませんでした」

「まぁ、前に来てた服は魔物の攻撃で所々破れていたんで。仕方なくですね」

「お綺麗ですよ」

「あははは。ありがとうございます」


 俺の人生で初めて綺麗だと褒められた。

 なんだかむず痒いな。


「それに、あの姉御と姫とも知り合いでしたとは」

「ああ、アーシャさんとミルフィさんですか」

「はい」

「いろいろとあの2人とは縁があって。何回か助けてもらっているんですよ」

「そうなんですね。それで仲がいいと」

「ええまぁ。ていうか、よく知ってますね。私、2人のこと話しましたっけ?」


 俺は首をかしげて考える。

 リーズさんとそんな会話した記憶はないぞ。


「ああいえ、直接リュウカさんの口から聞いたわけではなくてですね。実を言うと、今朝早くに私のところに連絡がありまして」

「連絡ですか」

「はい。アイリスタの宿屋はいざという時のためにどの店とも連絡が取れるようになってまして。アーシャさんとミルフィさんのお2人が泊まっている宿屋から、直接私の宿屋に連絡があったんです」

「そうなんですか」

「ええ。なんでかは分かりませんが今日、リュウカさんに会いに来るそうですよ。なんだか、謝りたいとかなんとか」

「謝りたい……?」

「はい。特にアーシャさんがそう言っているって」


 アーシャさんがそんなことを……いまいち想像できない。

 なにかしただろうか。


「連絡を受けたとき、リュウカさんはまだお眠りだったので目を覚ましたら伝えましょうかと言ったんですけど……」


 リーズさんが困り顔をする。


「拠点での見張りもある。待っているのが惜しいとして少し前に私のところに顔を出してから、ずっとあちらで」


 そしてリーズさんが宿屋の出入り口の方を気づかわし気に見つめた。


「待っているんですか!?」

「はい。無理に起こさなくてもいい。起きたら少しだけ宿屋の前に顔を出してと言ってくれればいいと。それまでずっと待っているからと」


 なんということだ!!

 女性を2人も待たせることになろうとは。

 俺は急いで椅子から立ち上がり、出入り口の前まで走っていく。

 もう頭痛は気にならなくなっていた。リーズさんが差し出してくれた水のおかげで起きた時よりも体調はいい。

 たぶん、起きてきた俺をすぐにアーシャさん達のところに向かわせなかったのは、リーズさんなりの気遣いだったのだろう。

 あのままではなにがなんだか分からないまま、謎の謝罪をうけるはめになっていた。

 それではわざわざ来てくれた2人に申し訳が立たない。

 ほんと、良い人たちばかりだ。

 俺は若干目を潤ませながら、宿屋の出入り口を勢いよく開けた。


「おうっ!」

「きゃっ」


 突然開かれた扉に、アーシャさんとミルフィさんが驚いたように声をあげた。

 だが、俺と目が合うとすぐに事態を把握したようでにこやかな表情で迎えてくれる。


「おはよリュウカちゃん」

「ずいぶんとゆっくりの起床だな。リュウカ」


 微笑みミルフィさんに、少し俺のことをからかうような口調のアーシャさん。

 本当にいた。

 宿屋の壁にもたれかかって待っていてくれたようだ。


「えっと、あの……」

「混乱するのも無理もないな」

「そうね。突然にお邪魔しちゃったのは私たちの方だし。気にしないで」

「ああ、はい、分かりました」


 とりあえず頷いておく。


「店主のリーズから話は聞いているか?」

「はい。なんか、私に謝りたいとか……なにかしましたかね……」


 本当に検討がつかない。

 なんなんだいったい。アーシャさんが謝りたいことなんて。


「ああ。まぁ、そのなんだ……」


 アーシャさんが言いよどむ。


「アーシャちゃん」


 そんなアーシャさんの背中を押すようにミルフィさんが隣に立つ。


「分かってる。ミルフィ。大丈夫だ」

「そう。なら私は静かにしておくね」

「ああ」


 2人は頷き合うと、アーシャさんが一歩前に出てきた。

 そして俺と目が合ったところで、まっすぐに頭を下げてきた。


「すまないリュウカ!!」


 大きな、アーシャさんの大きな声が朝の静かなアイリスタの街に響き渡る。


「……ええっと、あの、よく分からないんですけど。とりあえず、頭をあげてください。アーシャさん」


 俺は困惑しながらもなんとか下げた頭をあげさせようとする。


「いいやダメだ! リュウカが許してくれるまで頭はあげられない!!」


 だが、アーシャさんは頑なに頭を下げ続けた。


「ええ!!?? なんでですか! 私、別にアーシャさんから謝られるようなことありませんけど……」

「リュウカになくても私にはある! ほんとにお前にはすまないことをした!」

「あの、ひとまず、理由を聞かせてもらってもいいですかね……?」


 理由の分からない謝罪は受けている側も結構困る。

 どう対処するかを模索するためにも、俺としてはアーシャさんがここまでする理由を知りたい。


「私はお前に嫉妬したんだ!!」

「嫉妬、ですか……」

「ああそうだ! 私はお前の圧倒的な力に嫉妬した!! あまつさえ、人として最低なことを思ってしまった!!」


 謝るアーシャさんの体にミルフィさんがそっと触れた。

 そして俺を見つめる。

 聞いてあげてと言っているようだ。

 俺はミルフィさんの意図を汲んで、それからしばらくの間、アーシャさんの独白を黙って聞いていた。

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