第147話 アンデット族の一番厄介なもの
雫と別れ、駄目サキュバスと共に海の中に入った俺は、そのまま駄目サキュバスに連れられるまま、海の中を突き進んでいた。
駄目サキュバスの張った幕のおかげで水が入ってくることもなく、空を飛んでいる時と同じスピードで海の中でも移動していた。
神殿はまだ目には見えない。
俺は暇つぶしとして隣の駄目サキュバスを見つめた。
すると、駄目サキュバスと目が合う。
「な、なんだ」
「そっちこそ。私になにかあるの?」
「いや、暇だったからな」
「リュウカは暇だと私を見るんだ。変なの」
「変ってな。これしかやることがないんだよ」
「なに? 私の胸とか見たいの? まぁ、気持ちは分かるわよ。サキュバスの体だもんね。こんな空間に2人きりだし、興奮してもおかしくは」
「そんなんじゃねぇよ」
俺は駄目サキュバスの言葉を遮った。
あのまま話し続けられると殴りかかりそうでどうしようもない。今の状況で駄目サキュバスに何かしようものなら俺が困る。
自分の言葉を遮られてもなんとも思ってないのか、駄目サキュバスは俺の顔を覗き込むように見てきた。
「じゃあなによ」
「いや、ちょっと意外だなって思ってさ」
「なにが?」
「協力してくれたことがだ」
いくら俺のことを気に入ってくれていたとしても、駄目サキュバスは上級悪魔でアンデット族とは仲間同士のはず。
今までのことがあって俺の命令には逆らいづらいのだとしても、こんな簡単に協力してもいいんだろうか。
それこそ裏切り行為に当たるような気がしてならない。
駄目サキュバスといえども悪魔なのだから、人間の俺にとっては敵なんだが、どうもこいつがこの件で魔界での立場が悪くなったらと考えると少しだけ目覚めが悪い。
なんだ? 俺もこいつのことを気に入ってるのか?
いや、きっと違う。貴重なムフフ体験できる要因を失うのが惜しいだけだ。うん。そういうことにしておこう。
駄目サキュバスは俺の心配など気にすることなく、思ったよりも軽い声音で答えてきた。
「協力もなにもこれはリュウカが私に命令したことでしょ。私だってまだ死にたくないし、仕方なくこうしてあげてるだけ」
「確かにそうなんだが……」
「なにが引っかかってるのよ」
「いやな、お前たちって仲間なんじゃないのか? 同じ魔王に仕えてる仲間」
といったところで駄目サキュバスの目が意味が分からないというようにポカンとしていることに気づいた。
な、なにかおかしなこと言っただろうか。
しばらくして駄目サキュバスは俺の言葉の意味を理解したのか急に大声で笑い出した。
「あはははは!! 仲間、仲間ねぇ!!」
「な、なんだよ。変なことは言ってないだろ」
「いや、その……ごめんごめん。そっか。リュウカ達人間ってそんなだったね。仲間意識で集団を作ってるような種族だ」
目に涙を浮かべひとしきり笑った後駄目サキュバスは目を細めた。
「私たちは違うよ。魔王様に忠誠を誓っていても仲間意識はない。どこでどんな魔物がやられても大して気にもしない。ただただそいつが死んだだけのこと。それだけで感情が動くことはない」
駄目サキュバスは平然とそういってのける。
まるでそれが当たり前かのようにさらっと言う。
「サキュバスはサキュバス。アンデットはアンデット。その他魔物は魔物として魔王様に忠誠を誓ってる。従う者が同じだけのこと。それ以外は仲間でも何でもないの。だからサキュバスの私がアンデット族にどうしようと全く関係ない。向こうも大して気にしないわ」
「なんだそれ」
「人間のリュウカじゃ分かんないかもね」
「それじゃあ組織として成り立たないだろう」
「成り立つわよ。一番上に圧倒的な力があれば」
「服従みたいなことか?」
「まぁそんなとこ。誰よりも魔王様は強い。それが私たちが魔王様に従う理由。だたそれだけよ」
駄目サキュバスの言っていることは確かに理解できなくはない。
人と違い個々の種族で戦闘能力が違う魔界の中だからこそある、圧倒的力による支配。分かりやすく単純な力関係。
だがしかし、疑問もないわけじゃない。
「だったらお前たち上級悪魔とそこら辺にいる魔物の違いはなんだ」
仲間意識がないなら上下関係は生まれない。少なくともあるのは魔王とそれ以外の関係だけ。だが、この駄目サキュバスは自分で自分のことを上級悪魔と呼んでいる。それが自称だったら笑いものだが、アーシャさんやミルフィさん、アイリスタの人たちのサキュバスを見たときの反応からして、サキュバス=上級悪魔なのは間違いないだろう。
それはどこから来るのか。
「簡単な話よ。魔王様がそうしたから」
「それだけ?」
「それだけよ」
なんともまぁ、分かりやすい理由だった。
「私たちサキュバスやアンデット族の族長。あと魔界の上位を任されている魔物はほとんどが意思があるの。あんた達の周りにいる魔物はどうよ。私みたいに話せる?」
「無理だな」
だいたいが襲ってくることしか能がない。
種族同士での意思疎通の方法はあるだろうが、複雑に話したりすることはできない。それこそ襲うか襲わないかのどちらか二択しかないだろう。
「なるほど。よく分かった。ありがとう」
「別にお礼なんていらないわよ」
「で? なんでお前は協力してくれるんだ?」
