第65話 繋がる運命
「お前たちなにやってるんだ。道の真ん中で抱き合って」
ミルフィさんの胸に顔を埋めていた俺の耳に、聞きなれた勝気な声が届いてくる。
声に反応してミルフィさんが俺を抱きしめる腕の力を緩めて、振り向く。
俺もミルフィさんの体から顔をひょこっと出し、声の主を見る。
そこには、俺たちを見て呆れたように口を開けているアーシャさんがいた。
手には槍を持っていないが、その額には若干の汗が滲んでいた。
きっと、修行という名の魔物との戦闘を終えてきた後なのだろう。
どこか吹っ切れた様子でもある。
「ううん。なんでもないのよ。ちょっと、リュウカちゃんに偶然会ったからお礼を言おうと」
「ええそうなんですよね。おれ……私とお散歩のついでに」
「なんだそうだったのか。びっくりしたぞ。まったく」
「ごめんね」
「まぁ構わんが、場所は選べ。少なくとも街の入り口付近はやめておけよ。人の目が多すぎる」
アーシャさんが周りを気にするように見ている。
よく見ると、誰しもが俺とミルフィさんを見つめて、あたたかーい視線を送っていた。
気にしてなかったが、こうなると恥ずかしくなってくるな。
俺とミルフィさん、お互い顔を真っ赤にして周りの人に頭を下げた。
「それで、2人して私を迎えに来てくれたのか」
話題転換をするようにアーシャさんがそう切り出した。
「ああいや、そういうわけじゃ」
「なんだ違うのか……ちょっとうれしかったのに……」
アーシャさんが眉を下げてもにょもにょ言い始めてしまった。
まずい。非常に申し訳ないことをしたかもしれない。
「アーシャちゃんが言ったんでしょ。1人で修行したいって」
「確かにそうだがな」
「それに、終わる時間なんて分からないじゃない。いっつもアーシャちゃんったら終わる時間バラバラなんだから」
「うぅ……すまん」
ミルフィさんの正論にアーシャさんの言葉尻がどんどんと下がっていってしまう。
俺は急いでミルフィさんのフォローをする。
「で、でも、すごいですね。1人で修行なんて。私にはできません」
「む……修行など必要ないというのか。さすがだな」
アーシャさんの俺の見る目が鋭くなった。
あっちゃー、ミスったな。
これじゃあ、完全に挑発だ。チョイスミス。
「こーら。ダメでしょアーシャちゃん。リュウカちゃんを困らせちゃ」
「あぁ……すまん! リュウカ! やはり私はまだまだのようだ。せっかくお前に許してもらったというのに、私はなんて」
「そ、そんな気にしないでください! いいんですって、そのことは。もう終わったことですから」
俺は慌ててアーシャさんの頭をあげさせる。
こんな場所で姉御に頭を下げられてはどんな噂が立つか分からない。
それこそ怖い。
「……そうだな。すまな」
「謝らないでください。そんなことよりも、笑いましょ。こうしてまた変わらず仲良く出来ているんですから。少なくとも私は嬉しいですよ。こうして3人で笑いあえるのって。奇跡です」
「大げさだなお前は」
「そうでしょうか。私はそうは思いませんよ」
事実、生まれた世界が違う俺とアーシャさんとミルフィさんが、こうして出会ったこと自体奇跡みたいなもんだ。
謝られる関係なんてごめんだ。
もっとフレンドリーでいてほしい。アーシャさんも抱きしめてくれてもいいんですよ。ミルフィさんのように。
すると、俺の念が通じたのか、アーシャさんは俺の体を引き寄せると軽く抱きしめてきた。
すぐに離れたが、正直びびった。
「え……」
「その、なんだ……仲間だからな」
「まぁ……」
「……嫌、だったか」
「いえそんなことは!」
むしろありがとうございます。
修行の後というのにいい匂いがした。アーシャさんも女性である。
アーシャさんがふっと笑う。
「お前を見てると真面目な自分がバカのように思えてしまう」
「なに言ってるんですか。真面目なところがアーシャさんのいいところですよ。そうですよね、ミルフィさん」
「ええ。そうよ」
ミルフィさんがよどみなく返事をする。
それはもうニコニコ笑顔で。
「お前らな」
アーシャさんも2人して褒められて恥ずかしそうにしているものの、口元の笑みは隠せていない。
嬉しそうだ。
優しい世界がここには広がっていた。
「そうだ。どうせならこの後、3人で食事といかないか。穴場を知ってるんだ」
アーシャさんが小躍りするかのような声で提案してくる。
それに俺は賛同しかけたが、あることを思い出してやめる。
「どうした、そんな浮かない顔して」
アーシャさんが俺の顔を覗き込んで聞いてくる。
「ああいやその」
「お腹空いてないのか?」
「まぁ、それもあるんですけど、実は私依頼を受けてまして」
「ああ! そうだったわね。忘れてたわ」
ミルフィさんも手を叩いて今思い出したようにそう言う。
そうなのだ。ミルフィさんとの結構深い会話で忘れかけていたが、俺はギルド会館を出るときに依頼を受けている。
ベアーの討伐という依頼を。
「なんだそうなのか。どうりで入り口近くにいるわけだ」
アーシャさんも納得したように呟いた。
たぶん俺とミルフィさんの2人の足が自然とここに来たのもそのためだ。
転生者の話をした段階でもう俺の頭から依頼という単語は抜け落ちてしまったのだが、たぶんその頃はまだミルフィさんの頭の中にはあった。
じゃなきゃ、ミルフィさんについて行くように歩を進めていた俺が、ここにたどり着くわけがない。
まぁ、そのミルフィさんも俺が本当に男という事実に少なからず驚いて、忘れてしまったようだけど。
「すっかり忘れていました」
「仕方ない奴だ。どんな内容なんだ」
