第64話 名探偵ミルフィ……なんちゃって

「ば、ばれちゃうってなんですかな……? あはははは。いやだなぁまったく。私にもう隠し事なんて」

「男、なんでしょ」


 うふふふと笑ってミルフィさんが俺の耳元から口を離していく。

 俺の体は冷や汗でいっぱいだ。

 足元もおぼつかなくなるわけである。

 自分の足に自分の足をひっかけるという、絵にかいたような動揺の仕方で俺が顔から地面にぶつかりそうになる。


「わっと。危ない危なーい」


 ミルフィさんが俺を包み込むように抱きしめ、転びそうな俺を支えてくれた。

 俺の顔にミルフィさんのお胸の感触が来る

 ふんわりと支えられた俺の肩をミルフィさんが掴む。

 そのまま離された。


「興奮した?」


 悪戯っぽく笑うミルフィさんに、俺は恥ずかしくなって目をそらしてしまった。

 ダメだ直視できない。


「い、いやなんのことか。私は女ですよ。胸を触って興奮するなんてそんな」

「あれー? 本当かな」

「ほ、本当です。興奮なんてそんなこと」

「じゃあ、触ってみる? 女性同士、なんだもん。いいでしょ」


 ミルフィさんが自分の胸を強調するように、俺の方に突き出してくる。

 2つの大きなお胸が無防備に俺の前に現れる。

 俺は高鳴る胸を抑えて、考え込む。

 落ち着け……落ち着け俺……大丈夫、大丈夫だ。冷静に、そう冷静に受け答えろ。

 冷静に、ちょっと触るだけでいいはずだ。

 無表情だぞ。いいな俺。

 少し、少しだけ触れば……。


「うふふふ。顔真っ赤にしちゃってかわいい」

「へ……?」


 ミルフィさんが突き出していた胸を元に戻した。

 代わりに俺の顔を面白そうにのぞき込んでくる。


「そんなにドキドキしちゃって。それじゃあ自分が人の胸に触り慣れていないって言ってるも同然よ」

「な、なに言ってるんです……? 女性だって他の人の胸触ることないですよね」

「あら、そうでもないのよ。温泉とか、あとは遊びで友達の胸を揉むことはあるわ。自分も同じもの持ってるんだもの。抵抗感なんてないわよ」


 そう言って唐突にミルフィさんは俺の胸を揉む。


「あひゃう……」


 俺の口から変な声がもれる。

 ミルフィさんの指先がちょうど先端部分に引っかかったのだ。

 快楽という名の電撃が俺の体をはしる。


「かわいい声。やっぱりそうじゃない。その反応は、自分の胸にも触り慣れてない証拠よ」

「い、いやそんな」

「女の子だったらね、友達とかから面白半分で触られることもあるの。だから、男性でなければ触られ慣れてるのよ。でも、リュウカちゃんは敏感過ぎ。どうしてかなー?」

「…………」


 やばいです。

 まさかそんなことが女性社会で起こっていたとは初耳です。

 くっそ、うらやましいなちくしょう。

 そりゃあ、ばれるわ。


「……正解です。私は、ああいや、俺は男ですよ」


 仕方なく白状した。

 なんだかミルフィさんにはなにしてもばれてしまうような気さえしてくる。

 しかも、それを悪意なく攻めてくる。

 見かけによらずSなお姉さんだ。


「やっぱりね。リュウカちゃんったら興奮するとすぐに俺って言うんだもの」

「そんなに言ってましたか? 結構気をつけてたつもりだったんですけど」

「うんまぁ、あんまり言ってなかったよ。ひどかったのはサキュバスに怒ってたときだけど」

「ああ……あのときですか」


 あんときは野郎にファーストキスを奪われたあげく、大量の汚いものまで見せられたからな。

 錯乱していたといってもいい。

 素も出てしまうというものだ。


「じゃあ、アーシャさんにも」

「ううん。そこも気づいてないよ」

「ええ!? それはさすがに」


 あんなに俺って連発してたんだぞ。

 おかしいと思ってもいいだろうに。


「あのときのアーシャちゃん、心ここにあらずっていうか、ね?」


 分かるでしょっと言外に含んで、ミルフィさんが渇いた笑みを浮かべた。

 それに俺も察し、何も言わない。

 あのときのアーシャさんは嫉妬と、あと自分のせいで俺を危ない目にあわせてしまったとし、反省に反省を重ねていたときだ。

 俺の言動に気づかないのも無理ないかもしれない。


「ミルフィさん鋭すぎやしませんか?」

「私が鋭いんじゃなくって、リュウカちゃんが隠すの下手なだけよ」

「それはまぁ、そうかもしれませんけど……」


 後先考えず突っ走るということはまぁある。

 死なないのであれば人間、欲望に忠実になるというものだ。


「でも、それは転生者だってことだけですよね。男だっていうことは結構気にして隠していたつもりなんですけど」


 口調だって気にしたし、慣れないお嬢様口調も時折混ぜていた。

 抜かりはないと思ったんだけどなぁ。


「温泉よ」

「温泉ですか? でもあのときは」

「そう。リュウカちゃんの体はどこからどう見ても女の子だった。とてもきれいなね」

「どこで気づいたって言うんですか」

「洗い場よ。リュウカちゃんって魔法も武器も何も知らない、世間知らずなお嬢様でしょ。今じゃもう設定って分かってるけど」

「はいまぁ」

「それでね。もしかして自分で自分の身体洗ったことないんじゃないのかなって思って。メイドとかお付きの世話役がしてくれたんじゃないのかなって」


 ミルフィさんの言うことはよく分かる。

 お金持ちのお嬢様であったら、世話人がついていて当たり前である。日本だとどうなのか分からないが、少なくともフィクション上ではお嬢様と言えばそれだ。