「は? 言ったでしょ。リュウカに命令されただけだって」
「それにしても素直すぎないか? わざわざ逃げろって言ってきたやつとは思えないけどなぁ」
「はぁ……分かったわよ。神殿まではまだあるし答えてあげる」
駄目サキュバスは諦めたかのようにため息をはくとそのまま本心を話し始めた。
「私、個人的にはアンデット族って苦手なのよね」
「なんでまた」
「だって気持ち悪いじゃない。変なにおいする奴いるし。カタカタうるさいし」
自分の両手で自分の体を抱くサキュバスの姿は、女子高生みたいな感じだった。
本当に苦手なものを相手にしてる感じ。
「それだけ?」
「それだけですって……リュウカも行けば分かるわよ。あれはもうなんていうか……」
想像しているのか紫色の顔がどんどんと青に染まっていく。
俺もその雰囲気についつい生唾を飲み込んだ。
ゲームや映像でゾンビなどを見てきたが、確かにこれからそれと実際に戦うのだ。これは……きついかもしれない。
「あとなによりもあいつらって性欲がなにも無いのよ。性を司る悪魔としては天敵といってもいいわ」
「た、確かにな……」
死んでしまっているのなら生殖活動なんてしても意味がない。全部が全部腐っていたり、もうなかったりするんだから。いいのか悪いのか。
ただ、その欲を司るものにとっては最強の敵になる。なんといっても本当の意味で無欲なんだから。どうしようもない。
まぁ、サキュバスが苦手に思うのも無理はないか。
女性にとって大事な清潔感もなければ、サキュバスにとって大事な性欲もない。ダブルパンチだ。
「あと、あとね」
「まだあるのかよ……」
「そのアンデット族の族長が一番ダメ。もう気持ち悪いというかなんというか……あれは生き物じゃないわ」
「生き物じゃないって」
「いえね、骨だからもう生き物じゃないのは分かってるんだけどなんていうか……もうとにかくやばいの! やばいのよ!」
「わ、分かったから。少し落ち着け」
俺は息が乱れた駄目サキュバスの背中をさすった。
いや、なんかごめんな。まさかそこまで苦手意識がすごいとは思わなかったからさ。
もう想像しなくてもいいよ。
「……わ、悪かったな。そんな苦手意識あるなんて思わなかったからさ」
「べ、別にいいわよ……でも、うっ、想像しただけで吐き気が…」
「そんなにか……なんか帰りたくなってきたかも……」
「帰る? 私的には賛成よ。引き返しましょ」
実際、上級悪魔の駄目サキュバスをも震え上がらせるほどのやばい奴が敵なんて思ってもみなかった。しかも強いとかそんなんじゃなく、なんか精神的にきついみたいだし。帰りたいよぉ。今すぐにシャルロットや雫の顔が見たい。
駄目サキュバスも乗り気だし。このままナイルーンにもどるか?
い、いや駄目だ。
「い、行こう。このまま神殿に」
「いいの? 後悔しても知らないわよ」
「じゃあ戻れるのかよ!? あんなかっこよく出てきて無理でしたって」
死亡フラグバリバリ立てた後だぞ。決め台詞みたいなことも言っちゃったし。
無理だ。なによりそれじゃあ今向かってる意味がない。
「だ、大丈夫よ。もしリュウカが見放されても私がもらってあげるから」
「やめろ。優しい言葉をかけるな。決心が鈍るだろ」
ただでさえお前見てくれはいいんだから。
甘えたくなっちゃうだろ。元男としてはさ。
「あー……もう無理かも」
すると隣の駄目サキュバスから弱弱しい声がもれてきた。
「な、なにがだ」
「ほら、見てあれ」
駄目サキュバスが指さす方向。
俺たちの真下には古代ローマ時代に建てられたような出で立ちの神殿が沈んでいた。
一番初めに見えるのは大きな広場みたいな場所。辺りを柱のみで囲まれた場所に、たくさんの骨の戦士や体中が腐敗したゾンビのような群れが見える。
そいつら全員の視線が俺たちに集中していた。
今にも攻撃されそうな雰囲気ばんばん。
話している間に来るところまで来てしまったようだ。
「リュウカ」
「な、なんだ改まって」
「まぁなに。死なない程度に頑張りなさい」
「お、おいやめろ。まさか」
駄目サキュバスはそのまま俺の肩にポンと手を乗せた。
「お姉さん、応援してる」
駄目サキュバスはそう言って最高の笑顔を俺に向けた後、肩に乗せた手に力を入れる。
俺はそのまま、駄目サキュバスの手におされる形で下に突き飛ばされた。
海の中なのに重力が働いているみたいに急降下でアンデット族の群れの前に落下。
神殿はサキュバスの魔法のように膜で覆われているのか、中には空気が充満していた。
俺の視界にあの駄目サキュバスの姿はもうない。
逃げ足の速い奴だ。
だけどまぁ、ここまで連れてきてくれたことに感謝して、仕方なく俺は立ち上がろうと足に力を入れ、空気を吸い込んだ瞬間、自分の鼻を塞いだ。
「く、臭い……これは確かにやばいな」
何とか吐くギリギリで止めたが、これは結構状況としては最悪。
まさに腐敗臭の巣窟だ。サキュバスでなくてもこれは無理。
とりあえず俺が初めに思ったのは、ゲームの主人公たちへの尊敬だった。
よくこんな臭い場所で冷静でいられるな。
やっぱあいつら人間じゃねぇよ。
うっぷ……。
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