「ええっと確かベアーって言う魔物の肉を3個集めるっていう」
俺は記憶を手繰り寄せるようにしてアーシャさんに、受けた依頼の内容を話した。
「となるとベアーの討伐か」
「はいそうなんですよね」
「まぁ、リュウカなら心配なんだろうが。お前、ベアーがどこにいるか知っているのか?」
「草原には」
「いないぞ」
「ですよねー……」
なんとなく分かってたけどさ。
どうせクマの姿形なんだろうけど、草原では一切見たこともない。
じゃあ、どこにいるのだろう。
「ベアーは草原を抜けた先、魔界に1番近い森の中よ」
ミルフィさんが教えてくれる。
「森って、草原の端に見えるあの?」
俺は森のある方角を指さして聞く。
確かにちょくちょく草原で魔物を狩っているときに目の端に映るが、まさかそんなところにいたとは。
「リュウカも通ったことがあるだろ」
「へ? いつです?」
「ほらあの、馬車が激しく揺れたときだよ」
「あー、そんなことありましたね」
俺が初めてアイリスタに向かったときだ。
あまりの揺れに気分を悪くした。
「あのときに通ってたのがあの森よ」
「そうだったんですね。どうりで馬車があんなに揺れるわけだ」
今になって納得した。
森を通っていると思えば、あの揺れもよく分かる。
だからと言ってもう体験したくない気持ちはなにも変わらないが。
「だがベアーの肉か……」
アーシャさんが難しそうな顔をする。
「なにかあるんですか」
「ああいやな。ベアーの討伐だったらまだよかったんだが。肉の回収となると話は別でな」
「そうねぇ。もしかしたら今日のうちに終わらないかもしれないわね」
アーシャさんに続いてミルフィさんも眉を寄せて困った顔をする。
「難しいんです?」
「いや、難しくはない、いつもならな」
「いつも? 今がダメな理由があるんです?」
「サキュバスがアイリスタを襲ったときの魔物の群れ。あのとき引き連れてた魔物ってほとんどが森の中に生息している魔物なのよ」
「ああ。リュウカは一掃して覚えてないかもしれないが、草原に生息している魔物はウルフぐらいだった。後の魔物はすべてあの森の中の魔物だ」
「え、じゃああのひとつ目の巨人も……」
「あいつはサキュバスが魔界から連れてきたんだろう。安心しろ。森にはいない」
「よかった……」
俺はホッと胸をなで下ろす。
まぁ恩恵があるので別に怖くはないが、それでも自分よりも何倍もある大きさの魔物には少々おされてしまうところがある。
安心したのは嘘じゃない。
「だが、サキュバスが多くの魔物を連れてきたおかげと言えばいいのか。今、森は魔物の数が減っている」
「安全になったって思えばいいのかもしれないけどね。その代わり、リュウカちゃんも手にしたような、魔物の素材の回収を目的とした依頼の難易度が上がってるの」
「そういうことですか」
絶対数が減ればそれだけ難易度も上がる。
ただの討伐であれば見つけて倒すだけで良い。しかし、ドロップ品回収となると話は別だ。ただでさえドロップ品は100%じゃないのに、それにくわえて数が減っているとすれば。
達成難易度はただの討伐クエとは比較にならないほどに跳ね上がる、というわけである。
「あまりおすすめはしないぞ」
アーシャさんがそう言ってくる。
「うーん。そうですね……」
俺は考え込んだ。
このままギルド会館に戻って、クエスト破棄してもいいんだが、それはなんか無責任というか。
別に依頼主を思えば逆に達成しない方がいいような気もするけど、恋する男としてわざわざお金を出してまで依頼を頼むのにどこか男気を感じる。
同じ男としてどうしてもそいつの気持ちを汲んでやりたい。
まぁ、その先が幸せでないような気がしないでもないが、そこはどうでもいいのだ。男というのは傷つき成長するもの。
これもまた人生経験の1つだろう。
俺はそんなよく分からない達観した気持ちを胸に、アイリスタの外に向かって歩き出した。
「お、おいリュウカ。やるつもりか?」
「ええまぁ、一度受けちゃったんで。断りにくいんですよね。国民性として」
「今からじゃ、夜までかかっちゃうかもしれないわよ。いいの?」
「いいんです。それもまた依頼の醍醐味ですよ」
「なに言ってる。夜になったら魔物の活性があがる。危険だ」
アーシャさんが止めようとしてくれる。
俺はその優しさを受け止めると、上着のポケットからストレージを取り出す。
エターナルブレードが俺の手に出現する。
「安心してください。私、死なないんで」
そう言って俺は上がった身体能力で一気にアイリスタから森まで走っていく。
踏み出した俺の足がアイリスタの入り口付近に突風を巻き起こす。それがおさまったころには、俺はもう見えなくなっていた。
「まったくでたらめだな」
「うふふ。そうね」
「だがまぁ、あいつなら大丈夫だろう」
「ええ。私もそう思うわ」
アーシャさんとミルフィさんの会話が風に乗って俺に届く―――わけはないのだが、なんとなくそんな会話をしているような気がする。
そして森に向かった俺はアーシャさんの言ったように、思うようにベアーを見つけられず3個という肉の回収に苦戦していた。
2個まで集めたところで辺りはすでに真っ暗。
そんなときに、魔物の群れに襲われている1人の白髪美少女を見つけたというわけである。
近くにちょうどベアーもいたし、それになによりも白髪の美少女の頭に生えるものを見て、俺はもう身震いをしてしまい、気づけば彼女の前に躍り出ていたのだ。
俺の心が叫ぶ。
ケモミミ美少女を見捨ててはいけないと!!
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