 身の回りのなにからなにまでもを、世話役の人がやる。服も自分で着たことがない。そんなお嬢様がいても驚きもしない。

 それと似たような考えをミルフィさんも持っていたということだ。


「だから、シャワーの使い方とシャンプーとかの種類を教えた後、心配で見てたのよ。そしたら、リュウカちゃん普通に体、洗い始めるんだもん」

「ですけど、それだけじゃ分かんないですよね。もしかしたら、お嬢様でもお風呂は1人で入っていたって可能性も」

「うん。私もそう思ったんだけど、リュウカちゃん、いかにも初めて体洗いますって感じできごちなくて。胸とか洗うの大変そうだったよ」

「ああまぁ、大変でしたね。あんな大きなもの、なかったですし」

「私もそれを見て変だなーって思ったの。自分の体を洗ってるのに胸だけ苦労してた。そして、決定的だったのは髪の毛」


 ミルフィさんがニヤッと笑って俺の長い黒髪を見つめた。


「綺麗な髪だし、絶対毎日のケアを欠かしていないんだなって思ってたのに、リュウカちゃん思った以上に少ないシャンプーで洗い始めちゃったんだもん。しかも、洗い方も雑。まるで、髪の短い男の子のよう。あれじゃあ髪も絡んじゃうし、なによりも痛みの原因になるわ。そんな綺麗な髪にしてはおかしいってね」

「もしかしたら、髪だけ洗ってもらってたのかも」

「かもしれないけど、それって変じゃない? 髪を洗ってたのなら、どうしてその世話役の人は体も洗ってくれなかったのかな?」

「それは……」


 まぁ、おかしいよな。

 髪洗ったならそのまま体も洗ってしまえばいい。

 一石二鳥で、お嬢様本人も楽できる。


「もし、リュウカちゃんの言ってるように、世話役の人がリュウカちゃんの髪だけ洗っていたとしたら、それそこリュウカちゃんは体は洗いなれているわよね。でも」

「俺は胸で苦戦していた。洗いなれているなら苦戦するなんておかしいですもんね」

「そういうこと」


 ニコッと笑うミルフィさん。

 それと対照的に乾ききった笑いが俺の口から出た。

 なんだかミルフィさん、どこかの名探偵のようだ。

 洞察力というか、小さなことから矛盾を見つけ出すのに優れている。


「まぁでも、さっきまでもしかしたらの範囲から出てなかったけどね」

「え、嘘ですよね」

「嘘じゃないわよ。確信に変わったのは今この瞬間」


 それじゃあなにか。ミルフィさんはわざと俺に耳打ちするように言ったというのか。確信も持ってなかったことを。

 俺はそれを聞いてまんまと自分からばらしたと、そう言うわけか。


「とはいってもほとんどそうなんだろうなって思ってたけど……リュウカちゃん動揺し過ぎなのよ。私が耳打ちしたときにすぐに否定すればそれで終わったのに」

「否定したじゃないですか。一応……」


 あんな攻め方されなければ隠し通せていた。

 そう思う俺だが、しかし、どうだろうか。

 結局ミルフィさんからは逃れられなかったように思う。

 ばれるべくしてばれたと言ってもいい。

 下手か、俺は。


「ダメよ。あんなバレバレな否定の仕方は。すぐにぴしゃりと言わなきゃ」

「そうですね。今日それを痛感させられました」


 もしかしたら、リーズさんの宿屋の時に俺の耳打ちしてきたのも、同じような感じだったのかもしれない。

 確信はなかったから俺に鎌をかけて反応を見たとか、そんな感じ。

 まぁでも、エターナルブレードを振った俺を見て分かったってミルフィさん自身が言ってたし、それはないか。


「……軽蔑しました?」

「ん? 軽蔑? どうして?」

「だって、俺は自分が男なのを隠してミルフィさんやアーシャさんと、その……」

「温泉に入った?」

「そうです。サイテーじゃないですか。そんなの。捕まってもおかしくない」


 体が女だからって、心は男だ。

 事実はギルド会館がしっかりと握っている。

 ミルフィさんが本当のことを話せば、俺は変態という汚名を被ることになる。

 もう手遅れのような気がするが。

 すると、俺の腕が急に引かれる。

 そしてそのままミルフィさんの胸にダイブした。

 驚いて俺はミルフィさんの顔を見上げる。

 そこには天使のような微笑みがあった。


「まさか、そんなこと思わないわよ」

「え、でも……」

「まぁ、裸を見られちゃったって思うとちょっと恥ずかしいけど、でも、少なくとも私は軽蔑しない。転生者だとも、男だとも言うつもりはないのよ」

「どうして……」

「だって、私はリュウカちゃんのことが好きだもの。見た目も性格も何もかも。それはきっとアーシャちゃんも同じ。私たちはもう仲間よ。同じギルドメンバーとして、そして、同じ女性としてね」

「ミルフィさん」


 どうしよう。泣きそうだ。

 この人、優しすぎやしませんか。ああやばい。優しさが胸にしみる。


「リュウカちゃん。アイリスタを、私たちを守ってくれてありがとね。きっとあなたがいなければ、今頃アイリスタは壊滅してた。私もアーシャちゃんも、この街のみんなもこの世にいないわ。だから、ありがと……この世界に来てくれて。私たちと出会ってくれてありがとうね」


 ミルフィさんにぎゅっと抱きしめられる。

 道のど真ん中だというのに、俺たちは人の目も憚らずにお互いを抱きしめ合った。

 ミルフィさんに警戒していたのがバカみたいだ。

 ほんと、いい人すぎる。

 姫だよ。やっぱり。

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